marinedeepdawn さん プロフィール

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marinedeepdawnさん: 素直な気持ちで綴るブログ
ハンドル名marinedeepdawn さん
ブログタイトル素直な気持ちで綴るブログ
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/marinedeep
サイト紹介文日本の、たぶん若きペダゴジスト。 私を支えてくれる家族がいて、 そして、あなたという人がいます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供18回 / 104日(平均1.2回/週) - 参加 2018/02/15 22:28

marinedeepdawn さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 人と人との間にあるもの
  • 何事に問題は自分がつくり、そして自分で悩み解決していくほかはない。どうしてもやってしまうことやこころないことばの発声、他人の気持ちも汲まない態度は、当然のことやはり自分に帰ってくる気がするのだ。悩まない方法は問題を無視すること。しかしそんなことは人の行いではないだろう。人は人である以上、人と人との間に産み出される悲しみや辛さ、問題を目の当たりにして、それをどう乗り越えていくかという知恵を絞らねばな [続きを読む]
  • 南北
  • 東西南北の交わるところ。空と海が交わるところ。すべてのものの接点はすべてのものをはね除ける。光と闇が交わるところ。秩序と混沌が交わるところ。すべての中庸は、すべての特殊はすべての普遍。戦争と平和の交わるところ。富と貧困の交わるところ。すべてのものが交わり、すべてのものがかたちなく、すべてをなすところ。今も昔も、そして未来も。すべては同じ。 [続きを読む]
  • 中華そば江ぐち
  • 中華そば江ぐちを、みなさまはご存知であろうか。私の名はここでは伏せるが、東京は吉祥寺の生まれで、非常勤の講師だったり、通訳だったりと、適当に暮らしてきて、精神をもおかしくしながらも、何度も立ち上がる、なかなかどうして根性ある男だ。今日は決算処理のために私の出生地、武蔵野市にやってきた。三鷹駅の南口を歩くと、今ではだいぶこじゃれた径も、ところどころに、私が幼少だった頃の面影を残す。三鷹の駅からその当 [続きを読む]
  • ベクトル
  • 人、人間の生き方を簡単なベクトルで表せるならば、タンジェントでその属性を決定付けられるだろうと考えていた。今という点からどこへ人は向かうのか。通過点であってもそのベクトルに沿えば、人は歩んでいけるのだ。何であってもいい、その先に何があろうと、結局のところ人は時間軸には平行しながら、そのベクトル上で何を得るかだ。私は朧気ながら遠くにあるある定点を目指していたが、果たしてその判断が破綻しているのではと [続きを読む]
  • 責任転嫁と自己正当化
  • 人がなにかものを始めるとき、新しくことをなそうとする、どんな小さなことでも、当然不安は付き物だ。なぜ人は行動に移すとき、不安がよぎるだろう。文章をここに記すにしても、言葉を用いていれば、内容にそれなりの責任が生じる。自分が正しいと思い込ませて文章を書き連ねる物書きも多いことだと思う。文章を書く者は、この標記二者に注意深く考えてほしいと思う。自信喪失過多、これを自覚せずとも、これに悩まされている人は [続きを読む]
  • 筆者について
  • 私(筆者)は、いつもは非常勤講師としてさまざまな科目、特に自然科学や地理、ロシア語、英語を教えている者。あるときはお呼びがかかれば、持ち前の機動力と社交性を活かし、ロシア語や英語のアテンドをする者。妻がおり、子どもがふたり。高校を1年遅れて入学して、19歳のときに、精神的に滅びた。精神的な病を持っているが、医師は私の病は何であるかは特定できないというのが本音だと告げられた。忘れもしない。2001年の秋、 [続きを読む]
  • 興奮
  • 前表記のブログ、文章は、たぶん私は軽い高揚感と公憤を覚えながら、乱筆したもののようです。もう来ることもないと思った学校に足を踏み入れることがうれしかったのかもしれません。同窓会が3月と5月にありまして。ようやく学友たちと顔を合わせてみようかという気持ちです。どの面さげて、みなさんとお目にかかればいいのかな。でもみなさんもおなじきもちなのかな。そう思えば自分が何者であろうと問題ない。私が再会してくだ [続きを読む]
  • 母校
  • ちょっとしたことから、私の母校に、卒業生としてではなく、学部の頃過ごしたキャンパス入り。私がBAAをいただいたところが、この大学だ。聞くところによると、偏差値というものは意味するところではなく、定員割れどころか、日本語も話せない留学生で溢れているのだとか。かつてのこの大学は、学びたい人はどんな学力の持ち合わせがあろうとなかろうと、入学を受け入れ、向学精神のあるものには、学士を与えていたのだが。もう、 [続きを読む]
  • 朝鮮半島の人面鳥
  • 私はテレビもラジオも見ず聴かず、そうか、お隣韓国の、平昌という都市では遂に冬季のオリンピックがというのをたまたま目にし、平和の象徴である人面鳥が、開会式にでたのだそうだ。今、極東はある種の冷たい戦争の中の、こういう不意討ちには、なかなか感心させられた。お互いの国をどうのこうのよりも、平和の象徴を独自の文化で表して、見るもののにインパクトをあたえるお隣の厳しい状況である国にある種の親しみをを覚える。 [続きを読む]
  • 新文化の黎明期
  • 長い悲しみに暮れる夜はそろそろ終わるのではないだろうか。我が国をはじめとして、いつから全世界の文明文化は、混迷し始め、長い闇のなかを右往左往していたのか、そんなことはもうどうでもよくなってきた。新しい価値観が新しい文化を呼び覚まそうとしている。もう今までの古い忌まわしいとも言える富や権力ばかりに重きを置いた時代は終焉を迎え、新しい朝が私たち人に与えられる。日本の元号は今年平成30年で終わるのか。新し [続きを読む]
  • 文春砲という名の砲台
  • 砲台にはカノン砲なる弾薬が装備されており、なにかを破壊するためにあるもの。最近ちまたで文春砲という名の、なにかを破壊する砲台が幅をきかせているようだ。文春砲の狙う、その砲口先には何があるのだろうか。ひとつは、ひとのしあわせ。ひとが幸せの中にあるときに、その砲口は鋭く破壊対象に合わせる。ひとの幸せを一発でぶっぱなす。ひとつは、日本の文化。ことごとくこの文春砲が放つ字面による暴力はひとのこころを奪い、 [続きを読む]
  • 春のにおい
  • 2月。だんだんと日が長くなり、日差しがなんとなくやわらかに感じる。バリッときしむ空気というより、そのきしむ音すらも打ち消すかのような潤いのにおいがする。気温は低くても、北陸地方が大雪らしいが、春のにおいがするのだ。大きく空気を胸に送りこみ、青空を見上げて、四季のはっきりした日本の首都に何を叫ぼうか。君も元気をお出しなさい!しょんぼりしているのはもう終わりだ!さあ、顔をあげて行こうじゃないか!どこへ [続きを読む]
  • 冬のおわり
  • こんな寒中に、冬のおわりとは何ぞや。1月30日。この日を私は忘れもしない。月末の決算処理を行うなかで、私は何を思ったか、急にある人を思い出して祈り出したのだ。私はある特定の人を憶えて祈るということはあまりすることはない。それでも胸がざわつき、誰もいない職場で、声をあげ手を合わせ祈った。祈りを捧げること、どのくらい経っただろうか、記憶は定かではない。正確に時を刻むはずである、アナログ式の電波時計に目を [続きを読む]
  • バカ VS バカ
  • この地で氷点下10℃とは初めてお目にかかりました。また、どんなバカからも学ぶことの大切さを知りました。私のような救い様のないバカはそういう集団のなかにおればいいと思います。しかしですが、こういう集団、個体、私のようなバカを必要としている何かがある。自分がバカだと思い込んで顔をうなだれている人がいたら、どうか顔をあげて笑ってほしい。いつか、あなたや私たちが大切とされる時代がくる。私はトラブルメーカーと [続きを読む]
  • 冬の山籠り
  • 夏にしろ冬にしろ、自らを練達するには適した季節といえる。私はこの間から八甲田連峰の山中に入り、知り合いな誰もいないところに身をおき、ひたすらまた自身の汚れきった精神を鍛え上げるつもりでいる。装備が甘くて、迂闊だったが、まあなんとかなる。天候がよければ下山して物資の調達くらいなんとかできる環境だ。問題は病院だが、頭のお悪い医師を言いくるめて必要な薬を出せと言うくらい、お手のもの…のはずだったのだが。 [続きを読む]
  • 睡眠
  • この文章にたまたま目を通してくださっているあなたへ。しっかり眠れていますか?しっかり食べて、笑っていますか?私もこれから床に就くところなのですが、眠れるかどうか。眠れなかったら、朝を待とうと思っています。 [続きを読む]
  • 父よ、母よ、子よ!
  • ひとりの女性が子どもを生む。お腹に新しい生命が宿った時点からもう父であり、母となる。はずである。この春に小学生になろうとしているわが息子は、生まれて間もない妹をみて、もうひとりいたらなぁ。。と呟く。そして、どうしたらできるかなぁ、とも私たち夫婦、両親の前でいうので、私はこう伝えることにした。「パパはママのことを死ぬほど好きになって、ママはパパのことを死ぬほど好きになって、お前がお腹に入って、生まれ [続きを読む]
  • 反省文
  • 標題の通り、反省をしようと思います。暦の上で、新暦でちょうど節目を迎えようとしていわゆる日本では大みそかの今日、少し間自らを省みたいのです。本当は一日一日を終えるにあたっても、反省、自省ができたら何よりなのだが、自分が起こす善行など数えられないほどわずかで、悪行にいたってはやはり数えきれないほどあまた。だから毎日の作業には適さないと思います。自分の行ってきた、自他ともに対する愛のない行為が多かった [続きを読む]
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