天樹老人美食エッセイ さん プロフィール

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天樹老人美食エッセイさん: 天樹老人美食エッセイ
ハンドル名天樹老人美食エッセイ さん
ブログタイトル天樹老人美食エッセイ
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/tenjuroujin
サイト紹介文筑波大学名誉教授、俳人加藤国彦が記す美味いもの、美味い店の話
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供55回 / 67日(平均5.7回/週) - 参加 2018/02/27 16:33

天樹老人美食エッセイ さんのブログ記事

  • 病児に鰈(カレイ)の煮付け; 地獄絵と宗教的感受性
  • 私は子供の時、しょっちゅう病気した。生まれた時は丈夫だったのだが、3歳の時、疫痢(えきり)という怖い病気になって死にかけ(同時に疫痢になった他の子は、実際死んだ)、以来弱い子になってしまったのだ。風邪の時は、じっと寝たきり。食べさせてはもらえるが、本を読むことは禁止である。お腹をこわした時は、食べられないが、本は読ましてもらえる。どっちがいいか? よく考えたものである。風邪の時の食事は、決まって「鰈 [続きを読む]
  • どら焼き専門店「志ち乃」; お金と自由と車を得た専業主婦
  • 私は、生来、また学者という職業上、しょっちゅう考えに耽る(ふける)のが癖だから、運転は危ないと判断し、一生、ハンドルを握ったことがない。でも、アメリカで暮らすことになったので、車無しの生活は出来ない、となった。それで、家内正子に「国際免許を取ったら、アメリカへ連れて行く」と誘ったら、「行く、行く。免許とるわ!」と二つ返事。だいぶ苦労したが、どうやら国際免許が取れて、アメリカへ渡った。でも、サクラメ [続きを読む]
  • 超高級焼酎「百年の孤独」; 省庁の出城
  • 今年2018年、国会の(証人喚問しようとの)追求を逃れて、佐川宣寿前国税庁長官(前理財局長)が「潜伏」していたと言うので、「KKRホテル東京」(財務省傘下〈さんか〉の国家公務員共済組合連合会が経営)が有名になった。一応「ホテル」とは名乗っているが、チェックインしようとすると、「共済組合員証」(公務員であることの証明)の提示を求められる。共済組合員には料金の割引があるから…と言う、もっともな理由ではあるが [続きを読む]
  • 冬のアイスクリーム; 雪ん子百合
  • 次女百合は、小さい時から雪が降ると????大喜びの雪ん子だった。ロシアへ行って(最初は大学生で冬休み)、そのすごい寒さが気に入ってしまい、毎年冬にロシアへ行って楽しむ。(夏は、もちろん暑い日本から涼しいロシアへ逃避する。)ロシア語は完璧に話せるが、東洋人の顔をしているから、ロシア(西部のサンクトペテルブルクなど)では、「貴女はヤクートから来たのか?」と言われる。ヤクート(Якут。今の名はサハСа [続きを読む]
  • アイスクリーム; 戦時下の心安らぐ時
  • 1941年昭和16年私7歳の12月8日に大東亜戦争(太平洋戦争)が、真珠湾攻撃で始まった。戦線は東アジア・西太平洋一帯に広がり、私の父(私より30歳年上の陸軍中尉)は、召集されて、3度目の出征(しゅっせい)。インドネシアのハルマヘラ島へ送られた。残った母は私より24歳上の、まだ30代前半の奥様(大阪船場〈せんば〉の問屋の御寮人さん〈ごりょんさん〉)で、4人の子持ち(昭和16年開戦時現在で、9歳、7歳(私)、5歳、3歳とい [続きを読む]
  • 霧筑波大吟醸本生; 美味い良い酒を覚えた方が…
  • 「私はクリスチャンです」と言うと、「ではお酒は飲まないんですね?」とよく言われる。でもイエス・キリストの最期の晩餐では、キリストは、「皆、この杯から飲みなさい。これは…私の血、契約の血である。」と弟子たちに飲ませた。「ぶどうの実から作ったもの」と聖書(マタイによる福音書26: 27~29)に書いてあるから、ワインであることは間違いない。ワインを飲まなくては、キリスト教は成り立たないのだ。日本にキリスト教が [続きを読む]
  • フランス料理「リヨン・ド・リヨン」(つくば市); ワイン選び成功
  • 有料老人ホーム「サンテーヌ土浦」が、土浦市の乙戸沼(おっとぬま)公園の花見とつくば市の「リヨン・ド・リヨン」のランチ(食費は私費負担)へ車で連れて行ってくれると言うので、前日は、まるで遠足前の子供のように、ウキウキして、ワインは何にしようかなどと考えて楽しんだ。2018年4月5日晴れ。20人ほど2台の車で出かける。暑かったこの春、桜は満開過ぎてあらかた散っているが、まだ八重桜、牡丹桜は見事。乙戸沼には残り [続きを読む]
  • 土浦の花凛(かりん); 街の中華家庭料理のシェフ、意外の腕利き
  • 2018年3月23日ふらりと花凛という小さな中華に入る。地方都市のこととて、駐車スペースは4台分ほどあるが、店内はせまく、18人も客を入れればいっぱい。この店を夫婦2人でやっている。主人がシェフで奥さんか配膳と会計。試しに「大餃子(ギョーザ)セット」を取ったら、これが旨い! ニンニクを入れてないのに、細かく刻んだニラでいい味を出している。ギョーザも卵スープも油を上手に使って、旨い味を出している。棒棒鶏(バンバ [続きを読む]
  • えぞ(蝦夷)料理; 天才(小室直樹)を日本はどう遇したか?
  • 『エイチ教授こばなし集』にこんな話がある。〈昼飯〉 安い昼飯を探して「えぞ料理」屋へ来たサラリーマン4人。3人は「サケどんぶり」を頼み、1人は「カレイ定食」を注文する。「サケが先に来て、3人が食べ始めても、「カレイ」がなかなか来ないので、じれて、「カレイはまだ焼けないのか」と怒ったが、店の女が、「なにしろ分厚いので」と答えると、ニコニコ。「えぞ料理ユック新宿店」は、西新宿副都心「新宿住友三角ビル」50階 [続きを読む]
  • 薩摩地鶏(さつま・じどり); 躁鬱病を公言した北杜夫と小関貴久
  • 銀座は憧れの街。東大に入ると早速銀ブラに出かけた。昭和27年1952年当時、人びとはまだ飢えていて、痩せていたから、今と逆に「太ること」は憧れだったから、銀座に「珍豚美人(チントンシャン)」という店の大きな看板が出ていた。いわく…「トンカツを食べてよく眠ると太る」と、デカデカと書いてあった。隔世の感(かくせいのかん)とはこのことだ。昭和46年37歳、東京で着々仕事を始めた頃から銀ブラ復活。小学校低学年の娘た [続きを読む]
  • バーベキュー; 少女の情緒を育てた別荘
  • 1971年37歳か1972年38歳千葉市稲毛区小仲台の官舎に住んでいた頃、父の遺産のおかげで、別荘を買うことが出来た。外房の旧本納(ほんのう)村の、松林と畑の間に、ある大工がコツコツと自分の道楽で建てた平屋の日本家屋である。その大工が完成後すぐ手放すと、家内正子が聞き込んで来たのである。「ヤコブの家」と名付け、立派な真鍮(しんちゅう)の門札を三越百貨店であつらえて、門にはめ込んだ。三越は、てっきりユダヤ人の金 [続きを読む]
  • 球磨川(くまがわ)の干し鮎(アユ); 贅沢(ぜいたく)そして玄妙
  • 愛嬢桃子が、職場の同僚の好青年(京大卒)と結婚して、大阪で幸福な家庭を持った。熊本出身で硴塚(かきつか)と言う珍しい姓である。「きっと古い古い家柄で、縄文時代からなんだ。牡蠣殻(かきがら)の出てくる貝塚が由来だ」と冗談。でも今や「硴塚」と言う名は、インターネットのWikipediaでも検索できる。「硴塚桃子」「硴塚悠太」(高校生)母子の全国英語スピーチ・コンテストでの優勝、準優勝の活躍のおかげである。私も [続きを読む]
  • 南禅寺の湯豆腐; 田舎高校から東大、京大へ
  • 1945年昭和20年、日本は戦争に負けて、アメリカ軍に????占領された。そのマッカーサー将軍の総司令部GHQが日本の全てを、天皇も憲法も政治も教育も、支配したのだ。「日本の民主化」のためとて、田舎県なりのエリート校を潰すことまでやった。福井県一のエリート中学(5年制男子校)「福井中学」(ふくちゅう)は、バラバラにされて、多数の新制高校が生まれた。福中の優秀な生徒が、いやでもそちらへ移らされた。かく言う私加 [続きを読む]
  • 東大生の待合(まちあい)経験; 岡義武先生と2勝2敗
  • 岡先生のことは、『広辞苑』に単独立項されている歴史的偉人だから、まずそれを写そう…おか・よしたけ[岡義武] 政治学者。東京生まれ。東大卒、同教授。日本およびヨーロッパの政治史研究に業績を残す。著「国際政治史」など。文化勲章。(1902~1990)私加藤榮一の父より2つ年上で、ただ仰ぎ見るばかり。その父君は官僚だったので、遺産だろう、軽井沢に別荘を持っておられた(一度お邪魔したことがある)。政治史は多くの文献 [続きを読む]
  • 銀シャリ(白米のご飯); 昭和28年1953年の駒場寮馬術部室
  • 昭和28年東大2年生になった私は、馬術部駒場1~2年生ジュニア・チームの主将にさせられたが、落馬一回も無しだけが取り柄で、飛越は下手、本心は馬が怖い、もともとスポーツマンではないし、人を使うのも下手だから、苦労ばかりした。たまたまその年対外試合全勝したのは、皆、小林栄吾、遠藤守、金子陽一郎、広幸信義など馬術の上手い面々のおかげである。藤峰晃とは仲が良かったが、これは大学教授の貧乏家庭で、苦労したので、銀 [続きを読む]
  • おでんの大根; 神田明神の2人の女
  • かなり年老いてからのことであるが、ある年の正月、東京の神田明神に一人で初詣したことがある。大群衆が神前から下がってくるのに行き合った。その人波の中に一人高く、若く美しい着物姿の女性が見えた。人力車に乗っていたのだろうか?高くに顔が白く見え、一直線に寒紅を引いているのが、とても印象的だった。女神だったのかもしれない。鳥居の外におでんの屋台が出ていた。その店のおばさんに「私は歯が悪いから、なんでもいい [続きを読む]
  • コーヒー; 土浦市の「歴史の小径」付近に閑人(ひまじん)向け喫茶店集結
  • 天樹老人思いますのに、コーヒー・ショップ(喫茶店)にも2種類あるようです。閑人向け喫茶店と多忙人向け喫茶店の二つ。多忙人向け喫茶店は、駅周辺やビジネスセンターにあり、忙しい客が次々に立ち寄る。ちょっと座って、一瞬の休息をしたり、忙しい人同士待ち合わせたり、ノートパソコンを使ったり。便利な場所にありますが、風致はあまり無い。大資本のチェーン店が多い、儲け仕事です。閑人向け喫茶店は、風致の良い地区にひ [続きを読む]
  • 憧れの那由他(なゆた)蕎麦屋行き; 賢いプリウス
  • 「天樹老人美食エッセイ・つくばの蕎麦」を読んで、元気な80翁柴崎季雄さんが、「那由他へ行きたい」とおっしゃる。幸い老人ホーム仲間の和多野穣さんが愛車プリウスで連れて行ってくださる。これ幸いと私もとお願いした。和多野さんは老人ホームに入居した時プリウスを買った(普通なら免許証返上適齢なのに!)と言う元気な方である。娘(筑波大教授)は、何度も那由他には「振られて」いる。名人肌の主人は、予定量しか蕎麦を打 [続きを読む]
  • 鶏の酒蒸し(とりのさかむし); 平凡な幸せは貴重
  • 簡単できっとご主人が喜ぶ料理の一つは、鶏の酒蒸しです。蒸し器の底に水を入れ、日本酒を加える。網の上には皿を置き、鶏の腿(もも)の大きな肉を載せて蒸す。これだけでできる簡単さ。でも、この肉をワサビ醤油で食べるとたまらない旨さです。あっさりしてしかも旨い。日本酒でもビールでもワインでも、何でもよく合います。誕生日でも何でも「何がいい?」と妻に聞かれると、決まってこれを注文して作ってもらいました。全く平 [続きを読む]
  • 申年(さるどし)の梅干し; ピーター館夫人正子59歳
  • 1992年私の妻正子は59歳。「今年は申年」と張り切っていた。「申年の梅干し(申梅)」と言って、この年作った梅干しは、特に体に良いそうなのだ。正子はもともと梅干しが好き。自分で作るのが夢だった。1983年に私は永住の決心でつくば市東新井に家を建てた。土地は60坪。その土地が売りに出ているのを見つけてきたのも、大体の設計図を描いたのも正子である。私は6,000冊入る館内書庫を確保し、家に「ピーター館」と名をつけただ [続きを読む]
  • 鶴屋八幡の和菓子; 国宝もの小室直樹先生講義ノート
  • 和菓子の老舗「鶴屋八幡」(つるやはちまん。本店大阪)が、東京都心にも店を出している。千代田区麹町2丁目である。昭和53年1978年44歳の時、私は自治省から転じて筑波大学助教授になると同時に、大胆にも政治の中心「千代田区永田町」に自分の研究所を開いた。名は生意気にも「中枢行政研究所」という「1人シンクタンク」である。「公務員(筑波大学は国立)の副業」は自由ではない。ちゃんと筑波大学に届けて、「『教官の政治学 [続きを読む]