onesimo さん プロフィール

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onesimoさん: 仔羊の讃え唄は
ハンドル名onesimo さん
ブログタイトル仔羊の讃え唄は
ブログURLhttps://ameblo.jp/rasuto1207/
サイト紹介文キリスト教への回心までの道のり。聖書の、み言葉の個人的解釈。こころのケアなどを掲げています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供12回 / 14日(平均6.0回/週) - 参加 2018/02/09 11:03

onesimo さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 釜ヶ崎(前編)
  • 大阪に来て直ぐに入った場所、釜ヶ崎。 過去の歴史を知ると、色々と興味深い事が多いが、今回はそれはさておこう。労働者の町として有名な釜ヶ崎の最寄りの駅はJR環状線、新今宮駅。「愛隣地区」も言われ、現在の天下茶屋近郊。 路上されている方が多く、寒い時期には、凍死される方も多く、11月〜ゴールデンウイークに入る直前まで、夜回りが欠かせない。そして、その夜回りが、私は好きだった。 通常考える夜回りとは程遠く [続きを読む]
  • み言葉に
  • あなたの御言葉がみいだされたとき/わたしはそれを貪り食べました。 あなたの御言葉は、わたしのものとなり/わたしの心は喜び踊りました。万軍の神、主よ。わたしはあなたの御名をもって/呼ばれているものです。 旧約聖書 エレミア書 15章16節 これは、預言者・エレミアのみ言葉体験なのですが、エレミアは預言者として召された時から、神の呼びかけと語り掛けに応え、むさぶり食べていたようです 食べ物は人の身 [続きを読む]
  • 僕はバカだ。5歳〜6歳
  • ある日の休み時間、級友たちは外で遊びまわっていたが、私は教室の中から空を見上げていつものようにブツブツと雲と語り合っていた。すると、担任の先生と他の先生が、話しているのを耳にした。声が聞こえただけならば大して気にも留めなかっただろうが、会話のなかで私の名前が聞こえたのだ。 「あの子は本当にバカみたい。何を教えてもダメ!」 話しの内容は全く分からなかったが、それから私は、「僕はバカだ!」と、信じ [続きを読む]
  • キリストに学び生きる。
  •  父なる神さま。私はいま、体力的にもとても厳しい現実を突きつけられています。どうぞ、癒しの恵みを授けてください。 いま、「ヤベツの祈り」を祈ります。どうぞ、ヤベツの求めを聞き入れられたように、私にも求めに応じてくださいますように・・・ 「どうかわたしを祝福して、わたしの領土を広げ、御手がわたしと共にあって災いからわたしを守り、苦しみを遠ざけてください。」         歴代誌 上 4-10 私が [続きを読む]
  • 投げ出さないこと。
  • 私が脳梗塞で倒れてから、6年目の歳月が経ちました。担当医師からは、「左半身と言語障害に後遺症として遺るでしょう。」 と宣言された者とは思えないくらい、現在では回復しています。 ある人からは、「利き手でなくてよかったね!」と言われ、ある人からは、「早く発見され、治療を受けられて良かったね!」と、言われ続けられていますが、私自身の心のなかは、当時、絶望の暗闇のなかでした。私は左利きですし、発症から搬 [続きを読む]
  • 刃物恐怖症? 4〜5歳
  • 私は、刃物恐怖症である。料理好きでもある私であるが、細身の包丁を見るだけで全身の毛穴が縮まり、反乱を起こすのである。妥協に妥協を重ねて使える包丁と言えば、出刃包丁だけであるから、おかしなものだ。日本料理店に行っても、すし屋に行っても、包丁の見える場所には決して座らない。料理人が私に喧嘩を売ってそうな錯覚に囚われたりする。 そんな私が少年時代、名前だけが安全なカミソリを手にした。恐怖に顔を引きつ [続きを読む]
  • エマオへの道
  • 一緒に食事に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。 すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。    ルカ書 24:30.31 福音書のなかでも、最も好きな箇所です。エマオへの途上(新共同訳)と言われる、この箇所は短いながらも、私たちに大切なものを教えてくれるものだと私は思います。 イエスさまが十字架に架けられ、二人の弟子たちが嘆き [続きを読む]
  • 心に憂いを。
  • 彼が担ったのはわたしたちの病 彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのにわたしたちは思っていた神の手にかかり、打たれたから彼は苦しんでいるのだ、と。  旧約聖書     イザヤ書 53:4 悩みは笑いにまさる。顔が曇るにつれて心は安らぐ。  同書        コヘレトの言葉 7:3 心に傷や暗闇を持たない人は、憂いや優しさが、余りないのではないかと私は感じます。現に、過去に傷を負い、悩み苦しみ、現 [続きを読む]
  • 「兄貴」&「姉」
  • 「兄貴」私には4歳年上の兄貴がいた。私が16歳のときに、20歳の若さで自らの命を絶った。今、その兄貴のこころの痛みが分かってあげられない自分が悔しい。兄弟として普通の家庭に育ったのであれば、少しは理解出来たのかも知れない。 しかし、一緒に生活した時間が余りにも少なく、短すぎたのである。そして、兄貴との思い出がほとんどないのだ。 少しばかり有る思い出といえば、私にとって辛いものばかりだった。 母親が突然失 [続きを読む]
  • 日ごとの糧
  • 二つのことをあなたに願います。わたしが死ぬまで、それを拒まないでください。むなしいもの、偽りの言葉をわたしから遠ざけてください。貧しくもせず、金持ちにもせずわたしのために定められたパンでわたしを養ってください。        箴言31章 7:8 私が大変好きな聖書の御言葉です。私は過去、人が羨むような大金を右から左へと動かしていました。その、反対に一銭のお金もなく路上生活をせざるを得なくなってしま [続きを読む]
  • 暗闇のなかにこそ。
  • 随分前のことです。 ある犯罪心理学を専攻する大学教授から、アンケート方式でのインタビューを受けました。 内容は、「前科者の更生」で、犯罪を犯すときの動機や、更生の切っ掛けなど・・・ 私自身の犯罪は少年期より、自分が生きるための選択肢はなく、犯罪を犯すしかなくありませんでした。幼かったと言えばそうですが、社会的な判断が出来ずにいたのです。 現在では児童保護法も変わり違いますが、私たちの時代、中学校を卒 [続きを読む]
  • 母親
  • 40歳を超えて身体に老いを覚えるこの年齢になっても、日に幾度となく呼び求める人がいる。この拘禁生活のなかで唯一の支えとなってくれているのが、私を回心の道へ導いてくれた「母ちゃん」の存在である。 でも、今回は実の母親について考えてみたい。私がどれほど母親の愛情に欠乏し、渇きを覚えていたかは、回心の道に導いてくれた母を通して本当の自分を知ったのは言うまでもない。 私が幼少時代、突然の母の失踪により、いつ [続きを読む]
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