ソブラニー さん プロフィール

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ソブラニーさん: 憎しみの標本 〜人生は覚醒クエスト〜
ハンドル名ソブラニー さん
ブログタイトル憎しみの標本 〜人生は覚醒クエスト〜
ブログURLhttp://hatestory.blog.fc2.com/
サイト紹介文親、先生、同級生等。周囲の存在を「好き♥」って思えずに育った人間の末路を綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供42回 / 35日(平均8.4回/週) - 参加 2018/04/21 01:07

ソブラニー さんのブログ記事

  • 【from 旧ブログ】卒園したら他人
  • 下校前にトイレを済ませておけば良かったのに。小学校入って間もない頃は校門を出てから尿意を感じる事がチラホラ。仕方ないので近くの幼稚園のトイレで済ませていた。平成の御時勢では電子錠あるから部外者は入れない。だけど昭和で緩い時代だったからね。門扉は開いている。それに私は卒園児だもの。トイレ使っては×なんてこれっぽちも思わなかった。幼稚園に入っても先生に見付かった事もない。通学路で幼稚園の先生に遭った事 [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】入学後の何の変哲なき日々
  • 小学校に入ると勉強が始まる。難しい、解らないって思っていた。しかし、意外と簡単だった。授業や宿題が難しいと思った事がない。先生の話を聞くだけで覚えたしプリントもドリルも楽々。小学校に入って暫くしてから給食が始まる。作りたての給食が教室に運ばれる。美味しいから毎日おかわりをしていた。配膳完了迄の間をお喋りして廊下に立たされる事もあった。だけど給食が大好きで楽しみだった。小学校が楽しいとは思わなかった [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】幸先良く小学校生活のスタートを迎える
  • 年中・年長。幼稚園2年間を過ごしたけど誰とも仲良くなれなかった。そんな私でも小学校へ入ってから少しだけ風向きが変わった。近くに住んでる子が欠席をした。先生に頼まれてプリントを届けに行ったのが契機。そして我々は一緒に登下校をする様になった。1年生の友達lifeは上記を契機にYちゃんと仲良くなっただけ。他の人とは仲良しって程でもないけど喧嘩をしている訳でもない。何かの折に二言三言の口を利く。この人達とは2年生 [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】育まれていない箇所を指摘されても…。
  • 母親はよく私に情操欠如と言っていた。一体、何を以てその様に思っていたのだろうか。大人になってからは納得する事が多い。尊属が死ねば相続発生って思っちゃうから。自分の価値観を見るとモラルが備わっていない事を実感する。流石にサイコパスには該当していない。だけど道を間違えていたら刑務所に行っていたなーって思う。若い頃は覚醒剤が流行っていた。猥褻行為で使うと気持ちいいって聞いた。親が厳しくなければ興味を持っ [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】就学前の何の変哲なき日々
  • 3学期はコレと言って特別な事は起こらなかった。従来と異なる点としては私が一人で登園する様になった事。ポンキッキを見てから自分だけで幼稚園へ歩いて行った。車も人通りも少ない治安の良い住宅街を10分ちょい。昭和ならではの光景だったろうな〜。あの当時はのんびりしていたと思う。学習机がインテリアとして追加された。賃貸2K住まいだから寝室への設置だった。22時消灯だし私自身が宿題を居間の炬燵で済ませていた。故に学 [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】にほんブログ村でサブカテゴリー「毒親」を追加
  • 自分史として垂れ流す当ブログの意味合い。育児の反面教師って事で「女の子育児」に登録した。地元で友達ナシ、心温かい肉親にも恵まれていないから「天涯孤独」に登録した。気ままに幼稚園時代について記録していると吃驚。にほんブログ村からカテゴリー追加のお知らせメールが届いていた。親が早くに死んでいたらハッピーなんて書いてあるブログだからさ。公序良俗に反するって事で登録抹消・警告が来たのかと思った。そうしたら [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】露出狂ではないけど見せたくなった
  • 12月になるとお遊戯会が行われた。私は舞台に立っていた。劇で台詞を言う所だった。スポットライトを浴びると魔が差した。衝動が駆け巡る。私はスカートを捲り上げた。御開帳御開帳。御披露目御披露目。穿いている赤い毛糸のパンツを見せねばならない。私は根拠なき使命感に身を委ねていた。こーゆう事をすると普通の家では親がカンカンになる。だけど今回と言い鼻ほじり写真と言いお咎めナシだった。「子供だから仕方ない。」と言 [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】40年近く前の園児って薄情だったのだろうか
  • スプーン・フォーク忘れの次は弁当そのものの失念だった。相変わらず私は俯いて過ごすだけだった。腹が減っても我慢我慢。食べたくたって持って来ていないから仕方ない。暫くすると先生が気付いてくれた。事情を言うと先生の弁当を貰えた。母親が作る物と違って美味しかった。忘れ物をした此方に非があるのは事実。だけど今になって思う。同級生が随分と無関心だったんだなーって。自分の子供達を見ていると世話焼きが多いからさ。 [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】ボットン便所でないのに悪臭がキツイ
  • 母方祖母宅には1F・2Fの両方に和式トイレがあった。自宅と違って水洗式なのに臭さが充満していた。その理由はつい最近に解った。居住者が腹の緩い人だったのね…。私は便秘体質でコロコロしか出ないんでそんなには臭わない。だけど下痢糞をした時の臭いがさ…。昔を彷彿とさせるのよ。<画像>20180107 【撮影】三井アウトレットパーク木更津の便所母方祖母宅には防臭剤の設置はなかった。商業施設にもそーゆう物はない。だけど悪 [続きを読む]
  • 7周忌の年になってそんなに嫌な親ではなかった事に気付く
  • 旧ブログからのコピペによる移行作業に明け暮れる。改めて自分の暮らしを眺める。不満要素は多いけどこんな物だと諦めがつく。又、母親は心の支えナシの環境下でブレない姿勢でよく育児をしたものだ。我が子が協調性ナシでウロチョロ。友達だって居ない。だからと言って矯正をしない。教育熱心とされる公務員妻の中での暮らし。周りはお勉強幼稚園なのにのびのび幼稚園を選ぶ。他所は他所、自分は自分。焦らず踊らされず子供を育て [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】マスメディアを信じて疑わない
  • ホールズのCMを真に受けていた。爽快感を演出すべく飴を口に含んだだけで背景が南極大陸に切り替わる映像だった。私もホールズを舐めるとCMみたいに雪と氷と白熊が居る世界へワープすると信じていた。グリコの箱に書いてある「つよい子」も信じていた。男児にちょっかい出されては泣いていた毎日だったから。ジャイアンみたいに強くなって喧嘩で勝てるって信じていた。CMやキャッチコピーはリアルに非ず。あの頃はガキだったから解 [続きを読む]
  • 【修正】血縁ある竹馬の友
  • 私がよく遊んだ従弟②は4学年下で秋生まれ。そーゆうの考えると私が幼稚園入った年だったんだろうね。ソレに気付くと母方祖母宅のアルバムの写真に納得。私が赤ちゃんだった頃の次が3歳位なの。従弟①②の生後間もない写真もあったから。従弟②の父は伯父。お見合いで知り合った女性とゴールイン。そして嫁姑の同居生活が始まる。祖父が死んでいて抑止力がないからね。嫁イビリでもあったのだろう。半年も持たなかったそうだ。伯父 [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】大嫌いなお家が一瞬だけパラダイスになった
  • 母方祖母宅を訪れない時期の交流は電話一本だった。特に用はないのだけど夕方にかかって来る事が多かった。二言三言を交わして電話を切る。それだけで嬉しい気持ちになって一日の終わりを迎える事が出来た。親と暮らす家なんて私にとって◎ではなかった。×でしかない場所に光が射した。どんな奇跡が起きたのかは知らない。母方祖母宅の人間が我が家を訪問した。父親の事を嫌ってるから絶対来る訳ないのに。だからとっても嬉しかっ [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】ゴミみたいな一日が一晩だけパラダイスになった
  • 幼稚園から帰って退屈なお家。夕方→夜→就寝と思っていたらラッキーが起きた。平日だけど母方祖母宅へ行くんだって。幼稚園あるから翌朝の出発が早いらしいけど。明日が少しキツくても今日がハッピーならいいや。電車に揺られてお空は真っ暗。駅を出て商店街を歩く。百貨店を通過すると高揚感が満ちて来る。タクシーに乗れば其所は母方祖母宅。ほんの少ししか居れなくても嬉しい。大人1名の交通費と土産でそこそこの額が吹っ飛ぶ [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】尊属が死ねば儲かるとは思わなかったけどね
  • 欲しい物があっても親は買ってくれない。だから私は物への渇望が強かった。狭く寒い湯船で母親相手に私はポツリと言った事がある。「●●のお家、いつか私の物になるのかな?」●●は母方祖母宅の所在地。いつもはしない言い方。悪気無い台詞だけど大人になってみると末恐ろしさがある。成人後の立場を振り返る。母→祖母の順で他界している。私は代襲により法定相続人となる。そうは言っても所詮は自営業の町工場。商売の代替わり [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】幼心でも解るアウェイ感溢れる場所
  • 甲府市に隣接する地方自治体。車でしか行けない山奥の小さな村。其所が父親の実家だった。木々に囲まれて鬱蒼とした場所。戦前は地主だったそうで蔵と池がある。池には錦鯉が沢山泳いでいた。古びた母屋へ入ると暗い土間が広がる。靴を脱いで居間へ上がる。掘り炬燵に座って喋る。話すのは父親とその家族。私と母親は黙っているだけ。暫くしたらさようなら。やっと帰れる。母方祖母宅とは異なる毛色で居心地悪い空間。早くおさらば [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】慌ただしいだけのお泊まり保育
  • 夏休みが終わろうとする頃にお泊まり保育が行われた。私の幼稚園では外部の施設を利用していた。広い寺でのお泊まり。大きな風呂に入ったけど嫌だったなー。男児も一緒だったから恥ずかしかった。浴槽の中に全員集合して写真撮影があった。よくそんな事をするよなー。我が子が通う園では日中は自炊の為に活動して寝るのも園。先生の助けを借りつつも自分達で主体的に動く経験、規則正しい生活が出来る様になる。だけど私自身が通っ [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】炎天下マラソン
  • 母親の自転車に乗って出掛ける事が多かった。何処へ行ったのか余り覚えていない。記憶にあるのは怒ると怖い事。私が気に障る事を言うとすぐに激ギレ。顔を叩かれるのは日常茶飯事だった。この日は罵声と共に自転車を降ろされた。後部座席を掴まされた。真夏の暑い中を走らされた。「お母様!お母様!」と泣き叫んだ。酷い仕打ちだと思うけど子供なんて育てても苛つくしね。そーゆう扱いを受けても仕方ない。街行く家族連れを眺める。 [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】家父長として君臨するコツ
  • 母親はたまにステンドグラスを作っていた。趣味の人が集う用品店へ行った事がある。作品が家にあるからバレバレなのに父親には言わない様に口止めされていた。ステンドグラスを見てギャーギャー言う事はなかった。それなのにどうして喋ってはいけないのか。既婚女性が趣味を介して他者と交流するのが良くないんだろうね。同好の士と共通の話題を通して懇ろになって欲しくないって事。父親は冠婚葬祭で母親が口紅塗るのを禁止してい [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】夏を彩るビンタ
  • 天気の良い夏の夕方に私と母親は花火を楽しんでいた。但し、外や縁側に出ていない。人気のない窓から手を出してパチパチ光るのを眺めた。魔が差した。花火を網戸に当てるとどうなるんだろう。好奇心がムクムク。試すと網戸に小さな穴が開いた。その瞬間、母親の平手打ちが炸裂した。幸いにも父親への告げ口はなかった。よーく考えれば母親にも重大な過失がある。花火をやるのに屋外へ出なかった事だ。細心の注意を払ったとしても室 [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】ちっとも楽しくないスーパーでの買い物
  • 幼稚園が終わると家へ直行。寄り道をした事は全く無い。夕方になったらスーパーへ行く。だけど面倒臭くて嫌だった。静かで落ち着くからって駅から徒歩30分位の立地。本当の所は家賃の節約だろ。築年数経っているボロ家でボットン便所。そーゆうのが濫立する地域。どのスーパーへ行くにも遠い。歩くのかったるい。スーパーへ行っても菓子なんか買ってくれんし。せいぜい試食売場位だね。楽しかったの。ソーセージや菓子・ジュースを [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】三つ子の魂百迄を地で行く七夕
  • 7月になると七夕。季節行事として園児は短冊を書く。私の願い事は「おもちゃをかってください」だった。物を欲しがるのは子供らしいと思う。だけど意地悪く見ると家庭の程度が見て取れる。親が充分に与えていれば七夕にそんな事を書かない。自分自身が親になってから幼稚園や保育園で見る願い事…。大抵は「●●になりたい」って職業やキャラクターへの憧れだから。父親は妻子が欲しがる物は絶対に買わなかった。ねだられても理由 [続きを読む]
  • 【修正】光合成出来ればひもじくなくて良かったね
  • 父親は宗教の用事で朝早くから出掛けている。母親は寝込んでいて起きない。食べる物がない私は一人で時間を潰した。家の外をチョロチョロ。ビニール袋に手を突っ込んで蟻を掴んで蟻地獄へ落した。近所の家にある低いブロック塀に上っては地面へピョンピョン。退屈な時間が続いた。日が照らす。楽しい気持ちにはなれない。何をしたいとも思わず適当に過ごす。父親の帰りが待ち遠しいと思わなかった。目的も期待もなく時間経過を待つ [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】職業倫理欠く一枚で年長組のスタート
  • 幼稚園では行事の度に集合写真を撮る。その中にとんでもない代物があった。私、鼻に指を突っ込んでた★当時、髪が短かったから男児と間違えられる事が多々。だから写真屋さんが気にせずOKしちゃったんだろうな。あの頃はちょっとそっとで文句言う人なんて居なかったから。平成だとそうも行かない。幼稚園は親からのクレームを気にするからね。写真屋も幼稚園から受注を受け続ける為に仕事の品質を意識せざるを得ない。今の時代は見 [続きを読む]
  • 【from 旧ブログ】スーパーでの買い物に於ける一縷の楽しみ
  • スーパーへ行くと稀に起こる奇跡があった。店内のラーメン屋で夕食を摂れる事。母親はケチだからデザートなんて買ってくれない。ラーメンを母子で食うだけ。それでも母親の料理が好きではない私は大喜びだった。一応は精神疾患者だったからね。外食しない主義の父親の為に帰宅後に料理せざるを得ない。だけど大人一人分の用意で済めば片付けも楽だもんね。きっとそーゆう事だったのだろう。たまーにラーメン屋へ行ったの。週単位で [続きを読む]