Onetaste さん プロフィール

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Onetasteさん: 恩寵と知性
ハンドル名Onetaste さん
ブログタイトル恩寵と知性
ブログURLhttps://onetaste.muragon.com/
サイト紹介文onetasteさんのブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供9回 / 26日(平均2.4回/週) - 参加 2018/03/29 16:28

Onetaste さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 天国は男女で入るところ
  • 三年前に体を壊してから、養生を兼ねて離れ小島に移住してきました。島の朝は鳥の声と共に始まるのです。アッシジの聖フランシスが異端を除名にしたり、断罪する世界に嫌気がさして、簡素で自然に囲まれた生活を始めた意味がここにいるとよくわかります。彼は神の創造した自然を兄弟姉妹のように大切にして、清貧の生活の中に神の光を見たのです。 有名な小鳥に説教した逸話が残っていますが、この島の鳥たちも毎朝、傍にやってき [続きを読む]
  • いつも私のとなりに神様が
  • 「いつも私のとなりに神様が」というブログの表題を見るたびに 隣にいる神様のことを考えさせられます。 人間の意識はコトバによって成り立っていますから当然、何らかのコトバで神に祈り、問いかけます。「神様、父よ、主よ、お父様、天の父母様」それぞれが神をイメージしながらコトバで語り掛けるのです。そして深い祈りの中で感じたことを神の応答として理解します。 イエスはもっと直接的に神は私の中に内在していると言い [続きを読む]
  • 文家と天皇家
  • イエスを迎える数百年前、ギリシアで哲学の華が咲きました。プラトンは民主主義が末期的な症状をきたし機能しなくなってきた俗なる社会を憂い、再び聖なる霊的宇宙と統合するためには王権が必要であると主張しました。イデア界(霊界)と地上界(肉界)を統一させるための仲保としての役割を王制に求めたのです。 原理でいう共生共栄共義主義とはどのような社会を言うのか具体的なものは何も明確にはなっていません。言葉の響きか [続きを読む]
  • 天使の秘密
  • 若い頃の話です。 献身したての時、十字軍で全国を回っていた頃、大学を中退して入教生活をしていたH君と会ったのです。その頃の教会には不思議な個性を持った若者が沢山いて、彼もそのうちの一人でした。ある時、何気なくキリスト教の光と闇について話していた時、彼の口から唐突にロートレアモンと言う詩人の名前が出てきたのです。私は驚いたと同時に「教会にもこんな詩人を知っている人間がいるのか」と無性に嬉しくなったこ [続きを読む]
  • 詩的断章 1
  • 死は神の聖なる愛の計らい 私が見つめる全ての形ある事物は 形なきものとなる前に 私の心の中に刻まれる為の 神の大いなる秘密の着想 全ての存在物は言葉によって 私の内側に記憶される それが神は言葉であるという所以 名もない花も草も鳥も動物たちも 儚いこの世の在り様の中で 同じように儚い私によって 永遠の印を私の心のキャンバスに刻みつけている だから何も恐れる必要はない 私の心を通して 神は存在の全て [続きを読む]
  • 原罪について 3(真の父母の原罪性)
  • 「真の父母が出てくることによって、この地の上に何をもってきたのでしょうか? 真の愛を中心として、人類であるならば人類、霊界であるならば霊界に、新しい心情圏を形成したのです。その心情圏とは何でしょうか? 堕落の心情圏は血統的に違います。真の父母を中心として根が違います。根が違います。堕落した根ではありません。先生が根になり、ここに皆さんが接ぎ木されて大きくなっていくのです。皆さんの体が大きくなってい [続きを読む]
  • 原罪について 2 (真の父母の原罪性)
  •  非原理的状態に陥った人間はどのようにして原理的な状態に戻ることが出来るのでしょうか。メシアとはその非原理状態から本然の状態に戻る方法を発見し、原罪解放の権威を授かった人なのです。イエスがブッタやマホメットあまたの聖賢者と何が違うかと言えば無原罪、即ち人類歴史上はじめて「神の御心にかなう・・」原理的に生まれた人だということに尽きます。では文師はどのようにして無原罪になることが出来たのでしょうか。ま [続きを読む]
  • 原罪について
  • このブログ村の大半の論点は文師の言葉を盾に 自身の正当性を主張する内容が多く見られます。 文師が亡くなった後は教義の時代に入りますから 分派問題も含めてこうした傾向はやむを得ないことだと思っていますが、 私は出来る限り自分自身で体験したこと、或いは理解したことを中心に表現して見ようと思います。 さて表題の原罪についてですが、原初の二人の自犯罪が原罪となり人類の悲劇が始まったのですが原理講論によれば [続きを読む]
  • 恩寵と知性
  • 人間は理性のみでは本質認識は出来ません。 従って本質認識に至る道は恩寵という向こう側からくる他力と 現実世界の事象を判断する自力に依らなければなりません。 神という概念も自分の知性で認識する限りにおいては、それぞれの神観であり、 原理や文師のみ言葉に対する認識もその人にとっての原理でありみ言葉の理解となるのです。 これが神霊と真理によらなければ本質理解ができないと言われる所以なのです。 無意識の世 [続きを読む]
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