sakutaro さん プロフィール

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sakutaroさん: Kodai-Note
ハンドル名sakutaro さん
ブログタイトルKodai-Note
ブログURLhttps://kodainote.hatenablog.jp
サイト紹介文耳を澄ますように古代を感じる試み。
自由文京阪神を中心にフィールドワーク、五感を働かせて古代を感じるというコンセプトではじめました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供19回 / 144日(平均0.9回/週) - 参加 2018/05/06 06:17

sakutaro さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 矢野顕子の『在広東少年』と江戸時代の僧侶・木喰の関係
  • 矢野顕子の人気曲でYMOの世界ツアーでも披露された『在広東少年』という歌があった。アップテンポのハードでポップな曲だ。謎めいたイントロと開放的サビ、それをつなぐ印象的な歌詞はなかなかシビれる。www.youtube.com「黒色い瞳の中に赤い花が咲いて。黒い瞳の中に……」という抽象的な言葉が並び、サビの部分はこんな印象的な歌詞が歌われる。「おまえはほほえむ わたしにむかってほほえむ……」。お前とは誰なのか?黒い瞳の [続きを読む]
  • 天平時代へのタイムマシン、『正倉院展』 この秋も開催
  • 2018年度70回目となる『正倉院展』。10月27日から。奈良の秋の風物詩というべき『正倉院展』が10月27日から17日間にわたって行われる。この季節になると、私も正倉院展モードにスイッチがはいり、皮膚が泡立つ感覚を覚えはじめる。私の審美眼など、たいしたことはないが、古代の人々の技巧や当時の皇族、つまり聖武天皇や光明皇后が過ごしたひとときに触れることができると思うと、皮膚が泡立つのだ。私にとって正倉院展とは古代へ [続きを読む]
  • 母から聞いた、大阪空襲 (1945年3月13日)
  • 終戦記念日(8月15日)が近づいてきたので、身近な戦争経験者、母に当時のことを聞き、書き留めた。今年、父は83歳、母は80歳。有り難いことに両親とも健在で、東大阪市中石切で暮らしている。1945年3月13日大阪空襲。当時、母は8歳、集英小学校1年生のときだった。母の両親、つまり私の祖父母は、大阪市内、本町界隈で「栗山」という食堂を営み、店舗の上で四姉妹とともに暮らしていた。それまで、何不自由なく楽しく暮らして [続きを読む]
  • 瓢箪山稲荷神社とアオバズク
  • ひさしぶりに、東大阪市にある瓢箪山稲荷神社に足を運んだ。北隣にある大東市の寺川に暮らす友人を尋ねた帰りのこと。寺川から瓢箪山駅行きのバスに乗り込み、近鉄電車に乗る前に、瓢箪山稲荷神社に立ち寄った。瓢箪山稲荷神社は先の寺川から6キロ南、奈良県と大阪府の県境に並ぶ生駒山脈の大阪側の麓にある小さな神社だ。じつは私はこの神社の近くで生まれ育った。神社から1キロほど歩いた場所に家があった。神社は駅前にあった [続きを読む]
  • 現在の淀川は生まれて100年。大阪市内で暴れ回った旧淀川の流れ。
  • 甚大な被害を及ぼした7月上旬、西日本豪雨。この記録的な大雨によって200人以上の方が亡くなり、863万人以上の人々に避難勧告や指示がだされた。あらためて、被害に遭われ亡くなった皆様へお悔やみを、被害に遭われた皆様にもお見舞い申し上げたい。私が暮らす大阪市内は、幸い、直接的な甚大な被害はなかったものの、近隣の交通網は地下鉄や私鉄の一部を除き麻痺状態となった。特にJRはローカル線が山間にも延びていることから [続きを読む]
  • 奈良のお土産、[柿の葉寿司]。材料の鯖はどうやって仕入れた?
  • 柿の葉寿司といえば、近鉄沿線のコンビニ、あるいは奈良県内を車で走ると売られているのが目にとまる、奈良の風土料理だ。観光客にとってのお土産ものであり、同時に、奈良の人たちの生活に密着した日常食でもある。そもそも、柿の葉寿司は奈良県吉野郡、そして五條市方面のお土産ものとして江戸時代の中頃に生まれたもの。酢にひたしたサバやサケの切り身を一口サイズの酢飯のうえにのせ、柿の葉で包んで押しをかけた作った寿司だ [続きを読む]
  • 「七夕伝説」の発祥は、大阪の枚方市と交野市?
  • 「七夕伝説」は織姫と牽牛の恋物語たまには、季節に合ったものを、ということで今回は「七夕」についてのトピックス。まずは「七夕伝説」についておさらいを。七夕伝説のヒロインは天帝の娘であり神様の着物つくりにたずさわる織女(おりひめ)。天の川のほとりで、彼女は年頃になっても恋もせず、無心に着物を織っていた。天帝はそんな織姫を不憫に思い、牽牛(けんぎゅう)という名の牛飼いを引き合わせ、結婚させる。すると、そ [続きを読む]
  • 鴨川から松原通、鳥辺野方面への道はあの世へのアクセスポイント
  • 松原通に漂う並々ならぬ気配の深層賑やかな四条河原町を南下し、鴨川を渡った松原通は清水寺に至る、細く古い道だ。はんなりと雅やかな雰囲気が多い京都の町のなかで、この通りは独特な雰囲気を漂わせている。民家がひしめく道すがら、お地蔵さんや寺院に差し掛かり、さらに「幽霊飴」という奇妙な飴を売る店が姿を見せる。さらに、この一帯の住所は「轆轤(ろくろ)町」という。ぱっと見、「髑髏(どくろ)町」に見間違うが、実の [続きを読む]
  • 春日山麓の尾根を5m削り、築かれた東大寺大仏殿
  • 東大寺はいうまでもなく、大仏殿が鎮座する奈良仏教の中心地だ。広大な境内の石畳の参道から大仏殿を眺め、そこに青い空が広がると、まるでタイムトリップしたような気分となる。あおによし ならのみやこは さくはなのにおうがごとく いまさかりなり                小野老 万葉集巻三[訳 青丹も美しい奈良の都は、咲きさかる花のかがやくように、今盛りである]天平勝宝4年(752年)の開眼供養会には2万人 [続きを読む]
  • 大阪に存在した、巨大な「河内湖」とは?
  • いまや、大阪湾といえば港区、大正区、住吉区、此花区や西淀川区の向こう側、であるが、大阪市の大部分は海の底にあった。約2万年前、氷河期の終わりの頃は海面が低く、大阪湾や瀬戸内海は海のない干上がった状態だった。気温がじょじょに上昇し、氷が溶けて海面が高くなり、5500年前ごろになると大阪平野のあたりに海ができたのだ。前回の投稿<淀川河口、西淀川区の地名の多くに「島」の字がつくわけ - Kodai-Note>と通じ [続きを読む]
  • 淀川河口、西淀川区の地名の多くに「島」の字がつくわけ
  • 「中島」「姫島」「御幣島」「歌島」「竹島」「出来島」「百島」「西島」……。神崎川と淀川に挟まれ、大阪湾に顔をのぞかせる大阪市の南西の角のエリア、西淀川区には島を冠する地名が多い。淀川の河口付近に位置する地が「〜島」と名付けられた理由、それは古代、これらの地は実際に島として存在していたことに由来する。さらに、島々はあわせて「難波八十島」と呼ばれていたのだ。日本列島が形成されて間もない太古の頃のこと。 [続きを読む]
  • パワースポットとして知られる天川村で「能」が栄えた理由
  • 芸能の神様として多くの芸術家やタレントの崇敬を得、1989年に社殿の建て替えの際に行われた神事、正遷宮大祭には長渕剛やYMOの細野晴臣、環境音楽の大家 ブライアン・イーノを召喚しての奉納を執り行った天河大弁辨天社。当時は、アーティストやニューエイジ系のかなりハイな人たちやが集っていたが、現在は少し落ち着きを取り戻した様子。それでも、パワースポットとしての人気は相変わらずで、スピ系の人々も多く訪れている様子 [続きを読む]
  • 「こもりくの初瀬」宿命的な長谷寺の地形と信仰
  • 本尊十一面観音像をはじめ、約千点にも及ぶ文化財を所蔵する長谷寺。四季折々の花が咲き、なかでもぼたんは約150種約7,000株が咲きそろうことから、「花の御寺」と称されている。車で向かうなら、三輪山の裾から初瀬川を遡って車で10分強。ほどなく、長谷寺の参道にさしかかり、門前町らしいお店や古い町家などが並ぶ。ちなみに、長谷寺の一帯は古来「泊瀬」と呼ばれている。その名の由来は三輪山から長谷寺に向かう国道165 [続きを読む]
  • 春日大社の御本殿の段差が整備できない理由
  • 今年、2018年には創建1250年を迎える春日大社。東大寺と並んで奈良の観光地として最も多くの人たちが訪れるが、その魅力の一つが境内が原生林に隣接しているということだ。たしか、養老孟司ものたまっていたが、孤島や山間の奥深くでならいざしも、奈良の市街地からほどない地域にこれほどの原生林がそのままの姿で残されていることは非常に奇特なこと。世界遺産 春日大社 公式ホームページ春日大社は、平城遷都後、興福 [続きを読む]
  • 夕日を礼拝し、浄土を思う。四天王寺、「日想観」。
  • 上町台地から太陽を崇拝する、日想観という信仰があった。その日は午後5時半を過ぎたころ、夕日が西門の間から徐々に沈んでいく。居合わせる人々は境内から手を合わせ、般若心経を唱えながら西の彼方に沈みゆく夕日を眺める。これは、聖徳太子が創建した大阪の四天王寺にて、春分・秋分の日の午後5時20分から行われる法要の場面。「日想観」と呼ばれる特別な行事だ。四天王寺 西門。2017年、秋の日想観。残念ながらこの日は雨だ [続きを読む]
  • 「お水取り」発祥の地 笠置寺 正月堂
  • 東大寺の二月堂で行われている「お水取り」その発祥地となる笠置寺。奈良や京都と比べると観光地として賑わっているわけではなく、ときおり、ハイキングで笠置山を登る人が訪れる程度の場所だが、どうしても自分の目でみてみたい史跡があった。きっかけは、白洲正子の『十一面観音巡礼』という書籍だ。本書のなかで、東大寺の「お水取り」と笠置寺の関係性について興味深く記され、重要人物である実忠という僧侶が覚醒したという場 [続きを読む]
  • 『歴史REAL京都・奈良古代史を歩く』一部の取材を担当
  • 『歴史REAL京都・奈良古代史を歩く』発行 洋泉社 ページの取材を担当。東大寺、興福寺はなぜ都の外れに建つのか?平安京に劣らない「極楽都市」・宇治の秘密歴史の舞台はなぜ、その場所だったのか?ブラタモリでは正確に伝えられなかったトピックスなども盛り込んだ興味深い内容です。https://www.amazon.co.jp/歴史REAL京都・奈良古代史を歩く/dp/4800314267取材を進めるなかで、地形と信仰、政治の関係が浮き彫りになった。実感し [続きを読む]
  • 取材で歩いた熊野古道のコンテンツがアップされた
  • 年明けに取材で歩いた熊野古道のコンテンツがアップされた。和歌山での「100の旅モデル」を史跡や神社仏閣、景勝地を軸に紹介する「わかやま歴史物語」という観光ポータルサイト。私が担当したのは熊野古道エリア。「熊野詣で」を計画される方はぜひ、ご覧下さい。下記は<熊野古道・中辺路の終点本宮と那智山を結ぶ「大雲取越」への古道>wakayama-rekishi100.jp取材して驚いたのが熊野古道を歩く9割が西洋人とのこと。世界中 [続きを読む]
  • 3月14日、東大寺二月堂のお水取り 「十一面悔過(じゅういちめんけか)」
  • 奈良の近くに生まれ住み、何度も奈良は訪れていたものの、お水取りを見に行ったのは初めてだった。白洲正子の「十一面観音巡礼」のなかで二月堂付近のトピックスに触れ、お水取りを始めた実忠という僧に興味を持ったことをきっかけに、ようやく足を運んだ。修二会は3月1日より2週間にわたって行われていたが私が訪れたのは最終日の3月14日。「お水取りは深夜に行われる秘儀」というイメージがあったのだが、それは3月12日深夜( [続きを読む]
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