たっしー&たー坊 さん プロフィール

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たっしー&たー坊さん: 地球の歩き方「特派員ブログ」奈良
ハンドル名たっしー&たー坊 さん
ブログタイトル地球の歩き方「特派員ブログ」奈良
ブログURLhttps://tokuhain.arukikata.co.jp/nara/
サイト紹介文「地球の歩き方」の日本国内・奈良特派員が現地から旅行・観光・食事などの現地最新情報をお伝えします。
自由文京都奈良観光散策 雅流塾の代表 観光ハイヤーの経験と知識をもとに2014年に独自の観光ガイドシステムを立ち上げフリーランスの観光コンシェルジュ“たっしー&たー坊”として活動中 古都奈良にある神社・仏閣や名所旧跡を通して 古代より現在まで先人たちから受け継ぎ育んできた歴史と文化を分かりやすく伝えていきたいと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供19回 / 26日(平均5.1回/週) - 参加 2018/01/29 21:46

たっしー&たー坊 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 厳しさと優しさを伝えた鑑真和上
  • 鑑真和上(がんじんわじょう)は、来日して最初の5年間は東大寺の戒壇院にて受戒をしておられましたが、東大寺の別当である良弁をはじめとする日本の僧侶も多く育ってきたこともあり、平城京の右京五条二坊にありました新田部(にいたべ)親王邸の跡地に寺領を譲り受け、新たに戒律伝導の拠点として建立されたのが現在の唐招提寺です。そして講堂(こうどう)として使われているこの建物こそが、その当時の平城京に建っていた東朝 [続きを読む]
  • 鑑真和上の魂が宿る唐招提寺
  • 薬師寺から北へ5分で世界文化遺産・唐招提寺(とうしょうだいじ)に到着いたします。唐招提寺は、南大門から一歩境内に踏み入れると、とても空気が優しいお寺です。正直これは文字で表すことはできないですが、とにかく癒される空間なのです。正面にどーんと建つのがお寺の本堂である金堂です。こちらは天平時代の金堂建築として唯一現存する貴重な建物で国宝に指定されています。奈良らしい寄棟造(よせむねづくり)の大きな屋根 [続きを読む]
  • 薬師寺・玄奘三蔵院伽藍
  • 薬師寺の境内はとにかく広く、大講堂を北へ抜けて道をはさんだ北側には、1991年に造営された玄奘三蔵院伽藍(げんじょうさんぞういんがらん)というエリアが広がっています。西遊記でおなじみの三蔵法師のモデルでもある玄奘(げんじょう)は、7世紀に活躍された中国の僧侶です。仏教の本場インドで17年も学ばれ、帰国してからは経典をサンスクリット語から漢字に翻訳することに専念されました。玄奘三蔵の最も究めたかった事は、 [続きを読む]
  • 薬師寺はシルクロードの終着駅
  • 薬師寺のある西ノ京という場所へは、電車、バス、自家用車と様々なルートで行くことができますが、一番わかりやすいのは電車です。近鉄・大和西大寺駅から二駅の西ノ京駅で下車して東へ行けば目の前にありますから、興福寺と並んで、最も駅から近い世界文化遺産だといえます。世界遺産薬師寺は、680年天武天皇が讃良(さらら)皇后(後の持統天皇)の病気平癒のために発願され造り始められたのですが、完成しないうちに天武天皇が [続きを読む]
  • 平城宮跡資料館で古代ロマンを感じよう
  • 今回は平城宮跡の西側の奈良文化財研究所に隣接している平城宮跡資料館を紹介します。ここには発掘調査によって出てきた、奈良時代のものと思われる様ざまな遺物をはじめ、精巧なレプリカや当時の宮中の暮らしぶりや役人の使っていた道具なども再現して展示されています。入館すると、ボランティアガイドさんがやってきて、あれやこれやと説明してくださるので助かります。私も展示物が入れ替わったりした時にお邪魔して、よくお話 [続きを読む]
  • なんと大きな平城京!
  • 和銅三年(710年)元明(げんめい)天皇によって、藤原京より遷都された都が平城京だということは皆さまも教科書で習ったことがあると思います。京都の平安京と違い、都として機能していた時代が短かったため、さしたる兵火の被害も受けず近年まで水田でした。おかげで、かつての天皇の御所でありました禁裏(きんり)と、東院庭園、儀式などを行う大極殿や朝堂院などを含む大内裏(大内裏)と呼ばれるエリアがそのまま現存してお [続きを読む]
  • 新薬師寺の十二神将像
  • ならまちを東へ抜けて10分ほど歩けば、入江泰吉記念奈良市写真美術館(いりえたいきちきねん ならししゃしんびじゅつかん)があります。黒川紀章氏設計の建物は、周りの景観を損なわないように展示室はもちろん、大部分は地下に埋め込まれており、瓦葺きの屋根を採用することで、古都奈良のイメージに合わせたこだわりも感じられます。こちらは西日本初の写真専門の美術館として建てられ、その名前の通り戦後に奈良の仏教美術に魅 [続きを読む]
  • 軒先の身代わり猿たち
  • 元興寺を後にして、少しならまちの中を散策しましょう。昔ながらの家が立ち並ぶ通りのあちらこちらで軒先に吊るされた身代わり猿が目につきます。これは自分たちの身代わりとなって厄災から守ってくれるおまじないです。今回はこの身代わり猿のことについて解説いたします。奈良や京都には庚申(こうしん)さんと呼ばれて親しまれているお堂があり、青面金剛(しょうめんこんごう)という像がお祀りされています。青面金剛はインド [続きを読む]
  • 元興寺の見どころ
  • 猿沢池から奈良の旧市街地(通称ならまち)へ向かいますと、車が一台やっと通れるほどの道に江戸時代以降の町屋が数多く建ち並んでおり、造り酒屋をはじめ、蚊帳や薬屋さんといった有名老舗に加えて、近年では洒落たカフェや雑貨店なども多く並び、奈良の観光スポットの一つとして賑わっています。実はこの「ならまち」は奈良の世界文化遺産の一つである元興寺(がんごうじ)の寺内町として発展してきた町なのです。東大寺や興福寺 [続きを読む]
  • 猿沢池の景観でほっこり
  • ご存じのように奈良には凄い名所がたくさんありますが、すべてを一日で観て回るなんてことは到底できませんし、様々な神様や仏像、歴史背景などが一度に頭に入ってきますから何がなにやらわからないっ!ってことになりかねません。そんな時に頭と体を休めてほっこりとできる場所があるのが、奈良観光の良いところです。この猿沢(さるさわ)池は天平時代に、興福寺での「放生会(ほうじょうえ)」を行うために造られた一周約350m [続きを読む]
  • 手向山八幡宮から鏡池へ
  • 三月堂の南側にあるこの手向山(たむけやま)八幡宮は聖武天皇が大仏造営をされた時、七四九年に現在の大分県宇佐から八幡宮の神々をお迎えし、鏡池の東側に社を造営して祀られたのが始まりとなります。1180年の平重衡による南都焼き討ち事件によって焼失してしまい、鎌倉時代に現在の場所に再建されたそうですが、明治時代の神仏分離令に至るまでずっと東大寺の鎮守社として、それ以降も大切に守られてきました。八幡宮ですので主 [続きを読む]
  • 天平美術の宝庫・三月堂
  • 三月堂は不空羂索(ふくうけんさく)観音菩薩を本尊とするので、かつては羂索堂(けんさくどう)といわれていましたが、毎年旧暦の三月に法華会が行われたことから、法華堂(ほっけどう)というのが正式名称です。一般には二月堂に対して三月堂の愛称としても親しまれています創建年代は明確にされていませんが、現在の東大寺の前身となります金鐘寺(こんしゅじ)があった頃にはすでに存在していたようで、東大寺境内の中でも最も [続きを読む]
  • 二月堂から奈良を展望
  • 今回は東大寺の二月堂へ参ります。二月堂とは、旧暦の二月(現在の三月)の一日から二週間の間、修二会(しゅにえ)という行法が行われることに由来しています。大仏殿の回廊から出てすぐ目の前の坂道を手向山八幡宮に向けて上がって行くのが一般的なルートですが、私はここを通らずに回廊に沿って大仏殿の裏手の参道から二月堂へ向かいます。こちらのルートはほとんど観光客が歩いていませんし、石畳と土塀の向こうに段々と二月堂 [続きを読む]
  • 国家の安泰を願った毘盧遮那仏
  • 東大寺の大仏様はとてつもない大きさです。しかし何故これほどまでに大きな仏様が必要だったのでしょうか?今回は東大寺創建にまつわるエピソードを分かりやすく簡単に解説したいと思います伯母にあたる元正(げんしょう)天皇の退位にともない、聖武(しょうむ)天皇は国際色豊かで華やかな天平文化の象徴のように即位されました。ところが、華やかどころか干ばつや台風、地震などの天災が相次いだことによる大飢饉で、都の民衆は [続きを読む]
  • あまねく光を照らす大仏様
  • さて、いよいよ大仏様にご挨拶に参りましょう。受付で参拝券を買い求めていただき、いよいよ大仏殿へ続く参道へ出ますと、いちだんとその迫力が伝わってきます。天平時代の752年に創建されて以来1265年、何度も戦火や災害に見舞われてきました。しかし先人達の血のにじむような努力のおかげで不死鳥のように甦り、現代にまでその姿を残して下さってますが、奇跡的にそれらの被害にあわずに創建当時のまま残されている遺構がいくつ [続きを読む]
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