Tomo さん プロフィール

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Tomoさん: Tomoのブログ
ハンドル名Tomo さん
ブログタイトルTomoのブログ
ブログURLhttps://ameblo.jp/pololitomono/
サイト紹介文日々の生活、文学、芸術、政治、趣味についてのブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供38回 / 173日(平均1.5回/週) - 参加 2018/01/31 04:35

Tomo さんのブログ記事

  • ナショナリズムを越えるために⑩民族の伝統って??
  • 上は伊勢神宮の秋の神宮祭である。日本的か、どうかは後ほど判断してもらおう。これまでナショナリズムについて、特に民族国家のナショナリズムについて書くために、何十冊か読んだ。小林よしのり氏、その友人の浅羽通明氏、安倍氏のナショナリズムについての本、それらと少し距離を置きながら根本は変わらない松本健一氏、そして丸山真男氏、橋川文三氏、網野善彦氏、ベネディクト・アンダーソン氏、吉本隆明氏等の正当学術グルー [続きを読む]
  • ナショナリズムを超えるために⑨良いナショナリズムはあるのか
  • 前回、安倍氏のナショナリズムについて、その著書「美しい国」に書かれているのは、故郷への愛、自然への愛をかたっており、それは、日本人は同じ美意識と美の基をもつので、そのために生きよう、あるいは死んでもよいだろうという戦前のナショナリズムと変わらないと書いた。また、先崎彰容氏は、ナショナリズムを無条件に必要だと語る(『ナショナリズムの復権』)が、彼自身が語るように、彼のナショナリズムは「死をめぐる問題で [続きを読む]
  • ナショナリズムを超えるために⑧なぜ民族国家か
  • 日本は単一民族国家だと言われるがそうではない。アイヌ民族は違う言語をもっていた。また、在日の人々も多い。アメリカには、いくつの民族が現地人として住んでいたか、研究の歴史とともに増えて来た。現在では百を超えていると言われる。ひとつの民族の生活共同体が壊れるのと同時に、ひとつの民族が消える。近代国家の成立は、多くの民族の言語・文化を消し去り、政権を握る民族の言語に統一することだった。言語は公教育で統一 [続きを読む]
  • ナショナリズムを超えるために⑦不可能論について
  • 前回、次のように書いた・・・・・・『ナショナリズムの復権』で先崎彰容氏は、ナショナリズムが危険なわけではない、しかし、国民は頼るべき歴史あるなにかを必要とすると語る。さて、ほんとうにそうだろうか。先崎氏が語っているのは、「ナショナリズム」が宗教になるということを示しているのではないだろうか。私が確認したかったのは、ナショナリズムについては善悪の判断できないと政治学者は考えており、もし判断するとしたら、そ [続きを読む]
  • ナショナリズムを超えるために⑥本当に良いのか
  • 前回、「愛国心は善か悪か、それともどちらでもありうるのか、次回考えたい。」と書いて終わった。わたしたちが見る「ナショナリズム」は、黒船が開国を迫った時の「攘夷」、その後の「征韓論」そして「大東亜共栄圏」。「攘夷」については、清の植民地化を見て、独立国として存続するための「良い」ナショナリズムと見られている。その後の「征韓論」からのナショナリズムは、日本の帝国主義としてヨーロッパの国々の跡を追った自 [続きを読む]
  • ナショナリズムを超えるために⑤教育について
  • 前回、「愛国心」はひとつの宗教として国民に働き、国民はその宗教を求めることについて書いた。そして、その宗教の核として用いられるのは、民族の歴史であり、その永い継続と強さがその宗教を強いものにすると。それは、日本では日本「独自」の歴史であり天皇制である。中国では「中華」として、いろいろな他民族の支配も存続し続けた歴史と誇りである。アメリカでは、自分たちが国家を創ってきたという自負心である。多くのアジ [続きを読む]
  • ナショナリズムを超えるために④何に惹かれるのか
  • 【戦前の日本の地図】前回、民族国家と多民族国家での「愛国心」の違いについて、特にわたしたちが民族国家を求めていき、多民族国家は歴史の中でつくられるべくして、つまり、民族国家としての成立を計画しない地域で自然につくられていったと書いた。多民族国家として、アメリカ・中南米の国々・シンガポール・インドネシア、そしてロシア・中国が考えられる。ロシア・中国は、多民族の中のひとつの民族が権力を握り、ある意味で [続きを読む]
  • ナショナリズムを超えるために③民族国家と多民族国家
  • 設立の時から多民族国家としての形態をもっていた、もたざるを得なかったのがほとんどの近代国家である。アメリカはその特殊な例になる。もともとの住民を隔離しつつ、ヨーロッパからのいろいろな国からの移民が新しい国家を独立させた。奴隷として強制的に連れて来られていたアフリカからの人々も、公民権運動と平等のための運動を通して国民となった。もう一つの例は崩壊したソ連である。旧帝政ロシアの崩壊の後、多民族国家とし [続きを読む]
  • ナショナリズムを超えるために②愛国心
  • 前回、「国家は想像の、限られた想像の共同体である」というベネディクト・アンダーソンの考えと「国家は共同の幻想である」であり「国家は眼に視えない幻想である」という吉本隆明氏の考えを紹介した。その幻想の共同体である国家を、わたしたちは、どうして愛するか? それが次の疑問である。「・・・・国民は一つの共同体として想像される。なぜなら、国民の中にたとえ現実には不平等と搾取があるによよ、国民は、常に、水平的な深い [続きを読む]
  • 小林よしのり氏のナショナリズム⑦ー整理と疑問②ー
  • 前回、小林よしのり氏の「愛国心」について次のように書いた。・・・・・著者は、多くの政治家・評論家に「愛国心」が欠け、自身の利益のために語り、政策を決定し、国の方向を決めていると指摘している。・・・それで、彼の「愛国心」への思いは絶望的である。また、ヤマト政権の蝦夷・琉球への支配の拡大は、彼が描くような平和なものではなかった。そのことを見落としていると、「国民の一体感」が生まれるという望みも絶望的だろう。そ [続きを読む]
  • アメリカが望むこと
  • ここ一か月で私は多分アメリカ人やその家族の友人を半分以上失った。そのひとつの原因は、下のブログである。アメリカが、建国までの歴史、建国後の歴史は虐殺・戦争の歴史を通して、現在の、世界の人口の7%満たない人口が世界の富の半分近く手にすることになったのは、その収奪の歴史によると思うことを書いたからである。http://ameblo.jp/pololitomono/entry-12101051333.html幾つかの段階に分けてアメリカの歴史を考えると下の [続きを読む]
  • アメリカという国(nation)
  • 2015年に書いたが、最近のアメリカを見ていて以前より強く感じるので再度アップすることにした。上は世界の米軍基地である。地図の赤いバルーンは米国領内でもちろん基地がある。赤いピンは100以上の基地(施設)がある国、黄色のピンは10-99の国で日本も該当している。そして緑は1-9の基地(施設)がある国々を表している。私にはアメリカ人の親戚がおり、アメリカ人の友人が多い、そして多くのアメリカのミュージシャンや詩人が好き [続きを読む]
  • 小林よしのり氏のナショナリズム⑥ー整理と疑問①
  • 上は小林よしのり氏の『ゴーマニズム宣言NEO1』である。『ゴーマニズム宣言』、『ゴーマニズム宣言EXTRA』、『昭和天皇論』と読んできて、小林ゆしのり氏の思想が少し分かってきた。そして、『ゴーマニズム宣言NEO1』『ゴーマニズム宣言NEO2』と読み進めようとしていて、ここまで読んで、理解できたことと、理解できないことを整理しておこうと思う。なにしろ、『NEO1』と『NEO2』は沖縄論・アイヌ論とさらに詳細な情報収集とそれ [続きを読む]
  • 小林よしのり氏のナショナリズム⑤絶対的存在としての天皇
  • 小林よしのり氏の著作で、三冊目にとりあげるのは『昭和天皇論』である。前回の終わりに私はこう書いた・・・・・小林よしのり氏は、安倍氏より大真面目である。ベネディクト・アンダーソンの「言葉の共同体」かららのナショナリズムの発展についても、その歴史的な事実を認めながら、現代のテレビ文化の共有でのナショナリズムに疑問をもっている。彼が信頼するのは、戦前の日本に存在した、故郷を愛する愛郷心(パトリオッティズム)が [続きを読む]
  • 小林よしのり氏のナショナリズム①彼の「日本人」
  • 4年前に書いたが、国家とは何か、再度考えるために読み直している。訂正は全くしなかった。上を考えながら読んだ。テレビで見る小林よしのり氏の主張は、時々非論理的過ぎるけれども、彼の中ではひとつの繋がりをもっており、多分、日本のナショナリストとしてだれにもつながる考えをもっていると思われたからだ。しかも、非論理的な右翼と違って、彼の発言は日本人の半分は賛成する可能性があると思った。なぜ、そう考えるか? そ [続きを読む]
  • ひとは忘れるだろうか?
  • ひとは自分が受けた悪意による行為、さらには自分の家族が暴力を受けたこと、暴力的に犯されたこと、殺害されたことを忘れるだろうか?満州でソ連軍から受けた残虐な行為を忘れるだろうか?シベリアで丸太のように死んでいった家族の痛みを忘れるだろうか?広島と長崎で原爆で死んだ家族や病いに苦しんだ家族の苦しみを忘れるだろうか?多分、忘れないだろう。同じように、強制収容所のガス室で殺されたユダヤ人の親族はその事実を [続きを読む]
  • 前に進むこと
  • わたしたちは前に進むこと、闘いには勝つことを良いことと社会から教わり、一時期には勝ち組と負け組ということばが流行した。しかし、この言葉はわたしを引きつけるものではなかった。単純に、若い時に憧れた人びとが多く負け組になる人びとだろうなとわかっていたし、勝ち組になることの意味がわからなかった。山之口貘、尾崎放哉、中原中也、ゴッホ、モディリアーニ、田中一村、ドストエフスキー、ガウディとか。多分、奄美大島 [続きを読む]
  • 孤独であること
  • ひとりであること。いいことも悪いこともあるようだが、実際は辛い思いをすることが多いだろう。ひとりであることだけで困難や悩みを抱える原因になることもある、個人差があるだろうが。嫌なことやトラブルを自分ひとりで引き受けること、これはわたしたちの人生では当たり前のようだが、日本では家族や親族、都会では薄れているが地方なら共同体が衝撃を和らげる役目を果たしてきた。共同体の力でおおえないトラブルは家族で、あ [続きを読む]
  • 諍いの虚しさ
  • ひととひとは全く同じということはないので、考えや感情や相手の言動への好き嫌いがあり、どうしても耐えきれない時、諍いが起こる。口喧嘩から、罵り合い、あるいは片方が片方を罵る、あるいは奴隷のように命令しその命令がなされないと感情的になる場合がある。わたしたちは、人はいつか変わる、互いに善意で優しく向かいあおうと変わると期待する。しかし、それは、東京の満員電車で周りのひとに配慮しようという意志をもつひと [続きを読む]
  • 星空
  • わたしは生まれたのが奄美大島で十五歳までそこで育った。その頃の奄美大島は、昼は銀色の空と青と金の縞の海、夜はただ星しかなかった。今の都市では考えられないような不要なほどに、星でおおわれた。そのあと星空を忘れる期間がある。鹿児島、東京、ロンドンでの十二ヶ年だ。途中で、全く違う色と迫ってくる強さの東南アジアの星空を半年見た。しかし、鳴くゲコ(ヤモリの一種)や足に這い登っってくる蛭、自動小銃を持って歩き回 [続きを読む]
  • バランス
  • 歩く時は右左と交互に脚を進める、両脚もしくは片脚の自由を失っていない限りである。わたしは車椅子を押して過ごした期間があるが、その時の方が安定していた、歩き方も精神的にも。車椅子の彼は全く違っただろう。迫ってくる死を見つめていたはずだ、死が近づいてくる難病で治ることは考えられない病気だった。また、ある時は癌末期の女性と毎週会う期間があった。個室病室で、彼女の髪は全くなかったし、薬の副作用で苦しんでい [続きを読む]
  • ポケットのなかの希望
  • 右のポケットの底には糸屑といっしょになった希望がある、なかなかほぐして取り出せない。左のポケットには、ビスケットでなく絶望、というより希望がない空白がまんまるの星のように入っている。いつも歩きながら触っているのは左のボールだ。この地上にはそんなに希望的なことはないし、だから私たちは空を見上げて月や星に魅かれるのでは。左のボールをポケットから取り出すと、星であるはずの丸い球体は汚れたゴルフボールのよ [続きを読む]