野花南 さん プロフィール

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野花南さん: カラフルな世界、モノクロの日常
ハンドル名野花南 さん
ブログタイトルカラフルな世界、モノクロの日常
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/shimousanagareyama
サイト紹介文自分が興味を持っていることを思うがままに書いています。鉄道ネタ中心ですが、城やサッカーもあります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供68回 / 171日(平均2.8回/週) - 参加 2018/04/05 22:42

野花南 さんのブログ記事

  • 日本陸軍鉄道連隊の足跡 その3 (演習線 上本郷〜松戸)
  • 陸軍鉄道連隊の演習線を利用して開業した新京成電鉄。しかし、そのルートは演習線そのものではなく、何か所か付け替えられています。松戸駅〜上本郷駅も線路が付け替えられた区間の一つ。現在の線路は、上本郷駅を出るとS字カーブを描きながら下総台地を駆け下り、常磐線の松戸駅に接続しています。当時は、そのまま台地の上を直進し、三矢小台付近を通過して江戸川の方へ延びていたとのことです。また、途中で分岐した線路が相模 [続きを読む]
  • やまぐち 【駅名しりとり205】
  • 山口(JR西日本)鉄道が通らなかったのは街の人々が鉄道を忌避したため、という珍しくもない伝説がこの街にもあります。しかし、当時の技術水準を考慮すれば、山陽本線のルート設定は至極合理的なものだったと思います。地図を見ればわかる通り、山口を通るのは明らかに遠回りですし、山越えも避けられませんので。幸か不幸か幹線ルートから外れたことで、山口の街には江戸、明治のにおいがよく保存されているように思います。駅も [続きを読む]
  • 日本陸軍鉄道連隊の足跡 その2 (千葉公園周辺)
  • 9月9日の話の続きです。JR総武線で津田沼から千葉へ。千葉駅北口から歩いて千葉公園を目指します。千葉公園へは千葉都市モノレールで1駅です。ただ、歩いても遠くありません。余談ですが、モノレールの軌道桁が通っている道路は、このあたりの軍施設へとつながる軍用鉄道の線路敷跡。この日は暑くて断念しましたが、いずれは歩いてみたいものです。この日は公園への直線コースで。10分ほどで到着しました。1949年頃から千葉市初の [続きを読む]
  • 日本陸軍鉄道連隊の足跡 その1 (津田沼駅周辺)
  • 大日本帝国陸軍鉄道連隊は「戦地における鉄道の建設・修理・運転や敵の鉄道の破壊に従事する」部隊です。1896年(明治29年)に前身である鉄道大隊が創設されました。1907年に連隊に昇格するとともに津田沼に移転したとのこと。1918年に2個連隊に増強され、第一連隊が千葉市作草部、第二連隊は津田沼におかれました。と、ここまでがWikipediaの要約。どこまで正しいかわかりませんが。鉄道の建設、運転に従事した部隊ゆえ、千葉県内 [続きを読む]
  • わくや 【駅名しりとり204】
  • 涌谷(JR東日本)一国一城令のなかにあっても、領内各所に「要害」と呼ばれる城郭を維持していた仙台藩伊達家。この涌谷には亘理氏(涌谷伊達氏)がおさめた涌谷城(涌谷要害)があります。駅名標の写真、背景に写っている城が涌谷城です。駅から歩いて15分くらいでした。城跡には、宮城県で唯一の城郭建築遺構である太鼓堂があります。馬の頭の上の小さな白い建物がそれに当たります。太鼓堂の横、3階建ての城郭風建造物は町立史 [続きを読む]
  • 姨捨駅 2007年8月9日
  • ネタ切れの時には古い画像を引っ張り出して繋ぎましょう。JR篠ノ井線姨捨駅です。駅から眺める善光寺平の風景は「日本三大車窓」に数えられるほど見事なもの。最近、四季島の停車駅になるということで駅全体がリニューアルされ、雰囲気がかなり変わりました。以下の写真は、四季島のしの字も浮かんでいない、2007年8月9日のものです。長野から乗車した列車は115系。姨捨駅で下車。対向列車も115系。当時は115系の天下でした。駅か [続きを読む]
  • やながわ 【駅名しりとり203】
  • 梁川(阿武隈急行)阿武隈急行の拠点駅のひとつ。車庫があり、当駅を始発、終着とする列車も多数あります。駅の周囲には…何があるのか全く知りません。。。ネットでいろいろ検索してみましたが、個人的に引っかかるのは福島交通軌道線くらい。ま、縁もゆかりもない土地なんてそんなものですよね!?…申し訳ない。。。↓よろしければ をお願いします。ささやかな励みになりますので。にほんブログ村 鉄道ブログ 日本全国の [続きを読む]
  • 直方市石炭記念館
  • ダラダラと書いてきた夏の旅行話ですが、これが最後です。田川伊田駅14:24発の直方行に乗車します。所定ダイヤは田川線と伊田線が直通ですが、この日は田川伊田始発。2018年7月の豪雨により、田川線の崎山駅と田川伊田駅が不通になっているためです。復旧に時間がかかっているのは心配ですが、営業している区間はほぼ所定の運転本数が維持されているようで安心しました。南直方御殿口で下車。非電化で1時間に1本の運転本数であるに [続きを読む]
  • しんかまがや 【駅名しりとり202】
  • 新鎌ヶ谷(新京成電鉄)東武野田線の前身である北総鉄道が開通したのが1923年、新京成電鉄の開通が1955年ですので、結構昔からこの場所に線路が通っていたことになります。しかし、駅の開設は1991年の北総開発鉄道の開通まで待たなければなりません。その後、翌年に新京成電鉄の駅が設置され乗換駅となりましたが、東武野田線の駅は1999年まで遅れることとなります。現在では、松戸、柏、船橋、津田沼、千葉といった千葉県の諸都市 [続きを読む]
  • 三井田川鉱業所伊田坑跡
  • 志免から歩いてたどり着いたJR香椎線の須恵駅、20分ほどの待ち時間で上り列車が来ました。長者原で篠栗線に乗り換え、その後、新飯塚で後藤寺線、田川後藤寺で日田彦山線へと乗り継いで11:42に田川伊田に到着しました。早速、駅裏の高台にある、石炭記念公園に向かいます。が、駅裏に抜けられる地下道の入り口が見つかりません。駅の改修工事の看板に紛れてわかりにくい。迷っている時間がもったいないので、近くのアンダーパスか [続きを読む]
  • いずもし 【駅名しりとり201】
  • 出雲市(JR西日本)宍道湖の西側の拠点駅。山陰地方では数少ない高架駅で、2面4線を有しています。出雲大社をはじめ、神話に彩られた出雲地方の観光の拠点でもあり、北口は出雲大社を模した姿をしています。夜行列車最後の生き残り、「サンライズ出雲」の終着駅となったことで、「定期運転の寝台特急が発着する日本最西端の駅(Wikipedia)」という謎の称号を得ることに。これも、こういった観光地の存在が大きいはずです。出雲大 [続きを読む]
  • 旧国鉄志免駅と志免鉱業所竪坑櫓
  • 鳥栖でサッカーを見た後は博多まで移動して宿泊しました。翌8月12日は、博多バスターミナル7:44発のバスに乗車、下志免で下車しました。バス停から歩いて5分ほどで志免鉄道記念公園に到着。ここは旧国鉄勝田線の志免駅跡です。勝田線は、吉塚から筑前勝田までの13.8kmの路線でした。途中の宇美駅は現在も営業する宇美線と離れており、「同一駅でありながら乗り換えるときに改札を出なければいけない駅」として浜川崎駅とか旧石巻駅 [続きを読む]
  • 訪城記 〜秋月城〜 【2018.8.11】
  • 8月11日、鳥栖を6;40に出る快速博多行きに乗車。基山で甘木鉄道に乗り換えます。7:34に甘木駅に到着しました。7:47発、甘木観光の路線バスで、秋月を目指します。秋月到着は8時過ぎ。古い街並みの中を城跡に向かって続く坂道をだらだら登っていきます。途中、道がクランク状になっていました。当時は桝形として機能しており、現在田んぼになっている石垣の上には武家屋敷が並んでいました。城跡前の桜並木に到着。満開の季節に来れ [続きを読む]
  • 旧国鉄佐賀線 筑後川橋梁
  • 先日のブログの通り熊本城の外側を一周して、1時間強で交通センターに戻ってきました。思ったより見ることができるところが少なかったので、想定より時間がかかりませんでした。余った時間をどうするか思案しましたが、思いつくアイデアは一長一短。とりあえず市電で熊本駅へ。高架化工事が一段落した真新しいホームから、鹿児島本線の上り列車に乗車しました。大牟田駅で西鉄に乗り換えます。西鉄の特急も8000形引退で華がなくな [続きを読む]
  • いわい 【駅名しりとり200】
  • 岩井(JR東日本)JR内房線の凋落がとまりません。東京湾アクアラインと館山自動車道の開通により、利用客が急速に落ち込みました。かつて毎時1本あった特急さざなみはほぼすべて廃止、普通列車は木更津で分断されてしまいました。この駅もかつてはみどりの窓口が開設されており、シーズンには海水浴客でにぎわったといいます。現在は見る影もありません。↓よろしければ をお願いします。ささやかな励みになりますので。に [続きを読む]
  • 訪城記 〜熊本城〜 【2018.8.10】
  • 2016年4月に発生した地震は、熊本城にも大きな被害を与えました。そして、その復旧には多大な年月と労力を要するというのは、報道等で伝えられていることです。あの日から2年4か月が経ちました。今の熊本城の姿を見に行きます。8月10日、朝の飛行機で熊本空港に飛び、空港からはバス、12時前くらいに熊本交通センターに降り立ちました。早速、熊本城に向かいます。まずは、加藤清正の銅像。そしてさらに馬具櫓。石垣が崩れ、建物が [続きを読む]
  • フェルナンド・トーレス
  • 今年の夏は、アンドレス・イニエスタとフェルナンド・トーレスがJリーグに移籍してきました。イニエスタは早速、ゴール&PK献上という結果をのこしましたが、トーレスの方はもう少し時間がかかりそうです。金崎夢生との2トップで先発したトーレスですが、動きが少し重い感じがしました。コンディションがまだ出来上がっていないものと思います。それでも、トラップなどボールを扱う技術は抜けていましたし、スペースを見つける動き [続きを読む]
  • かさい 【駅名しりとり199】
  • 葛西(東京地下鉄)東西線は東陽町〜西船橋で快速運転を行っています。この快速運転は計画段階でよく練られており、例えば、原木中山と葛西の2駅は相対式2面ながらその間に通過線を持つ、新幹線によくある配線で建設されました。当時としては珍しいこの快速運転は、総武線のバイパスとしての機能を強化することと、計画されていた営団勝田台線(現東葉高速)を見越していたものと思います。しかし、東西線の混雑は日を追うごとに激 [続きを読む]
  • もりおか 【駅名しりとり198】
  • 盛岡(IGRいわて銀河鉄道)新幹線の高架下にあるこのホームには、かつて、山田線の列車が発着していたと記憶します。2002年の東北新幹線八戸延伸と並行在来線の経営分離によりIGRいわて銀河鉄道の駅に生まれ変わりました。JRの駅と完全に分離され、改札内で相互に乗り換えることはできないとのこと。しかし、JRのホームに発着するいわて銀河鉄道線の列車もあり、逆に、JR花輪線の列車は、好摩までいわて銀河鉄道線を走行する関係で [続きを読む]
  • 松代いろいろ
  • しつこくも7月14日の話です。松代城から象山地下壕に行く途中、いくつか寄り道をしました。とはいっても寄り道をしたというだけの話で、何がどうというわけではありませんが、本人の備忘録として載せておくことにします。松代城を出て、長野電鉄屋代線の線路跡を越えて南に向かいます。まずは小山田家。かの小山田茂誠の子孫にあたります。実際に今も住んでいるのでしょうか?門は閉ざされ、当然ながら非公開です。真田宝物館。真 [続きを読む]
  • すぎども 【駅名しりとり197】
  • 杉塘(熊本市交通局)「塘」というのは、土手や堤防のことですので、「杉塘」というのは杉の植えられた土手という意味になります。近くを流れる井芹川の堤防がその由来とのこと。今回調べてみると、「塘」というのは「トウ」と読むのがふつう。だとすると、「すぎども」と読ませるこの駅名はかなりの難読だと思うのですが、いかがでしょう?難読駅名として挙がることは少ない当駅ですが、私は最初読めませんでした。↓よろしければ [続きを読む]
  • 松代大本営
  • 太平洋戦争末期の1944年、本土空襲の激化と本土決戦を見据えて、皇居や大本営を含む政府中枢機能を移転を計画。松代に大規模な地下坑道が掘られました。象山、舞鶴山、皆神山の3つの山の中に掘られたそれは総延長10kmに及んだといいます。突貫で進められた工事のなかでは、特に朝鮮人労働者が果たした役割が大きく、工事に伴う犠牲者の数も多かったとのこと。現在は、象山に掘られた坑道の一部が一般公開されているほか、舞鶴山の [続きを読む]
  • うらうす 【駅名しりとり196】
  • 浦臼(JR北海道)存廃論議に揺れる、札沼線の北海道医療大学駅〜新十津川駅。2016年11月にJR北海道が公開した「当社単独では維持することが困難な線区」に挙げられたことで、一気に事態が動き出しました。その後、沿線自治体4町の中で存続を目指した検討が進められたものの、断念。現在は個別にJR北海道と協議を行っている状態です。今年になって、月形町、新十津川町、浦臼町が相次いで廃止受け入れを表明したことにより、沿線自 [続きを読む]
  • 松代駅
  • 公共交通機関で松代にアクセスする場合、長野駅からが便利です。アルピコ交通のバスが30分に1本運行され、所要時間も30分ほどです。しかし今回は、乗車することが叶わなかった長野電鉄屋代線の痕跡を感じたくて、あえて屋代経由を選んでみました。上野6:50発の新幹線で軽井沢へ。しなの鉄道に乗り換えます。しなの鉄道の軽井沢駅は大きく変わりました。旧駅舎が改札口として再生しており、EF63やEC40などの保存車両も健在です。橋 [続きを読む]
  • 訪城記 〜松代城〜 【2018.7.14】
  • 松代城は千曲川を後背の要害に利用して築かれた真田氏10万石の主城です。ただし、世間一般としては、武田氏の前線基地として築かれ、川中島の戦いの舞台にもなった海津城という名前の方がしっくりくるかもしれません。縄張を見ると、千曲川が作り出す湿地帯をうまく利用している様子がよくわかります。また、大手に造られた巨大な馬出と三日月堀も特徴的です。南門の跡から城跡に入ります。三日月堀が失われ、その跡地に長野電鉄松 [続きを読む]