勝鬨美樹 さん プロフィール

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勝鬨美樹さん: 勝どきミキ/おはぐろ蜻蛉
ハンドル名勝鬨美樹 さん
ブログタイトル勝どきミキ/おはぐろ蜻蛉
ブログURLhttps://ameblo.jp/pasta-and-wine-miki/
サイト紹介文ワインにまつわる欧米の歴史がメインテーマです。
自由文ワインは三つの要素で出来上がっている。テロワール/セパージュ/生産者だ。そして実はもうひとつ、大きな要素がある。それは歴史だ。歴史を識らずしてワインを語るのは空疎だ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供130回 / 308日(平均3.0回/週) - 参加 2018/02/11 13:49

勝鬨美樹 さんのブログ記事

  • スク紀行#04/フェニキア人
  • ▲バスク紀行#04/フェニキア人スペインはフェニキア人が作った国だった。「新ポエニ」とも云うべきものだった。ローマの老政治家カトーは「Carthago delenda est!カルタゴ滅ぶべし!」という言葉をしばしば演説の中で使い、ローマはこれを標語にしていた。なぜそれほどまでにローマはフェニキア人を憎んだのか。その背景には、ギリシャ人とフェニキア人との間に長く続いた確執と攻防が有る。ローマの確執的なスペイン侵攻を理解す [続きを読む]
  • バスク紀行#03/ローマ帰化人
  • ▲バスク紀行#03/ローマ帰化人アキターニア人(現バスク人)たちは、奉ろわぬ民ガリア人に比して比較的ローマへ従順だった。楯突かない限り、異民族に鷹揚だったローマの体質が、彼らには心地よかったのかもしれない。ローマはいつでも到達した地に小ローマを築き自分たちのスタイルを保持した。しかし決してそれを地元の人々に強要はしなかった。異神を認め/異風俗を認め/異言語の使用を禁止しなかった。常に南からの脅威と弾圧に [続きを読む]
  • マッカーサーの朝鮮戦争#10
  • ダグラス・マッカーサーは感受性豊かで繊細な人物だった。これは間違いない。しかしそれを周囲の人々に見せることは極端に嫌った。理想が高く、人にもそれを求めるので、自分の思い通りにならないと激高したり不機嫌になる人物だった。そして全てを言わないと気が済まない性格なので、話は常に演説調で長かった。興味のないことには一切関心がなく、興味がある事にしか動かない。人付き合いが苦手で、相手に気を使うということは [続きを読む]
  • バスク紀行#02/バスク人の村落ブルディーガラ
  • ▲バスク紀行#02/バスク人の村落ブルディーガラでは。その広大な湿地沼地地帯には誰も住んでいなかったのか?もちろんその水域で漁をする人々はいた。ローマは、この地にはビトゥリゲス・ウィウィスキ族Bituriges Vivisciが暮らしていたと記録を残している。B.C.300年頃の記録である。ジロンド河は、河口から71kmあまり入ったところで二つに分かれる。その西側ガロンヌ川は10kmほど行ったところで丘にぶつかり大きく曲がる。その丘 [続きを読む]
  • バスク紀行#01/ボルドー西方の地バスク
  • ▲バスク紀行#01/ボルドー西方の地バスク今度の正月は、少し時間をかけてスペインバスク/フランスバスクを彷徨してこようと考えている。バスクは不思議の国だ。スペインとフランスを跨いで、ピレネー山塊北部に広がる独自の血と言語と文化を持つところだ。今度の正月は、その地を家内と共に歩いてみたいと考えている。じつは・・そのバスク地方のことが気になり始めたのは、ボルドーからだった。従って僕にとって、バスク地方は” [続きを読む]
  • マッカーサーの朝鮮戦争#09
  • 5月3日。軍事外交共同委員会の席で、ヒックンルーパー上院議員はこう質問した「Isn't your proposal for sea and air blockade of Red China the same strategy by which Americans achieved victory over the Japanese in the Pacific?」「赤化中国に対する海空封鎖というあなたの提案は、アメリカが太平洋において日本に勝利したのと同じ戦略ではありませんか?」マッカーサーはこう答えた。「 Yes, sir. In the Pacific we by-p [続きを読む]
  • ●クリスマスの奇跡/You go to my head
  • ●クリスマスの奇跡/You go to my head土橋にOLDPALというbarが有った。再開発に巻き込まれて今は無い。ここは僕の大学時代からのたまり場で、マスターのゲンさん/ママの千鶴子さんには随分とお世話になった。店の奥に古びたアップライトが有って、僕のマネージャーだった三舟さんが、右手の中指と人指指の間に煙草を挟んだままYou go to my Headなんかを弾いたりした。僕も真似して煙草を挟んだまま弾くんだけどね、絶対落としち [続きを読む]
  • クリスマスの奇跡
  • ●クリスマスの奇跡友人のKは外苑前で小さな広告代理店をやっている。彼の話だ。年末も押し迫ったというのにその年、Kは土日も仕事場へ出ていた。奥さんと子供たちは海外旅行へ出ていた。本当はKも同行するつもりだったのだが、クライアントにせっ突かれて已む無く日本に残ったのだ。まるで出口の見えない仕事に追われて、仕事場と独りぼっちの自宅を往復する年末だった。その日もそうだった。途中までやりかけた仕事をブリーフケ [続きを読む]
  • マッカーサーの朝鮮戦争#08
  • 最後にマッカーサーこう結んだ。「私は、戦地で戦う皆様の息子たちを朝鮮半島に残してきたところです。彼らはそこであらゆる試練に耐えてきました。彼らはあらゆる意味において優れていると、私は今、なんのためらいも無く、皆様に報告 することができます。私は彼らを守り、この残酷な戦闘を、誇り高く、最小限の時間と人命の犠牲で終らせるよう、常に努力してきました。流血の増大は、私に、この上なく深い苦悩と不安をもたらし [続きを読む]
  • ●西海岸ワインのフレンチ化
  • カルフォルニア・ワインにおいても、この「フレンチ化」は、今世紀に現れた大きな特徴です。ナパバレーでさえ、カルトワインの大半は全くフランスワインに瓜二つです。美味しさの起点をフレンチに置いているとしか思えないものばかりです。まったくアメリカ的ではない。・・というと物議を醸しだすかもしれませんね。では一体何が"アメリカワイン"ぽさなのか?と。例えば、イタリア各地のワインを飲めば、そこにはその土地らしさの [続きを読む]
  • ●オレゴンピノの台頭●オレゴンピノの台頭
  • こうしたオレゴン製ピノノワールの隆盛をみると、やはり1960年代におけるUCディヴィス校の参与が大きかったと言えましょう。50年代の終わり、同校がオレゴンの冷涼な環境はピノノワールに最適であると指摘したのです。(ちなみに同時期、カルフォルニア・アンダーソンバレーは牧畜地帯でした) それ指摘を請けて同校の卒業生であるリチャード・ゾンマーRichard Sommerがローズバンク近郊にヒルクレスト・ヴィンヤードHillcrest Vine [続きを読む]
  • ●もうひとつのパリスの審判
  • 「パリスの審判」三年後の1979年。もうひとつのパリスの審判がありました。それはフランスの著名グルメ誌である「ゴー・ミヨ」が主催する「ワイン・オリンピック」の席上でした。オレゴン製のピノノワールが突然ベスト10に入ったのです。これは、フランスのワイン業界を「パリスの審判」並みに震撼させたのです。ピノノワールは、フランス国内(特にブルゴーニュ以外)ではロクなものは出来ないと信じられていたのです。すべて三流で [続きを読む]
  • ●米西海岸におけるピノノワール#2 パリスの審判
  • ピノノワールという葡萄から生まれるワインは、一般的なアメリカ人には好まれない種類です。これは断言できる。アメリカ人にとって、ワインは①色が濃い②アルコール度が強い③甘い。ものなんですね。この三原則はゴールドラッシュ以来、今に至るまで変わらないものです。したがって売れるワインは、ジンファンデルやカベルネなどが主流です。手間ばかりかかって売れ難いピノノワールは農家からも飲み手からも、アメリカでは喜ば [続きを読む]
  • ●米西海岸におけるピノノワール
  • ピノノワールが北アメリカへ持ち込まれたのは19世紀の始めでした。カルフォルニアの場合、スペイン系の神父たちを駆逐したメキシコ帝国の役人たちは、彼らが持っていた葡萄畑を、ロッキーを越えて入ってくる人々あるいは太平洋の真ん中ハワイからやって来る人々に安価で譲渡しました。 譲渡を受けた人々は、荒れ果てていた畑に残っていたミッション系の葡萄を引き抜き、欧州系の葡萄を植えたのです。それはメルローであり、カベル [続きを読む]
  • ●ピノノワールのワインマップ
  • ではピノノワールの作付け面積は、どのくらいあるのか?ジャンシス・ロビンソンJancis Robinsonの「wine grapes」から拾ってみましょう。①フランス 28,000ha②アメリカ 13,480ha③ドイツ 11,820ha④オーストリア 5,106ha⑤スイス 4,430ha⑥ニュージランド 4.650ha⑦イタリア 3,314ha⑧チリ 1,413ha⑨オーストラリア 291haこれを旧世界/新世界で分けてみると、前者49,670ha/後者19,835haとなります。ピノノワールという品 [続きを読む]
  • ●ピノノワールの変性種たち
  • 変性種が簡単に出来てしまうというピノの特性を生かして、実はピノノワールとして利用されている品種の中にも多数のクローンが存在するのが、この葡萄の特徴です。つまりピノを育てている農家は、毎年のように現れる様々なクローンから、優れたものを剪定し、その子らを育てているのです。土地の影響を受けやすい葡萄なので、地域によって固定化されているクローンは色々です。こうしたピノは番号で呼ばれています。幾つかその名 [続きを読む]
  • ●突然変異をしやすい葡萄
  • ピノノワールは気難しい葡萄です。出来不出来が激しい上に、変性種が出来やすい。取り扱いが難しい葡萄です。しかし・・ジャストフィットしたとき、とんでもない素晴らしいワインになります。しかしそのためには丹念に丹精込めて育てなければならない。・・そんなことが出来るのは、当時は、やはり教会だけだったんでしょうね。逆にある意味、ピノが聖なる葡萄と思われたことは、幸いだったのかもしれません。でなければ、面倒な葡 [続きを読む]
  • ●キリストの血と言われた葡萄
  • さて。ピノノワールというのはPinot Noir。つまり「黒い実」という名前です。このPinot Noirは、古フランス語では「葡萄」という意味でした。ふつう葡萄名には、土地の名前あるいは栽培していた人々の名前が付きます。シラーはアルメニア地方のシランの葡萄ですし、ガメイはエルサレムから持ち帰ったデュ・メの領地ガメです。しかしピノノワールだけは、そのまま「葡萄」と呼ばれた。固有の名前を付ける必要がなかったのです。ムカ [続きを読む]
  • 「葡萄/ピノノワール」という名で呼ばれている葡萄の話
  • 11月のワイン会はテーマがピノ・ノワールです。なので少しピノの話をしましょう。実は・・僕は「ワイン呑みはピノで始まりピノで終わる」と密かに思っています。ワインの深い森を30年も40年も彷徨ったあと、人は何時の間にかピノに戻るものだと思うのです。無数のトライアンドエラーの向こうに再度ピノが立ち現れるのは、斯ほどピノが裾野幅広くそして奥深い葡萄だからだ・・とも思います。mikiでもワインビギナーにおススメする [続きを読む]
  • マッカーサーの朝鮮戦争#07
  • “TRUMAN FIRES MACARTHUR”1951年4月11日のワシントンポスト朝刊一面の大見出しである。これに並んで米全国紙の一面は、何れもトルーマンによるマッカーサー解雇のニュースで埋まった。市民の反応は強烈だった。すぐさま電話・手紙などの抗議がワシントンへ殺到した。そのなかには驚愕のあまり心臓発作で亡くなったヒューストンに住むプロテスタント牧師の訃報までが有った。NYCでは港湾労働者2000人が就労拒否のストライキをす [続きを読む]
  • マッカーサーの朝鮮戦争#06
  • しかし、筆者は考える。なぜマッカーサーは、彭徳懐の待ち伏せを察知できなかったのか。実はそのことに、なんとも強い悪意を感じるのだ。たしかにこの時期でも、マッカーサーは第一生命会館に築き上げた壁の中で執務していた。彼に会うのは大半が、フィリピンの頃から彼に従うバターンボーイズばかりだった。情報はワシントンに在る米軍統合本部から直接詳細が届けられるのではなく、必ず仲介としてバターンボーイズたちが入った [続きを読む]
  • 夷斎筆談
  • 殆ど昏睡状態での緊急入院だったため、本は携帯していなかった。しかし落ち着いてくれば、PCと本無しではいられない。家内に頼んで、書棚で平積みになっている文庫の中から「夷斎筆談」を届けてもらった。10日間の入院はこの一冊で過ごした。入院の座右に置きたい本が、荷風でなく石川淳だったことに、実は自分自身驚いた。なぜだろう。きっと、最近のオノレの悪相ぶりに、自分自身で嫌気が差していたからかもしれない。だから最 [続きを読む]
  • マッカーサーの朝鮮戦争#05
  • マッカーサーの最後通告で窮地に陥った金日成はスターリンに介入懇願の電報を打った。しかしスターリンからの返事は「毛沢東へ依頼せよ」というものだった。金日成は毛沢東が嫌いだったが、その指令に逆らうことは自滅することでもある。10月1日、金日成は毛沢東に出兵依頼の電報を打った。 実は、7月の段階で、ロシュチン駐中ソ連大使と周恩来は朝鮮出兵について会談を持っているのだ。そして7月5日、スターリンは周恩来宛に「も [続きを読む]
  • マッカーサーの朝鮮戦争#04
  • 1949年7月。第8回天皇・マッカーサー会見が開かれた。陛下は大陸の共産勢力を懸念されて、マッカーサーへその話を切り出している。そして4月後に第9回会見(49年11月26日)が開かれた折も、陛下はお尋ねになっている。マッカーサーが、このご質問にどう応えたかは記録が残っていない。しかし陛下のご懸念はしっかりと理解したはずだ。天皇家にとって、最も忌諱すべきは共産国による侵攻だ。共産主義は天皇家の存在を許さない。共 [続きを読む]
  • マッカーサーの朝鮮戦争#03
  • この時期、一時は敗走ばかりだった毛沢東が、ソ連の大幅な援護を受けて、じわじわと東北方面(旧満州)で勢力を伸ばし、蒋介石を席巻する勢いになっていた。既に1948年8月時点で、同地は90%近くが毛沢東軍の支配化になっていた。蒋介石軍は劣勢へ陥っていたのだ。当初から米軍が大きく関与していた蒋介石国民軍だが、民主党が政権を取るアメリカが太平洋西側の兵力を暫時縮小の方針へ進み始めると、その煽りをうけて国民軍は極端に [続きを読む]