りすぺくつ さん プロフィール

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りすぺくつさん: りすぺくつしたい
ハンドル名りすぺくつ さん
ブログタイトルりすぺくつしたい
ブログURLhttps://tioumaru.muragon.com/
サイト紹介文歴史とか自分のルーツとか。ちょっと考えてみたい、少し阿呆な奴が生息しておりまする。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供10回 / 24日(平均2.9回/週) - 参加 2018/04/28 17:49

りすぺくつ さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 僕とヤン提督たち。
  • ※   ※   相っ変わらず表記ジャンル滅茶苦茶です   ※   ※ 歴史好きでも「戦国時代オンリーはおにゃのこに媚びるカス漢」と呼ばれた世代。 うぅーっかり土佐七雄の名前のどれかが言えたりしたら変態さんだった。 皆、漢の子はガンダムとサッカー、その上のお兄ちゃん達はお父さんと仲が良ければプロレス、みたいな土地勘、時代背景。 では松本零士推しだけれど声優ファンじゃあなくて、ヤマトも「あれが漢の船だ [続きを読む]
  • 怒ったらダメなんだけど…
  • 平日に、親の代理で業者に来てもらう時は、とても気を遣う。 何だって独り者のバブル世代が七十過ぎな爺婆の住所にて 真昼間っから応接間でぼへぇ〜っとしとるのか。 もうこの時点で怪しい奴確定である。 青色申告である。 実際には、お手伝いした事務所では経理を学ぶまでもいかなかった。 勿論、白であった。 思い出すだけで泣きそうだ。 あとはあっちゃこっちゃ、吹けば飛びそうな学歴と資格で汗をかき恥をかき。 頭を [続きを読む]
  • 影を慕いて。(ついでに大谷形部さんやら網野善彦さんやら)
  • まぁぼろぉしのぉ〜 かぁげをぉ〜 したぁいぃてぇ〜♪ ... Σ(o゚Д゚ノ)ノ ハッ (何かモニターの裏でドタバタやってる気配。   ※※  暫く御待ちください...。 ※※  ) ...。 コホン。 えぇと、皆様こんにちは。 他所のブログ(特に若人向けジャンル)でだったら 「ご自身の読者登録数とnice の獲得数があれだけある方々。 しかもそれでいて、この過疎っプリな僕のブログにワザワザ足跡を [続きを読む]
  • 高知と佐賀と食卓の話(其の弍)
  • 一寸ばかり昔の話をしても許されるだろうか。 僕は有明海苔と緑茶にはチョッピリ贅沢を出来る家庭に居た、ってことを。 厚ぼったい海苔は湿気を含んでいて、ガスコンロでは中々パリッと焼けない。 理由は中学二年で習う化学で証明出来る。 エチレンガスはCが2つ、Hが6つ。 つまり、エチレンが1分子燃えると二酸化炭素が2個、水分子(H2O)が3個出来る。 燃えると水が出来るのは割合は違えど、エチレンガスでもメタ [続きを読む]
  • 僕がこのブログを始めた理由。
  • オンラインでひとり。 リアルでひとり。 その方がそれぞれの世界で、 「嗚呼、このHNであちゃこちゃうろついてた奴。 あ奴があそこであんなに騒ぎ捲くっていたのは・・こういうことだったのか」 と、思ってくれれば良かった。 それだけだし、それ以上は何も求めていなかった。 いあいあ・・その、寧ろ 此処を読んで貰ったからといって何の釈明にも詫びにもならんし 其の方達が僕を傍迷惑な奴だと思っていらしたなら ( [続きを読む]
  • 黒田さんが繋いでくれる絆(ッポイ何かの話)
  • 前回のブログに、まさか姫路の方から印をいただけるとは・・(汗) あちらでは二兵衛殿は小官殿でよろしいんですっけ? うわぁああぁぁあぁマジでどうしよう(オロオロ) だって、 だってそうでしょう? BASARAの如水殿って言いましたら・・・ 全うな日本近代史ファンならばプラサカ●コン(某ゲーム会社直営店・ご近所にも在り升)焼き討ちを目論まずにはおれん位けしからん存在なんですよっっ!!! いやその・・マ [続きを読む]
  • 涙のご臨終。
  • ※※判る方以外はスルー推奨記事でございまする。※※ 僕は哀しい。 無理をさせ過ぎたんだ。 全部僕のせいだ。 いくら視力に不安があるからって。 どうしてもこの目で見たいものがあったからって。 ついつい、君に無理を強いてしまった。 そんなの言い訳になんか、なりやしないのに。 ごめん、ごめんよ・・僕の・・ PS3 CECH2000A・・・っっ!!(血涙) 自PCが古過ぎて画像取り込みが訳わかんなかったか [続きを読む]
  • 高知と佐賀の食卓話。其の壱(改題)
  • 食事時の団欒が絶えてどれ位になるだろう。 昔はもっとわいわい賑やかだった気がする。 さわち料理を盛りに持った婆さまが笑ってたの、何時だっけ。 何時から婆さまは笑うのをやめちゃったんだっけ。 『信長のシェフ』2巻第14話を読み返すと、思うことがある。 西村ミツル氏&梶川卓郎氏の日本のお話。とても面白い。 この方々が綴る戦国時代において、初めてバイキング料理を食されたのは、信長公とその家臣。 それをも [続きを読む]
  • 始まりは爺さまの赤線引きだった。
  • すっかり没落しきっちゃったけど、大昔は結構イイお家だったらしい。 ど田舎で、山ん中で、川っぺりで。 自宅へ入るには、専用の小さな橋を渡らないといけない。 つまり、ちょっと庭から出入りするたんびに 「ひとりで一休さんになりきっては 『此の橋渡るべからず』 ごっこ」 を何時だって遊べたわけだ。 夏の夜。 蛍がいっぱい飛んでて、この橋の上に寝そべってずっと蛍を眺め続けた。 飛び交う蛍達は、手を伸ばしても [続きを読む]
  • 過去の記事 …