牧師 田崎敏明 さん プロフィール

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牧師 田崎敏明さん: インターネット教会 (牧師 田崎敏明)
ハンドル名牧師 田崎敏明 さん
ブログタイトルインターネット教会 (牧師 田崎敏明)
ブログURLhttps://bokushitasaki.muragon.com/
サイト紹介文牧師 田崎敏明による、励まし合いのためのインターネット教会。信者の方も、信者ではない方もどうぞっ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供117回 / 81日(平均10.1回/週) - 参加 2018/04/29 19:48

牧師 田崎敏明 さんのブログ記事

  • どうか、あなた自身をご自愛してね。
  • 暑い日が続いています。 「どうぞ、ご自愛ください」 という挨拶を人にかけることもね 多い日々ですね。 でも、そんな、あなたこそ、ご自愛くださいね。 人は、今日という日を生きているだけでも、 大変なものです。 今日もよく頑張っている自分をも、 適切に自愛してあげましょうね。 [続きを読む]
  • 牧師、元気で留守が良い…?(笑)
  • 昨日の日曜日、 私は自分の教会の礼拝会を留守にした。 私がいなくとも、皆で礼拝会が出来る教会なのだ。 礼拝会が終わった後、皆が帰路につく時間に、 私はちょうど教会に帰って来た。 すると、なんだか皆の顔が生き生きとして、 とてもいい顔をしていた。 とても感動的な礼拝会だったらしい。 エミリーなんて、 どんだけ泣いたんだというくらい、 顔が本当にまっ赤になっていた。 素晴らしい!  ブラボー! ハレル [続きを読む]
  • なんでもかんでも悪魔のせいにしてはいけない
  • 最近、少し気合を入れて、お祈りに打ち込んでいる。 そのお祈りの結果、まず何が起こったかって? 部屋のエアコンが壊れた。 そして、車も壊れて(部品の寿命)、 今、車は修理工場にドッグ入り。 こういう時、クリスチャンの中には、 「やっぱり祈リ込むと、 サタンの攻撃も激しくなりますねぇ」 などと、したり顔で言うアンポンタンもいる(笑) しかし、信仰者は、こういう時に、 こう思うのだ。 「エアコンがあるこ [続きを読む]
  • 良い人も、悪い奴も救われるイエス・キリスト
  • 人は、心の中に、 「良い人は天国、悪い人は地獄」 という思いを、程度の差はあれど、 皆持っているものだ。 「良いことをしたら天国に入れる。 悪いことをしてたら地獄に落ちる」 という思い。 ところで、仮に100の良いことをしたら 天国に入れるとしたら、99の良いことをした人は、 残念ながら地獄なのだろううか? 悪い行いを全てやめたら、 天国に入れるのだろうか? もしそうなら、 誰一人として天国には [続きを読む]
  • 神の一番の関心事は、あなたのことなのだ
  • わたしの愛の中にとどまりなさい。 イエス・キリスト 私たちは、よく、 「日本人は…」「アメリカ人は…」「韓国人は…」 という言い方をしたりもする。 しかしそれは、よくよく考えてみれば、 あまりにも総体的な、乱暴な言い方でもある。 同じ日本人でも、考え方は千差万別なのだ。 何事も、十把一絡げにしてはいけない。 神が地上を見られる時に、 そこに国境はなく、人間が作った団体の枠もない。 キリスト教にも、 [続きを読む]
  • 「悪口」ばかり言う人は「圏外」にしたら良い
  • 人の語ることばにいちいち心を留めてはならない。 (聖書) およそ、人様から悪口を言われない人というのは、 この世に一人としていないものだ。 誰だって、言われて、いい気持ちになるはずはない。 気にし出すと、心が暗くなって来る。 私のように、もうこの年になると、 「はいはい」とスルーできる術も心得て来る。 口を開けば、人の悪口ばかりを言う人というのは、 実は劣等感が人一倍強い人なので、 周りの人達の悪 [続きを読む]
  • 人は、「肉体」「心」「霊」の3つを併せ持っている。
  • 人というものは、 「肉体」 「心」 「霊」 (魂) の3つを併せ持つ存在です。 心と霊との違いは、簡単に言うと、 心は、日常のことを考える 目に見えない世界での働きで、 霊は永遠の世界、そして神様を思う 目に見えない世界での働きと 言えるかもしれません。 科学者パスカルは、 「人の心には神様の形をした空洞があって、 その空洞は神様にしか埋めることができない」 と語っています。 イエス・キリスト [続きを読む]
  • 「神様はどこにおられますか?」
  • 「神様はどこにいらっしゃるんですか?」 と聞かれたら、私はこう答えるんだ。 「神様は、何もないところにいらつしゃる てね。 神様は、スマホやPCの中にはおられない。 神様は、人々の悪口合戦の中にもおられない。 神様は、何もないところにおられる。 私が、ただ跪いて、 心静かにする時、 神様は、 そこにご自身を現してくださる。 [続きを読む]
  • 普段の言葉で聖書を語る
  • キリスト教会やクリスチャンの間だけで 頻繁に使用される、言うならば "キリスト教専門用語" というものも、実に沢山あります。 私は個人的に、 そういうキリスト教専門用語いっさいなしで、 この世の中で実際に使用されているごく普通の言葉で、 聖書の話をするように心がけています。 そのことを始めてからもう10数年経ちますので、 ずいぶんと普通の言葉で、 分かり易く語ることができるようになって来ました [続きを読む]
  • 2018年7月8日 延岡東海教会礼拝模様(動画)
  • キリスト教会やクリスチャンの間だけで 頻繁に使用される、言うならば "キリスト教専門用語" というものも、実に沢山あります。 私は個人的に、 そういうキリスト教専門用語いっさいなしで、 この世の中で実際に使用されているごく普通の言葉で、 聖書の話をするように心がけています。 そのことを始めてからもう10数年経ちますので、 ずいぶんと普通の言葉で、 分かり易く語ることができるようになって来ました [続きを読む]
  • 人間関係の中で平安を保つ秘訣
  • 「どんな家に入っても、 まず『この家に平安があるように』と言いなさい。 もしそこに平安の子がいたら、 あなたがたの祈った平安は、 その人の上にとどまります。 もしいないなら、その平安は、 あなたがたに返って来ます。」 (聖書 ルカの福音書10:5,6) このイエス・キリストの言葉に、 さまざまな人間関係の中にあっても、 魂の平安を保つ秘訣がある。 (写真 :挨拶もなく、うちの庭に入ってきた奴…笑) [続きを読む]
  • 「しかし」という言葉が、肯定的な言葉に変わる時
  • 「しかしイエスは、娘の手を取って、 叫んで言われた。『子どもよ。起きなさい。』」 (聖書 ルカの福音書8:54) 「しかし」という言葉は否定語だ。 肯定的なことが語られた後、 「しかし」でそれが否定されてしまうのが、 世の常だ。 しかし、 イエス・キリストにある「しかし」は違う。 否定時な状況を、肯定的に変えてくださる。 もうダメだ… しかしイエス・キリストが道を開き案内してくださる。 人か [続きを読む]
  • 変わった絵の踏み絵
  • 大分県竹田市のキリシタン記念館に、 休館日と知らずに出掛けたアホな私。 (ちゃんと調べてから行けっ!) そんな私に、嫌な顔をせず、 いろいろと説明してくださった館の方の第一声は、 「竹田は隠れキリシタンではなく "隠しキリシタン"の町です」 だった。 竹田市は、あの滝廉太郎の「荒城の月」に謡われた 岡城の城下町。今もその町並みの雰囲気が、 全体に漂っている。 実は岡城の城主が、 キリシタンだったり [続きを読む]
  • 竹田市のキリシタン資料館に行って来た
  • お隣、大分県の竹田市に、 キリシタン資料館が出来たので行って来た。 入るとお客さん誰もいなくて、 あれっと思いながら見て回っていた。 すると館の方が出てきて、 「今日は休館日なんですが…」 「あっ、でもいいですよ…」 と言って、いろいろと詳しく説明してくださった。 有り難かった。 キリスト教のことも説明してくださったので、 「牧師」と自己紹介しそこなったが。 【踏み絵 和紙仕様】 当時、竹田は藩上 [続きを読む]
  • 雨の日には雨を愛そう
  • 「雨の日には雨を愛そう 風の日は風を好もう  晴れた日は散歩しよう  貧しくば 心に富もう」 (シュルレアリスム) ・・・・・・・・・・・・・・ 苦しみの中にいる時は、 どうしても悪いことばかりに心が向きがちです。 でも、そういう時でも、神様の恵みや、 人様に感謝すべきことは、 身の回りに沢山あるものです。 ちょっと心を、主の恵みの方に向けてみよう。 そこに光がある。 [続きを読む]
  • とても素敵な女性
  • 知り合いに、とても温厚で、 人の悪口を一切言わない女の子がいる。 (といってももうアラフォーかなぁ) 私は、そんな彼女を見ていて、 たぶんとても良い家庭で、 よい環境の中で育ったのだろうと思っていた。 しかし、ある時、 彼女の身の上を聞いてビックリした。 彼女は幼い時に両親を失い、 親戚の家でもいろいろと辛い思いをしたようだ。 しかし、自分の好きな道に打ち込み、独立し、 とても優しい素敵な男性と結 [続きを読む]
  • 一寸先は光。今日を生きよう。
  • もし今あなたが、 暗闇の中で絶望していたとしても、 一寸先は光だ。 まずは、今日一日を生きてみようよ。  "神は真実な方ですから、 あなたがたを、耐えられないほどの試練に 会わせることはなさいません。 むしろ、耐えられるように、 試練とともに脱出の道も備えてくださいます" と、聖書のコリント書10章に書いあります。 [続きを読む]
  • 嫌いな人がいても、別にそれでいいじゃん
  • 嫌いな人とか、どうしても合わない人の 一人や二人は誰にだっているものだ。 まっ、私なんかは、愛に満ちた牧師さんなので、 そんな人は一人もいな…あっ、一人だけ… あっ2人だけ…あっ、アイツもどうも… いるんかぁぁ〜い(笑) それで自分を責める必要はない。 それが世の常だ。 ただ、そんな嫌いな相手も、 悩みの中で必死に生きていて、そんな嫌いな人も、 他の誰かにとっては、 とても大切な存在なのだという [続きを読む]