夢見る50 さん プロフィール

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夢見る50さん: 夢見る50
ハンドル名夢見る50 さん
ブログタイトル夢見る50
ブログURLhttps://aquosu.muragon.com/
サイト紹介文平成29年2月に余命1年と宣告された最愛の主人を膵臓癌で亡くしました。1か月と8日の闘いでした。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供37回 / 30日(平均8.6回/週) - 参加 2018/03/22 20:11

夢見る50 さんのブログ記事

  • すこしずつ
  • 7月21日 今度住むところが決まった。 これから一人で暮らしていかないといけない。 初めての一人暮らし。 考えたこともなかった。こうなることを。 まだまだ主人との生活が続くと思ってた。 でも、それがもうできないんだと、実感するカギをもらった。 どう生きていこう。 慣れない生活、「ただいま」「おかえり」「今日は何があった?」「今日はこんなことがあったんだ」たわいのない会話だけど、それが出来ないんだ。 [続きを読む]
  • 相続の手続き
  • 7月16日、あの後担当して頂ける司法書士さんが行かれたそうです。 で、義理の妹の旦那が電話してきたみたいです。 17日にどうしたらいいか電話したらそう言われました。 色々聞かれたみたいですが、義母の要求と提示した金額で納得したみたいとのこと。 これで、書類の作成をして相続の関係は終わりますと。 これで、怖い思いも嫌な思いもしなくていいんだと。 でも、心に刺さったトゲはずっと刺さったままなんです。 [続きを読む]
  • 引っ越しの次の日
  • 7月16日 こちらの引っ越しが終わって、次の日義理の妹から呼び出しがありました。 書類にハンコを押してくださいと。 で、一人ではいけないので姉についてきてもらいました。 そこで見た光景、信じられませんでした。 もう、すべて処分しているではありませんか。 義母が生活するためにはわかりますが、いろんな主人との思い出も捨てられるんだと。 早々にハンコを押して、帰ろうとしたときに義理の妹に言われた言葉がま [続きを読む]
  • 引っ越しの日・・・そのあとで
  • 引っ越しの前の日。 義理の妹からメールで荷物はいらないものはすべて持って行ってください。 姉の倉庫にでも入れさせてもらってすべて持って行ってくださいと。 姉に見せたらものすごく怒ってしまい、私の荷物だけしか持って出ないと送っておけと。 そのように送っておきました。 15日、甥っ子と、2人の姉で一斉に私の荷物だけ持って出るように荷造りをして 車に積み込みました。 殆ど主人との思い出も置いていくことに [続きを読む]
  • 健康診断で
  • 会社の健康診断が7月13日にありました。 検査結果は殆ど異常はなかったのですが、体重の減少、貧血状態、 問診で体重減少について、主人の看病と亡くなったとこを伝えました。 まだ続くようだったら他の病気を考えてくださいと。 何の病気?それで主人のところに行けるのならと心で思っていました。 まだ会社でも涙が止まらないときがあって、その言葉でまた、涙がこぼれてしまいました。 何かにつけて主人のところに行け [続きを読む]
  • すべて解決するが・・・
  • 7月11日 今日が話し合いの最後のになるようにと思い、家に寄ったのですが、義妹も来ていたのでものすごい動機がして苦しかったです。 その時言われたのが、こちらで必要のないものはすべて持って行ってくださいと。 私は「自分が持ってきたものしか出ません」と答えておきました。 法律相談で、義母から家は自分が相続すると。 あとは、籍を抜いてくださいと。 これですべて、終わりました。 主人はどう思っているか?こ [続きを読む]
  • 次の住処をどうするか
  • 電話が鳴るたび、メールが来るたび、動機がすごくなる。 このまま怯えて過ごさないかと思うと怖い。 もう何もかも終わらせたい(本当は主人の所に行きたいとずっと思っていました)。 誰を信じていいのか、誰の言葉が正しいのかもう誰も信じれなくなっていました。(特に義妹の言葉は) 何かあれば司法書士に相談してその言葉だけ信じて動くことにしました。 あとは次に一人暮らしするために住宅を探さないと。 実は、私は一 [続きを読む]
  • 3回目の月命日
  • 毎日墓参りは欠かさす、していたので帰りに家に寄ってみようと。 義妹たちが来ていたので、寄らずに姉のところに帰りました。 相続のことを話し合ったのか、ご飯の心配をしたのか。 義母の愚痴を聞いていたのか。わかりませんが。 気にしても仕方ないので、自分が元気にならないと主人が心配すると思って。 7月2日は3回目の月命日なので、帰って準備をしないといけないと思い義母に「1日に帰って2日の準備をします」と連 [続きを読む]
  • とうとうこの日が
  • 6月23日 とうとうこの日が来ました。 義母、義弟夫婦、義妹と私。 司法書士さんに言われた通り、法定相続人として提示できるものはすべて見せました。 あとは、3年は家にいる予定だったが、今のままでは私がだめになるので、家を出ていくこと。 実は、義妹とその前に話をしていたのです。「家は私に相続してほしい」と。 後の処分に困るので私に相続してほしいとのことでしたので、そのことも伝えました。 (後で考えた [続きを読む]
  • 自分の両親がいれば・・・
  • 私には両親を亡くしてもう二人ともいません。 近くに実の姉がいます。 心配をかけまいとあまり話をせずにいましたが、もう限界も来ていましたので、 姉夫婦に相談をして、家を出た後、身を寄せてほしいと頼みました。 子供たちはみな独立していて夫婦二人なので快諾して頂きました。 食事もとれない事もあったので、朝だけは姉のところで食べて仕事に行っていました。 もし、両親がいればとも思いました。 たぶん怒って迎え [続きを読む]
  • 無知というのは
  • 6月16日に義母と兄弟と相続について話し合いをすることになりました。 12日に私の同級生と偶然会い、友人が義母が行くデーサービスに勤めていたので 気にしてくれていました。 その時 「今のままでは、あなたがだめになるよ。もう助けてくれるご主人はいないんだよ。自分を殺して何になるの?家を出て楽になったら?」となぜか心が軽くなる感じがしました。 主人が友人に言わせたのとも思いました。 ある程度家を出る決 [続きを読む]
  • どんどん追い込まれていく
  • 49日が終わり、精神的に疲れて、単純ヘルペスも治らず、寝込んでしまうくらい参っているのに、義母や兄妹たちとの気持ちの温度差は全く違うものなんですね。 こちらは、まだそんな気持ちになれず、別世界にいる気持ちなのに・・・ たぶん義母から電話があり、私が部屋から出てこないし、これからどうしたらいいかと妹に電話したのでしょう。今後の話し合いをしようと。 27日に話し合いをすることに。(つらいですよね、自分 [続きを読む]
  • とうとう限界がきました。
  • 6月にはいったが、どこにも出れなくなり、引きこもり続けていました。 ただ、仕事にはいっていたので、完全な引きこもりではありませんでしたが。 私も持病があり、検査してもらいましたが異常なしとのこと。 先生が内科の方なので「あとは時間が解決しますよ」と。 いつまでこのままなのか不安で仕方なかった。一人で解決していかないといけない。 私の味方をしてくれてた主人がいないのだから。これからつらいし、怖い。 [続きを読む]
  • どんどん追い込まれていく2
  • 5月27日 話し合いの結果、3回忌までは一緒にいることに。 でも、私の中ではもやもや感はずっとあります。 仏壇の前には49日が終わっても義母が陣取って座ることが出来ませんでした。 ケアマネさんと施設の方が来てデーサービスに行きましょうと誘ていただきましたが、頑なに「私は今そんな気持ちになれませんので、行きません」と。 畑に行けるんだから行けばいいじゃない?なぜいけないの? 行っておられる方に頼んで [続きを読む]
  • 49日の法要
  • 5月20日 無事49日の法要が終わりました。 主人も安心していってくれたと思います。 ただ、義母だけが、何かを言いたそうにしていましたが、なんとなく言い出せずにしてました。 後日、お見舞いやお世話になった方に贈り物(満中陰志)をしたことで、勘違いをして 怒りをぶつけてきました。 ここからが、私と義母との戦いが始まったのです。 主人がなくなってから体調は崩していたのですが、49日が無事終わったことで [続きを読む]
  • 30年目の結婚記念日
  • 4月24日 30年目の結婚記念日でした。 一人での結婚記念日、あなたはいないのですね? もう二人で結婚記念日をお祝いすることが出来ないんですね。 結婚当初は、結婚記念日に近くの旅館で一泊していましたよね? それからは、年一回の旅行を初めていろんな所へ連れて言ってくれましたよね。 これからも私一人だけど、あなたとの結婚記念日をお祝いしますね。 [続きを読む]
  • 49日の準備
  • 葬式などが終わり、休む暇もなく49日の準備をしなくてはならなくて。 位牌の準備、法要の準備、食事の場所。 一人で準備してきました。 私は無事に法事が終わることを願いました。 その頃から、義母との仲がおかしくなり始めました。 いいえたぶん主人が亡くなってからだと思います。 今まで、主人が私と義母の間に入っていたのだと思います。(クッションの役割をしてくれてたのでしょう) 今までは、何かあれば主人に言 [続きを読む]
  • 仕事復帰
  • 主人が最後までやめるなよと言った仕事に復帰しました。 新年度で数名、新しい方がいらっしゃっていたので、自分自身がついて行けてないような気分でした。 まだ、自分が自分ではない気持ちなので、ついていくのがやっとでした。 ただ、皆さんの温かさが身に染みて、泣いてしまいました。 くよくよ考えるよりは仕事に出た方がいいのかもしれません。 [続きを読む]
  • 結婚指輪
  • 色々な手続きが殆ど終わりました。 私は疲れがたまると単純ヘルペスが出てくるのですが、やはり出てきました。 体は正直ですね。 4月13日主人の65歳の誕生日。急に結婚指輪のことを思い出し、探しました。 一度、ねじれてダメになったので切って外したんです。そのまま切れたまま置いておいたのですが、気になって探しました。 直しに出し、ネックレスにしてつけることにしました。 あの時すぐに直していればよかったと [続きを読む]
  • すべての儀式が終わる
  • 4月3日 自宅に連れて帰ってから、次々と弔問客がいらっしゃいました。 実は、主人が入院していたのを知らない方がほとんどでした。 知っていたのはごく数名でしたので、突然の訃報になってしまいました。 その対応と、これからの準備でいろいろしないといけない。 もう体がおかしくなりそうで、でも、自分がしっかりしないと、義母はあてにはならないし、あとは主人の弟に頼るしかありませんでした。 仮通夜、通夜葬儀、初 [続きを読む]
  • 最後にありがとう
  • 4月2日0時15分 少しずつ意識がなくなるのを見ながら、つらい時間を過ごし、 64歳で私を置いてこの世去りました。 最後に頭をさすりながらありがとうね、幸せだったよって伝えました 医大ですので、検体のお願いをされましたが、痛いことが嫌いな主人でしたのでお断りさせていただきました。 きれいにしていただく間に私の体調も異変を起こしました。 女性特有のものとめまいに襲われ、疲れがどっと出たようです。 こ [続きを読む]
  • 列車で旅行
  • 4月1日 今日は山口から私の姉が帰ってきてくれました。(元気な顔を見れてよかったです、この晩意識がなくなりましたから) 朝から、列車に乗って二人で旅行してました(幻覚を見て)。 いろんな駅で下車して、あちこちに行ってました。(どこを走っているかはわかりません。) 主人とは毎年車での旅行をしていました。列車での旅行は1度、正月に山口へ行ったのが最初で最後でした。 この日は 主人の兄弟がかわるがわる来 [続きを読む]
  • みんながきてくれて
  • 連絡をみんなにしたので次々と来てくれました。 主人はみんなの顔を見て「どうしたん?わしは大丈夫だよ」 主人の兄弟には、今の状況、肺の全体に広がっている事を伝え、長くない事、私はみんなに謝ることしかできませんでした。 ごめんなさい、こんなに早くなるとは思わなかったと。何もできない私を許してほしいと。 みんなはわかってくれましたが、自分自身が許せなかったのかもしれません。 みんなが帰った後、「ごめんね [続きを読む]
  • 酸素マスク装着
  • 3月31日 ガンがどんどん繁殖してきたのでしょう。 そのうえ、幻覚も見始めてきました。 現役の時に神経を使ったことがあったのでしょう。 天井をみて「あそこの穴をふさいでくれ。〇〇さんや〇〇さんに叱られるから」と 「わたしをみて、ここは病院よ」といっても、「ちがう」主人にはどこか違う会場だったのでしょう。 その夕方、完全に息が出来なくなりそうになったので、酸素マスクを装着してもらいました。 ただ、食 [続きを読む]
  • 個室へ
  • 29日 主人から電話で、「義母が来てるが知っているか?」と。 「知ってるよ」と、実際は知らず、知人に頼んで連れてきてもらったらしい。 「昼が食べれないから早めに来てほしい」と、休みを取って向かおうとしたら、看護師さんから電話が。 「午後から個室に移動します」と「お昼はこちらで食べさせますので、ゆっくり来てください」と。 そんなことできるわけないじゃない。すぐにでも飛んでいきました。 ちょうど、検査 [続きを読む]