某 さん プロフィール

  •  
某さん: 某の日々是好日
ハンドル名某 さん
ブログタイトル某の日々是好日
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/boh714
サイト紹介文本来無一物。身一つあれば何とでもなる
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供39回 / 191日(平均1.4回/週) - 参加 2018/03/17 19:10

某 さんのブログ記事

  • キトラ古墳
  • キトラ古墳は、高松塚古墳に続き日本で2番目に発見(1983年)された大陸風の壁画古墳。   7世紀末〜8世紀初め頃に造られたと推測されている。この頃の古墳は終末期古墳と呼ばれ、古墳時代前期の巨大な前方後円墳から円墳や方墳へと形が変わり、古墳そのものが小さくなった。     名前の由来は、中を覗くと亀と虎の壁画が見えたため「亀虎古墳」と呼ばれたという説。古墳の南側の地名「小字北浦」がなまって「キトラ」になっ [続きを読む]
  • 高松塚古墳
  • 高松塚古墳。直径18m、高さ5mの小さな円墳。昭和47(1972)年3月、石室内に彩色壁画(国宝)が発見され、戦後最大の発見として大きな注目を集めた。石槨内部には古代中国道教の影響を受け、東壁には青龍と日像、西壁には白虎と月像、北壁には玄武、東西の両脇には人物像、天井には星宿図が描かれている。被葬者は7〜8世紀の皇子とみられる長身の男性とされるが、詳細は分かっていない。余談ながら、「高松塚古墳の呪い」として、こんな [続きを読む]
  • 飛鳥寺
  • 飛鳥寺。596年、蘇我馬子が発願して創建された日本最古の寺院。法興寺・元興寺ともよばれた。現在は安居院(あんごいん)と呼ばれている。     創建時の飛鳥寺は、塔を中心に東・西・北の三方に金堂を配し、その外側に回廊をめぐらした伽藍配置だった。 寺域は東西約200m、南北約300mであった。百済から多くの技術者がよばれ、瓦の製作をはじめ、仏堂や塔の建設に関わった。瓦を製作した集団は、この後豊浦寺や斑鳩寺の造営に [続きを読む]
  • 伝飛鳥板蓋宮跡
  • 伝飛鳥板蓋宮跡。大化の改新(乙巳の変)の舞台。   蘇我入鹿は、中大兄皇子(後の天智天皇)、中臣鎌足らのいわゆる乙巳の変によって、飛鳥板蓋宮の大極殿において皇極天皇の御前で殺害された。享年は一説に35歳とも。天皇に無罪を訴えるも、あえなく止めを刺され、雨が降る外に遺体を打ち捨てられたという。ガイドブックによると、「飛鳥を訪れる人が誰しも訪れる人気の場所」とありましたが、誰もいない・・・。にほんブログ [続きを読む]
  • 石舞台古墳
  • 石舞台古墳。6世紀の築造。巨石30個を積み上げて造られた石室古墳。その規模は日本最大級を誇る。盛土が失われて、露出した天井石の上面が平らなことにちなんで、石舞台と呼ばれる。     墳丘は1辺50mの方墳で、周囲には幅8.4mの濠がめぐる。石室の長さは19.1m、玄室は高さ約4.7m、幅約3.5m、奥行き約7.6m。石の総重量は推定2,300t、古墳最大の巨岩である天井石は、南側が約77t、北側約64tもあるという。この巨大古墳が誰の [続きを読む]
  • 天武・持統天皇陵
  • 国営飛鳥歴史公園をあとにして、次に目指すは「天武・持統天皇陵」。今日の相棒は、飛鳥駅前で借りたレンタサイクル。天武・持統天皇陵。壬申の乱(672年)で大友皇子を倒した大海人皇子(即位後に天武天皇)とその皇后である持統天皇の合葬墓 。      直径50m、高さ6.36m。円墳とも八角墳ともとれるこの古墳の石室は八角形で、金銅製の蔵骨器がのっている。天武天皇は古代律令国家体制の基礎を築き、持統天皇がその志を継 [続きを読む]
  • 平成30年度 国宝高松塚古墳壁画修理作業室の公開(第23回)
  • 本日より開催の「国宝高松塚古墳壁画修理作業室の公開」今年も「何が何でも見なくてはならない」と、電車を乗り継いで、奈良県高市郡明日香村へやって来ました。   高松塚古墳は、昭和47年に極採色の壁画が発見され、昭和49年、国宝に指定。    壁画は平成19年に墳丘から取り出され、現在、古墳近くの仮設修理施設で保存・修理が進められています。平成20年からは、毎年この修理作業室を公開し、今年で23回を迎えるという企 [続きを読む]
  • 信長・秀吉・家康と美濃池田家−大御乳・池田恒興・輝政の戦い−
  • 岐阜県博物館で開催中の特別展「信長・秀吉・家康と美濃池田家−大御乳・池田恒興・輝政の戦い−」に行って来ました。  岐阜の地は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人が統一権力を形成していくなか、重要な役割を果たした。ほぼ10年にわたり岐阜に本拠地をおいた信長。美濃攻略をはじめとして、美濃を基盤に台頭の糸口をつかんだ秀吉。関ヶ原の戦いで政権の帰趨を決した家康とそれぞれの「天下人」にとってこの地は画期とな [続きを読む]
  • 渡辺美里/東海市芸術劇場公演(2018年8月31日)
  • 8月31日(金)渡辺美里、「M?Evolution Tour 2018」 東海市芸術劇場公演に行ってきました。     本日のセットリスト・・・01.太陽は知っている02.真夏のサンタクロース03.パイナップルロマンス04.シャララ05.ボクはここに06.BELIEVE07.Funky Kitchen〜スローフードのすすめ〜08.十六夜の月〜Izayoino tsuki〜09.BORN TO SKIP10.虹をみたかい11.ムーンライトピクニック12.My Revolution13.SHOUT(ココロの花びら)14.恋したってい [続きを読む]
  • 川中島古戦場
  • 「川中島古戦場」周辺を巡ってきました。半年ぶりの川中島古戦場。今回のコースは、①JR長野駅?②諸角豊後守の墓?③川中島古戦場?④松代城(海津城)?⑤山本勘助の墓?⑥真田信之の墓と設定。JR長野駅からアルピコ交通3番乗り場より、「古戦場経由松代行き」に乗り、まずは、「諸角豊後守の墓」へ。下車は「下氷鉋」です(?もう少し便利の良いバス停があるかもしれません)諸角虎定は・・・室住虎光の確かな史料における初見 [続きを読む]
  • 英雄たちの戦国合戦
  • 徳川美術館で開催中の企画展「英雄たちの戦国合戦」に行って来ました。              戦国時代、命を懸けて戦場を駆け抜けた武将たちの姿と戦の様子を、二つの視点から照らしだします。 ひとつは、戦国武将の手紙です。脚色された小説などの歴史物語とは異なり、当時の実況中継ともいえる手紙は、武将たちの様子や戦況を鮮明に伝えてくれます。 もうひとつは、戦国武将が所持した道具です。刀や甲冑はもちろん、彼ら [続きを読む]
  • よねまりゅ2018/京都FANJ公演(2018年7月15日)
  • よねまりゅ2018、京都公演。   東京公演に次いでの参戦です。会場は、京都FANJ。    セットリストは、■AJ米田渡01.ようこそ 02.冒険のスズメ ■HY03.So Sad■VoThM04.GO×305.Hush, Little Baby06.Yes,it's true07.Snow08.Wall09.ソドミスト10.それじゃあのゴッホをちょうだい11.それぞれ■C-C-B12.空想Kiss 13.HARD ROCK dream14.流星のラストデート15.ハートブレイク・カラー16.御意見無用、花吹雪 17.愛の力コブ 18.Cyb [続きを読む]
  • 本能寺
  • 京都「本能寺」に行って来ました。言わずと知れた「本能寺の変」の舞台。本能寺の変とは、天正10年6月2日、早朝、京都本能寺に宿泊していた織田信長が、家臣明智光秀の謀反によって襲撃された事件。 信長は寝込みを襲われ、包囲されたのを悟ると、寺に火を放ち自害して果てた。信長の嫡男で織田家当主信忠は、宿泊していた妙覚寺から二条御新造に退いて戦ったが、やはり館に火を放って自刃した。2人の非業の死によって織田政権は崩 [続きを読む]
  • よねまりゅ2018/新宿BLAZE公演(2018年7月13日)
  • 7月13日(木)、よねまりゅ2018「C-C-B, VoThM and more」新宿BLAZE公演に行って来ました。        あれから3年・・・。     けれど、いまだに東京の片隅で「ガハハ!」と笑っている声が聞こえるような気が・・・。ただ、FREEDOMのベースが置かれたステージに、その姿はなく、どうしようもない現実を見せつけられる、そんな日でもありました。  以下ネタバレ!!      コンサートは、①AJ米田渡・・・2曲?WY・・・1曲③VoT [続きを読む]
  • 名刀は語る−美しき鑑賞の歴史
  • 岡崎市美術博物館で開催中の展覧会「名刀は語る−美しき鑑賞の歴史」に行って来ました。日本刀は、古来災いや邪気を払う霊器として神聖視され、武士にとっては、武器であるとともに精神的支柱であり、日本人の精神文化に大きな影響を与えてきました。また日本刀は日本を代表する美術品として、世界でも高い評価を得ています。優美な姿、千変万化する刃文などその見どころは多彩です。本展では、日本屈指の刀剣コレクションを誇る「 [続きを読む]
  • 渡辺美里/ZEPP NAGOYA公演(2018年6月1日)
  • 6月1日(金)渡辺美里、「ribbon power neo」 ZEPP NAGOYA公演に行ってきました。       「ribbon ‐30th Anniversary Edition‐」のリリースに合わせ開催されたスペシャルライブ。      MC:川本えこ(@FMパーソナリティ)スペシャルゲスト:山口智充      本日のセットリスト・・・01.センチメンタル カンガルー02.恋したっていいじゃない03.さくらの花の咲くころに04.Believe05.シャララ06.19才の秘かな欲望07 [続きを読む]
  • 設楽原古戦場②
  • 「首洗池」「首洗池」は、別名「太刀洗池」と呼ばれ、織田、徳川軍の諸将が敵の首や使用した刀や武具などの血を洗い落としたところと言われている。「松平伊忠戦死之地」松平伊忠(1537〜1575)とは・・・三河出身の徳川氏譜代の家臣。深溝松平家3代目。三河一向一揆鎮圧、掛川城攻略戦、姉川の戦い、三方原の戦いなど主要な合戦へはいずれも参戦し、家康初期の功臣として活躍した。1575年5月の設楽原の戦いでは、同月20日の夜、織 [続きを読む]
  • 設楽原古戦場①
  • 「設楽原古戦場」に行って来ました。        設楽原古戦場は、1575年(天正3年)5月21日、三河国長篠城をめぐって、織田信長・徳川家康連合軍3万8000と武田勝頼軍1万5000との間で行われた戦いの主戦場となった場所であり、数多くの武田家臣が戦死し、武田家凋落の始まりとなった戦いです。         古戦場には、武田家重臣の墓や戦死地の石碑、織田軍が築いた馬防柵(復元)などが広範囲に渡って点在しています。も [続きを読む]
  • 榊原康政生誕之地
  • 「榊原康政生誕之地」に行って来ました。榊原康政(1548〜1606)・・・戦国時代から江戸時代初期にかけての武将・大名。上野国館林藩の初代藩主。徳川氏の家臣。徳川四天王(酒井忠次・本多忠勝・榊原康政・井伊直政の4人)、徳川三傑に数えられ、家康覇業の功臣。     土臭く愚直な人物が多いとされる三河武士の中にあって弁舌に長け、大樹寺で学んだ能筆家としても知られる。性格的に余計な一言が多かったため「減らず口の小 [続きを読む]
  • 三方原古戦場
  • 上洛を目指した武田信玄は元亀3年(1572年)10月3日に2万5000の軍勢を率いて甲府を出発、同年12月22日には浜松城の北側に広がる三方原に進出してきた。徳川家康は家臣の反対を押し切って1万1000(徳川軍8000と織田信長の援軍3000)の軍勢を率いて浜松城を出発、武田信玄の軍勢に迫った。徳川軍はいつでも攻撃できるような鶴翼の形をとり、家康の陣形を確認した武田信玄は魚鱗の陣形を取った。戦いは日暮れに近いころ、ここ三方原の [続きを読む]