風天道人の詩歌、歴史を酒の肴に さん プロフィール

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風天道人の詩歌、歴史を酒の肴にさん: 風天道人の詩歌、歴史を酒の肴に
ハンドル名風天道人の詩歌、歴史を酒の肴に さん
ブログタイトル風天道人の詩歌、歴史を酒の肴に
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/tonodera0916
サイト紹介文短歌や俳句の鑑賞を楽しみ、歴史上のエピソード等を楽しみます。 比べて面白い 比べて響き合う 比べて
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供129回 / 180日(平均5.0回/週) - 参加 2018/02/17 06:43

風天道人の詩歌、歴史を酒の肴に さんのブログ記事

  • あはせつる 西行(比歌句 50 左)
  • あはせつる木居(こゐ)のはし鷹すばえかし犬飼人(いぬかいびと)の声しきりなり 西行(さいぎょう)この歌を現代語に訳してみました。獲物に向かって放った止まり木のはし鷹よ、素早やく獲物を捕らえよ。捕えた獲物を追う犬の飼育係りの声がしきりに聞こえて来る。<鷹狩というと鷹匠が腕に鷹を乗せ、獲物を見つけると鷹匠が腕を前に滑らせる。すると、鷹が獲物目掛けて飛び立つ。>というイメージを持っていたが、古い時代 [続きを読む]
  • あはせつる 西行(比歌句 50 左)
  • あはせつる木居(こゐ)のはし鷹すばえかし犬飼人(いぬかいびと)の声しきりなり 西行(さいぎょう)この歌を現代語に訳してみました。獲物に向かって放った止まり木のはし鷹よ、素早やく獲物を捕らえよ。捕えた獲物を追う犬の飼育係りの声がしきりに聞こえて来る。<鷹狩というと鷹匠が腕に鷹を乗せ、獲物を見つけると鷹匠が腕を前に滑らせる。すると、鷹が獲物目掛けて飛び立つ。>というイメージを持っていたが、古い時代 [続きを読む]
  • 久方の 正岡子規(比歌句 50 右)
  • 久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも 正岡子規(まさおかしき)俳句や短歌を詠む人は、なかなかスポーツを貶せない。それは、子規が野球が大好きだったからだ。虚子や碧梧桐も子規の勧めで野球をやったことがあるようだ。“久方の”天や空に掛かる枕言葉だが、アメリカに掛ける自由奔放さ。だけれども、船でしか海を渡れなかった時代、確かにアメリカは久方にある国だった。それにしても、子規の愛した [続きを読む]
  • 大いなる 高浜虚子(比歌句 49 左)
  • 大いなるものが過ぎ行く野分かな 高浜虚子(たかはま きょし)暴風に晒されたが、どうやら台風は過ぎ去るところだ。ひっきりなしに荒れ狂っていた風の音が、時折聞こえて来る程度になった。そんな状況の中で、虚子は台風を巨大な生命体のように感じ、畏怖している。<吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ>は、嵐が治まった後の挨拶だが、虚子は自分の安堵感を句にしたのだと思う。 [続きを読む]
  • 吹くからに 文屋康秀(比歌句 49 右)
  • 吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ 文屋康秀(ふんやのやすひで)山から強い風が吹いてくると秋の草木は萎れてしまいますね、だから、その山風のことを嵐と書くんですね。そして、野原も荒らされてしまうわけですよ。この歌は漢字を嵐という文字の成り立ちを、今更ながら面白可笑しく歌っている。この歌の真意は何なのか?<昨夜の嵐は凄かったですが、皆さんご無事で良かったですね。>という挨拶の歌で [続きを読む]
  • 短夜や 竹下しづの女(比歌句 48 左)
  • 短夜や乳(ち)ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてつちまをか) 竹下しづの女(たけした しづのじょ)この句を読んだ時、勇気をもって子育ての大変な思いを詠ったのだと思った。だけれども、<須可捨焉乎>と表記したのは何故だろう?まあ、この句のポイントはそこだと思った。心には浮かんだけれど、面と向かって人には言いにくいことだからなのだろうか。でも、<すてつちまをか>は、下卑た(投げやりな表現の)俗語だ。待てよ。 [続きを読む]
  • おうた子に 斯波園女(比歌句 48 右)
  • おうた子に髪なぶらるゝ暑さ哉 斯波園女(しば そのめ)いやあ、今年の夏は暑い。日本の夏、金鳥の夏なんて言っている余裕はない。私事だが、私の職場にはエアコンがない(隣室にはあるので、まるっきりの劣悪状況とは言えないのだろうが)。小さな扇風機が一台。毎日、大量の汗を掻きどうしだ。それもあって、比歌句46で定家の<行きなやむ牛のあゆみにたつ塵の風さへあつき夏の小車>を挙げた。しかし、子育てしているお母 [続きを読む]
  • ゆるやかに 桂信子(比歌句 47 左)
  • ゆるやかに着てひとと逢ふ螢の夜 桂信子(かつら のぶこ)和服を緩やかに着なおしました。だって、これからあの人と一緒に蛍狩りに行くんですもの。おおらかに散文に直せば、こうなると思った。で、まあ、投稿しようと思ったのだが、何かが引っかかる。その何かが分からなかった。夕顔や女子(をなご)の肌の見ゆる時 と並べて面白いので、それで良いと思った。でも、気になる。何だろう?そう思った。千代女は、明るく色っぽ [続きを読む]
  • 夕顔や 千代女(比歌句 47 右)
  • 夕顔や女子(をなご)の肌の見ゆる時 千代女(ちよじょ)夕方になると肌が見えると言っているのだから、日中はしっかりと小袖(絽かな?)を来ていたのだ。夕方になり、女性が行水を浴びて浴衣に着替える。夕顔の白さと女性の肌の白さが競い合っている。そんな場面を想像させる色っぽい句だ。 [続きを読む]
  • 行きなやむ 藤原定家(比歌句 46 左)
  • 行きなやむ牛のあゆみにたつ塵の風さへあつき夏の小車 藤原定家(ふじわらのさだいえ)大岡信ことば館 よりhttp://kotobakan.jp/makoto/makoto-1393<『玉葉集』夏歌。牛車、つまり牛にひかせる乗用の屋形車だろうか。炎天にあえぎ、人はもちろん牛までものろのろ歩む。その足元から乾いた塵ほこりが舞いたつ。風がたてば涼しいはずなのに、塵をまきあげる炎天の風はかえって暑くるしさを増す。抜群の耽美的作風の歌人定家に [続きを読む]
  • 満員の 古泉千樫(比歌句 46 右)
  • 満員の電車に乗りて濠見ればうつらあかるく鴨はむれゐる 古泉千樫(こいずみ ちかし)<うつらあかるく>が分からない。“うっすらと明るく”だと、鴨の入る場所の描写だ。“虚ろに明るく”だと、鴨の様子を心象的に理解していることになる。この<うつら>の意味が分かる方がいらっしゃったら、是非ともお教えください。まあ、それにしても、満員電車に押し込まれて職場と向かう、そんな生活は大正時代から始まっていたことが [続きを読む]
  • おそるべき 西東三鬼(比歌句 45 左)
  • おそるべき君等の乳房夏来る 西東三鬼(さいとう さんき)晶子の<春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳(ち)を手にさぐらせぬ>に対して、「怨霊退散」とばかり、魔除けとなる句を並べて見た。年若い乙女が、乳を手にさぐらせようという思いを寄せてくれる年齢を、とっくに過ぎてしまった者にとって、微苦笑をもって迎えられる句だ。<ちからある>と乙女は表現し、<豊満>と青年は表現する。<おそるべき>と中年は思い、 [続きを読む]
  • 春みじかし 与謝野晶子(比歌句 45 右)
  • 春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳(ち)を手にさぐらせぬ 与謝野晶子(よさのあきこ)晶子の心は強いなあ。「ちからある乳」とは、若い女性自ら感じる乳の感触なのだろう。しかし、この歌は事実を詠ったのだろうか?柔肌の熱き血潮に触れもみで寂しからずや道を説く君と呼応しているように思える。しかしながら、乳(ち)ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅(くれなゐ)ぞ濃きとも響き合う。まあ、事実関係 [続きを読む]
  • 神田川 久保田万太郎(比歌句 44 人)
  • 神田川祭の中をながれけり     久保田万太郎(くぼた まんたろう)「知音」 からhttps://meiku.exblog.jp/13669689/ <季題は〈祭〉で夏。神田川は、『江戸名所記』に、「江戸川の下流にして湯島聖堂の下を東へ流れ大川に入る」とある、いわゆる神田川上水のこと。井の頭池を水源とする。  この句には「島崎先生の『生ひたちの記』を読みて」の前書があり、祭は浅草橋榊神社の夏祭を詠んだものである。しかし、前書を [続きを読む]
  • 緑陰や 竹下しづの女(比歌句 44 地)
  • 緑陰や矢を獲ては鳴る白き的(まと) 竹下しづの女(たけした しのづじょ)双羽石の<叩(たた)かれて昼の蚊を吐く木魚哉>に比べると、だいぶ上品だ。私なんかがこのような場面を詠めば的を射て鳴る矢ぞ深き夏木立 みたいな純粋な(まあ、凡庸な)表現になってしまう。掲句では、的がまるで生きもののように反応しているような愛嬌がある。 [続きを読む]
  • 叩かれて 夏目漱石(比歌句 44 天)
  • 叩(たた)かれて昼の蚊を吐く木魚哉 夏目漱石(なつめ そうせき)うん、面白い。確か、子規が漱石の句を難しい顔をして滑稽な句を作ると評していた。擬人化というか、生なきものに生を与える、まるで神様のような手腕だ。木魚を叩く場面に遭遇して、この句を思い出すと、とんでもないことになるかもしれない。この回は、生なきものに生命を与えることが主題となる。どんな句を予想されるだろうか?叩(たた)かれて夜の塵吐 [続きを読む]
  • 玉襷 柿本人麻呂(比歌句 43 人)
  • 近江の荒れたる都を過ぎし時に、柿本朝臣人麿(かきのもとのあそみひとまろ)の作れる歌『万葉集入門』よりhttp://manyou.plabot.michikusa.jp/manyousyu1_29.html<玉襷(たまだすき) 畝火(うねび)の山の 橿原(かしはら)の日知(ひじり)の御代(みよ)ゆ 生(あ)れましし 神のことごと 樛(つが)の木の いやつぎつぎに 天の下 知らしめししを天(そら)にみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越えいか [続きを読む]
  • 人住まぬ 藤原良経(比歌句 43 地)
  • 人住まぬ不破の関屋の板廂(いたひさし)荒れにし後はただ秋の風 藤原良経(ふじわらのよしつね)『万葉歳時記 一日一葉』より<もう関守が住まなくなった不破の関の番小屋の板廂荒れ果ててしまったあとは秋風が吹き抜けるばかりだ 藤原(九条)良経は平安末期から鎌倉初期にかけて太政大臣を務めた歌人です。不破の関屋は壬申の乱から3年後の675年に開設され、789(延暦8)年には廃止されてしまいました。荒廃してしまった関所 [続きを読む]
  • 夏草や 松尾芭蕉(比歌句 43 天)
  • 夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡 松尾芭蕉(まつおばしょう)半世紀前のことだが、中学生の時、自由研究で友達と三浦一族のことを調べてみることにした。そこで、「衣笠山の合戦」の舞台となった「衣笠城跡」へと出かけて行った。地図も持たず、何らの前調査もなしに訪れたので、こっちかな、あっちかなといった具合の危なっかしい散歩のようなものだった。やっとたどり着いた衣笠山の麓で、「衣笠山の合戦」に関して記述して [続きを読む]
  • 夏草や 松尾芭蕉(比歌句 43 天)
  • 夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡 松尾芭蕉(まつおばしょう)半世紀前のことだが、中学生の時、自由研究で友達と三浦一族のことを調べてみることにした。そこで、「衣笠山の合戦」の舞台となった「衣笠城跡」へと出かけて行った。地図も持たず、何らの前調査もなしに訪れたので、こっちかな、あっちかなといった具合の危なっかしい散歩のようなものだった。やっとたどり着いた衣笠山の麓で、「衣笠山の合戦」に関して記述して [続きを読む]
  • 火を投げし 野見山朱鳥(比歌句 42 左)
  • 火を投げし如くに雲や朴の花 野見山朱鳥(のみやま あすか)高浜虚子は、“如く”という言葉を使うなら、このぐらい大胆に表現しなさいというようなことを述べていた(と思う)。何に書かれていたのか、記憶が曖昧なのですが。“火を投げし如くに雲や”は、雲に火を投げ入れたように赤い(本来火は黄色だが、何故か赤いと表現する。)しかし、雲に火を投げること行為はないのだろうか?それがあったのです。『炉辺夜話(ろへん [続きを読む]
  • 夏草に 山口 誓子(比歌句 42 右)
  • 夏草に汽罐車の車輪来て止まる 山口 誓子(やまぐち せいし)この句は、写生の句だという。「汽罐車が止まった。」と言うのでなくて、「汽罐車の車輪」と言うことによって、車輪が大写しになっている。だが、それだけだろうか?正岡子規の「十たび歌よみに与うる書」に「新奇なることを詠めというと、汽車、鉄道などといういわゆる文明の器械を持ち出す人あれど大いに量見が間違いおり候。文明の器械は多く無風流なるものにて歌 [続きを読む]
  • 流れゆく 高浜虚子(比歌句 41 左)
  • 流れゆく大根の葉の早さかな 高浜虚子(たかはま きょし)山本健吉は、この句をクローズアップ手法だと説明されていた。確かにそうなのかもしれないが、私は心惹かれなかった。ある日のこと、<五月雨を集めて早し最上川>の隣に、この句を並べてみた。芭蕉の句の“雅”に対し、虚子の句は“俳”になっていると感じた。句を並べることによって、句の面白さが引き出されたのだ。私がこの比歌句を書いてみようと思ったきっかけで [続きを読む]
  • 五月雨を 松尾芭蕉(比歌句 41 右)
  • 五月雨を集めて早し最上川 松尾芭蕉(まつお ばしょう)『奥の細道』によると<最上川のらんと、大石田と云所に日和を待。爰に古き俳諧の種こぼれて、忘れぬ花のむかしをしたひ、 芦角一声の心をやはらげ、此道にさぐりあしゝて、新古ふた道にふみまよふといへども、みちしるべする人しなければと、わりなき一巻残しぬ。このたびの風流、爰に至れり。最上川は、みちのくより出て、山形を水上とす。ごてん・はやぶさなど云おそ [続きを読む]
  • 呆れたる 石川 啄木(比歌句 40 左)
  • 呆れたる母の言葉に気がつけば茶碗(ちゃわん)を箸(はし)もて敲(たた)きてありき 石川 啄木(いしかわ たくぼく)この歌は私でなければ、解釈できないと思う。啄木すらこの歌の意味するところが分からないからだ。脳神経外科医であるワイルダー・ペンフィールド博士の『脳と心の神秘』(私が若い時に読んだ時は、『脳と心の正体』というタイトルだった。)に、追体験とはなにかが記載されている。ペンフィー [続きを読む]