Rteftef さん プロフィール

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Rteftefさん: SLE and Bipolar Disorder
ハンドル名Rteftef さん
ブログタイトルSLE and Bipolar Disorder
ブログURLhttps://sle-bd.com/
サイト紹介文SLEと双極性障害という2つの持病と共に生きる日々。同病の方などの疑問や不安を潰せれば幸いです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供85回 / 129日(平均4.6回/週) - 参加 2018/03/18 17:56

Rteftef さんのブログ記事

  • 鬱真只中
  • 七月に入ってから心の調子がぐっと悪くなり、日に日にそれは増し、今の状態である。今の状態というのは、ご存じの通りブログがまともに更新できない、夏休みに入った息子の面倒をまともに見てあげることができない、布団から起き上がるのが困難だ、起き上がってもすぐに疲れてしまう、などなど。私ははじめ、このような状態に陥っているのは、躁を恐れて大量のリスパダールを服用していることに起因しているのではないかと思い、ま [続きを読む]
  • リスパダールで鬱状態になる
  • 息子の期末テストが6月下旬にあり、その勉強を見るためにいつもより多めのリスパダールを飲んでいた。最大では通常の4倍量である。私の場合、リスパダールは双極性障害の躁の症状を抑えるために、ここ最近服用している。息子の定期試験前というのはついつい力が入りすぎて、毎回息子を怒りすぎてしまうので、勿論担当医と相談して決めたことではあるが、3倍まで増やしていいと言われていた。けれど私は躁になって息子を叱り飛ば [続きを読む]
  • 3日以上連続して外出すると、寝たきりになる
  • 特にこの季節が厳しい時期、連続の外出は私から体力を奪い、体は筋肉痛なのか全身がキシキシと痛み、起き上がれなくなる。先週もそうであった。週末はほぼ寝たきりで過ごした。それなので今週1週間、毎日外出で休む日が全く無いため、少し心配、いやだいぶ心配しているところである。全ての日程をこなすことができるのか、特に病院の予約があるのだけれど、そもそも病院まで辿り着けるのだろうか。年々体力が衰えている感じであり [続きを読む]
  • 紫外線の弱い早朝に庭仕事
  • 日光過敏。これがためにどんなにか今まで行動が制限されてきたことだろうか。結果家族にも迷惑を掛け、ほぼ全ての家事を主人に押し付けてきたのだ。そういうことからか、なかなか隅々まで家の手入れが行き渡らないのが現状である。◇ずっと気になっていた、家の脇道に生えている雑草たちがあった。家は角地なので2方向に対して道が伸びていることになる。一方の玄関前は、まだましなのだけれど、もう一方の北側の道に関しては、毎 [続きを読む]
  • 日光過敏の症状が出る
  • 私は自慢をするのもアレだが、日光過敏であるにもかかわらず、日光に対する防御が普段的に甘いと思われる。精神科の薬を飲んでいる関係からか汗を異常にかくため、長そでを嫌って半袖で外をほっつき歩いていることが多いくらいだ。そのためにたっぷりと、日焼け止めをまるで何かの作品を創造するように体中に塗る。けれど出かけ先で明らかに日焼け止めが汗で流れ落ちていても塗りなおすことはせず、主には日傘で強い日光を遮ること [続きを読む]
  • 告白 その44
  • 父は数年前に死んだ。父は結局はるみという場末のスナックでアルバイトしていた40代後半の女と結婚したのだけれど、なぜかはるみと結婚してしばらくすると急速にやせ細っていき、そうして寝たきりになり、あっという間に死んでいった。結婚して死ぬまでたった3年の出来事であった。父が死ぬ1年前、たまたま用事があり父と会う機会があったのだけれど、その時はとても元気そうに見えたものだ。けれど、ある日突然はるみから「も [続きを読む]
  • 告白 その43
  • 双極性障害と診断されたのは、鬱病と診断されてから1年半後のことである。診察の時に何気なく話した躁のエピソードを担当医は見逃さなかった。もしかして鬱の薬がいまいち効かないのは双極性障害という別の病気だからかもしれない、と言い出したのである。◇私は20代後半で調子が悪く、精神科へ駆け込んだことを思い出していた。今から思えばあの時明らかに躁状態だったのだろう。ところがこの担当医は「何でもないから帰りなさ [続きを読む]
  • 告白 その42
  • アキレス腱のギプスが取れるまで半年かかった。その間私は家事全般を実母にお願いすることにする。もちろん実母は断らなかったし、断れるはずがなかった。今となっては原医師に捨てられ独りぼっちであり、かといって次の男をひっかけるほど若くももなく、外見もそれなりである。つまり私たち子どもに寄生するしかない立場の女であった。その立場を利用して、私はまんまとただ働きの家政婦として母を雇い入れることにしたのだけれど [続きを読む]
  • 告白 その41
  • 「土日は赤ちゃんに会いに行くから大丈夫だよ」と主人は乳児院へ預けることに抵抗がないようだった。しかし私は最後まで賛成できなかった。アキレス腱は確かにケガをしているけれど、重病人というわけでもなく意識ははっきりしているし、それに一番にはやはり、赤ちゃんを取り上げられ、他人の手によって育てられることに抵抗があったのだ。さらにこの問題について相談した役所の職員までが「赤ちゃんの頃の記憶なんて残らないから [続きを読む]
  • 告白 その40
  • 全治半年という診断だった。アキレス腱を負傷し、家事育児はおろか、自分の身の回りのことを整えることすら難しくなる。そこで主人の実家から義理の母に手伝いに来てもらうことにしたのだけれど、何故か義母は私が過ごす部屋と赤ちゃんがいる部屋を遠ざけるように仕切ってしまい、全く赤ちゃんの様子が分からなくなってしまったのである。分かるのはうれしそうな義母の声と、時々聞こえる赤ちゃんの声にならない声だけだった。その [続きを読む]
  • 告白 その39
  • 井坂さんと私は交際から入籍まで1年も経たずに結婚をした。というのも井坂さんも私も、住んできた環境は格段に違うのだけれど、性格が似ているというか、大切にするものが似ていたのだろう。とにかく交際期間というまどろっこしいものが、単なる時間の無駄遣いに思えてならなかったのだ。恋愛は駆け引きを楽しむべきだ、なんていうのは若い頃の話であろうし、それに私たち2人はもうそれなりの年であった。恋愛期間に2年も3年も [続きを読む]
  • 告白 その38
  • 「下のフロアには変わった人がいるから気を付けて」異動になる時、同じ課で働いている年上の女性に忠告された。変わっているから気を付けて、とはどういうことなのだろう。例えば話しかけたら噛みついてくるとか、そういった常識ではあり得ない次元の話なのか。「名前は井坂さんていうから」井坂さんね。そういえば何かを発明したとかで会社ではちょっと有名人であり、特別扱いされているというか、違う世界に生きている人、という [続きを読む]
  • 告白 その37
  • 「一緒に住もうと思っているヒトがいるんだ」まだ懲りないのか、この男は。今まで寄ってくる女女に金を搾り取られ、そこに愛は存在しなかったということを何度も学習したはずなのに、父に新な女ができたようだ。「はるみっていうんだ」父の話によればはるみとは、父がよく行く飲み屋で働く女性らしいのだけれど、年齢は40代半ばだという。想像するに場末の飲み屋でアルバイトとしてしか働くことしかできない、それで生計を立ててい [続きを読む]
  • 告白 その36
  • 松本ちづるをバス停で見かけた。多摩の都営住宅に父によって封じ込められたはずのちづるが、私と同じバスの列に並んでいる。ちづるは当時よりふっくらとしていた。もしかすると精神科の薬の副作用なのかもしれない。足首は太くズングリとした体形であった。けれど元々の顔立ちは保たれているのですぐに彼女だと分かり、私の時間が止まりそして血の気が引く。私より随分後ろに並ぶちづるは、勿論私の存在になど気付いていない。時折 [続きを読む]
  • 告白 その35
  • 父と美月が住む実家が競売にかけられ、そして父は自分の家を失った。原因は父が積み重ねた借金が10億以上に膨らみ、もう返せないと追い込まれたことらしい。美月は三宿に持ち家があるので、そこで父だけ居候生活をし、その他の兄や弟は皆バラバラに賃貸へと引っ越した。弟は発達障害を理由に働かず、兄は留年を重ねて未だに学生であったので、父から送金ありきの生活ではあったけれど。病気の私が自活し生活を送っているというの [続きを読む]
  • 告白 その34
  • 女性漫画家の本を読んで私は、共感というよりも「こういう生き方でもいいんだ」という勇気を与えられた。私が爆発したこと、それは当然やってくるべきものだったろうし、他人にも私自身にも止められるものではなかったのだと思えた。けれども起こしてしまったことの罪は重く、また昔からの地続きであるように断ち切れるものではなく、今後も2度や3度ではなく、これを機に暴力という花が開花してしまった以上、何度も繰り返される [続きを読む]
  • 告白 その33
  • 母と酒を飲むと最初の方は楽しく飲んでいるのだけれど、酒が深まるにつれて不快感に包まれた。心底下らない女だと蔑んでいたし、盛りが過ぎた女の昔の武勇伝ほど哀れを誘うものはなかったし、もうそれ以上何も聞きたくなかった。そういう私の気持ちに母は気付いていないのだろう。声高らかに原医師とのセックスのことまで酒の席の話題に平気で持ち出してきた。ようするにそういう話しかできない、悲惨な状況下に身を置いていたのか [続きを読む]
  • 告白 その32
  • 学校に通っているわけでもなく、働いているわけでもなく、結婚しているわけでもなく。どこに属するわけでもなく、何者でもない生活を私は送っていた。父は私に後ろめたさを感じたのか、毎月私の銀行口座に30万円振り込んできた。ようするに家には入れることはできないから、これで自力で生活しろ、という意味のものだった。けれど退院したばかりの私は、体が本調子ではなかったけれど、とにかくできる範囲で働かなければ、と内職 [続きを読む]
  • 告白 その31
  • ある意味都合よく、私は4月の専門学校入学前にSLEが発症し2か月入院した。都合がいいというのは、この内藤の件に関するゴタゴタに巻き込まれることがなくなったからである。実際あのなだ万以来、美月の友人だという咲子に毎日電話するという約束をさせられ、そうして説教めいたものを1時間以上聞かされていたのだ。咲子のあまりのヒステリックで異常な様に私は、逆らうと大変だと話を聞いているふりをして彼女の気が済むまで毎 [続きを読む]
  • 告白 その30
  • 帝国ホテル『なだ万』に私は呼び出された。店の中に入るとすでに父と美月、それに知らない女と内藤がテーブルを囲んでいる。「こっちへいらっしゃい」知らない女が年齢の割には甲高い声を上げて私を呼んだ。「まずはアナタ、内藤先生に謝りなさい」「先生がそんなことするわけないじゃないのお」美月が内藤にしなだれかかるように甘えたポーズを取る。父は黙ったままだ。内藤は困ったように下を向いていた。初対面の女は小森記念病 [続きを読む]
  • 告白 その29
  • 翌日私と内藤は女子医大病院ではなくて女子医大の門の前で待ち合わせをした。病院には何度も来ているが大学の敷地に足を踏み入れるのははじめてであり、それに学生でもないのに勝手に入り込んで怒られはしないかと、私は考えていた。私は人に怒られるのが嫌いだからだ。待ち合わせの時間とやらに大幅に遅れて内藤がやってくる。「ごめん、遅れて」とここでも軽い感じの物言いである内藤であったが、それが彼のキャラなのであると、 [続きを読む]
  • 告白 その28
  • 診察後、内藤に女子医大内にある喫茶へと私は連れられて行く。それまで通院していた都立駒込病院には食堂はあったけれど、こんな大きな喫茶スペースはなかったので「流石私立の大学病院は違う」と感心したものだ。「好きなものを頼みなさい」内藤はそういうけれど、私は特にこの場所でご飯を食べようとは思わなかったし、無難にホットティーを頼む。内藤は確かホットコーヒーを頼んでいた。この喫茶スペースは患者も利用しているよ [続きを読む]
  • 告白 その27
  • 心づけ云々という注意が病院の柱には書かれている。それだというのに内藤は持っていくというのか。すでに内藤の手に託した和菓子の包装と柱を交互に眺めて私は時間を潰していた。というのも、ほぼ初対面といってもいい内藤がまくしたてるように私に話しかけてくるので、返し方も分からず適当な相槌を打っているだけで、他にやることがなかったからである。確か話の内容はこんな感じであった。専門学校を卒業した後の就職先は内藤が [続きを読む]
  • 告白 その26
  • 美月から紹介された医師は女子医大で内科系の教授をしている内藤という男だった。年恰好は父親の少し上、そんな感じだろうか。その男との食事の席を帝国ホテルの和食屋に美月が設け私も同席させられる。そうしてうやうやしく例の大量カルテコピーを彼の前に差し出していた。すると内藤はその中身をパラパラと数枚しただけで大して読み込みもしないままに、「来週早速膠原病の先生を紹介するから、病院まで来てください」「その時に [続きを読む]
  • 告白 その25
  • 大学4年の夏にはじめてSLEだと診断を下され、就職を諦め、さてこれからどうやって生きていこう、と卒業後は父の会社で週に1度、フワフワとバイトをしていた。そのあたりに美月は華麗に登場し、家の中を引っ掻き回そうと企んでいたようであるけれど、そんなことは見え透いたことであったし、あまり動じていなかった。それよりも難病という重圧から逃れるにはどうしたらいいものか、ということばかり考えていた。いや、確かにそう [続きを読む]