chri2 さん プロフィール

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chri2さん: クリスチャン2世の葛藤
ハンドル名chri2 さん
ブログタイトルクリスチャン2世の葛藤
ブログURLhttps://chri2.hatenadiary.jp/
サイト紹介文クリスチャン2世の自分が感じる生きづらさを克服しようとするブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供9回 / 108日(平均0.6回/週) - 参加 2018/05/13 17:57

chri2 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • あなたの愛はどこから?
  • 「私の愛は神様から来ているよ。」と両親は言う。でも私は神様を感じることができない。そしたら親の愛が虚に見えてしまって、結局私は誰からも愛されてこなかったのだと感じる。普通の家庭の親子には愛があるのに。 [続きを読む]
  • 進撃の巨人に見る2世信者の苦しみ
  • 進撃の巨人の23-25巻を読んで、色々な伏線が予想外の形で回収されていって、すごく面白い展開だなーと思いつつ、どこか他人事でないように感じた。冷静に考えてみると、ライナーの人生と心境が2世信者である自分と似ているのだ。ライナーの人生と心境(ネタバレ注意)ライナーはマーレで生まれたエルディア人で、親から名誉マーレ人になることを期待されて育った。「エルディア人には悪魔の血が流れていて、エルディア人がしてき [続きを読む]
  • 自己中心
  • 私はとても自己中心的だと最近気づいた。具体的には、人の幸せを祝えない、人に心から気遣いができない、自分が評価されていないとすぐやる気をなくす。不平不満が多く、感謝のこころを持てない。そんな状態に陥っている。表面上の気遣いや感謝はぎこちなく、逆に不快感を与えてしまう。このままでは人生は不幸のままだ。当然人にも嫌われる。感謝を心がけて生きようとしているが、なかなか難しいものだ。とにかく外の世界に対して [続きを読む]
  • 映画「沈黙」を見て
  • 「沈黙 -サイレンス」という映画の感想のブログ記事を見て、自分の今の状況と少し通ずるものを感じて内容が気になったので見てみた。クリスチャン界隈に居た時は、遠藤周作とか三浦綾子等のクリスチャン作家が話題になっているのを耳にはしていたが、一度も読んだことがなかった。信仰書はいくつか読んでいたものの、そもそも本(小説)を読むのがあまり好きではなかったのもあって興味を持たなかった。今回この映画を見て、フィク [続きを読む]
  • トラウマ
  • そんなこんなで信仰はほとんど無くなってしまった。今の苦しみの原点を探ると、自己の確立が不十分で周りにの顔色ばかり見ている自分にたどりついた。承認欲求が満たされることによって自己を保っていた。学校で良い成績を取ることや受賞等を目指し達成することによって自己を保っていた。クリスチャンになると周りの人、親に喜ばれる。その承認を求めていた。そういった承認を原動力に何かを頑張るというのは悪いことではないが、 [続きを読む]
  • 自己をなくした信仰
  • クリスチャンには本当に大変な境遇を通って、自分では生きていけないというところまできて、救われたという人がいる。こういう人の中には自己をなくして信仰のみによって生きている人がいる。そのような人は根本的に強い自己否定を抱えている。うちの母もそのタイプだ。なので基本的には神に依存した生活をしている。そうすると、自分と神との関係の中だけに生きすぎて、周りの人の気持ちが見えていないのではないかと思う時がある [続きを読む]
  • 生い立ち(社会人〜現在)
  • 社会人〜現在大学を卒業し、一般の民間企業に就職してサラリーマンになった。就職の都合で地元や母教会のある土地からは遠くはなれたところに引っ越して、特に知り合いも居ない土地で生活をするようになった。私はクリスチャンだから教会を見つけられれば、見知らぬ土地でもそこで生活していける。そしてそういう教会が必ず見つかる。そう思っていた。ただ牧師先生には今の教会を離れることに対して少し警告されていた。「教会生活 [続きを読む]
  • 生い立ち(大学時代)
  • 大学時代大学入学とともに親元を離れることになった。教会から離れられると思っていたが、結局クリスチャンのサークルを見つけてそこに興味を持ち、参加するようなった。クリスチャンホームの話は普通の家庭の子には話しても伝わらず、共通の話しができる人を求めていたのかもしれない。そのサークルでは自分と同年代のクリスチャンが主体的に聖書を読んだり、集会をしていた。大学に入るまではそのような人たちにほとんど会ったこ [続きを読む]
  • 生い立ち(〜大学入学前)
  • 私が生まれてから大学入学前まで私はクリスチャンホームの家庭に一人っ子として生まれた。父母ともに非常に熱心で、父は私が生まれたころは神学校に入り、牧師を目指していた。あまり幼少期の記憶ははっきりと覚えていないが、私はおとなしい性格で、何かをじっと見て考えていることが多かったと聞いている。私が小学校に上がるころ、父は神学校を卒業してある田舎の教会に赴任した。家=教会となっていたので、私は自分の意思とは [続きを読む]
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