puroresu.com さん プロフィール

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puroresu.comさん: PURORESU BLOG
ハンドル名puroresu.com さん
ブログタイトルPURORESU BLOG
ブログURLhttp://www.puroresu.com/blog/
サイト紹介文選手権変遷など、主にプロレス史が中心。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供54回 / 301日(平均1.3回/週) - 参加 2018/02/10 13:20

puroresu.com さんのブログ記事

  • 今尚NWAを追う(18) ? 70周年
  • 1948年に結成されたNWAは、その規模や形態は変わりながらも、2018年7月で70周年を迎えた。8月23日、NWAは発足70周年記念大会を10月21日にナッシュビルで開催することを発表した。その約1週間後の9月1日、シカゴで行われたコーディ(コーディ・ローデス)とヤングバックスによる自主興行『オール・イン』で、コーディがニック・オルディスからNWA世界ヘビー級王座を奪取。3度同王座を保持した父ダスティに次ぎ、初の親子二代による栄 [続きを読む]
  • ナッシュビルとメンフィス
  • テネシー州の2大都市であるナッシュビルとメンフィス。ナッシュビルが州都で市内人口も多いが、近郊を含めた郡全体の人口では、ナッシュビルのあるデビッドソン郡よりもメンフィスのあるシェルビー郡の方が圧倒的に多い。両方とも、世界的に音楽で有名な街だが、同じ州内であるにも関わらず、白人中心のカントリー音楽のナッシュビル、黒人音楽家達によって発展していたブルースのメンフィスと、大きな違いも見られる。日本でも、 [続きを読む]
  • 国会議員と横綱と
  • 小学校4年生か5年生だった頃の話。これは、日本の大半で同じような感じだろうが、当時の我が故郷広島県東城町も、歩行者はおろか車でさえもあまり走ってない現在とは違い、どの商店街も結構賑わっていた。昼間にはチリ紙交換やアサリ売り、タンス屋や衣類屋の宣伝など、色んなトラックやバンがスピーカーから音をだして走り回っていた。夜も、軽トラで周る石焼き芋やチャルメラの音が聞こえてた。当然のことながら選挙運動の車もあ [続きを読む]
  • テキサスの思い出(9) ? 親子で観戦
  • ダラス・スポータトリアムの常連だった頃、同じくほぼ毎週来てたこども達もいた。会場の周りは結構物騒だったし、第一、この国ではこども達だけで出かけるということはまずないので、当然同伴の大人がいたんだろうが、それらしき人達を見た記憶がない。その中の1人で、自分にやたらとなついてたのがいた。おそらく当時8、9歳くらいだったと思われる、カルロスとかいうメキシコ系の男の子だった。なぜ、自分に話しかけるようになっ [続きを読む]
  • 最軽量級
  • アメリカという国は、昔から国民の平均の体格がイギリスやメキシコよりも大きかったのか、ボクシングにおいても、フェザー級より下になると、選手層が極端に薄い。1959年の統計だと、身長が約160cmの男性の平均体重が129パウンド(58.5kg)で、これがもし第二次世界大戦前のプロレスでの体重だったら、ぎりぎりフェザー級だ。同じ身長で最も軽いのが118パウンド(53.5kg) とのこと。これだと、レスリングやボクシングの選手が少なくて [続きを読む]
  • ダラス角力史 ? 第弐章
  • 南北戦争が終った1865年から19世紀末までは復興の期間だったテキサスだが、 プロレスという面においては、 20世紀に入ってからも、すぐに状況が良くなることはなかった。1900年末から1901年前半にかけて、ダラスのターナー・ホールを中心に、ルイス・キャノン、ハリー・コバート、 W・J・マリーの3人による抗争が繰り広げられたが、連日新聞上で試合が紹介されたり、選手同士の手紙が掲載されたりしていたにも関わらず、決して観客 [続きを読む]
  • グレコローマン選手権
  • 今でこそ、グレコローマン・スタイルといえばフリースタイルと並びオリンピックのレスリングの種目の1つという印象が多くの人々にとっては強いと思うが、元々レスリングにはアマチュアという概念がなかったようなもので、かつてはプロレスにおいても、腰から上だけを使っての攻防によるグレコローマンの試合が主流だという時代があった。第二次世界大戦以前のヨーロッパのプロレスは、選手権試合で勝って王座を奪取するという形式 [続きを読む]
  • 今尚NWAを追う(17) ? 父と息子の物語
  • 2018年5月13日、バレットクラブのコーディ(コーディ・ローデス)とヤングバックスは、9月1日にシカゴで開催される自主興行『オール・イン』の記者会見を開催。NWA社長のビリー・コーガンも同席の中、コーディがNWA世界ヘビー級王座への挑戦を発表。世界王者ニック・オルディスは、5月26日、ROHのロンドン大会に登場、試合直後のコーディの前に現れ、ROH世界王座を奪取した際にはダブルタイトル戦にすることをNWA世界王座挑戦の条件 [続きを読む]
  • 二十世紀王座統一劇 (上)
  • プロレス界では、何度となく、選手権の分裂と統一が行われているが、ここでは、全日本プロレスの三冠ヘビー級王座のような団体内の統一ではなく、異なる団体の提携や合併により統一された王座を挙げていく。今回は1930年代から1960年代まで。NWA & AWA & ニューヨーク体育協会世界ヘビー級王座 (1935年)フランク・ゴッチ引退後、1910年代からは分裂と統一を繰り返した世界ヘビー級王座だが、1930年代に入ると、NWA(アソシエーショ [続きを読む]
  • 米国南東部地区
  • 米プロレス史において、南東部地区(Southeastern)というと、ノックスビルを中心としたテネシー州東部およびアラバマ州全域のことを指す。ノックスビルは、1942年4月からジョージ・カザナが、後に弟のジョン・カザナと共に主宰していたが、テネシー州内の他地区同様、ニック・グラスとロイ・ウェルチのナッシュビル地区の傘下だった。だが、テネシー州タッグ、そして1980年代まで同地区の主要王座だった南東部ヘビー級など、ノック [続きを読む]
  • 先駆者の墓
  • 自営業の自分は、お客さんのとこに行かない限り、大抵自宅で仕事をしている。今朝もそうするつもりだったが、予定外で急に出かける羽目になり、8時半頃家を出た。9時前には目的の場所で用事を済ませたので、銀行での入金など他の用事をついでに済ませて、さっさと家に帰ろうと思った。車を走らせ始めると、あることを思い出した。ちょっとだけ遠回りをしてバルハラという町に行くと、元ニューヨーク・ヤンキースのルー・ゲーリッグ [続きを読む]
  • テキサスの思い出(8) ? 日本とダラスとグアテマラと
  • 1994年8月。23日の火曜日に、同じくテキサスに住むKさんと2人で、自分の車で10時間運転し、アイオワ州アイオワシティまで行った。翌24日、現地に住む日本人の友人と3人でWCWシーダーラピッズ大会を観戦。自分にとって唯一生で観たアントニオ猪木の試合だった。翌日再び車で長時間運転しテキサスに戻った。更にそのまた翌日、Kさんと共に、当時自分がほぼ毎週金曜夜に行っていたGWFスポータトリアム大会へ。本来なら、自分が住んで [続きを読む]
  • アイオワにて
  • 1994年の夏、テキサスで大学生だった頃のこと。Windows 95がリリースされる前の年なんで、まだインターネットが世間一般に普及してるわけではなかったが、自分はコンピューターサイエンス専攻だったということもあり、大学からアカウントをもらえていて、アパートからモデムを使って大学の回線に接続し、プロレスのニュースグループによく投稿していた。それに加えてCompuServeやProdigyといった『パソコン通信』にも加入していた [続きを読む]
  • ダラス角力史 ? 第壱章
  • テキサスは、1835年にメキシコに対して革命を起こし、翌1836年テキサス共和国として独立、1845年にアメリカ合衆国に併合した。だが、15年後の1860年には南北戦争に突入。合衆国(北軍)に敗北した連合国(南軍)側だったため、終戦の1865年から19世紀末までは復興の期間だった。5年後の1870年、正式に1つの州として合衆国に戻り、連邦政府に議員を送り出すのが許可された。米国内の他地域同様、ダラスのプロレスも、19世紀後半まで遡る [続きを読む]
  • カラー・アンド・エルボー選手権
  • 今回の話題については、まだまだ研究中なので(というか、殆ど全ての話題についてそうなんだが)、明確ではないにしろ、忘れる前に書いておくことにした。実は、入手はしているがWrestling-Titles.comに載せてない情報も当然のことながら大量にあり、新聞記事で一度だけ記述があったような選手権もメモに残していたりする。それらのメモ以外で、現在サイトに載せているので最も古いのは、米国カラー・アンド・エルボー選手権。19世紀 [続きを読む]
  • メキシコ湾岸地区
  • 2004年の夏、当時頻繁に参加していた英語のプロレス掲示板でつながってるNさんから連絡があった。Nさんとは、それまで掲示板上でのやり取りはあったが、そこまで頻繁でもなく、ある程度プロレスの歴史について詳しいんだろうという印象しかなかった。掲示板のメールボックスにメッセージが入ってたので、メールにしてくれとお願いした。間もなくNさんからメールが届いた。「ファックス持ってるか? 湾岸地区の選手権史で完璧なのを [続きを読む]
  • 今尚NWAを追う(16) ? 悪夢との駆引き
  • 世界ヘビー級王者ニック・オルディスは、2018年3月24日、フィラデルフィアにて、かつてシェーン・ダグラスがNWAベルトを投げ捨てた元ECWアリーナでトミー・ドリーマーに勝利。そして4月14日には中国では初めての防衛戦で同王座と因縁深いコルト・カバナも破り、WCW離脱以降のNWAの歴史に残っていた『過去の汚点』を清算するかのような試合を続けた。その後もオルディスは米インディ界で活躍する選手達を相手に次々と防衛。4月21日 [続きを読む]
  • 今尚NWAを追う(16) ? 悪夢との駆引き
  • 世界ヘビー級王者ニック・オルディスは、2018年3月24日、フィラデルフィアにて、かつてシェーン・ダグラスがNWAベルトを投げ捨てた元ECWアリーナでトミー・ドリーマーに勝利。そして4月14日には中国では初めての防衛戦で同王座と因縁深いコルト・カバナも破り、WCW離脱以降のNWAの歴史に残っていた『過去の汚点』を清算するかのような試合を続けた。その後もオルディスは米インディ界で活躍する選手達を相手に次々と防衛。4月21日 [続きを読む]
  • 皇帝戦士
  • 今朝から色々考えてるが、なかなか思いつかない。 1987年12月27日。両国国技館。たけし軍団。「どーですか!?」暴動。新日本プロレスの歴史の中でも、そして本人のプロレス人生の中でも『汚点』と言っても過言ではない。罵声の中での日本デビュー戦にも関わらず、その後人気を得て外人のトップに君臨することができた選手なんて、他にいたかどうか思いつかない。 日本ではIWGPヘビー級 (新日本)、三冠ヘビー級 (全日本)、プロレスリ [続きを読む]
  • テキサスの思い出(7) ? 少年の夢
  • ダラス・スポータトリアムの常連だったころ、時々試合後に選手やレフリー、アナウンサーらと食事に出かけることがあったが、プライベートでも仲良くなったのが1人だけいた。1991年、グローバル・レスリング・フェデレーション(GWF)が旗揚げ。当初のプロモーターだったジョー・ペディシーノは、ファンに『親しみ』を感じてもらえるような番組作りを目指し、ファンとレスラーによる質問コーナーも中継に含めた。ある日、関係者が、1 [続きを読む]