二郎 さん プロフィール

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二郎さん: 犀の角
ハンドル名二郎 さん
ブログタイトル犀の角
ブログURLhttp://sai001.com
サイト紹介文自分の思索を中心に書く哲学ブログ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供146回 / 111日(平均9.2回/週) - 参加 2018/04/23 17:46

二郎 さんのブログ記事

  • 日本の政治状況と保守思想
  • 日本の、いわゆる「右傾化」が始まったのは、小林よしのりの漫画『戦争論』がヒットした辺りだろう。私自身が『戦争論』の影響で、今の自分の政治思想的(右派という)立ち位置があるという自覚もある。そのため、原則としてこの若者を中心とした「右傾化・保守思想化」はどちらかといえば好ましいことだと思っている。しかし、だからと言って、今日の政治状況に積極的に関与し、右派政治の後押しをするというのは別問題だ。日本の [続きを読む]
  • 今日の体験
  • ブログを書くことは、一見他人に対して発信しているものであっても、自分自身と向き合うことであると思う。そして時には、自分自身と向き合う過程で、思いもよらぬ幸福を味わうこともある。ブログを書くことで自分と和解するということ私は、「自己削除しまくり!!自分と和解していない者にブログ記事は書けない」という記事を書いてから、記事を書くのがグッと楽になった。その記事はかなり書いている人間(私)の情緒の乱れを感 [続きを読む]
  • リストカットの思い出
  • 同じ記事を何度か書いては消し、書いては消しした。内容は毎回変えていた。しかし、このテーマでは書けない、もしくはまだ書けない、そう思った。私は久方ぶりに絶望を味わっていた。私は、何も書く気がなくなっていた。それでも何か書く気にならないかと、虚ろな目で本棚を眺めた。しかし、やはり何も書く気になれなかった。私は部屋の電気を消して「ふて寝」し始めた。しばらくすると何故か、リストカットについて書こう、と思っ [続きを読む]
  • 保田與重郎・初見
  • 私は今まで保田與重郎を読んだことがなかった。私の保田に関する知識は、木田元の『何もかも小林秀雄に教わった』と福田和也の『保田與重郎と昭和の御代』で全部だった。普通、私は評論や解説書の類から入るのが嫌いで、いつもその著者の原著から取り組むから、これは珍しいことだと思う。後から安田を読むとは考えていなかったせいだろうか。保田與重郎・初見保田與重郎の『日本に祈る』今回、保田與重郎文庫の『日本に祈る』を初 [続きを読む]
  • 工藤明男の『いびつな絆 関東連合の真実』と『破戒の連鎖』
  • 「関東連合」は市川海老蔵暴行事件や六本木クラブ襲撃事件で有名になった、東京都内杉並区・世田谷区の暴走族OBで形成された不良グループだ。ここでは、その関東連合元幹部の「工藤明男」(柴田大輔)が書いた『いびつな絆 関東連合の真実』と『破戒の連鎖 いびつな絆が生まれた時代』について書く。工藤明男の著作工藤明男は関東連合元幹部の柴田大輔の筆名である。元は六本木クラブ襲撃事件の首謀者で中心人物と目される「見立真 [続きを読む]
  • 誰も訊いてねえよ!!我が「魂の10曲」を紹介する。【ざわざわ…】
  • 私は、基本的にはそれほど歌に対して深い思い入れがあるわけではない。ただそんな私でも、他の歌に比べれば相対的に思い入れの深い歌は存在する。だからそれをタイトル通り、これから10曲を紹介する。私が歌に深い思い入れを持てないのは、歌を聴くスタンスがおかしいからかもしれない。例えば、ある曲を気に入ると、それを携帯にダウンロードしてひたすら聴きまくる。数時間や、時には数日間ひたすら聴く(もちろん食事や睡眠はと [続きを読む]
  • 恥ずかしさの考察
  • 私は非常に過敏な羞恥心を持った人間だと自分で思う。この「羞恥心」を、私はかなり若い頃から感じてきたし、今でも時折鋭い刃のようにそれが襲ってくることがある。しかし、この羞恥心――恥ずかしさというものは、いったい何なのだろう。恥ずかしさの記憶例えば子供の頃、おそらく小学生低学年くらいの記憶にこんなものがある。私が電車内で騒いでいると、知らないおじさんにそれを注意された。おじさんは「ホームレスのような格 [続きを読む]
  • バタイユの『エロティシズム』を分かり易く解説―人間の性を読み解く
  • フランスの思想家ジョルジュ・バタイユ(1897〜1962)の『エロティシズム』は1957年、彼が60歳の時に出版されたものである。バタイユの『エロティシズム』は現代思想のもっとも重要な論考の一つであり、性・暴力・死・聖性といった人間の異なる位相を、「禁止と侵犯」という対概念によって一挙に説明しようとした野心的作品である。その構成は第一部「禁止と侵犯」、第二部「エロティシズムに関する諸論文」に分かれているが、ここ [続きを読む]
  • 自分の思考の変遷から「男にとっての女」を考える
  • 男である私はかなり長い間、女性の問題において大きな疑問を抱えて悩んでいた。今でも完全にその悩みが失われたとは言わないものの、それでも従来に比べればその謎の重荷のようなものは軽くなった。より一層その重荷を減らすために、ここで自分が思考したことを整理しておきたい。私の考えは暫定的であり、表現も未熟なために理解しにくいかもしれないが、その点はご容赦願いたい。自分の思考の変遷現代における男女現代では、女性 [続きを読む]
  • 土居健郎の甘え観と日本文化、義理は「甘えの断念」によって成立する
  • 土居健郎は、「甘え」という概念は日本文化に特有のものだと主張し、それによって日本人の行動原理の少なくともある一部を説明することができるはずだと考えた。しかし、それは明らかな短慮であったと思える。土居健郎の甘え観と日本文化「甘え」という日本語「甘え」という語が日本語だけにあるのかは一旦置くとしても、そもそも、「甘え」という語が日本語にしかなければ「甘え」は日本人に特有なのか。ある語が生まれるというの [続きを読む]
  • 『あたしおかあさんだから』の炎上とホフディランの『スマイル』
  • 全然タイムリーでも何でもない話題だが、以前絵本作家の「のぶみ」さんが作詞した『あたしおかあさんだから』という歌が炎上騒動を起こしたことがあった。それについて考えたことを書いてみたい。『あたしおかあさんだから』の炎上私も気になって歌詞を見てみたが、それほどひどい歌詞とは思わなかった。炎上したこと自体は理解できる。だがその「理解」は「これは炎上するに値する」という意味での「理解」ではない。「これは今の [続きを読む]
  • Powered by Googleの表示がある広告について。ブログの月間PV数も確認
  • 色んなサイトを回って見ていると、良さげなサイトには必ずといっていいほど「Powered by Google」(パワード・バイ・グーグル)という文字が左上に表示された、関連記事と広告の混合した8枠表示があることに気付く。そこで漠然と「自分のサイトにも表示できないのかな」と考えて調べてみると、(私にとってだけかもしれないが)意外なことが判明した。Powered by Googleの表示がある広告アドセンスの関連コンテンツ表示機能8枠の [続きを読む]
  • 冨樫義博の世界観『幽遊白書』『レベルE』『HUNTER×HUNTER』
  • 私の少年時代の代表的少年漫画といえば、冨樫義博の『幽遊白書』だった。我々「幽遊白書世代」は、前には『ドラゴンボール』、後ろには『ワンピース』という少年漫画の金字塔のような二作品に挟まれてやや肩身の狭い感じだが、それでも少年の頃夢中になった事実に変わりはない。ここではその『幽遊白書』と『レベルE』という作品の個人的な印象に触れた後、二作品のラストの共通点、またそこから『HUNTER×HUNTER』(ハンターハン [続きを読む]
  • モンテーニュの『エセー』自殺についての章「ケオス島の習慣」を読む
  • 以前、モンテーニュの『エセー』が白水社の新訳で出ているのを見て興味を持ち、買い求めて読んだ。『エセー』自体がそれほど難解なものではないのでそれほど意外でもないのかもしれないが、白水社版・宮下志郎氏の翻訳はとても読みやすかった。中でも私は白水社版で第三巻に収められている、自殺・自死をテーマに書いた章である「ケオス島の習慣」に感銘を受けた。モンテーニュの『エセー』の「ケオス島の習慣」ケオス島「ケオス島 [続きを読む]
  • 『マルクスの悟達』に見る小林秀雄の学びの方法
  • 批評家・小林秀雄は若い頃『マルクスの悟達』という評論を書いている。ネット上で『マルクスの悟達』の感想を読んでみると、私には多くの人があまりに『マルクスの悟達』を真面目に読みすぎているという印象を受けた。そこでこれから私が『マルクスの悟達』について考えたことを書いてみる。小林秀雄の『マルクスの悟達』小林秀雄の『マルクスの悟達』は1931(昭和6)年、小林が28歳の時に発表されたものだ。つまり小林が若い頃に [続きを読む]
  • 加藤諦三氏の言葉『心の休ませ方』と『「自信が持てない人」の心理学』
  • 自分の心や親との関係について深く悩んでいた時期、私は加藤諦三(かとうたいぞう)氏の著作を何冊も買い求め、貪るように読んだ。その中の言葉は、あるものは自分や周囲を分析する助けになり、あるものは私を励ましてくれた。今回、読者のために加藤諦三氏の『心の休ませ方』と『「自信が持てない人」の心理学』の中から選んで、幾つかの言葉を紹介することにする。加藤諦三氏の言葉『心の休ませ方』甘えられることこれはまさに「 [続きを読む]
  • 柳田國男の諸作品への小林秀雄と三島由紀夫の批評『遠野物語』等
  • 小林秀雄は『信ずることと知ること』において、三島由紀夫は『小説とは何か』の中で、それぞれ柳田國男の諸著作について言及して称えている。柳田國男の諸作品柳田國男の『遠野物語』柳田國男が岩手県遠野に伝わる逸話や伝承を収集して記録した『遠野物語』は全体としてもそれほど長い作品ではないが、更にそれぞれのエピソードが短い節に区切られている。三島由紀夫の『遠野物語』への批評三島が特に推しているのは、第22節の亡く [続きを読む]