JJ310 さん プロフィール

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JJ310さん: アラフィフおひとりさま生活
ハンドル名JJ310 さん
ブログタイトルアラフィフおひとりさま生活
ブログURLhttp://jj310.blog.fc2.com/
サイト紹介文再独身となった4年後、退職をきっかけに風俗デビューしたおひとりさま日記。感じた事などを綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供9回 / 139日(平均0.5回/週) - 参加 2018/04/08 10:48

JJ310 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 「年を取ると丸くなる」はウソ
  • つい先日、母からの激しい言葉を耳にし人間は年齢を重ねれば丸くなるというのは違っていいて益々本性が露になるのだとしらされた。汚い言葉を使い差別用語を連呼し固有名詞ではなく「オマエ」と呼びヒステリックに喚き野太い声で罵る私の日常は至って平穏でこの穏やかな日常は私が親元を離れて手に入れたもののはずだったのに何も手に入っていない自分を哀しく感じている。この殺伐とした世の中をあたたかいもので埋めることができ [続きを読む]
  • おぞましい性的な傷〜姉偏〜
  • 現在の実家に引っ越したのは今から30年ほど前のこと。当時姉は中学2年。私は小学4年正だった。姉と私は少し広めの部屋を与えられ、共有していた。何が原因だったのだろう。汚い言葉で罵りながら、母は姉の下着を脱がせ、口の中に詰め込んだ。姉は号泣していた。はじまったのだ。制服のまま、脚をM字に縛られ、局部を丸出しにし、口には先ほどまで穿いていた下着を突っ込まれた姿の姉。脳裏に焼き付いたあの墨汁事件は否応なく蘇る [続きを読む]
  • 通知表シーズンの恐怖
  • テストは100点でないとフルボッコの刑が待っていた。春からの経験で、通知表がオール5でない限り同じ刑が待っていることは周知の沙汰だった。2学期が終わった日、通知表を手に私と姉は話し合ったことがある。「どうしよう、お醤油飲む?」醤油を飲めば熱が出るとか、死ねるとか、そんな話を戦時中の例として父から聞いたことがあったのだ。結局飲むことはなかったので、刑に耐えていたのだと思う。流血や青あざなどはごく普通の事 [続きを読む]
  • 方言
  • 母の生まれた町は海と山に囲まれたのどかでとても小さな集落だった。第二次世界大戦中は未就学生だった。逆算すると素直に「すごい」と思う。戦時中に生まれているのだから。漁師町だけど田畑があり、祖母は商売に長けた人だったと聞いたのはつい近年のことだ。今にして思えば、母は自分の実家の生業をあまり語ろうとはしなかったので知られたくないことも多かったのだろうと想像する。方言が独特だった、例えば、「このヤロー」は [続きを読む]
  • 姉の命を救った日
  • 当時、フリルがついたサテンのブラウスなどおしゃれ過ぎた時代だった。淡い桜色のサテンのそのブラウスは母のお気に入りだった。それを着込んで登校した姉は小学校1年生。7歳だったと思う。姉はその夜、母から命を奪われそうになっていた。理由は、フリルのついた淡い桜色の上質ななブラウスに墨汁をつけてしまったから。お習字の時間、姉は失敗したのだ。墨汁のシミに米粒を刷り込み、洗剤をつけて爪で墨汁を落とそうと試みるも全 [続きを読む]
  • MXTVが映った日
  • やったー!嬉しい♪居住している建物がケーブルテレビの導入により、今まで映らなかったチャンネル3局が観られるようになりました。9ch TOKYO MX TV も映ルンです♪お願いして何年越しだよってくらい待っていたので、いろいろ助かるー株と為替関連、大事(笑)感謝。 [続きを読む]
  • フレーズで感じた事
  • ?意味なんかないさ暮らしがあるだけ 星野源さんの大ヒット曲の中のひとつ、「恋」の歌詞の一部です。このフレーズも好き。だけど現実は、徐々にかけ離れていくものなのかなぁと思ったことがあります。この一年後、過保護のカホコの主題歌、「Family Song」という曲で?ただ幸せが一日でも多く側にありますように.という歌詞を耳にするわけですが、これは全身で頷けるフレーズでした。昨夜、お客様にお会いした中の会話で、幸せな [続きを読む]
  • はじめの一記
  • はじめにアメブロが使いづらい為、FC2様にお世話になることに致しました。2020年、女性人口の半数が50代以上になると言われています。わたしもその中のひとりです。現在、あれこれあって独身・一人暮らし。独居老人まっしぐら。そんなアラフィフ40代のいまを綴ってみようと思います。キャリアウーマンだったはずが退職を機に縁のなかった異業種転職。それが天職なのか否かは、今はまだわかりません。少しずつですが、思ったことや [続きを読む]
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