ゆうたろう さん プロフィール

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ゆうたろうさん: 難聴でもそれなりに生きるよ
ハンドル名ゆうたろう さん
ブログタイトル難聴でもそれなりに生きるよ
ブログURLhttps://ameblo.jp/yutarou123/
サイト紹介文カナマイの副作用で軽度難聴になり、その後結核で重度難聴になり手話を猛勉強している難聴者のブログです
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供36回 / 34日(平均7.4回/週) - 参加 2018/05/20 15:32

ゆうたろう さんのブログ記事

  • 最初の講義で見えない壁が形成される
  • 大学は高校と違って席が決まっていない。 高校の時は席が決まってない美術室や講義室などでは どういうわけか女子は前に座りたがるが 男子は後ろに座りたがる これは大学でも同じだった 建築学科には女子が1人もいなかったので全員男子である うしろの方から順番に埋って行く 一度うしろの方に座ってみたが 補聴器を付けると声は大きく聞こえるが 補聴器は4メートル以上離れると 著しく語音明瞭度が低下するので 何を言ってるの [続きを読む]
  • 入学式にて
  • この年の冬はアホほど寒かったので 一転して陽気に変わった入学式の天気は 実に気分がよく、否でも応でも新しく始まる 大学の新生活に希望と期待に胸をはずませないわけがなかった。 部活、サークルは入らないと決めていただけに 勧誘は鬱陶しかった。 「○○へ入らないか?」 ○○の部分はよく聞き取れなかった。(*^▽^*) 断るにはもう既に入ったと言う方がいいなと思って 「もう入った」 「何入ったん?」 そんな事どうでもえ [続きを読む]
  • 遂に栄冠を掴むー地獄の二浪生活から開放される
  • できた手ごたえが確実にあっただけに 結果は 合格だった 合格通知が来る日は僕は用があって家に帰って来るのは遅くなった。 が、既に親父が開封してて合格が分かったので親戚と知人に電話しまくっていた後だった 僕としては長く辛く苦しい浪人生活からやっと開放された安堵感があった。 そして希望と夢にあふれる大学生活が始まるはずだったが・・・ ランキングに参加中。 して応援を宜しくお願いします [続きを読む]
  • 超絶幸運、ヤマを張った所が入試に出る
  • 6時発の新幹線に乗る為には 4時頃には家を出なければならない。 起きる自信がないので、寝ずにずっと起き続けていた。 不思議と全然眠たくならなかった。 新大阪駅に着き、列車に乗ったんだが 乗客はたったの2人 こんな事なら指定席にするんじゃなかったと激しく後悔した。 そのままD駅までひたすら化学の参考書を読み続けていた。 化学は物理と違って覚えれば覚えるほど 点数となって現れて来る可愛げのある教科だからである [続きを読む]
  • 怒り狂う親父
  • B県は大阪からかなり離れている。 時刻表で確かめると朝一の新幹線でないと、とても間に合わない。 普通列車で行く事も考えたが 着くのは昼過ぎになる。 赤本すら買う金がなくて 3時間の立ち読みで済ませたんだから 新幹線代なんかあるわけがない。 それで親父に事情を話して新幹線代を出して欲しいと頼むと 渋々、金を出し 「今度は絶対に通らなアカンねんで」 「今度という今度は、太陽が西から昇らん限り大丈夫や」 「 [続きを読む]
  • 腹を切らない為にヤマを張る
  • このままでは腹を切るのが濃厚である。 E大も、D大ほどではないが調査書をそれなりに参考にしてるのが分かったからである。 それで書店へ行ってE大の過去問を調べるために赤本を3時間ほどかけて綿密に立ち読みした。 立ち読みしたというのは買う金がなかったからである。 過去の傾向から化学はアンモニアソーダ法が出そうやなとヤマを張った。 家へ帰ってアンモニアソーダ法の生成物及び副産物まで全部暗記した。 その後、E大へ入 [続きを読む]
  • 二浪かつ調査書D評価で合格した受験生は1人もいなかった
  • お袋は 「今度アカンかったらどうすんねん?」「その時は腹を切るわ!」 と言い返した。 生半可な受け答えではまたネチネチと言ってくるからである。 その後E大の募集要項を取り寄せた。 それを見たら合格者分布ってのがあって 現役、一浪、二浪まで分けてある。 (三浪以上がないってのは、三浪以上はいない事か?) で、それぞれに調査書の評価がAからDまで分けてあって 合格者のほとんどはAとBばかりでCとDは少ない 二浪でD評価 [続きを読む]
  • 難聴でも不利にならない大学の学科選び
  • 志望学科は建築学科である。 何と言っても難聴というハンデがある以上、手に技術を持てる学科を選ばなければならない。 完全失聴した人が建築家として活躍してるのを 何かの本で読んでそれで建築に決めていた。 しかし、関西の私大には建築学科があるのはたった4つの大学だけである(当時) そのうちF大は偏差値が低すぎて対象外で 偏差値が一番高いC大が本命で D大は調査書重視の大学で、D評価の僕にとっては不利だが満点を取れば [続きを読む]
  • 地獄の二浪生活
  • 親の支援で二浪できる事になったわけだが 二浪ははっきりいって地獄である。 まず大津が隣にいない(笑) 身近に志を同じくする者がいなかったので 孤独感は相当な物だった。 大津が隣にいた時は毎日雑談してたから これが孤独感の解消になっていた。 それに楽しい事など何もない。 最初はそれなりに頑張ってはいたものの 10月過ぎるあたりから、もう一生浪人ではないかという 不安や焦燥感に駆られ、発狂しそうだった。 やはり [続きを読む]
  • 大津は難聴の事を聞いたり、馬鹿にする事は決してしなかった③〜その後
  • 故郷へ帰る日の事 わざわざ送別会をやってくれて 大津が夕刊を配達する少し前に終わった。 アパートの部屋で固く握手して 「元気でな、また会おう」 と言って別れた。 その後、新聞屋の所長にお世話になった挨拶に行き 奥さんも帰ってきたので 「がんばってね、また遊びに来てね」 と言っては涙ぐんでた。 他にも色々と話しをしたので時間が大幅に伸びた。 駅へは 大津が配達してる地域を通って行かねばならず また大津に出くわ [続きを読む]
  • 大津は難聴の事を聞いたり、馬鹿にする事は決してしなかった①
  • 中学生の時、親友だと思っていた奴に 「なんで耳が悪くなったん?」 と聞かれたからありのままに話した。 そしたら別の奴に面白おかしく話して笑い者にされた。 これはかなりショックで心的外傷となった。 健聴者が耳が悪くなった原因を聞いてきたら これは同情とか理解してくれる為と あまり思わない方がいいかもしれない。 これに懲りて 興味本位で聞いて来る人には 「いつ頃から耳が悪くなったの?」「一年前」「えっ?一年 [続きを読む]
  • 二浪を余儀なくされる
  • 新聞業務の配達は 運悪くエレベーターなしの団地が多い所だったので 階段の昇降が大変で しんどかった(笑) 2月頃にある家に集金に行くと「まだやってるの?」 と言うから 「今までそんな頻繁に変わってたのですか?」 と尋ねたら 「長くて半年ぐらいだったわね」 やっぱりそうなのかと納得した。 こういう所を配らされたので疲労が半端無く1日最低でも8時間寝なければならずそれでもしんどい時は、12時間ぐらい寝てた(笑) チラシ [続きを読む]
  • 新しく買った補聴器の聞こえ具合
  • それで、新しく買った補聴器の聞こえ具合であるが 思っていたほどの効果がなかった やっぱり高い声でしゃべる人の声が聞き取りにくい。 テレビも漫才になると何を言ってるのかさっぱり分からんし その後、別の補聴器店へ持って行って各周波数の出力を調べてもらったんだが1600Hzをピークに、それ以上の高い音は出力がガクンと落ちている。 聴力は 500Hz 40db1000Hz 70db2000Hz 100db だったので1600Hzから2000Hzがうん [続きを読む]
  • 渋谷の補聴器店の店主はなんと聾者だった⑤〜障害者手帳
  • 店主とは補聴器以外にも色々な話しをした。 その一つが障害者手帳についてである。 「あなたは両耳70dbの高度難聴なんだから障害者手帳取れますよ。取っておいた方がいいですよ。」 この店主にそう言われて初めて障害者手帳なる存在を知った。 しかしこの時は仕事の事、大学進学の事で頭が一杯で とても取ろうかという気になれなかった。 障害者と認定されるのには抵抗があったし それに手続きとか色々面倒臭さそうで もしこの時 [続きを読む]
  • 渋谷の補聴器店の店主はなんと聾者だった④〜再び補聴器を買う
  • 話しを聴力検査が終わった直後に戻す 店主は 「あなたの場合は125Hzと250Hzの聴力はかなり良い その反面4000Hzと8000Hzはスケールアウト こういう聴力に合う補聴器は中々ないんですよ。 でも最近発売されたばかりのオーティコンのこのタイプなら かなり聞こえるようになりますよ。」 以前持ってた補聴器の音質調整は高低の二段階切り替えだった。 しかも1000Hz付近を少し下げる程度でしかない代物だった。 今回勧められた補聴器 [続きを読む]
  • 渋谷の補聴器店の店主はなんと聾者だった③〜仕事で電話を使う聾者
  • よくそんな聴力で仕事の電話なんかできるなと思った。 ひょっとして、私のような聾者でも補聴器を使えば こんなに聞こえるようになりますよと思わせたい為 聾者のふりをしてるのではないかと一瞬頭をかすめたが 即座にその考えは打ち消された。 なぜなら発音がおかしいからである。 「なりますよ」と言うべき所を「なりまくよ」 「こんりんざい」と言うべき所を「こんびんじゃい」 などと言っている。 まあ100db以上の聴覚障害 [続きを読む]
  • 渋谷の補聴器店の店主はなんと聾者だった②〜店主の電話対応
  • 実は僕は軽度難聴の時は電話にそんなに困らなかったが 中度難聴になるとかなり苦しくなった。 ところどころで聞き取れない事があった。 特に相手の名前である。 佐藤とか鈴木や田中などありふれた苗字なら聞き取るのは問題ないが 聞いた事もない苗字だと聞き取れない事が多いのである。 これが身近な人との会話ならどうって事ないが 仕事で使う電話で聞き取れなかったらクビである。 この補聴器店の店主は聾者だという どうやっ [続きを読む]
  • 渋谷の補聴器店の店主はなんと聾者だった①
  • 渋谷の補聴器店へ行った。 店内は狭く薄暗い雰囲気だった。 すぐに「いらっしゃいませ」と言って店主が出てきた。 頭頂部は既に完全にハゲ上がって 両サイドに少し毛があるのみであった。眼鏡もかけていたのでサザエさんの波平にそっくりであった。 波平の頭頂部の毛が全くなく、ヒゲも剃れば波平と変わらない。 だから箱型の補聴器を使用しているのが一目瞭然だった。 年齢は60ぐらいか まあ正確な年齢はどうでもよかった。 [続きを読む]
  • 東京で新聞配達③〜補聴器を使う事を決意する
  • 集金業務は原則として全件お金を取ってこなければならない。 未収の顧客があると 「集金に行ってこんかい」 と、どやされる。 仕事なんだから当たり前である。 いろいろ考えた挙句 もう補聴器を使うしかないと思い至った。 前回はあまりのうるささに聴力悪化を恐れて 使うのを止めたわけであるが もうそういう事を言ってる場合ではないほど 追い詰められていた。 それに 今ならもっとマシな補聴器があるかも知れない とりあえず [続きを読む]
  • 東京で新聞配達②〜早くも壁にぶち当たる
  • 新聞配達の主業務は当然の事ながら配達である。 まあこれ自体は何も問題はなかった。 ちょっと根性がありさえすれば歩けない人以外は誰にでもできる仕事である。 その他にチラシ作りがある。 これも問題はなかった。 ただ一枚のチラシを二つ折りにし、そこに他のチラシを挟んで行けばいいだけだから。 しかし それ以外にまだやる事があった それは集金と拡張 そんな事までやらされるとアルバイトニュースには全く何も書いてな [続きを読む]
  • 東京で新聞配達①〜難聴でも採用された理由
  • まあとりあえず所長に難聴であるという事が分かっても 大阪へ追い返される事なく働ける事にはなった。 これは後で分かった事だが その当時どこの所長でも人手確保に頭を悩ませ続けていたらしい だから僕のような難聴者でも 『難聴かぁ、贅沢はいっておれん、仕方ない、使ってやるか』 とでも考えていたのかも知れなかった。 実際東京に住んでいる従業員にはしょっちゅう 「君のともだちとか知り合いを、ここに呼んでくれ」 とか [続きを読む]
  • ひたすら難聴を隠し続けて新聞配達のバイトを東京で始める(2)−難聴がバレる
  • それで上京し販売所へ行った。 所長に一時間ぐらい面接を受けたが その間は難聴である事をどうしても言えずにいた。 言えば耳が悪いのでは使い物にならないと判断されて 不採用になる危険があるからだ。 それでも難聴である事がバレなかった。 まあ聞き取れなかった所を頭の中でその部分をうまく変換させていたんだけど(-^□^-) 面接も終わり近くになって 「言う事はこれでもうお終い」 これで終わったんだなと安堵の胸をなでおろ [続きを読む]
  • ひたすら難聴を隠し続けて新聞配達のバイトを東京で始める(1)
  • 前にも書いたが高校三年間は全くと言ってよいほど勉強しなかった。 受かる大学などあるはずもなく当然の事ながら浪人である。 しかし親父が浪人する事に激怒したのでバイトでもするしかなかった。 バイト情報を見て色々と探したが大阪より東京で新聞配達をやる方が2〜3万円給料が良かったので東京の販売店に履歴書を送ってみた。 もちろん難聴の事など書いていない。書けば採用してくれないだろうと考えてたからだ。 販売店から電 [続きを読む]
  • 高1の時の担任は難聴だった(6)−教師を退職した後
  • あの聞こえでは教師を続けてるのは困難だったのであろうか僕が卒業した後、鮫島先生はどうやら退職したようだ。 ようだというのは、浪人してセンター試験を受けるとなると事務室へ卒業証明書を取りに行かねばならない。 事務室の受付へ行くと中の様子が見えるがなんとそこで鮫島先生が仕事らしき事をしていたのだ。 教員がそんな所で何かをするってのはまずあり得ない。もうかなり難聴が進行して教鞭を執るのを断念するしかなかっ [続きを読む]