路傍の石 さん プロフィール

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路傍の石さん: 教育を追いかけて
ハンドル名路傍の石 さん
ブログタイトル教育を追いかけて
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/zen5586desert
サイト紹介文授業づくりと学級づくり、児童理解に加えて、もう少し幅広く教育の問題を扱います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供154回 / 175日(平均6.2回/週) - 参加 2018/04/26 21:50

路傍の石 さんのブログ記事

  • 教育を追いかけて 479回 子どもを目に入れる 目で突き放す
  • 先生が子どもたちに話すとき、言葉の使い方や伝え方はとても大切なことはいうまでもありません。先生は、日々、子どもたちに接しているわけですから、話し方の修行の場は毎日あるわけです。5年、10年も経験すると、先生の話し方、伝え方はかなり上手になっているはずです。臨床医は患者に日々、接しているおかげで、医者としの所見や技術力がアップするようです。先生も同じです。子どもたちは先生にとって、修行させてもらってい [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 478回 前置きなし 短く伝える 先生の話し方
  • たいがいの場合、一部の子どもがおしゃべりをしていても、先生は子どもたちに話しかけています。結果的に子どもたちのおしゃべりを許していることになります。そして、先生の口から出る言葉は「おしゃべりをやめなさい」「しずかにしなさい」という言葉です。私は、「しずかにしなさい」という言葉は決して言わないようにしてきました。「しずかにしなさい」という言葉を発しないで、しずかにさせることを考えてきました。子供たち [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 477回 防衛的集団と支持的集団
  • 学級づくりがうまくいっていると授業が成功しやすい」とか、「授業の基盤は学級経営である」と言われていますが、果たしてそうなのだろうかという疑問を抱きます。 もし、そうならば、学級づくりは,何をもとにして実行するのでしょうか。学級指導と特別活動、生徒指導なのでしょうか。  学級がうまくいっているというのは、子どもたちの仲がいいとか、やさしいとかいうことなのでしょうか。いわゆる仲良し集団を意味しているよ [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 475回 国語教材 「ごんぎつね」 私の想い(5)
  • 最後の場面です。研究授業において、しばしば取り上げられる場面ですね。 6場面  ごんの死 とうとう、ごんは、兵十の家の中に入ってしまった。兵十の視点で語られる。視点の転換転換しないと、一方的にごんの悲劇として終わってしまう。兵十の視点。「いたずらをしに来たな」「あのごんぎつねめが」そうなのだ、ごんに対する兵十に対する思いは、一向にかわっていなかったのである。自分の生活を邪魔をするきつねでしかなかった [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 474回 国語教材「ごんぎつね」 私の想い(4)
  • 4場面 兵十と加助の会話を聞くごん 「月のいいばん」月のいいばん、あたりは、月明かりで照らし出されている。シルエットがくっきりと見える場面である。松虫の鳴く声。静かな場面である。人の話し声。逃げるのではなく、「道のかたがわ」にかくれているごん。兵十と加助であることを知ると、もう、気になってしかだがない。償いをしている自分の行動が兵十にどのように思われているかが気になってしかだがない。 物語には、4つの [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 473回 国語教材「ごんぎつね」私の想い(3)
  • 今回は、2.3場面の内容です。子どもたちに指導するとき、子どもが読めない部分を問題にすると、子どもたちの読みは盛り上がります。子どもが一人読みで読める部分を学習に取り入れても、子どもたちは「一人で読むほうがました゛。」と言います。 第2場面 「ああ、そうしきだ」と、ごんは思いました。どこで、葬式だとわかったのか。ごんの観察力はすばらしい。「家内がかみをすいて」・・・ふふん、村に何かあるんだな。「秋祭りか [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 472回 国語教材「ごんぎつね」 私の想い(2)
  • 前回に続きます。 1場面後半 「ある秋のことでした。」「二、三日雨がふりつづいた」「ごんは、外へも出られない」「あなの中にしゃがんで」あの暗いじめじめした穴の中に体を動かすことなくしゃがんでいるごん。三日間、ごんは、どんな気持ちで穴の中にしゃがんでいたのだろうか。ひとりぼっち、話す人もいない、暗い穴の中。しかも、あのいたずら好きのごんが三日もじっとしているのは、たまったものではないはずである。「ああ [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 471回 国語教材「ごんぎつね」私の想い(1)
  • 「ごんぎつね」に出会ったのは、私が新卒の時でした。それ以来、「ごんぎつね」に出会うたびに、ごんに惹かれていきました。物語文の解釈、味わいは、私自身の人生経験と切り離すことができません。私が若い時の「ごん」と年齢を重ねていく時々の「ごん」とは、その想いがちがってきました。ごんがたまらなく愛おしくなってきました。 「ごんぎつね」という作品を指導するとき、まず、人間として教材を味わう必要があります。何回 [続きを読む]
  • 教育を追いかけて  470回 話し合い学習における 発散的思考
  • 授業で発表や話し合い活動を取り入れます。最初から話す内容に制限を設けますと、話し手は固定されてきます。 話し合いの最初のポイントは、何でもよいから発表させます。話題からそれていてもかまいません。とにかく一人一人の子どもたちが自分の思いを発散できるようにします。そのときに留意することは、「同じ意見は言わないように」は禁句です。同じ意見のほうが言いやすいのです。同じ文言であってもかまいません。 もし、子 [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 469回  能力の差はあっても意欲差なし
  • 「能力の差はあっても意欲差なし」という学習集団の育成 そのためには全員参加の授業をめざす 全員発言とは違います。みかけの参加ではないです。どの子も「おもしろそうだ」ということを出発として、「自分もできそうだ」という自信をもたらすことができるようにすることです。 教材の簡素化と構造化  教材研究をすると、すべての内容をてんこ盛りにしがちです。 思い切って「これだけは教える」という内容を選択します。 内 [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 468回 学級崩壊にあった先生に出会って
  • 多くの学級崩壊を目の当たりにしてきました。崩壊に出会った先生に共通するのは、とてもまじめな先生でした。中には、すばらしい発想と実績を重ねておられる先生もおられました。にもかかわらず、突然、学級が崩れ出しました。 私は、どうしてそうなったのか最初は不思議でした。しかし、その学級の様子を見守るうちにあることに気づきました。先生と子どもとの思い、願うものが少しずつずれてきていました。 先生という仕事は、何 [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 467回 授業の雰囲気 情的と知的雰囲気の割合
  • 授業をするにあたって大切なことがあります。。多くの参観授業において、知的な雰囲気ばかりで、しっとりとした雰囲気、情的な雰囲気に乏しいことがあります。 かつて、6年生の研究授業をしたとき、外部からこられた先生が「研究授業であんなに笑い声を聞いたことがないですねえ。」と驚可能性れていました。笑いといっても、げらげら笑うのではなく、静かな落ち着いた笑いです。教室の雰囲気が和やかなものになると自然にでてくる [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 466回 沈黙のない学校社会
  •  一日目の宿泊。登山予定の近くのペンションです。 高原の高台に建つ、本格的ログハウスのペンションです。 木のぬくもりが感じられる建物です。 窓の外は山と木々が広がり、森の香りのするところです。 車道から少しはずれた山の中にありました。 少し迷いかけましたが、確かに、そこにありました。  ご主人が迎えてくださいました。 「ここは、静けさが取り柄なのですよ」と、にこやかな顔で話されました。ご夫婦で経営され [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 465回  兄と弟 親の愛を求める競争
  • 私たち親は、子どもを知らないうちに子どもたちの競争心を利用してきたように思います。 私の息子は、二人とも同じスポーツ、同じ大学院、学部、学科を選択してきました。これは、親が無意識の中で、兄弟を比べていたように思います。 精神分析の知見によると、子どもが生まれた幼い頃より芽生えるのが、「親の愛を求める競争」であるそうです。  そのために、子どもは、兄弟で競争を始めます。ライバル意識を強め、親に気に入 [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 464回 心に残る 通りすがりの親子
  • 広島に旅行したときのことです。広島の平和公園の近くのホテルに泊まりました。平和公園の近くでは、イルミネーションの通りができていました。夜空に、色とりどりの光の筋が華やかにのびていました。 私たち夫婦は、その通りを散策しました。子ども連れも多く見られました。歩いていると、すぐ後ろを歩く子どもづれの夫婦らしき人の声が耳に入ってきました。 子どもに向かって話しているようでした。父「いい子にするからといっ [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 463回  感謝と謝罪 子どもの心
  • 坂村 真民さんの言葉です。 両手を合わせる 両手で握る両手で支える 両手で受ける両手の愛 両手の情け両手合わせたら けんかもできまい両手にもったら こわれもしない一切衆生を 両手に抱け 自然学校などの宿泊訓練のときです。ご飯を給仕の人に入れてもらって受け取るとき、子どもたちの多くは片手で受けとります。誰かにプレゼントをいただくときは、自然に両手で受け取るでしょう。両手の心、感謝の心がありません。な [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 462回 行事のあとの意欲 落差に注意
  • 運動会と音楽会、その他学校によって大きな行事があると思います。各地で運動会が実施されることでしょう。すでに終わったところもあるでしょう。行事に向かって、子どもたちが真剣になって日々取り組んできた学年、学級は、運動会において大きな成果をだします。先生も子どもたちも満足、納得します。こうして、子どもたちは、意識の上で高い位置に上り詰めます。 問題は次の日てす。元の学校、学級生活に戻ったときです。子ども [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 461回  運動会を前にして よくある話
  • ある学校の話です。運動会で各学年で表現に取り組むようにと校長先生から指示がありました。新学期に前もって計画していた種目をやめて、表現種目を入れようにと言われたようです。提案ではありません、指示です。途中からの計画変更です。 先生方はかなり反対されたそうですが、校長先生自らが指導するからという条件で始まりました。特に中学年では、すべて校長先生が指導されています。校長先生は全市において表現活動のベテラ [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 460回 3つの学級集団
  • 学級集団についてお話します。 恣意的集団(その時々の思いつきで動いている集団) 一部の子どもたちが自分の意見を強く主張します。授業中に大きな声で発言する子どもが学習を支配します。先生もそれらの子どもたちで学習を進めていきます。特定の子どもたちの結束が強く、ほかの子どもたちを無視する傾向にあります。ときには、弱い子どもに対して差別的発言、いじめなどを行うことがあります。この集団は、学級崩壊がとも簡単に行 [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 459回 授業の導入 あれ? ひっかかりをつくる
  • 4年生の算数の学習に「大きい数のしくみ」があります。「億や兆の単位を知り、十進位取り記数法について理解を深め、数を用いる能力を伸ばす。」というのが単元目標です。 大きい数は、子どもたちにとって量感を伴って理解するには限界があります。しかし、社会科の資料を読み取るときもそうなのですが、日常生活に引き寄せて、わかりやすい数(量的に実感できる数)にしていくことが必要です。 教科書には、4つの都道府県の人口が示 [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 458回 近づかないように、離れないように
  • 愛情が乏しい中で成長してきた子どもに共通していることがあります。多くの場合、自己価値観に乏しいことです。自分が生きているだけで価値ある存在であると感じることが少ないです。愛されるだけの価値があるという確信は、幼いときから少しずつ培われてきます。 1人の小学生がいました。6年生でした。彼は、母子家庭の環境の中で、母親にほとんど愛されないで育ちました。母親のいうことは、ほとんど聞かなくなりました。 そし [続きを読む]
  • 教育を追いかけて  457回 子どもは時間をかけて育てる
  • 「まとめない最後に動く子どもたち・・・・興味を感じて読みました。ひとつ、気になった事があるのです。それは、この子供達の行動が「自分が、したくて、そうしているのか」あるいは「そうするのが、良いことだと大人に教えられたことをやっているのか」を、先生は、見きわめる必要があるのではないかな?ということです。前者と後者は、見た目には同じに見えても、質が全くことなります。いかがでしょうか?」(コメントより) 「 [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 456回 授業の導入 子どもの準備意識を高める
  • 映画やドラマを観る人は多いでしょう。映画でもドラマでも最初の5分間が視聴者を引き寄せます。なんとなくおもしろそうだという興味関心を持たせなければ観客にそっぽを向かれます。 飲食店に行きますね。入店して着席、水を持って注文をとりにくる店の人、そして、注文をとる、そこまでが飲食するための導入です。入店したときの店の空気、清潔感、温もりなどを実感します。着席、清潔なテーブル、すわりやすい椅子。そして、注文 [続きを読む]
  • 教育を追いかけて 455回 教材研究は、何も参考にしないで始める
  • 先日、勉強にこられている先生が、「聞いてください。世話係の先生が指導書を家に持って帰ったまま学校に持ってきてくれないのです。」と愚痴をこぼしておられました。私はその先生に「あなたは、そろそろ指導書から離れてみたらどうですか」と伝えました。 指導書は先生にとった便利なものですが、果たして先生のためになっているのでしょうか。指導書によりかかった教材研究を進めることがいいのでしょうか。参考書として扱うの [続きを読む]