サトウヒロシ さん プロフィール

  •  
サトウヒロシさん: 「脳梗塞」17年目の記録!障害も我が人生!
ハンドル名サトウヒロシ さん
ブログタイトル「脳梗塞」17年目の記録!障害も我が人生!
ブログURLhttp://www.newway7.com/
サイト紹介文脳梗塞1種2級左マヒ者17年の記録。障害から生き方を問われ続けています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供28回 / 37日(平均5.3回/週) - 参加 2018/06/01 11:42

サトウヒロシ さんのブログ記事

  • 豊かさとは何?3/3 本当の願い
  • 1.私の本当の願い脳梗塞で倒れて依頼、私は本当に求めていた生き方は、一体何であったのか問い続けました。私が、願い・憧れた理想は、年齢とともに、時代とともに変化し、多くの夢は、実現することなく泡のように消えて行きました。しかし、この病の中で、多くの学びをして行くと、私の求めていた願いや思想は、小さいことでいいから、やはり、他の人々のために生きるということでした。そして、人生のすべてのことは、歴史の中に [続きを読む]
  • 豊かさとは何?2/3 自然の偉大さ
  • 1.本当の豊かさとは脳梗塞に倒れ、自分を顧みた時、若きときの幸せな根拠を、究極のところで、私は「富」にあると思っていたのです。 豊かさとは、精神的なものを求めて生きてきた積りでしたが、豊かさの根幹を「富」に置いていた自分を知りました。見栄を張った「無駄遣い」を豊かさと感じていた自分を発見して行ったのです。 不自由になってしまった身体を見つめながら、貧しさへの恐怖を感じている自分に戸惑いました。生活の [続きを読む]
  • 豊かさとは何?1/3 夢を描く力
  • 1.夢を描く力脳梗塞という病を得て、経験したことのない肉体的・精神的苦悩を体験し、「障害者」と「退職」という人生の大きな課題を背負うことになりました。障害を受け止める「障害受容」から新たなる生き方に向かう「精神的変容」に到るまでには、障害者になって現実社会で働き、自分の限界を知り、以前とはかわり果てた身体的障害の現実を見つめつつ、自らの人生を生きるための「切なる願い」を探し求めてきました。人生に、 [続きを読む]
  • 「ピアカウンセリング」(ぴあ:pia:仲間)2/2
  • 1.ピアカウンセリングとの「出会い」 ピア・カウンセリングとは、自立生活運動における仲間(ピア)への手助けであり、お互いに平等な立場で話を聞き合い、きめ細かなサポートをしていくことです。ピアカウンセリングの役割には、大きくわけると2つの側面があります。①「ありのままのあなたでいいよ」というメッセージであり、お互いを尊重しあう精神的サポートです。②自立のための様々な情報提供です。 2.ピアカウンセリング [続きを読む]
  • 「ピアカウンセリング」(ぴあ:pia:仲間)2/2 
  • 1.ピアカウンセリングとの「出会い」  ピア・カウンセリングとは、自立生活運動における仲間(ピア) への手助けであり、お互いに平等な立場で話を聞き合い、きめ 細かなサポートをしていくことです。 ピアカウンセリングの役割には、大きくわけると2つの側面が あります。 ①「ありのままのあなたでいいよ」というメッセージであり、  お互いを尊重しあう精神的サポートです。 ②自立のための様々な情報提供です [続きを読む]
  • 「ピアカウンセリング」(ぴあ:pia:仲間)2/2 
  • 1. ピアカウンセリングとの「出会い」 ピア・カウンセリングとは、自立生活運動における仲間(ピア)への手助けであり、お互いに平等な立場で話を聞き合い、きめ細かなサポートをしていくことです。ピアカウンセリングの役割には、大きくわけると2つの側面があります。①「ありのままのあなたでいいよ」というメッセージであり、お互いを尊重しあう精神的サポートです。②自立のための様々な情報提供です2.ピアカウンセリングで [続きを読む]
  • 「ピアカウンセリング」(ぴあ:pia:仲間)1/2 
  • 1.人生の壁」の出現と「人の反応」について ①私は、「脳梗塞に倒れ」、その「後遺症壁の威力」の凄まじ  さに打ち砕かれたのです。私の置かれた状況が、過去の経験  を参照しても、対処できない全く新しい「危機」でした。  私は、深い絶望感」を伴い、自分を否定するようになったの  です。 ②「障害者になった私が生きる価値があるのか?」と問い続け  「ある筈は無い。」という答えに苦しみ続けたのです。 ③ [続きを読む]
  • 日記:6 超ワンマン体制での半年間の勤務体験
  • 1. 信頼の獲得の道のり①はじめての業務改善提案の拒絶 毎朝、7時半に通勤し続けました。そして、毎日自分で考えた仕 事の課題を社長に提案しはじめたのです。  入社1ヶ月頃のある日、提案最初の日のことを覚えています。  売上管理方法の提案でした。  私の言葉を聞き終わった時、社長の怒りの表情と言葉の強いト ーンをはっきりと覚えています。 「会社のすべてのことは、私が決めます。あなたに、一切権限 は与えてお [続きを読む]
  • 日記:5. 行動を再開するための「整理と行動」
  • 1.日記:「行動項目の整理」:発症4年目   ①これからの仕事についてであるが、まず今できる項目を整理   し、挑戦してみることだ。まず行動を開始し、可能性を探し、  私の生きる道を作り上げる。 ②行動してみて、いまの世の中でお役に立てることが見えてく   るのであることを、私は信じなければ成らない。 ③「精神対話士」の資格を活かすために、「企業のコンサルタ  ント」に加え、「産業カウンセラー部門」を [続きを読む]
  • 3年目の気づき(4)行動がもたらす心の力
  • 1. 脳梗塞がもたらしたもの身体的後遺症だけでなく脳の減退状況を感じた私は、「パソコンの学習」と「精神対話士資格取得」に向かいました。私は、脳梗塞により、心身の力を失いました。それが、後遺症のちからだったのです。それは、根本的自信を失わすものと思えました。発症、3年半を超え、やっと多くの体験は、自らを責めるものではなく、多くの教訓と新しい自分の確立のためにあることを感じ始めました。また人生とは、それ [続きを読む]
  • 3年目の気づき(3)「うつ病状態」に気づかぬまま
  • 1.「パソコンの学習」と「精神対話士資格取得」 パソコンの効用は、知識で知っていても機械が苦手で、自分が習得する ものとは考えてもいなかったのです。  今後のコミュニケーションを図る手段としてもパソコンは欠かせないも のと発症3年めにして、段々思えてきたのです。 ①脳卒中自主グループ「片マヒ自立研究会」へ参加し始めて、多くの会  員が、パソコンの修得に努力された話が、私の「パソコン習得」へ背  中を [続きを読む]
  • 3年目の気付き(1)仕事をするということ
  • 1・社会復帰としての「即復職の落とし穴」 私は、平成14年10月に発症以来わずか4ヶ月で「経営コンサルタント」 として、社会復帰を実施したのです。 その2ヶ月後の平成15年1月に「1種2級の重度身体障害者」の手帳を 交付されたわけであり、今思えば無理に無理を重ねていたものだと思い ます。  九州への出張が、月によって、3・5・7日位の割合で約2年間実施しまし た。また、同時に長野県のある会社には、月1回出勤しまし [続きを読む]
  • 脳梗塞発症17年後の後遺症 その2:精神的後遺症
  • 1. 精神障害 脳の中でも精神状態や心理状態に関連する部位が、ダメージを受けた り、その部位と神経で連結している部分がダメージを受けると、精神 障害が見られます。  「脳卒中後うつ」を発症する原因として、以前は、脳自体のダメージ で、脳卒中で自分の手足が動かなくなったりすることの心理的なスト レスを受けるためであると考えられていました。 *「脳卒中」とは、「脳梗塞」「脳出血」「くも膜下出血」を言いま [続きを読む]
  • 脳梗塞発症17年後の後遺症 その1:肉体的後遺症
  • 1.後遺症が残る理由 脳梗塞は、脳の血管の一部が詰まってしまい、そこから先の脳に血液が 回らなくなる病気です。 血液が行き届かない脳は徐々に虚血状態になり、脳の細胞は壊死(えし :死ぬこと)してしまいます。 一度死んだ脳細胞が生き返ることはありません。 脳の細胞が死ぬと死んだ脳の部位やそこにつながっている神経が担う役 割を失い、後遺症として残るのです。 しかし、脳の細胞が死んだとしても、人間の体はな [続きを読む]
  • 障害受容!その8 障害受容と「7つの真の出会い」(続き)
  • 6) 新たなる仕事との「出会い」  ①自らの過去との清算を終える作業が完了して行った頃、心の専門家と  しての「精神対話士」の資格取得や地場産業への就労など新たなる仕  事の扉が開いて行ったのです。    ②「障害受容」を完了できたと自分自身で思えてきた頃から、社会貢献  への意欲が芽生えてきました。  ③それは、過去を否定するものではなく、それを活かしながら、自分の  中にある現在の可能性を見つめ [続きを読む]
  • 障害受容!その7 障害受容と「7つの真の出会い」(続き)
  • 3) 家族との新たな「出会い」 ①脳梗塞の精神的後遺症に苦しむ私にとって、妻はいつも適切な言葉を  懸けてくれました。  特に、次の言葉が沈みゆく心を、リハビリに向かわせる意欲の元にな  ったのです。   「あなたは、この病気もきっと感動に変えて行くわ!」  「私は大工の娘だから、何でもやれるわ。生活のことなんて心   配してないのよ。」  ②子どもたちは、発症以来、親に頼る生活が一変して行きました [続きを読む]
  • 障害受容!その6 障害受容と「7つの真の出会い」(続き)
  • 1. 「真の出会い」の意義について①「真の出会い」は、単に人と人が出会うことではありません。②「真の出会い」とは、「生の分裂」危機に直面した人と、支える他 者が、互いを必要としつつ支え合うという関係性が築かれることで す。2.「障害受容」の後に「生まれ変わった新しい自分」   ①「障害受容」が、私の最大の関心事でした。「障害受容」の先にある  「挑戦と自立」という言葉の持つ偉大さを心から感じました。 [続きを読む]
  • 障害受容!その4 障害者の悲しみの正体を見つめる!
  • 1.「障害受容」とは  自信喪失の状態から立ち直り、障害を自分の一部として受け止め、障害 はあっても,人間としての価値は何ら損なわれないと、自己を 肯定し て生きることができるように「変容」できた状態をいうのです。  身体のリハビリに向かう私には、同時に精神的葛藤を超えて、変わらぬ 人格の価値を自分自身持っていることの肯定が求められていました。  私は、自分の悲しみの正体を見つめることから始めなけれ [続きを読む]
  • 障害受容!その3 経験も、思想も、粉々に砕かれた!
  • 1.発症後10年経って知った「脳梗塞後うつ」の2つの原因 現在では、脳梗塞を発症した後のうつ病の原因は、2種類あると考えら れています。1つは心因説で、もう1つは脳障害説です。  脳梗塞の後遺症が残ったことにより、精神的に落ち込むとうつ病を発す ると考えられているのが、心因説で、脳にダメージがおよんだことによ り、うつ病を発すると考えられているのが脳障害説です。 しかし、このことを知ったのが、発症後10年以 [続きを読む]
  • 障害受容!その2 経験も、思想も、粉々に砕かれた!
  • 1.死よりも辛いと思えた深い絶望感 平成14年6月27日、25年間の会社生活最後の日、同日付で私は起業 手続きを済ませていました。 私は、事務手続きをする会議へ向かう車の中で、脳梗塞で倒れたので す。  人生の途中で、「脳梗塞による障害」と「退職」と「起業」、それに伴 う様々な課題に出合い、今まで経験したことのない精神的・肉体的な 苦しみが、容赦なく襲いかかり、私という人間の精神的土台を根底から 破壊し [続きを読む]
  • 障害受容!1/8.「障害受容」を見つめ始めた発症1年の思い
  • 1.「障害受容」は、私にとって最大の課題でした! 障害発症3年後でも「深い悲しみの思い」を内蔵していたので す。  ①障害者になった慢性的な悲しみを内包し続けていました。  ②その悲しみは、常には現れなくても、障害によってもたらさ  れた様々な要因が引き金になることもありますが、他の人の  言動や他との比較される要因によって突然にあるいは周期的  に引き起こされたのです。  ③この反応には、喪失感・失 [続きを読む]
  • 「脳梗塞後うつ」その2 病人への対応と認知症の危険!
  • 1. 脳梗塞後うつの治療方法 脳梗塞後うつの治療方法には、一般的に薬物療法が行われます。 脳梗塞後のうつに対する薬物療法では、抗うつ薬、抗不安薬、脳循環代 謝改善薬、漢方薬などを使用しますが薬によっては病気の悪化や再発を 誘発する恐れがあるので、主治医の指示に従って服用をしてくださいと 指導されています。 私の場合は、入院44日で退院し、その後外来リハビリに切り替えまし た。  別稿「入院から退院まで [続きを読む]
  • 「脳梗塞後うつ」その1 病名も知らず、苦しんでいました!
  • 1. 極度の自信喪失と言葉に表せないほどの疲労感 脳梗塞発症後、3ヶ月で社会復帰を実現し、4ヶ月目から、仕事も再開し ました。6ヶ月で、障害者手帳の発行を受け、1種2級の重度身体障害者 が健常者の中へ、元気に仕事に復帰したように見えたと思います。 実際の私は、思うように動かなくなってしまった身体と生活全般処理能 力の極端な低下を感じていました。誰にも言えなかったのですが、極度 の自信喪失に陥っていたので [続きを読む]