みかち さん プロフィール

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みかちさん: 涙の星
ハンドル名みかち さん
ブログタイトル涙の星
ブログURLhttps://ameblo.jp/namidanohoshi827/
サイト紹介文大切な母を亡くした自死遺族です。わたしは何もできなかった。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供10回 / 203日(平均0.3回/週) - 参加 2018/02/20 17:54

みかち さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 人身事故に遭遇した話
  • 休暇を取って友達と東京まで舞台を観に行きました。電車を乗り過ごして、着く時間は遅れたけど、お昼に美味しいラーメンを食べて、舞台のグッズを買って、舞台の内容もとても面白くて、生で見れて良かったと思いました。そのあとは、おやつに美味しくてかわいいパフェを食べて、買い物をして、「楽しい一日ってあっという間だね」なんて話ながら、乗り換えの駅を出て晩御飯を食べました。駅に戻って帰りの電車をホームで待ってい [続きを読む]
  • 社会人になります
  • 先日、国家試験の結果発表がありました。無事合格しました!自己採点通りであれば問題なく合格できる点数だったのですが、それでもマークミスが心配で、試験が終わって間も無くはとても心配でした。(友達と遊んでいるうちに普通に忘れていきましたが笑)4月から看護師として就職します。母が亡くなったのは国家試験の2ヶ月前。亡くなってからしばらくはとてもじゃないけど勉強する余裕なんてありませんでした。でも、時間がないの [続きを読む]
  • 病院⑤
  • 処置室の方に運ばれて、医師から説明を受けた。採血の結果から助かる見込みはほぼないこと。このまま機械で人工呼吸と心臓マッサージを続けることは可能であるが、胸骨が折れるなどかなり身体的に負担がかかること。成人していたわたしが、これからどうするかを決定する権利を持ってること。突然の選択で、頭が働かなかった。患者の自己決定権……学校や実習で学んでいたし、目の当たりにしたこともあったけど、いざ自分がその立 [続きを読む]
  • あの日④
  • あの日のことは思い出そうとしなくても、頭の中に入ってくることがある。それは落ち込んでるときでも、誰かと過ごす楽しい時間でも。ふとしたことで頭の中に蘇る。いわゆるフラッシュバック(再体験)なのかは分からないけど、目にしたものや感覚は脳裏にはっきりと焼き付いて離れない。あの日、たった1日で全てが変わった。きっとわたしはあの日の光景と後悔をずっと胸に刻んだまま、生きなければいけない。(母が自死したあの日に [続きを読む]
  • 卒業旅行その2
  • 卒業旅行第2弾はディズニーシーでした。ディズニーに行こうと決めたとき、随分行けてなかったので嬉しい気持ちと共に母のことを思い出して、本当に行けるのか心配になりました。以前、ディズニーのCMを見て母が「一緒に行こうよ!」と言ったときがあってそのときわたしは「え〜家族と行くぐらいだったら友達と行く」と返してしまったんです。そのことを思い出して、苦しくなったりしていました。でも、いいのか悪いのか、春休みの [続きを読む]
  • 卒業旅行
  • 友達と卒業旅行に行きました。主な行き先は小学生の頃に修学旅行で訪れたぶりの鎌倉。最寄駅までは父が車で送ってくれました。母が生きていたなら、送迎は絶対母がやってくれました。きっと「どこ行くの?お土産よろしくね!」なんて会話をしたのかな。亡くなる少し前にも、友達と遠出をするために同じ駅まで送迎を頼んだので、その街並みを見るとやっぱり辛いです。あのコンビニで車を止めて待っててくれて、帰りには大体晩ご飯 [続きを読む]
  • 最後の会話③
  • わたしは母が亡くなったあの日、まともな会話を出来ずに別れてしまった。あの日交わした言葉は、母「今日学校遅いの?」わたし「うん」たったそれだけ。学校に遅刻しそうで、「行ってきます」も言わずに家を出た。あの日最後にはっきりと母を見た記憶すらない。「行ってきます」が言えなかった……なんて、ドラマや漫画みたいなセリフだけど、まさかこんなことが自分の身にも起こるなんて思ってもいなかった。あの日の前日、母が [続きを読む]
  • 母のうつ病とわたし②
  • わたしは医療系の学校に進学をして、もちろん精神科の領域の勉強もした。実習で精神疾患の患者さんも受け持った。けれど、テストの問題を解くのとは違って、実際にうつ状態の母と関わるのは、難しくて、辛かった。勉強はしていても、できないことの方が多かった。「うつ病患者」である前に「わたしのお母さん」でもあったから、感情的になってしまうことも多かった。自殺企図はどうやって止めたらいいのか分からなくて、必死で泣 [続きを読む]
  • 母のうつ病とわたし①
  • わたしの母はうつ病だった。発病のきっかけは、たぶん別の大きな病気をしたことだったと思う。いつしか悩みは経済的なこと、仕事のことが中心となり、最後には「うつ病が治らない」ということにとても苦しんでいた。母がうつ病を発症した頃、わたしは小学校高学年のだった。あの時の母は、今思えばとてもとてもつらかったと思うが、わたしもすごく辛かった。最初の頃は薬の調整が上手くいかず、睡眠障害で満足な睡眠が取れないな [続きを読む]
  • はじめに
  • 2017年12月、わたしの大切な母は自死しました。母はうつ病を10年近く患っていました。そしてわたしも小学生の頃からうつ病の母の側にいました。何度も何度も止めたはずの自殺企図。ついに助けることができなかった。もっともっと、できることはありました。常にわたしの側には自殺というものが身近にあったはずなのに、「自死遺族」という言葉を知ったのは母を亡くしてからでした。家族の自死がどれだけ辛いのか、考えたこともあ [続きを読む]
  • 過去の記事 …