puroresu.com さん プロフィール

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puroresu.comさん: PURORESU BLOG
ハンドル名puroresu.com さん
ブログタイトルPURORESU BLOG
ブログURLhttp://www.puroresu.com/blog/
サイト紹介文選手権変遷など、主にプロレス史が中心。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供39回 / 188日(平均1.5回/週) - 参加 2018/02/10 13:20

puroresu.com さんのブログ記事

  • 先駆者の墓
  • 自営業の自分は、お客さんのとこに行かない限り、大抵自宅で仕事をしている。今朝もそうするつもりだったが、予定外で急に出かける羽目になり、8時半頃家を出た。9時前には目的の場所で用事を済ませたので、銀行での入金など他の用事をついでに済ませて、さっさと家に帰ろうと思った。車を走らせ始めると、あることを思い出した。ちょっとだけ遠回りをしてバルハラという町に行くと、元ニューヨーク・ヤンキースのルー・ゲーリッグ [続きを読む]
  • テキサスの思い出(8) ? 日本とダラスとグアテマラと
  • 1994年8月。23日の火曜日に、同じくテキサスに住むKさんと2人で、自分の車で10時間運転し、アイオワ州アイオワシティまで行った。翌24日、現地に住む日本人の友人と3人でWCWシーダーラピッズ大会を観戦。自分にとって唯一生で観たアントニオ猪木の試合だった。翌日再び車で長時間運転しテキサスに戻った。更にそのまた翌日、Kさんと共に、当時自分がほぼ毎週金曜夜に行っていたGWFスポータトリアム大会へ。本来なら、自分が住んで [続きを読む]
  • アイオワにて
  • 1994年の夏、テキサスで大学生だった頃のこと。Windows 95がリリースされる前の年なんで、まだインターネットが世間一般に普及してるわけではなかったが、自分はコンピューターサイエンス専攻だったということもあり、大学からアカウントをもらえていて、アパートからモデムを使って大学の回線に接続し、プロレスのニュースグループによく投稿していた。それに加えてCompuServeやProdigyといった『パソコン通信』にも加入していた [続きを読む]
  • ダラス角力史 ? 第一章
  • テキサスは、1835年にメキシコに対して革命を起こし、翌1836年テキサス共和国として独立、1845年にアメリカ合衆国に併合した。だが、15年後の1860年には南北戦争に突入。合衆国(北軍)に敗北した連合国(南軍)側だったため、終戦の1865年から19世紀末までは復興の期間だった。5年後の1870年、正式に1つの州として合衆国に戻り、連邦政府に議員を送り出すのが許可された。米国内の他地域同様、ダラスのプロレスも、19世紀後半まで遡る [続きを読む]
  • カラー・アンド・エルボー選手権
  • 今回の話題については、まだまだ研究中なので(というか、殆ど全ての話題についてそうなんだが)、明確ではないにしろ、忘れる前に書いておくことにした。実は、入手はしているがWrestling-Titles.comに載せてない情報も当然のことながら大量にあり、新聞記事で一度だけ記述があったような選手権もメモに残していたりする。それらのメモ以外で、現在サイトに載せているので最も古いのは、米国カラー・アンド・エルボー選手権。19世紀 [続きを読む]
  • メキシコ湾岸地区
  • 2004年の夏、当時頻繁に参加していた英語のプロレス掲示板でつながってるNさんから連絡があった。Nさんとは、それまで掲示板上でのやり取りはあったが、そこまで頻繁でもなく、ある程度プロレスの歴史について詳しいんだろうという印象しかなかった。掲示板のメールボックスにメッセージが入ってたので、メールにしてくれとお願いした。間もなくNさんからメールが届いた。「ファックス持ってるか? 湾岸地区の選手権史で完璧なのを [続きを読む]
  • 今尚NWAを追う(16) ? 悪夢との駆引き
  • 世界ヘビー級王者ニック・オルディスは、2018年3月24日、フィラデルフィアにて、かつてシェーン・ダグラスがNWAベルトを投げ捨てた元ECWアリーナでトミー・ドリーマーに勝利。そして4月14日には中国では初めての防衛戦で同王座と因縁深いコルト・カバナも破り、WCW離脱以降のNWAの歴史に残っていた『過去の汚点』を清算するかのような試合を続けた。その後もオルディスは米インディ界で活躍する選手達を相手に次々と防衛。4月21日 [続きを読む]
  • 今尚NWAを追う(16) ? 悪夢との駆引き
  • 世界ヘビー級王者ニック・オルディスは、2018年3月24日、フィラデルフィアにて、かつてシェーン・ダグラスがNWAベルトを投げ捨てた元ECWアリーナでトミー・ドリーマーに勝利。そして4月14日には中国では初めての防衛戦で同王座と因縁深いコルト・カバナも破り、WCW離脱以降のNWAの歴史に残っていた『過去の汚点』を清算するかのような試合を続けた。その後もオルディスは米インディ界で活躍する選手達を相手に次々と防衛。4月21日 [続きを読む]
  • 皇帝戦士
  • 今朝から色々考えてるが、なかなか思いつかない。 1987年12月27日。両国国技館。たけし軍団。「どーですか!?」暴動。新日本プロレスの歴史の中でも、そして本人のプロレス人生の中でも『汚点』と言っても過言ではない。罵声の中での日本デビュー戦にも関わらず、その後人気を得て外人のトップに君臨することができた選手なんて、他にいたかどうか思いつかない。 日本ではIWGPヘビー級 (新日本)、三冠ヘビー級 (全日本)、プロレスリ [続きを読む]
  • テキサスの思い出(7) ? 少年の夢
  • ダラス・スポータトリアムの常連だったころ、時々試合後に選手やレフリー、アナウンサーらと食事に出かけることがあったが、プライベートでも仲良くなったのが1人だけいた。1991年、グローバル・レスリング・フェデレーション(GWF)が旗揚げ。当初のプロモーターだったジョー・ペディシーノは、ファンに『親しみ』を感じてもらえるような番組作りを目指し、ファンとレスラーによる質問コーナーも中継に含めた。ある日、関係者が、1 [続きを読む]
  • ダラス角力史 ? 序章
  • 自分は、生まれ育った日本での年月以上をニューヨーク周辺で過ごしているが、その次に長く住んだのが、6年間いたダラス近郊。実際には、ダラスまで車で40〜50分かかるデントンという町だ。ミネソタ州のミネアポリスとセントポールが『ツインシティ』と呼ばれるのと似たように、ダラスと、西に約30マイル離れたところにあるフォートワースで、『メトロプレックス』と呼ばれる。デントンもそれぞれの街から35〜40マイル程離れていて [続きを読む]
  • 米国と世界
  • これは『研究における困難』に追記するべき内容なのかも知らないが、あえて個別に書くことにする。メジャーリーグでも30組中、トロント以外の29組が全て米国のチームであるにも関わらず、毎年行われる選手権を『ワールド・シリーズ』と呼ぶが、多くの米国人の気持ちの中で、「我が国こそが『世界』」というのは、今に始まったことではなさそうだ。19世紀末から20世紀初期までの米国内の選手権史を調査するうえで、面倒なことの1つ [続きを読む]
  • もう一つの『ミッドサウス』
  • 『南部の大家族』でも紹介したウェルチ一族は、1940年代から1980年代まで、プロモーター、レスラー、レフリーなど、業界の中でもあらゆる方面で活躍し、テネシー州とアラバマ州を牛耳った。ロイ・ウェルチはテネシー州の北西部、メンフィスから車で約1時間半北上したとこにあるダイヤースバーグを本拠としていた。長年NWAの会員として名を連ねていたのもウェルチだったが、実際にはナッシュビルのニック・グラスと共に同地区を運営 [続きを読む]
  • 今尚NWAを追う(15) ? 過去の清算
  • NWA世界ヘビー級王者ニック・オルディスとマネージャーのオースティン・アイドルが『ザ・オルディス・クルセード』と銘打って開始した防衛戦ツアーで、オルディスは60日間で20以上の防衛戦を行うことを発表。2月にはオルディスの祖国イギリスで7度王座を防衛し、3月3日には、2011年から2017年までNWAに加盟していたイノベート・プロ・レスリングのテネシー州キングストン大会で、同団体認定USヘビー級王者デビン・ドリスコールを相 [続きを読む]
  • ベルト流出
  • これまでプロレス界では、王座を保持していた選手が、ベルトを持ったまま他団体に移籍することが何度もあったが、自分が思い出せるだけ挙げてみる。NWA世界ライトヘビー級王座1960年7月、ゴリー・ゲレロがレイ・メンドーサから奪取。1963年8月、アリ・ベイに敗れ王座を失ったが、翌月奪回。だがゲレロは1966年12月、NWAから同王座の管理を任されていたEMLLを離脱し、剥奪されたにも関わらず、そのままベルトを持ち去り、地元エルパ [続きを読む]
  • テキサスの思い出(6) ? 帝王復活…?
  • 1994年11月22日、ダラスでのWWF初観戦の約3ヶ月後、感謝祭の休みを利用して、車で3時間以上走りオースティンに向かった。テネシーの高校の同級生や、インターネットで英語圏のファン達に対して共に『puroresu』という言葉を普及させた同志のKさん他、友人が数人住んでいたので、時々オースティンに行くことはあった。州都だというのを聞くと堅苦しい印象を持つかもしれないが、実際には、テキサス大学の本校もあって世界中から学生 [続きを読む]
  • 生きた伝説
  • 日本でもアメリカでも、最近の人達は、やたらと『レジェンド』という言葉を乱用しているような気がする。でも、もしそれを、元々の日本語である『伝説』に置き換えたらどうだろうか。簡単に『レジェンド』とは呼ばれるが、『伝説』という言葉には当てはまりそうにないのが多いのではないだろうか。何を以ってレジェンドと呼べるのかは、色々な基準があるかもしれないが、第二次世界大戦後のアメリカで、プロレスで活躍し、ファン以 [続きを読む]
  • WrestleMania 34
  • 4月8日は、WWEが開催する毎年最大のイベント『WrestleMania』だった。今年で34度目。会場は、たった4年前にも開催されたばかりのニューオリンズのスーパードーム。通常、わざわざ高い金出して、旅行までして観に行きたいと思うことはないが、2年前のダラスとか、テキサス時代に何度も車で遊びに行ったニューオリンズなど、思い入れのある土地での開催となると、心が動くこともある。でもまぁ、嫁さんとせがれをほったらかして、自 [続きを読む]
  • 今尚NWAを追う(14) ? 軽量級王座
  • 現在NWAは、世界ヘビー級王座のみに重点を置き、ビリー・コーガンによる買収以前に本部が管理していたその他の選手権について今後どうなるのかという問い合わせには、全て、「お楽しみに。」とだけ答えている。ヘビー級以外に本部が管理してきたのは、ジュニアヘビー級、女子、タッグ、そして北米ヘビー級とナショナル・ヘビー級王座だが、その中でもNWAファンの間で『復帰』を期待する声が多いのは、世界ジュニアヘビー級王座だ。 [続きを読む]
  • テキサスの思い出(5) ? WWFダラス大会
  • 1994年8月11日、ダラスの(今は亡き)リユニオンアリーナへ、初めてWWFの観戦に行った。当然のように、毎週金曜夜のGWFスポータトリアム常連仲間のJやPも一緒だった。当時の自分はWCW派で、WWFはPPVを注文して見ることもなく、それまでダラスにWWFが来ても行きたいと思ったことがなかった。ケリー・フォン・エリックのセコンドにフリッツが就くと聞いた時も、「どうせWWFだし、別にええかな」と、行かなかったくらいだ。だが、ブル中 [続きを読む]
  • 幻の黒人世界王者
  • プロレス界初の黒人世界王者は、1954年、イギリスのアバディーンでノーマン・ウォルシュを破り、世界ミッドヘビー級王座を奪取したブラックブッチャー・ジョンソンという選手だと言われているが、今回は、それから8年後の話。1962年8月2日、カナダのトロントにて、NWA世界ヘビー級選手権試合が行われた。なんと、米国北東部で売り出し中で前年から何度も王座挑戦していたとはいえ、まだデビュー3年目のブルーノ・サンマルティノが [続きを読む]
  • 今尚NWAを追う(13) ? 王者凱旋
  • 2017年12月9日、ニュージャージー州シーウェルでのコンバット・ゾーン・レスリング(CZW)の大会中に急遽決定した試合でティム・ストームを破りNWA世界ヘビー級王座を奪取したニック・オルディスは、新しくマネージャーに就いたオースティン・アイドルと共に、2018年2月1日、『ザ・オルディス・クルセード』と銘打って、60日間で20以上の防衛戦をアメリカだけではなく、イギリスや中国でも行うことを発表した。その『クルセード』初 [続きを読む]
  • テキサスの思い出(4) ? ヌビアの脅威
  • 1990年代前半、自分がダラス・スポータトリアムに毎週試合を観に行き始めた頃は、グローバル・レスリング・フェデレーション(GWF)という団体が興行していた。それまでも何度か観戦しに行ったことはあったが、毎週行くようになったのは、インターネットのニュースグループで知り合ったPとJから誘われてからだった。最初にみんなで集まった日には、同じくニュースグループで知り合ったCも、わざわざオースティンから車で何時間も運転 [続きを読む]
  • カイリに野次
  • 夕べ、フロリダのプロレスファンを名乗る人によるツイッターへの書き込みがネット上で話題に
    なった。Douchebags saying “Happy ending” and “Pearl Harbor” at @KairiSaneWWE should be removed from the facility. Their
    tickets should be confiscated and their credit cards should be blocked from buying future tickets. @WWENXT #NXTStPetersburg&mdash
    ; FL Wrestling Fan (@FLWrestlingFan) February 23, 2018NXTのフ [続きを読む]
  • SWA
  • 1951年9月に行われた年次総会でNWAに加盟したジム・クロケット・シニア(キャロライナ地区)は、翌1952年、米国南部でも共通の王者を認定することを目的とするNWAの下部組織を結成することを提案した。1953年5月2日、南北キャロライナ、バージニア、ウェストバージニア、ジョージア、フロリダ、アラバマ、ミシシッピ、テネシーといった南東部各地からプロモーター達がジョージア州アトランタに集結し、クロケットを初代会長としてサ [続きを読む]