ユ−サン さん プロフィール

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ユ−サンさん: 覚者慈音
ハンドル名ユ−サン さん
ブログタイトル覚者慈音
ブログURLhttp://yuyuqkws.muragon.com/
サイト紹介文その書は当初、志ある人たちが自己出版という形で世に出されました。今は絶版になっております。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供351回 / 118日(平均20.8回/週) - 参加 2018/03/27 21:16

ユ−サン さんのブログ記事

  • 覚者慈音346
  • 未知日記 第十巻  帰途案内記                 その4                     セイキヨウ貴尊 講述  世人は神を人体と同様の関係の如く考へて、肉体を想像するが故に、 真の神を認識することを得ざるなり。肉体を有する神ならばその神は 限度を有す。形を聯想して神を考ふる故に、求むる神は錯覚的の神 にすぎず。世人は神の姿を如何に聯想すとも解することを得ざるべし。 されど神 [続きを読む]
  • 覚者慈音345
  • 未知日記 第十巻  帰途案内記                 その3                     セイキヨウ貴尊 講述 人が死んだらどうなるか  死後の魂の往く道  魂の緒の全く切れたる後に於てこの三種の相違あるによって、 天界に運ばれ来る者、みな其々程度に応じて居を異にするは、是又当然なり と考へざるべからず。霊は魂の力の程度を知るによって、その程度に応じて 運びをなし居ることも、 [続きを読む]
  • 覚者慈音344
  • 未知日記 第十巻  帰途案内記                 その2                     セイキヨウ貴尊 講述  我、慈音に対して語りし、太陽は現出してより今日迄通算すれば三十二億五千万年余となり、地球が別れて二十三億余年と教へをきたり。然るに現今の学者は太陽生れて二十五億年、地球生れて十七億年と通算なし居れり。我の説と学者の説とには斯くも隔たりあり。其は現今の学者が宇宙の測 [続きを読む]
  • 覚者慈音343
  • 未知日記 第十巻 帰途案内記                 その1                     セイキヨウ貴尊 講述    慈音が今日迄肉をそぎ骨を削る行をなしたるに不拘、今日迄完全に此拝みを受け居らざるに不拘、世人は何等の行もなさずして教へを受くるとは、何という幸福なるかに心を置かば涙こぼるる程、有難しとは感ぜざるや。訳もなく語り聞かさるるが故に、訳もなく受け入れて何らの思い遣りも [続きを読む]
  • 覚者慈音342
  •  円海大師( 現在のミキョウ貴尊 )が山に入られ修業された経緯をお話します。皆さんは信じないかもしれませんが日本の仙人です。元禄年間に土佐の国に武士の子として生を享けれられた方で、昭和の20年代の初めまで、大峰山中で行をされておられました。現在はミキョウ貴尊として天界で働かれておられます。この天使の方の正式な呼称はジショウ.サンキョウ.インショウ.ミキョウ貴尊といわれます。一度ゆっくりと読んでみて [続きを読む]
  • 覚者慈音341
  • 光明論 上巻 巻の一                 その25                     セイキヨウ貴尊 講述  無為に百歳と云ふ年月を過すともいのちを知らず、肉体の為にながらゆるとも人間にあらずして獣類に等しきなり。長く生きて国家の為に戦はんとなすも口先のごまかしならば、其は卑怯なれど事実いのちの為に生きて戦はんとなすは無理にはあらず。そは理なり。戦ふ限り戦いて降伏して手柄と思ふは [続きを読む]
  • 覚者慈音340
  • 光明論 上巻 巻の一                 その24                     セイキヨウ貴尊 講述  霊光とはいのちなり。いのちなりと云ふも可ならん。真の人間とならんと欲せばいのちを長く広くせざるべからず。又其いのちと賢しとを混同するなかれ。賢しは一時の思ひが速なるに過ぎず。智慧は永遠なればなり。小才あるをいのちと考ふれば誤解にして真の長いきを得るは難かるべし。肉体は限り [続きを読む]
  • 覚者慈音339
  • 光明論 上巻 巻の一                 その23                     セイキヨウ貴尊 講述  汝等は常に己の醜さを隠して表面のみつくらいて他に接し居るを教主は知り給ひて、形を有する光は表面を照らすとも裏面に暗き影ある事を説かれたるは汝等が表裏一体ならざるを現はし、霊光を知るに依て、斯る行為或は斯る偽はりを止めよとの誡めなりと心得て、裏表なき修養せば霊光に照らさるる [続きを読む]
  • 覚者慈音338
  • 光明論 上巻 巻の一                 その22                     セイキヨウ貴尊 講述  例へば煙草を捨てんかと思ふは引力と圧力とが同時に並行して働き居るなり。然して是を捨てんと計りて様々の方法を構ずるを得ざるは引力の強き故なり。煙草をかくし煙管を損じ火桶を避くるとも何時しか手には煙草煙管が持たれあるものなり。故に是を捨てんとの圧力を強くなすには先づ煙草を傍に [続きを読む]
  • 覚者慈音337
  • 光明論 上巻 巻の一                 その21                     セイキヨウ貴尊 講述  人は陽徳を望みて陰徳を望まざるものなり。陽の行為は燭にして陰の行為は線香に比す。陽の行為はなし易けれど、陰の行為はなし難し。悪事は反対にして陽行はなし難く陰行をなす。縁の下の力持ちはなし度きものにて悪行の力持ちは止め度きものなり。善行と思ひなば縁の下の力持ちを喜びてなし、 [続きを読む]
  • 覚者慈音336
  • 光明論 上巻 巻の一                 その20                     セイキヨウ貴尊 講述  華飯茶水等を神仏に献ぐるは何の学問をなし居るかを知れるか。香華飯等、茶菓珍種を捧ぐるを供養すると云ふにてあらざるか。誰を供養なすなるか。よく考へ見よ。汝が祀り拝するは仏ならずや。仏即ち結定したる覚者ならずや。覚りたるものの徳に浴さん事を願ふなれば即ち汝自分の修養の為に徳に [続きを読む]
  • 覚者慈音335
  • 光明論 上巻 巻の一                 その19                     セイキヨウ貴尊 講述  汝等が国風と欧米の国風との隔を見て、是を神の道より否自然の成立より観察して深く判定を下さば実に不思議なる結果をもたらす。汝等が道徳は欧米人には理解する能はず。然して欧米思想は汝等に理解なし能はざること多からん。ここに至らば汝等は思ふならん。もし神の道は一にして人間も亦神の [続きを読む]
  • 覚者慈音334
  • 光明論 上巻 巻の一                 その18                     セイキヨウ貴尊 講述  形ある光と汝等が肉体は地球とか、或は娑婆とか云へる位置を有する処に作り出ださるが故に、昨日はここに住み居ても、明日は何処に住ぅかは予知する力の光を持ち居らざるべし。此位置を変更するは限度即ち時間空間あるに依て知らるる限度なるべし。斯る不自由なる光の心、或は肉体の光も皆精神 [続きを読む]
  • 覚者慈音333
  • 光明論 上巻 巻の一                 その17                     セイキヨウ貴尊 講述  我は慌て者にて何度も失敗を重ぬるなりと云ひながら改めざる人多きものなり。雷光火花の物を照す如く、すべてを観察するは正しからずと云ふは、汝等にもよく諒解して居ながら是を改むるを得ざるは何故なるかを究めて工夫に工夫を重ねざるべからず。人間に修養々々と己の智識の程度をたかめ見聞 [続きを読む]
  • 覚者慈音332
  • 光明論 上巻 巻の一                 その16                     セイキヨウ貴尊 講述  そはとにかく表面の信仰と仰せられしは即ち雷光或は火花の信仰を仰せられたるにて、かるはずみの信仰は却って身も心も危くするなり。世の中にはいささか変りたる事を見て、直ちに無条件に信じて苦み居るを見る。例へば今、汝等が住む付近には薤(にら)を食し居らば爆撃はまぬがるべしとの流言 [続きを読む]
  • 覚者慈音331
  • 光明論 上巻 巻の一                 その15                     セイキヨウ貴尊 講述  例へば車内等にて未知の人が我顔を見て笑いしとか、我を睨みたれば我、又ねめ返へしやりたりとか、訳も無き事より争闘を惹起すなどの事をよく見受くるは是火花の光明なり。身装粗末なる人が高級車に乗り込み居らば、彼は室を間違へたるにはあらずやなどと訳も無きことにさし出で、却って己赤面 [続きを読む]
  • 覚者慈音330
  • 光明論 上巻 巻の一                 その15                     セイキヨウ貴尊 講述 日本の古代、セイキョウ貴尊が修業のため山に入山された折りに、師の坊より教えられた実話です。    或人浮世の姿の偽り多きを厭ひて遁世なさんと山に入り、草のいほりを結びて日夜山の神秘を楽み居たりしに、或夜、道に迷へる旅人来りて一夜の宿を所望せられたれば快く迎へ入れたり。然して [続きを読む]
  • 患者慈音329
  • 光明論 上巻 巻の一                 その14                     セイキヨウ貴尊 講述  変調と云へば汝等は霊感によって世の中は急速に明らかに開けて何事も神の如く、手に取る如くに察せらるるやに感じなばそはあやまりなり。例へば明日は汝の命終ると知りなば汝は慌てふためかん。知らざるが故に幸なるにあらずや。我の云へる変調とは斯ることにあらず。即ち今日迄心づかざりしを [続きを読む]
  • 覚者慈音328
  • 光明論 上巻 巻の一                 その13                     セイキヨウ貴尊 講述  人間は生老病死の悩みあるに依って金銭を必要とす。然るに其度を超ゆるに依て貪欲(どんよく)の心を生じ、ある上にも望む故に果てはその金に縛られて生命迄も失ふ如き罪を犯すに至るは、是非も無き事ながら愚も亦甚だし。「元日や何は無くても親二人」の境涯に達しなば楽しかるべきに、「元日 [続きを読む]
  • 覚者慈音327
  • 光明論 上巻 巻の一                 その12                     セイキヨウ貴尊 講述  汝等は圧力に富みて引力乏しき故に集合せざるなり。元来人間なる胞子は圧力と引力と共に平行して具はりあるに不拘、他を圧して己止らんと計る自己心を強くする悪癖あるに依て引力性を乏しくす。他を引きて自、和すれば自他は一体となりて光彩の度を増すことを計るべし。霊光は是にいよいよ智慧 [続きを読む]
  • 覚者慈音326
  • 光明論 上巻 巻の一                 その11                     セイキヨウ貴尊 講述  汝等此物語によりて霊光の尊さを知りたるならん。霊光は善悪正邪に和して色に染まざるは此例の如く、娘の悪に化して即ち悪を以て悪を洗ひ清めたるなり。此理は汝等も知る如く衣服の油垢は石鹸の油を和せしめて脱落せしむると同様にして、和して清むる方法なり。又塩魚は塩水に浸して塩味をぬく [続きを読む]
  • 覚者慈音325
  • 光明論 上巻 巻の一                 その11                     セイキヨウ貴尊 講述 「形ある光は速度を有すれども、霊光にはその要なし」  速度とは何ぞや。星の光には光速度何光年とか云へる如き速度なりと思や。然り是も速度に相違なけれど今少し汝等が霊光に充たさるる教への速度こそ、最も汝等の要求なりと信ずるなり。汝等が口にする人生五十年、百歳生くるは古来稀なりと [続きを読む]
  • 覚者慈音324
  • 光明論 上巻 巻の一                 その10                     セイキヨウ貴尊 講述    「太陽の光には朝夕昼夜の別ありて時間空間距離を有すれども  霊光にはかかる不便なし」  太陽と地球との関係の如く、人界には優勝劣敗より生ずる栄枯盛衰は免れず。昨日の味方、今日の敵と移り変りのめまぐろしさ。一方に喜悦あれば、一方に悲哀あれば、何万年否何億年の昔より連続し [続きを読む]
  • 覚者慈音323
  • 大霊界を転記し終えての所感  この大霊界が執筆されたのは昭和26年1月5日からその年の10月15日まで、ざっと300日を費やしている。附録として語られた第9,第10の門がどれほどの文章量かは知るすべもないが仮に50頁程と想定すれば総頁数は430頁となる。この書籍は普通の文字よりもずっと小さく、普通の書籍に換算するならば、ゆうにその3倍の量を越える。するとこの一巻だけで1200頁にも及ぶ大著書になる [続きを読む]
  • 覚者慈音322
  • 光明論 上巻 巻の一                 その9                     セイキヨウ貴尊 講述  「位置を有する光には居を有す。霊光にはその要なし  形ある光はものを焼失せしむれども霊光はかかる危険なし」    位置を有するとある位置とは何の意味を指したるか。上の高位高官より下万民悉くは皆位置なるべし。貴賎貧富の差あるとも人間としての身に何等変る事なし。居とは其位置に置 [続きを読む]