ゆうみ さん プロフィール

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ゆうみさん: ウィリーの娘と17歳差の息子クン
ハンドル名ゆうみ さん
ブログタイトルウィリーの娘と17歳差の息子クン
ブログURLhttp://syumi0531.hatenablog.com/
サイト紹介文ウィリアムズ症候群でハンディがある娘と不育症治療を経て、17歳差の息子を育てる母のブログ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供19回 / 8日(平均16.6回/週) - 参加 2018/02/10 00:19

ゆうみ さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 中学部卒業式
  • 3年間の中学部が終わりを迎えました。高等部に進学するのですが、一応受験がありました。娘は面接だけでしたが、娘なりに緊張している様子でした。無事に進学も決まり、いよいよ卒業式です。3年間、毎週末の送迎を娘と頑張って来ました。雪が積もる地域なのでドキドキしながら。仕事で迎えが夕方遅い事が多く。先生にも本当にお世話になりました。一人で待つ時間が長く、迎えに行くと涙を流していた事もありました。仕事があるか [続きを読む]
  • 雪、雪! 雪!!
  • 今季の冬は本当に寒い毎日です。今日も昼間も氷点下(T ^ T)一番寒い朝で、氷点下12度の日がありました。初めて水道管破裂。対策していたのにもかかわらず、水道管が凍結して破裂してしまいました。その翌朝はトイレタンクの水が凍結!昼には溶けてホッとしました。本当に寒い寒い冬になっています。そして、来る日も来る日も、雪 、雪!やっと溶けたと思ったら、またどかっと積もる…を繰り返しています。今回が一番の積雪でした [続きを読む]
  • そして修学旅行
  • 仕事をしていても、娘が大丈夫か不安でしかありませんでした。ただでさえ体力がなくて、歩行も心配な娘です。そこへ体調が万全でない状態。USJの広い敷地を無事に過ごしているだろうか…。いつ電話がかかるか、気が気ではありませんでした。状態が状態だったので、担任の先生が毎日夜に連絡を入れて下さりました。周囲の心配をよそに、娘は元気に楽しんでいるとの知らせに胸を撫で下ろしました。心配したUSJも最後迄元気に歩いて終 [続きを読む]
  • 突然の不調
  • 熱を出したり大病をする事なく、順調に中学3年間を過ごして来た娘。そんな娘が体調を崩したのは、もうすぐ修学旅行が始まるという時でした。学校では授業で修学旅行で行く場所を調べて発表したり、色々準備を進めている時でした。行く先は、USJや京都。娘は現地で代表コメントを言う役割も与えてもらっているとの事でした。最初は微熱の症状から始まり。夜、寮から電話があり迎えに行きました。翌日、私も仕事を休ませて頂いて様 [続きを読む]
  • 縁に恵まれて
  • 娘は本当に周囲の皆さんに恵まれていました。導かれたかのようなご縁にも恵まれて幸せでした。中学部に入学前、見学と体験入学に行った時に、担任の先生の同級生が特別支援学校にいらっしゃいました。今も連絡を取り合っているという仲良しのお二人の先生。中学部に入学したら、この方が娘の担任の先生になっていました。娘にとっても私にとっても心強いご縁でした。娘が大好きな音楽の先生でもあり、ピアノがとっても上手で、娘も [続きを読む]
  • 初めて送った日
  • 特別支援学校の中学部に入学した娘。初めての週末を迎えて、寮に送る時間が来ました。車で片道一時間の距離。道中無言になる娘。あ〜 緊張してるなぁ。緊張する?と尋ねると、うん。と一言。今にも涙がこぼれ落ちそうな表情です。お母さんも一週間仕事頑張るから、一緒に頑張ろう。私も、そう伝えると泣いてしまいそうでした。寮に着いて荷物を片付けて私が帰る時。娘は涙をポロポロ流して、バイバイと手を振ります。私はどうにか [続きを読む]
  • そして悩む。【中学校を選ぶ】
  • 小学校生活を残り一年になったところで、正解のない答えを出さなくてはいけない時期が来ました。小学校卒業後、進路をどうするか?地元の中学校の支援学級へ行くか車で片道一時間の所にある特別支援学校へ行くか一人で答えを出さなくてはなりません。娘は答えられません。私は娘と二人で生きる為に仕事を続けなくてはいけない。娘にとって良いのはどっち?本当に悩みました。結論は、特別支援学校へ入学する。寮生活を送り、毎週末 [続きを読む]
  • 辛かった事
  • 小学校時代の6年間、人間関係に恵まれ娘は元気に通学しました。そんな中辛かった事。娘は知的に発達遅滞があるので、からかいの対象になる事がよくありました。娘より何歳も下の男児からパンチをされそうになるからかいを受けたり。1歳上の男児から、苛々の標的になり足をかけて転倒させられた事もあります。どちらも利用していた放課後学童クラブでの出来事。職員の方がどちらも見ていて本人にはしっかり話しをして下さったとの [続きを読む]
  • 娘の特徴
  • 染色体異常の稀少病 ウィリアムズ症候群の娘。娘の特徴には一般的なウィリアムズ症候群の特徴に当てはまるものもあります。・妖精のようだと言われる顔つき・穏やかで人懐っこい性格・心身発達遅滞※ 娘の場合、知的発達遅滞は療育手帳では重度扱いになっています。※ 身体的発達遅滞としては、空間認知力が弱い為段差の把握が難しく、階段は手すりか人の手の支援が必要です。それでも上り下りのスピードは大変遅いです。また、傾 [続きを読む]
  • 特別支援学級と通級
  • 娘は地元の小学校の特別支援学級に通った。娘の2歳上の児童から続いて通学児童がいた為、支援学級の開設願いなど大変な事はなく入学出来た。音楽、体育、生活科、理科、図工は普通学級に通級で授業を受けた。支援員の先生についてもらい授業を受けた。保育園の頃からの友達と同じ環境を選べた事が一番大きい。自然と娘に手を差し伸べてくれる友達もいたり、仲良くしてくれる友達もいた。入学前に2回小学校に出向き、支援学級の担 [続きを読む]
  • 前向きな気持ちと寂しさと
  • サクサクと離婚しスタートした娘との暮らし。生きる為、仕事と娘の療育と、一生懸命でした。きっと若かったから出来たんだろうなと、後から振り返って思います。本当に、あの頃の自分頑張っていたなぁと思います。そんな日々を送りつつ、ある秋の夕暮れ。別れた夫に膝枕をしてもらう私がいました。ありがとう…ちょっと疲れて…ちょっと寂しかった…。頰を涙が伝います。嗚咽がもれ始めて…。、、、自分の泣き声と涙で目が覚めま [続きを読む]
  • 二人なら何とかなる!
  • 「娘の事は私が背負っていく!」そう決意した日から、夫との会話が減りました。元々時間が不規則な仕事をしていた夫。更にパチンコ屋通いが激しくなり、家に帰るのは深夜になる事が多くなっていました。「一人になりたいのかもしれないな。」夫の行動からそう感じていたある日、夫の職場の人から連絡がありました。「仕事を退職する事を伝えてきたんだけれど、何か相談はあったかな?」「あぁ。もうおしまいだな。」そう思いま [続きを読む]
  • 療育に通う
  • 保健センターの保健師さんの薦めもあって、母子通園施設に週に1度通うようになりました。これもまた、車で1時間の所。親子でプールに入りプールでの療育。個別活動。小集団での活動。また、プール療育に慣れた子は土曜日にもプール療育に通う事が出来ました。この施設に週に2回通所。そして、整形外科の感覚統合の療育に通いました。「感覚統合」初めて耳にする言葉でした。これもまた、車で1時間の場所、、、。通園して [続きを読む]
  • 自分を責める日々
  • 染色体異常が判明した娘。症状としては「ダウン症」と似ているとの事。当時、隣近所に娘と同い年の女の子が何人かいてよく遊んでいました。皆歩き始めて、小走りをしたり楽しく遊んでいる姿を見る度、自分を責めるようになりました。「健康な身体に産んであげられなくてごめんね、、、。」考えても仕方ないのですが、そう自分を責めて泣く夜が続きました。「将来、恋愛して結婚して・・・そんな当たり前の事が出来ない子どもに [続きを読む]
  • 病が判明
  • 2度目の血液検査の結果が出ました。生まれた時からの主治医から説明を受けました。「染色体検査の結果、娘さんの病が判明しました。」「染色体異常の中でも稀少な病で、ウイリアムズ症候群という病気です。」「私達医者も臨床経験がない事が多く、私もこれから詳しく調べて次回の診察時にお話しします。言える事としたら、薬で治せる病ではありません。心身発達遅滞が見られる病ですが、経過観察をするしかありません。症状も [続きを読む]
  • 座らないのはなぜ?
  • 異変に気付いたのはお座りを全身を硬直させて拒否する事からでした。脳神経外科でMRIを撮影したり。整形外科の診察を受けたり。色々な診療科を周りました。MRIの検査が本当に大変でした。眠る薬を服用して眠ってから行うのですが、何度行っても磁場の音で泣き叫んで起きる。その為、数日間車で1時間の距離を検査に通いました。来る日も来る日も検査のやり直し・・・。帰る頃に薬が効いて熟睡の娘。私はぐったりでした。 [続きを読む]
  • 眠らない赤ちゃん
  • 訳1ヶ月の入院を経て退院をした娘。やっと帰宅して娘の子育てが始まりました。娘は母乳を飲む力が弱く、すぐに眠ります。体重の増え方も悪く、あまり飲まずに眠るせいかまとめて眠る事が出来ない赤ちゃんでした。が、この「眠らない」事も重大な病の症状の一つだったのです。本当に眠らないので、夜が怖いぐらい。夜眠らないせいか、昼間はまとめて眠ります。どうして夜は眠らないの?精神的に限界でした。旦那の協力のおかげで [続きを読む]
  • 娘が生まれた日
  • 平成8年11月5日 2,386グラム 娘が誕生!!その日は秋晴れで。私の誕生日に、破水してから二日目にしての誕生でした。娘は仮死状態。か細い産声をあげてすぐ、Nicuに入院となったのでした。娘が1歳の誕生日に知らされた事ですが、娘は人工呼吸器をつけられ、家族には「一昼夜経っても自力呼吸が出来ない場合は覚悟をして下さい。」と告げられていたそうです。娘は生命力が強い子でした。訳1ヶ月の入院を経て退院をした娘。 [続きを読む]
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