もなか さん プロフィール

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もなかさん: 場面緘黙と、これから
ハンドル名もなか さん
ブログタイトル場面緘黙と、これから
ブログURLhttps://ymonaka.hatenablog.com/
サイト紹介文緘黙症だった頃の記憶を中心に綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供41回 / 182日(平均1.6回/週) - 参加 2018/03/01 01:41

もなか さんのブログ記事

  • スキャットマン・ジョン
  • 既に亡くなっている方ですが、アメリカの歌手。吃音がずっとコンプレックスだったそうです。だけど、コンプレックスだった吃音を生かして歌を歌った。凄いなあと、この方を初めて知ったときは感銘をうけました。コンプレックスや欠点と思えることは、克服せねば思いがちだけど、それを生かす方法もあるのかもしれない。なんてことを思いました。スキャットマン・ジョンの曲。https://youtu.be/Hy8kmNEo1i8 [続きを読む]
  • 久しぶりの更新
  • 久しぶりの更新になってしまいました。最近はあまり心身の調子が良くなく無気力な日々が続いていました。好きな映画や読書も音楽も興味をもてなくて、仕事や家事のルーティーンワークをこなすことで精一杯。せっかくの平日休みだけど、何しようか困ってしまう。何か気分が上がることをしたいけど、何も思いつかない。こういう時期は淡々とやり過ごしかない。 [続きを読む]
  • 家族への嫌悪感
  • 夫の家族関係を聞いていると、私の家とは全然違うことに驚く。今までは自分の家庭環境が普通なのだと思っていた。サザエさんや、フルハウスみたいな平和で温かい家庭は、作り物だと思っていた。高校卒業し、アルバイトを始めてから色々な人と関わって、人の話を聞く機会が増えた。家族の話題になったときに、みんな普通に家族互いが会話をしていることに驚いた。家では、家族はみんな母親としか基本話さなかったし、夕飯時も会話が [続きを読む]
  • 夏がきて思い出したこと
  • 最近は本当に暑くなってきましたね。私は寒さに弱いので、冬は苦手だけど夏は好きです。日の当たる時間帯が長くて、青空が広がるから気持ちも明るくなる。夏は自分の誕生月なこともあって、好きな季節なんですけど、緘黙が酷かったときは夏が辛かったです。なぜかって、緘動で給食を食べられず水を飲むことさえできずにいたから。休み時間にみんな水筒やペットボトルに入った飲み物を飲んでいても、私は鞄から水筒を取り出すことす [続きを読む]
  • やりたいことや夢を諦めない
  • "現実というものは「これまでの人生」なんです。つまり、それは変えられない"過去"です。ぼくはそれまで飛行機とロケットの勉強をしていました。でも学校の勉強はほったらかしていました。そのせいでぼくは「将来、飛行機やロケットの仕事はできない」といわれたのです。この変えることができない"過去"を見て、"未来"をあきらめろといわれてしまうと、(努力しても無駄だ)という気持ちになります。""今の自分を見て、未来の自分を [続きを読む]
  • 努力って?
  • 人とうまくコミュニケーションがとれないことに悩んでいた時に、親から言われた言葉があります。「人と話せるようになるために、どんな努力した?努力してる?」当時、高校を卒業し、スーパーでアルバイトをしていました。学校で人並みに話せなかった自分には、社会人として基本とされる挨拶や返事、ホウレンソウをすることすら、うまくできずにいました。それでも毎日自分なりに、どうしたら上手くできるようになるのか?試行錯誤 [続きを読む]
  • ぼやき
  • 1番苦手というか、キツい言葉で言うと大嫌いなタイプの人間がいます。それは「弱いものにあたる人」男性が女性に対して暴行する事件はよく聞くけど、その逆は殆ど聞かない。自分のストレスを発散する対象として、自分より力が弱く抵抗される恐れのない人(女性や子ども)は最適なのでしょう。男女関係なく、自分より弱い立場の人や強く出られない性格の人に対してあたる人は多い。緘黙で話せなかった私は、そういう人から目をつけら [続きを読む]
  • 言葉に詰まる
  • 緘黙の後遺症なのか、今でも人と話すときにすぐに言葉がでてこないことがあります。頭の回転が鈍くなるのか、相手の言った言葉がすぐ頭に入ってこないときがあります。相手の言ったことを理解するまでに、時間がかかってしまう。その後、「どう答えるか」を考える(これも話す経験が不足しているため瞬時に返す言葉が思い浮かばない)から、返事が普通の人より遅くなってしまう。もしくは、早く答えないと!という焦りから言葉が頭の [続きを読む]
  • まさかの再会
  • 先日、久しぶりに地元に帰って親と食事をしたのですが、その時に懐かしい人と再会しました。保育園時代、担任だった先生です。偶然レストランで会って先生から声をかけてくれました。保育園にいたのはもう何十年も前のことで、保育園での先生とのやりとりは殆ど覚えていません。だけど、ハッキリ思い出せるのは小学生になってから友達の兄弟がいる保育園を覗きに行ったときに先生と会ったことです。「大きくなったね〜!」と言って [続きを読む]
  • 自尊心の低さと摂食障害
  • 中学生のときに摂食障害になって、その後は良くなったり悪くなったりの繰り返しでした。退院後は倒れる寸前の状態になるまで悪化することはなかったけど、極端な体重の増減を繰り返していました。その状態がようやく落ち着き、痩せていないとダメ思考から解放され食事を楽しむことができるようになったのは最近です。摂食障害の症状があった当時は、自分のことが大嫌いでした。性格も容姿も良いと思えるところなんてなく劣等感の塊 [続きを読む]
  • 自分だけじゃなかったのね
  • 偶然見かけた記事にこんなのがありました。http://news.livedoor.com/lite/article_detail/14704240/道でわざとぶつかってくる人。実際にいるんですよね。仕事帰りの夜に道を歩いていたときのこと。広い道で人通りも少なく、私は道の端(ガードレールの横)を歩いていました。斜め向かいから一人の男性がこちらに向かって幅寄せするように早足で歩いてきて、私はガードレールがあったのでそれ以上横に避けることができず、その男性の [続きを読む]
  • 東京
  • 結婚を機に東京に引っ越して、かれこれ3年経ちます。地方の田舎育ちだった私は東京に慣れるのが大変でした。どこに行っても人が多い。朝の電車や駅のホームは混雑して、行き交う人もピリピリとした雰囲気。向かいから歩いてきた人とお見合いになると舌打ちされることもざらにある。そして、人が多い分、不審者に遭遇する率も高い。地元に行た時は不審者に遇うことは滅多に無かったのですが、東京に来てからは多くて警戒しながら歩 [続きを読む]
  • 笑顔と明るさの強要
  • 緘黙時代や緘黙脱したて時代に良く言われた言葉。「笑顔でね」「明るくね」「元気良くね」学校の標語でも仕事の求人にもよく書かれている言葉だけど、違和感を感じることがある。元々、外交的な性格の人なら意識しなくても上記のことを自然にできてしまう。例を挙げれば夫。基本的にテンション高くてよく笑う。それは家でも外でも変わらない。だけど私はどちからというとテンション低いほう。もちろん笑うことはあるけど大笑いする [続きを読む]
  • 時々考えてしまう
  • 私は小学生までは普通だった。多少、引っ込み思案で気にしいな性格ではあったものの、友達と話して笑って、対人恐怖も変な自意識過剰さもなかった。今の私の状態は場面緘黙ではないと思う。一応、話せるから。今の状態に何か名前をつけるなら対人恐怖症や社会不安障害とか、そんなところだと思う。私とは正反対に社交的で誰とでもすぐに仲良くなれる夫を見ていると、どうして自分はこういう人間に生まれなかったのか、なれないのか [続きを読む]
  • 一言あるかないかで
  • アニメ「あたしんち」で、一言が大事というエピソードがあった。私の父はいつも一言足りなくて、家族から嫌がられていた。人の物(パソコンや本)を勝手に自分の部屋に持っていって使ってしまう。一言「借りるよ」と言えば良いのに、黙って持っていってしまう。夜、居間で一人勉強していたら無言で電気を消されたこともある。父は「電気代がもったいない」「早く寝ろ」と思ったのかもしれない。だけどそれならそれで、「電気代もった [続きを読む]
  • ぽかぽか陽気
  • お花を見に行った。天気が良くて暖かいと出掛けたくなる。全然関係ない話だけど、私は真顔でいると話しかけづらい雰囲気があるらしい。何故か心配されることもある。だから人と話すときは表情にとても気を遣っているのだけれども、やはり緊張しているときは表情が固いらしい。いつも笑っているような穏やかな表情になれたら良いのにな。 [続きを読む]
  • 進路
  • 高校卒業後の進路にはとても悩みました。私が行っていた高校は、進学する人と就職する人の割合が半々くらいでした。心理学を勉強したいと思っていたものの、もう学校に通うのは嫌だという気持ちのが強く、進学は考えませんでした。就職についても、厳しい状況でした。担任の先生から「あなたには就職の面接は厳しいと思う」と言われ、就職を引き留められる形になりました。学校での私を見ていて、先生は私には面接が厳しいと思った [続きを読む]
  • アルバイト
  • 中学の時と違い、高校では緘動がでることはなくなりました。緘動がなく、お弁当も食べられたことからそれまでと比べると学校生活は楽なものになりました。コミュニケーション面については人並み以下といった感じで、自然に笑うことも、自分から話題をふることも殆どできず、何気ない質問にも何て返事を返せば良いのか考えてしまって、答えに時間がかかっていました。クラスの子は優しく、中学のときと比べてからかわれることは全く [続きを読む]
  • 体育
  • 高校で1番苦労したのは、体育の授業でした。体育や家庭科の調理実習など、グループで行うものがとても苦手でした。体育の授業は週3回あり、その度に憂鬱でした。高校の体育の授業はゆるい感じで、好きな子とグループを作ってバドミントンやボール投げの練習をすることが多かったです。まずグループに入るのが大変でした。自分から「一緒にやって良い?」と言うことに凄いエネルギーが必要でした。グループに入れてもらっても、運 [続きを読む]
  • 上手くできなくても良い
  • 高校で自分の思うように話せず、落ち込む毎日でした。とりあえず、何か話しかけられたら声が小さくても良いから返事をすること挨拶を返すこと何かして貰ったらお礼を言うことそれだけはやれるように頑張ろうと思いました。「話すのが苦手でも、一生懸命話してくれる人に悪い感情を抱く人はいない」と支援学級の先生が言っていた言葉を思い出し、「声が小さくても上擦ってもスラスラ話せなくても良いから、頑張って話そう」と考える [続きを読む]
  • 第3の難関
  • 高校入学後、第3の難関がお昼でした。中学では給食を全く食べられなかったので、高校でお昼を食べられるか、緘動がでないかが心配でした。それに加えて心配だったのは、一緒に食べる人がいないということ。既に仲良しグループが出来上がって来ている中、私はまだクラスの誰とも話していませんでした。誰かに話しかけよう。話しかけて仲良くなるならお昼がチャンスだと思いました。お昼時間になり、心臓はドキドキ。とりあえずお弁 [続きを読む]
  • 高校入学後
  • 高校は周囲から通信制に行くことを勧められたけど、普通校に行くことに決めました。高校に行ったら話すんだ。普通になるんだ。そんな思いが強かったので、通信制高校という選択肢は自分の中にはありませんでした。今考えると通信制を選んでいたほうが無理なくステップを踏めるので緘黙の治療には良かったのかもしれません。県立高校に進学し、最初の難関は入学式でした。新入生の名前が一人ずつ呼ばれ返事をしないといけなかったの [続きを読む]
  • 初めて学校で話せた
  • 特殊学級に在籍するようになり月日は流れて、3年の終わり頃、特殊学級の先生と話せるようになりました。といっても、その先生と二人きりの時じゃないと話はでなかったし、先生も忙しかったのでそういった機会は少なかったのですが、それまで誰に対しても無言だった私にとって、とてもとても大きな変化でした。なぜ、話せたのか?ハッキリとは分かりません。特殊学級という場所が、教室よりも安心できる場所で不安感が減ったこと。 [続きを読む]