メジュゴリエ さん プロフィール

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メジュゴリエさん: メジュゴリエの偽聖母
ハンドル名メジュゴリエ さん
ブログタイトルメジュゴリエの偽聖母
ブログURLhttps://medjugorje.hatenablog.com/
サイト紹介文カトリックの一部の者が惑わされている私的啓示「メジュゴリエの聖母」は神からのものではありません。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供41回 / 45日(平均6.4回/週) - 参加 2018/03/29 20:45

メジュゴリエ さんのブログ記事

  • 第三部 結論:メジュゴリエの偽聖母
  • 第三部 結論: 1990年3月上旬に、ザニッチ司教は最後にもう一度真理を宣言しようと試みました。勿論、彼はメデュゴリエの出現を否定することによって、彼に反対する多くの人がいることを良く知ってのことでした。これの最終の決定的な報告書は、極めて重要であって、私たちはこれを良く読むべきです。ザニッチ司教の報告には番号がふられており、1から29まであります。最後には、アイルランドのラジオ・テレビのキーロン・ウ [続きを読む]
  • 18 信仰の喪失という現代最大の危機(メジュゴリエ)
  • 18 信仰の喪失という現代最大の危機 ファチマの聖母はその第3の秘密の中で、教会を1960年から揺さぶるであろう恐るべき信仰の危機のことについて預言します。しかし、メデュゴリエのゴスパは、この信仰の危機について全く無視し、かえって反対に、カトリックの信仰を崩壊させるべく、全ての宗教が等しいことを説教してやみません。「メデュゴリエで告げられた印と、ファチマの第3の秘密との相似関係について尋ねられて、ヘレ [続きを読む]
  • 17 初土曜日の信心
  • 17 初土曜日の信心 初土曜日の信心についても、ゴスパはこの驚く答えをなしています。時は1982年8月6日です。「ここでは私はまだそのことについて話しませんでした。私は、頻繁な告解に人々を招きました。私は現代のためにまだ幾つか具体的なメッセージをあなた達に与えるでしょう。[では、ファチマのメッセージは時代遅れの、抽象的なメッセージだったのでしょうか?]忍耐強くありなさい。時はまだ来ていません。[と言う [続きを読む]
  • 16 聖母の汚れなき御心に対する信心(メジュゴリエ)
  • 16 聖母の汚れなき御心に対する信心 ファチマでは、聖母はその秘密の中でご自分のご要求を提示されました。「天主はこの世界に、私の汚れなき御心に対する信心を確立することを望んでおられます。」そして、そのために、この目的を果たすために、天主は、手段として、教皇様が五つの初土曜日の償いの信心を承認し、激励することをお望みになりました。天主は、また更に、教皇がロシアを聖母の汚れなき御心に奉献することをお望 [続きを読む]
  • 15 メッセージ(メジュゴリエ)
  • 15 メッセージ ゴスパのメッセージには、異端的なエキュメニスムがあります。ゴスパは宗教相対主義と宗教無差別という全く新しい教えを説きます。幻視者によって何度も何度も言われたこのテーマを、順序を追って並べてみましょう。これらの教えには、論理的なつながりがあり、幻視者らの個人的な神学の知識を明らかに超越しています。1)唯一の天主しか存在しない。天主には分裂がない。天主は全ての人々の天主である。彼は、 [続きを読む]
  • 14 信者の霊魂の実り(メジュゴリエ)
  • 14 信者の霊魂の実り ファチマで起こったこととは反対に、メデュゴリエに群衆を集めたのは、ゴスパではありませんでした。カリスマ運動の聖職者たちが彼らをメデュゴリエに動員したのでした。クロアチアのようなカトリック地方は司祭の発言には権威があります。司祭が「マリア様が御出現になりました。巡礼をしなければなりません。」と言えば信者はそう従うのです。信者はそこで祈りを熱心にし、告白もするのです。しかし、こ [続きを読む]
  • 13 イワンの嘘(メジュゴリエ)
  • 13 イワンの嘘 出現の最初の月からゴスパは印を約束しました。この印は、メデュゴリエの正真性を証しするものとなるべく、与えられると約束されました。 1981年8月27日、ゴスパは「直ぐ来るでしょう」と言いました。 8月29日、「もう少し忍耐しなさい。」 9月3日、「もう少しだけ忍耐しなさい。」 遂に、待望の印は1981年の12月8日に与えられるとゴスパは約束します。ところが、その約束も同じ年のクリスマスに延期さ [続きを読む]
  • 12 ヴィッカの嘘(メジュゴリエ)
  • 12 ヴィッカの嘘 1985年1月14日の晩、出現の時刻は迫りました。ここは一つの小さな部屋。メジュゴリエの村の人々や、ドイツ人のカメラマン、また、スラヴコ・バルバリッチSlavko Barbaric神父(メデュゴリエの教区の助任司祭でヴラシッチ神父の後継者でカリスマ運動書)、トミスラヴ・ペルヴァンTomislav Pervan神父(教区の主任司祭)、ルイ・ベランジェLouis Belanger(カナダ人の研究家、やはりビデオ・カメラを持っていた [続きを読む]
  • 11 幻視者の霊魂の実り(メジュゴリエ)
  • 11 幻視者の霊魂の実り 超自然の出現には、幻視者において、常に徳への前進が見られます。私たちは彼らの美徳について判断する資格はありません。しかし、彼らの誠実さについてみてみましょう。つまり、彼らの言うことは信頼が置けるのかどうかと言うことです。 ザニッチ司教は確かな証拠を持って幻視者を嘘つきだといいます。まず、彼らは1981年6月24日丘の上に散歩に出かけた動機について嘘をつきました。6月30日チェルノ [続きを読む]
  • 10 印と不思議(メジュゴリエ)
  • 10 印と不思議 メジュゴリエの「奇跡」は数多いがいつも奇妙奇天烈で、疑問を抱かせるものです。1981年6月にはヴィッカはトラクターの道具箱の中に「天からの神秘のロザリオ」を見つけました。1981年8月2日には、150人が新しい太陽のダンスを見ました。ある晩には、「地が裂けるかのような」ものすごい轟音が聞こえました。また別の機会には、地の下からゴスパが出て来るようなシルエットを人々は見ています。にほん [続きを読む]
  • 10 印と不思議(メジュゴリエ)
  • 10 印と不思議 メジュゴリエの「奇跡」は数多いがいつも奇妙奇天烈で、疑問を抱かせるものです。1981年6月にはヴィッカはトラクターの道具箱の中に「天からの神秘のロザリオ」を見つけました。1981年8月2日には、150人が新しい太陽のダンスを見ました。ある晩には、「地が裂けるかのような」ものすごい轟音が聞こえました。また別の機会には、地の下からゴスパが出て来るようなシルエットを人々は見ています。にほんブ [続きを読む]
  • 3:9 謙遜の雰囲気(メジュゴリエ)
  • 第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-9)9 謙遜の雰囲気 謙遜は全ての天主からのものの印です。 ヴィッカは、50回目の出現から、1万5千人もの人が既に出現地に来るようになったことを語っています。ブバロ師はこう尋ねました。「はい、でもどうやってそこまでになったのでしょうか?聖母はあの国この国と現れましたが、聖母を見ようとそんなにも人は集まりませんでした。」 ヴィッカは答えます。「ここはメデュゴリエ [続きを読む]
  • 3:8 癒し(メジュゴリエ)
  • 第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-8)8 癒し このことについては、2つの質問を出さねばなりません。1)メデュゴリエで正真正銘の癒しが生じたか。2)出現によって或る病の癒しが約束された場合、その癒しが本当に生じたか。 モスタールの司教であるザニッチ司教によって強調されたのは、この第2の点でした。そしてそれは全く正しい判断です。もし御出現がある病の癒しを約束したにもかかわらず、それが治らなかった [続きを読む]
  • 3:7 脱魂(メジュゴリエ)
  • 第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-7)7 脱魂 ブルディエの『偽りの神秘家と偽りの予言者の識別』と言う本には、感覚が無くなることは天主からの脱魂と、悪魔からのものとのどちらでも起こりうるとあります。 重要なことは、脱魂中に彼らが見、聞き、観想したその内容です。天主からの本当の脱魂は、常に霊魂を高め、天主の崇高な玄義に関する知識を享受させます。天主からの脱魂により、霊魂は天主への愛をいや増し、特異 [続きを読む]
  • 3:6 出現に対する聖職者の態度(メジュゴリエ)
  • 第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-6)6 出現に対する聖職者の態度 メデュゴリエの主任司祭であったヨゾ・ゾブコJozo Zovko神父は、カリスマ運動の活動的なメンバーの一人でした。彼はあまりにも早く、そして少しあまりにも近くで出現と関わっていると非難を受けました。このような疑問は全く当然のものでした。しかし、彼の嫌疑を晴らすために、やはりカリスマ運動の一員であった、クラリェビッチ師は「その当時は、彼は教 [続きを読む]
  • 3:5 出現の言葉遣い、態度(メジュゴリエ)
  • 第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-5)5 出現の言葉遣い、態度 ファチマでは、御出現の言葉、態度、身の振る舞いなどには、尊厳、天的な天主からのものであるという威厳がありました。ところがメデュゴリエでの出現では、ゴスパの態度は私たちを躓かせるものであって、私たちはこれにショックを受けます。 第2の出現は、6月25日でした。「イワンカと私とミリヤナとは、最初の日にゴスパを見たところに同じ時間に行こう [続きを読む]
  • 3:3 出現の周期(メジュゴリエ)
  • 第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-4)4 出現の周期 ザニッチ司教はゴスパ自身が出現の終わりが近いことを、1981年の6月30日に既に宣言していることを指摘しています。第7回目の出現の後に、子供たちは主任司祭に、あと3回の出現があることをゴスパ自身が言ったと伝えました。 Kraljevic神父はこう言っています。「この日に幻視者たちは、ゴスパが金曜日までの3日間しか来ないことを約束した、と宣言した。」 実際、7 [続きを読む]
  • 3:3 幻視者の最初の反応(メジュゴリエ)
  • 第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-3)3 幻視者の最初の反応 最初の「聖母」の出現は1981年6月24日でした。私たちは、幻視者の使うクロアチア語を使って「聖母」の代わりに「ゴスパGospa」と言いましょう。 ヴィッカはブバロ師にこう言っています。「この日は祝日でした。でも私はミサに行きませんでした。私は数学の補習授業があってモスタールに行かなければならなかったからです。期末試験に失敗し、この補習授業があ [続きを読む]
  • 第一の出現の状況(メジュゴリエ)
  • 第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-2)2第一の出現の状況 何故彼らは、丘の上に集まったのでしょうか。モスタールの司教は『メデュゴリエの出来事に関する報告書』の中でこう書いています。「既に最初から、嘘の臭いがすることがある。例えば、子供たちがポッドブルドーの丘(出現地)に行った動機は、違っていた。或る時は羊の群を集めにと言い、或る時は花を集めに、或る時はたばこを吸いに行ったという。」 ロランタン [続きを読む]
  • 第3部メジュゴリエ・続 3:1
  • 第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-1)1出現以前の幻視者 「他の人よりも良くも悪くもない」(幻視者自身の表現) 「メジュゴルイエは種々の点で[第二バチカン]公会議後のあり方を具現し、全く別の、全く新しい状態の中にある。聖母を見た6人はもはや子供ではない(一人を除いて)。彼らは皆十六歳から十八歳までの年齢で、思春期という不安定な時期は通り過ぎている。」(ロランタン『メジュゴルイエにおける聖母マリ [続きを読む]
  • 2:8 聖霊運動の正体
  • 第2部メジュゴリエ8聖霊運動の正体(霊の識別:2-8) 我々は、この研究を通して次の質問にこう回答しましょう。(1)「聖霊運動」とはどのようなものなのですか。「聖霊運動とは、その起源をプロテスタントに持ち、カトリック教会とは全く関係のない別の宗教運動です。この運動でなされる不思議な業は、確実に、明確に、イエズス・キリストの霊によるものではありません。」(2)この運動をカトリック司祭が主催することの是 [続きを読む]
  • 2:7 カスリン・クールマンの教え
  • 第2部メジュゴリエ7カスリン・クールマンの教え(霊の識別:2-7) オコーナー神父の本には、度々、アン・アルボル(Ann Arbor)の集団についてのことが言及されます。我々は今ここに、聖霊降臨運動に典型的な一つのエピソードを載せ、この項を終えることにしましょう。これはロランタン神父の前掲書に基づいています。 1974年6月1日、アン・アルボルのカリスマ運動の人々は「癒し」をするためにカスリン・クールマン(Kathry [続きを読む]
  • 2:4 カトリック教会における聖霊降臨運動の浸透
  • 第2部メジュゴリエ4カトリック教会における聖霊降臨運動の浸透(霊の識別:2-4) オコーナーはこう書いています。「1966年春にさかのぼる。ペンシルバニア州ピッツバーグのデュケーヌ大学(あたかも聖霊修道会士の経営する)で、2人の平信者学生が、いろいろな典礼・黙想・布教的活動に活躍していた。しかし二人とも努力の結果に失望し、初代の信者がしたように力強く福音をのべる才能がなさそうに思えて、びっくりした[マ [続きを読む]