おきなべ さん プロフィール

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おきなべさん: インド旅日記
ハンドル名おきなべ さん
ブログタイトルインド旅日記
ブログURLhttp://hateruma111.ti-da.net
サイト紹介文20代の頃、インドへ1ヶ月の旅をしました。
自由文インドがどう変わっていったのか再訪してもいい年代になりました。
当時の記録を残すしたくなりました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供64回 / 123日(平均3.6回/週) - 参加 2018/03/06 21:26

おきなべ さんのブログ記事

  • 再びインドの旅へ
  • またインドへ必ず行こうと思い、いつの間にか月日は流れた。人相手の医療の仕事をしていると、1ヶ月のフラフラ旅行なんて、夢の夢の話。最近は、5日間休んだだけで、患者さんに叱られる。でももうすぐリタイアの年だ。沖縄もいいが、まずは体力あるうちにインドへ再び。あの頃のような旅はできないかもしれないが、どんな風にインドは変わったのか、インドを見る僕がどんな風に変わったのか。必ず行こうと思い、再びインドへという [続きを読む]
  • インドの旅の終わり(68)インド旅日記
  • 疲れてぐっすり眠っていると、夜中の2時に電話。なんだろうと受話器を取ると、コールガールいらないかという電話。いいかげんにして欲しい。なんていうホテルだ。朝、8時頃起きて、yさんと下のカフェで朝食。食後、2人でタイ日本人の会へ行く。難民キャンプの地図をもらい、バスを乗り継いでキャンプへ行った。バスは停車場に止まらないで徐行し、人は飛び降り飛び乗る。タイで一番大きい難民キャンプだそうで、カンボジアからの [続きを読む]
  • バンコクへ(67)インド旅日記
  • カルカッタからバンコクへ。もう暗くなっていた。空港でドルをバーツに変え、どうやって街へ行こうかと思案してたら、2人の日本人女性旅行者に声かけられた。1人はまっすぐ羽田へ、1人はタイに少しいるらしい。1人では不安なので、タクシーに一緒に乗ってくれませんか?って言うので、リムジンタクシーでバンコクのスリクランホテルへ。彼女は予約していたそうだ。僕は安宿探そうと思ってたが、外は雨、真っ暗でめんどうになった。 [続きを読む]
  • インド最後の夜(66)インド旅日記
  • 写真はプーリーの街カルカッタへ戻って、カメラを売ったので、写真がない。インド最後の夜。サルベーションアーミーのベッドの上で、この1ヶ月あまりの旅のこと思い出していた。不安だらけの最初の夜のことを思えば、旅にも慣れたのか、インドを去るのがとても悲しい。短い旅だったが、これほど刺激的な旅は、後にも先にもなかった。この国を旅して、人は多様で文化も多様で、正しい価値観なんてないこと学んだ。衛星、非衛生の概 [続きを読む]
  • インド滞在あと僅か 宿で(65)インド旅日記
  • 写真はプーリーの露店。夜、同室の日本人と。世界一周自転車の旅最中で、オーストラリアから船に乗り、バンコクへ渡り、カルカッタへ着いたという。これからデリー目指すそうだ。バンコクの恐ろしさを教えてもらい、安宿情報とバンコクの地図ももらう。無事に世界一周したんだろうか。カルカッタから日本へ帰る途中に、数日バンコクへ滞在しようと思ってる。インド人の旅行者も同室。日本語の勉強をしてるそうで、即席日本語会話レ [続きを読む]
  • インドの映画(64)インド旅日記
  • 朝は気持ちがいい。2階に上がり、朝食のトーストとミルクティーを飲んで、ベランダでのんびり過ごす。階下でデモ。何のデモなのか、さっぱりわからない。でも、すごいエネルギーに満ち溢れてるデモだった。旅行者らしい黒人女性がニッコリ笑いながら近づいて来た。とても魅力的な女性だ。だけど、僕の語彙力じゃ、とても話すことができない。 夜、映画館へ入った。後ろのほうが値段の高い席になっていた。ある愛の歌 インド版だ。 [続きを読む]
  • カルカッタへ戻る(63)インド旅日記
  • カルカッタへ戻った。ハウラー駅ですぐにリキシャを呼んで、ニューマーケット付近まで連れていってもらった。サルベイションアーミは一杯で、モダンロッジへ行ってみる。個室で暗くてコンクリートの牢獄みたいで、気が進まない。長い間待たされたので、とりあえずサルベイションアーミに荷物を預け、街の散歩。路上の歯医者を見る。ペンチがあって、入れ歯の既製品が並ぶ。人それぞれ口腔内の形も噛み合わせも違うのに、既成の入れ [続きを読む]
  • 網で魚捕り(61)インド旅日記
  • プーリーの海岸で、子供達が網で魚をとっていた。小魚が少しだけ。海岸で、相撲を一緒にとって遊んだ。勝った。 そろそろ旅の終わりが近づいている。明後日の夜行でカルカッタへ戻ることにした。駅へ行くと、満席で指定席はないと言う。頼みこむと、空席があった。不思議な国だ。 [続きを読む]
  • インド何しに来た(60)インド旅日記
  • 朝から曇りで夕方に雨が降った。朝食は、目玉焼き2つ、ゆで卵2つ、バタートースト4枚、コーヒーどんより曇った日は、宿で日本の友人や恋人に手紙を書くことにした。 スタンドのコンセントが壊れているようなので、呼びに行くと、線を一生懸命に中へ押し込んでいる。それでは直るはずもないので、ドライバー借りて自分で直した。ピーナツ売りがやってきて、たくさん食べてお腹壊す。 日本人の二人組の若者が、ツーリストバンガロ [続きを読む]
  • ガンジャ(59)インド旅日記
  • ここプーリーは、合法的にガンジャを売っていた。?州によって、非合法と合法と両方あるみたいだ。浜辺では、インド人がよくガンジャを吸っていた。 スウィミングおじさんも、仕事がない時はいつもガンジャを吸い、勧めてくる。覚せい剤は、中毒症状があり依存症になるがガンジャは違う(らしい)身体依存もなく、離脱症状も軽度なので、プーリーでは、タバコのように吸っている人をよく見かけた。といっても、日本では禁止されて [続きを読む]
  • プーリーの山車(58)インド旅日記
  • 飛騨高山の山車を思い出した。ジャガンナート寺院からグンディチャー寺院へと3台の装飾された山車が練り歩く。その祭りは毎年6月から7月に行われる。これを見た人は、福がもたらされると言われ、かつてはジャガンナートの山車に轢かれて死ぬことを望む信者もいたようだ。京都の祇園祭の原型とも。宿への帰り、海の中に入ってみた。波が高いので、海に浸かってるだけだ。そうこうしてるうちに、いつものインド人のスウィミングおじ [続きを読む]
  • リキシャの値段交渉(57)インド旅日記
  • 広い通りにリキシャと人がごったがえしてる。果物屋でレモンを買った。とても小さくて酸っぱい。気にいったバッグがあったので、僕のサンダルと上野で買った目覚まし時計と交換した。始めてインドへ来た頃は、リキシャの値段交渉の仕方が分からず、カモられた時もあった。現地のインド人に聞いたり、インド人の友人ができたりして、この距離ならこれくらいの値段って、わかるようになってきた。3ルピー(90円)と踏んで、交渉する [続きを読む]
  • リキシャでプーリーの街へ(56)インド旅日記
  • 浜辺で、物売り、スウィミングおじさんなどと、たわいもない話。物売りは、僕が買わないと知ってるので、インド風英語で冗談ばかり言う。 1日中、波の音が聞こえてくる。プーリーは気持ちがいい街だ。 インド滞在も、あと1週間になってしまった。1ヶ月では短かすぎる。1年間くらいかけた旅をいつかしてみたいと思った。バンガローの前に、いつもいるリキシャのお兄ちゃんに街へ連れて行ってもらった。 [続きを読む]
  • スウィミングおじさん(55)インド旅日記
  • 昨日のおじさん、カップルと手を繋いで、海に入っていた。プーリーは、インドのリゾート地で新婚旅行にも多くの人がやってくるそうだ。海を見たことのないインド人も多かろうと思うので、このおじさんは、海のガイドというとこらしい。手を繋いで海に入る仕事。若いカップルが、このトンガリ帽子を被ったおじさんと手を繋いで、海で遊んでる風景は、とても可笑しい。スウィミングの手助けもしてるようなので、スウィミングおじさん [続きを読む]
  • 海辺で過ごす(54)インド旅日記
  • プーリーで海を眺めて過ごす。ベンガル湾の単調な波の音が心地よい。浜辺で、海を眺めてるだけで幸福だ。ぼっーとしてたら、物売りが話しかけてきた。あれ買えこれ買えと言うが、宝石や装飾品など、欲しいとは思わなく何も買わない。こんどは、三角形の帽子を被ったおじさんが英語で声をかけてきた。なんか可笑しなオッチャンだ。釣り道具を貸してくれるというんで、借りてオッチャンと、もう1人変なオッチャンも現れて、一緒に釣 [続きを読む]
  • プーリーのツーリストバンガロー(53)インド旅
  • ドミトリータイプのユースホステルは1泊だけにして、1人でのんびりできる宿を探した。探してると、ツーリストバンガローがあった。海まで100mで、裏と表にドアがあり、裏玄関は、そのまま浜辺へと続いていた。おまけに芝生と生垣まである。1泊30ルピー(900円)。今まで泊まった宿の3倍はする値段だけど、贅沢に過ごしてみるのもいいと思い決めた。部屋は広く、ベッドやテーブル、椅子があり、ベッドには蚊帳が吊り下がっていた。 [続きを読む]
  • プーリーへ到着(52)インド旅日記
  • カルカッタから夜汽車でプーリーへ到着。プーリーはベンガル湾に面した海辺の街だ。体調悪く、ずっと横になっていた。汽車の中では、子供2人、父母と旅行らしい家族もいた。子供の服も綺麗だった。インド中流の家族だろうか。子供がお菓子ばかり食べてる。レモンの皮、みかんの皮、そこらじゅうに投げ捨て、汽車の床はゴミだらけだ。 プーリーの駅に着き、汽車を降りると、リキシャの兄ちゃんがいつものように寄ってきた。安い宿探 [続きを読む]
  • サルベーションアーミー再来(51)インド旅日記
  • カルカッタでは再びサルベーションアーミーに泊まることにした。大勢の旅行者がいて騒然としている。大部屋には、おとなしいはにかみ屋の若いドイツ人と同室。英語は僕と同じくらいの低レベルで、親しみを感じてしまった。60代と思われる一人旅のドイツ人もいた。外国人の旅行者には年配の人も多い。2週間前に、ここサルベーションアーミーで出会った東北大医学生とも再会した。デリーへ行き、昨日カルカッタへ戻ってきて、明日に [続きを読む]
  • 再びカルカッタへ(50)インド旅日記
  • ベナレスからカルカッタへの一等寝台は、立派だった。二等と比べて雲泥の差だ。 インド人の紳士と一緒の部屋になった。きびきびとした動作、きっと上流階級の人なんだろう。彼は夜になって、クルタに着替えて眠った。汽車の中はレモンがベストだ。1つどうぞと綺麗な英語で、いただいた。 堂々としたインド人。圧倒されそうだった。路上生活者と、この紳士。貧富の差は、汽車の中でも感じてくる。かつての植民地支配やカースト制度 [続きを読む]
  • ベナレス最終日(49)インド旅日記
  • いよいよベナレス最期の日。列車事故や洪水などあって、3度目の正直だ。ヒゲさん アグラへ行く。ヒゲさんと、ベナレス駅で出会って3日間は、とても楽しく過ごせたので、さすがに別れは寂しい。名前も知らないので、もう会うことはないだろう。いい旅を。ベナレス駅の構内には牛が何頭も寝そべっていた。いったい何頭いるんだろうかって聞くと、日本人の数ほどいるよっていう答え。街には、いのししも駆け回っている。人と街と、 [続きを読む]
  • 非能率だけど(48)インド旅日記
  • 明日のカルカッタ行きの汽車の予約をしに、2等寝台の窓口に並んだ。2等寝台で行くつもりで並んでいたが、あの非能率には参ってしまった。一人に10分以上かかり、あとからあとから割り込んでくるインド人。女性が割り込んでくると無条件で許さないといけないようなので、1時間待っても列は進まない。めんどくさくなって、一等寝台の窓口へ。ルピーで考えると、かなり高いが、円で換算すると、たいした金額でもない。切符売り場も生 [続きを読む]
  • インド旅日記 少し休憩
  • 明日から沖縄旅行だ。楽しみに待っていた日が、やってきた。インド旅日記は、その間お休み。もう少し続きそう。帰国の時までのこと、書いておくつもり。こんなに長くなるとは思わなかった。大学ノートに当時は記録してたので、インド旅はずいぶん前だけど記憶が鮮明だ。1週間の沖縄。いつも、2泊だったので、6泊できるとは夢のよう。毎年3回は沖縄へ行けてたのに、今回は1年ぶりだ。無事にこの日がやってきて、上等。 [続きを読む]
  • 日本人旅行者(47)@インド旅日記
  • ベナレスのツーリストバンガローの前にあった食堂へ行き、カレー食べる。ここのカレーは辛くなく食べやすい。チャパティーと食べるカレーは美味しい。そういえば、インドでは全くナンにはお目にかからなかった。カトマンズから来た日本人二人と知り合う。インドは、もう半年近く旅をしているそうだ。飯くるの遅い、大声でバカヤロウと叫んでいる。旅に慣れているのだろうけど、どうも、そういう態度に抵抗を感じる。旅の途中は、そ [続きを読む]
  • また汽車動かず(46))インド旅日記
  • またプーリー行きの列車が運休した。なんてことだ。洪水か事故かで汽車はストップした。しかたないので、ヒゲさんとツーリストバンガローに泊まる。A/C付き(水冷式)で、二人で45ルピー(1300円)かなり豪華なホテルで、インドじゃないみたいだ。僕はもったいないと感じたが、ヒゲさん けっこうお金持ってるんかもしれない。きれいな部屋は日本のユースホステル並みで、シャワー、トイレ、ベッドも綺麗だ。ベナレスからのプーリ [続きを読む]