静岡商工会議所 広報室 さん プロフィール

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静岡商工会議所 広報室さん: 駿府・静岡の歴史散歩
ハンドル名静岡商工会議所 広報室 さん
ブログタイトル駿府・静岡の歴史散歩
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/suzejp
サイト紹介文駿府・静岡の歴史について静岡商工会議所報に掲載した記事を紹介。小和田哲男さん「駿府と今川氏」連載中。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供112回 / 132日(平均5.9回/週) - 参加 2018/06/13 19:15

静岡商工会議所 広報室 さんのブログ記事

  • 浜松で世に出た家康と秀吉
  • 徳川家康三方ヶ原戦役画像所蔵:徳川美術館三方原の戦いで武田信玄に喫した大敗を終生肝の命ずるために後年描かせたと伝えられる  徳川みらい学会2013年度第6回講演会浜松で世に出た家康と秀吉静岡文化芸術大学准教授 磯田道史さん  徳川みらい学会の第6回講演会を2月14日、静岡市民文化会館で開催しました。講師は静岡文化芸術大学准教授の磯田道史氏。静岡県を舞台にした家康と秀吉の当時の様子を主に語っていただ [続きを読む]
  • 徳川時代の茶の湯 遠州の綺麗さび
  • 小堀遠州  徳川みらい学会2014年度第4回講演会徳川時代の茶の湯 遠州の綺麗さび遠州茶道宗家13世家元 不傳庵 小堀宗実さん 徳川みらい学会2014年度第4回講演会を2014年9月13日(土)、静岡市民文化会館で開催。講師は遠州茶道宗家13世家元の不傳庵小堀宗実氏。茶の湯の世界に、現在に通じる美意識を取り入れ「綺麗さび」を創り上げた小堀遠州について語っていただきました。要旨は次の通り。(文責:静岡 [続きを読む]
  • 駿府における徳川家康の御大工・中井大和守
  • 「東照社縁起絵巻」に描かれた駿府城天守筆:狩野探幽所蔵:日光東照宮  徳川みらい学会2016年度第6回講演会駿府における徳川家康の御大工中井大和守大阪くらしの今昔館館長 谷直樹さん 徳川みらい学会2016年度第6回講演会を2017年2月24日(金)、しずぎんホール「ユーフォニア」で開催。大阪くらしの今昔館館長で、静岡市歴史文化施設の建設検討委員会委員を務める谷直樹氏が「駿府における徳川家康の御大工 [続きを読む]
  • 「世界の記憶」に登録された朝鮮通信使
  • 2007年は駿府城と清見寺周辺で朝鮮通信使行列を再現した。  「世界の記憶」に登録された朝鮮通信使比較文化学者・評論家 金両基(キムヤンキ)さん 2017年10月31日、「朝鮮通信使に関する記録」がユネスコ「世界の記憶」に登録されました。そこで、静岡市において1987年から清見寺(せいけんじ)に残された朝鮮通信使の歴史文化遺産の意義を説き続け、ユネスコ「世界の記憶」への登録申請に際しては韓国側の登録推 [続きを読む]
  • 朝鮮通信使と家康
  • 南聖重詩書第8回(1711年)使節の書記・南聖重は、清見寺にて第6回(1655年)使節の父で従事官・南龍翼の遺墨と対面して感涙にむせぶ。56年の歳月を経ていた。聖重は「清見寺に泣いて遺韻に次す」と書を残す。所蔵:清見寺ユネスコ「世界の記憶」登録 清見寺に泣いて遺韻に次す 百里の長い旅程もここまで進んできて、亡き父に縁の深いこの清見寺を今日訪問することができた。 林の中を行く石がちな路は村々を通り、海上 [続きを読む]
  • 東アジアの中での朝鮮通信使
  • 荻生徂徠肖像  徳川みらい学会2017年度第2回講演会東アジアの中での朝鮮通信使京都大学名誉教授 夫馬 進(ふま すすむ)さん 徳川みらい学会2017年度第2回講演会を2017年6月19日(月)、しずぎんホール「ユーフォニア」で開催。京都大学名誉教授の夫馬進氏が「東アジアの中での朝鮮通信使 朝鮮燕行使と朝鮮通信使」をテーマに講演しました。6月19日は徳川家康公が朝鮮通信使を清水港でもてなした日で、毎年 [続きを読む]
  • 朝鮮通信使と駿河
  • 四溟堂松雲大師真影所蔵:表忠寺 韓国 密陽  徳川みらい学会2016年度第2回講演会朝鮮通信使と駿河大妻女子大学教授 上垣外憲一(かみがいとけんいち)さん 徳川みらい学会2016年度第2回講演会、朝鮮通信使講演会を2016年6月19日、静岡市清水区の興津生涯学習交流館で開催。前半は、上垣外憲一大妻女子大学教授「朝鮮通信使と駿河」。後半は、政治・外交ジャーナリストの原野城治氏「有隣と安定 朝鮮通信使に [続きを読む]
  • シンポジウム「朝鮮通信使と日韓関係の未来」
  • シンポジウム「朝鮮通信使と日韓関係の未来」家康公の平和外交を教訓に  静岡商工会議所、駐横浜大韓民国総領事館、静岡県日韓親善協会などは2014年6月19日、しずぎんホール「ユーフォニア」で、シンポジウム「朝鮮通信使と日韓関係の未来」を開催。韓国・江原大学の孫承?(ソンスンチョル)教授の講演の後、仲尾宏京都造形大学教授の司会で、?川宗家十八代当主の?川恒孝氏、岩崎鐵志静岡県立大学名誉教授、比較文化学者 [続きを読む]
  • 関ヶ原の戦いと小山評定
  • 小山市民劇団「開運座」が小山評定を再現する劇を披露2016年12月16日しずぎんホール「ユーフォニア」  徳川みらい学会2016年度第5回講演会関ヶ原の戦いと小山評定静岡大学名誉教授 本多?成さん 徳川みらい学会2016年度第5回講演会「関ヶ原の戦いと小山評定」を2016年12月16日、静岡市葵区のしずぎんホール「ユーフォニア」で開催しました。講師は、本多?成静岡大学名誉教授。講演を前に、栃木県小 [続きを読む]
  • 浜松城時代の家康と井伊直虎・虎松
  • 朱漆塗仏二枚胴具足井伊直政が関ヶ原合戦で着用したと伝えるもの所蔵:彦根城博物館 徳川みらい学会in浜松2017浜松城時代の家康と井伊直虎・虎松静岡大学名誉教授・徳川みらい学会会長 小和田哲男氏  徳川みらい学会in浜松講演会を8月25日(金)、クリエート浜松で開催。 NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の時代考証をつとめている小和田哲男氏が講演しました。 講演要旨は次の通り。(文責・静岡商工会議所 企画 [続きを読む]
  • 戦国駿府の武将たち
  • 戦国駿府の武将たち 駿府(静岡)は、230年余にわたる今川氏の治世ののち、武田軍によって焼き払われ、13年間の武田氏の支配を経て、徳川氏の領地となります。 このため、今川氏の遺跡の多くは、武田氏や徳川氏による改修が加わっています。 そこで今回の観光・飲食部会特集では、2019年の今川義元公生誕五百年祭にむけて、静岡市内の古城を舞台に展開された今川氏、武田氏、徳川氏の武将たちの動向を、小和田哲男氏の著 [続きを読む]
  • 戦国駿府の古城めぐり
  •  戦国駿府の古城めぐり 駿府(静岡)は、230年余にわたる今川氏の治世ののち、武田軍によって焼き払われ、13年間の武田氏の支配を経て、徳川氏の領地となります。 このため、今川氏の遺跡の多くは、武田氏や徳川氏による改修が加わっています。 そこで今回の観光・飲食部会特集では、2019年の今川義元公生誕五百年祭にむけて、静岡市内の古城をめぐり、そこを舞台に展開された今川氏、武田氏、徳川氏の武将たちの動向を [続きを読む]
  • 駿府静岡と私48 新しい静岡の姿
  • 日本平ホテルから清水港の夜景と富士山を望む  駿府静岡と私48新しい静岡の姿?川宗家第18代当主 ?川恒孝さん  新しい年を迎えました。 新しい年が日本にとって、また静岡に取って明るい元気の良い年になってくれることを心から祈っています。 昨年(2012)末には続けて静岡に来る機会がありました。 一つは清水駅前の「東照宮里程標」が移転して、駅前に出来た新築の高層ビルの前に設置された除幕式に参列しました [続きを読む]
  • 駿府静岡と私47 静岡の進路と課題3
  • 驛前 松乃鮨「静岡にぎり」http://ajinamise.eshizuoka.jp/e1884067.html  駿府静岡と私47静岡の進路と課題3?川宗家第18代当主 ?川恒孝さん  前の二つの号でオランダとドイツの話をしましたが、この二つの国はとても地方自治の力が強い国です。 ドイツには16の連邦州があり、各州が教育、財政、法律など大きな自治権を持っていますし、オランダも小国ですがロッテルダム、アムステルダムの二大都市は僅か数十キロの [続きを読む]
  • 駿府静岡と私46 静岡の進路と課題2
  • 2012年4月14日に開通した新東名高速道路 静岡SA付近  駿府静岡と私46静岡の進路と課題2?川宗家第18代当主 ?川恒孝さん  今回はドイツでの御話をします。 昨年(2011)末、日独修好通商条約150年を記念する展覧会がドイツ中部の都市で開かれ、条約の交渉時にプロイセン皇帝から一四代将軍家茂公に献上された品を出品したことから、ご招待を受けて出席しました。 大統領も出席された盛大な式典で御役目 [続きを読む]
  • 駿府静岡と私45 静岡の進路と課題1
  • 駿河湾上空から静岡市と富士山を望む写真提供:静岡市撮影:2008年2月18日  駿府静岡と私45静岡の進路と課題1?川宗家第18代当主 ?川恒孝さん  東日本大震災からもう1年と2カ月が過ぎました。 日本は大震災の痛ましい犠牲者への鎮魂の祈りと、破壊された生活からの再生への努力、原発の存続可否を巡る議論で終始した1年でしたが、その間に私はスイス、ドイツ、フィリピン、アメリカ、オランダへ夫々一週間ほ [続きを読む]
  • 駿府静岡と私44 ヨーロッパの市電
  • 昭和27年(1952)12月、静岡市役所前を走る路面電車旧静岡市では昭和37年(1962)、旧清水市内では昭和50年(1975)に廃止写真撮影:海野幸正さん  駿府静岡と私44ヨーロッパの市電?川宗家第18代当主 ?川恒孝さん  昨年(2011)の春、スイスの都市チューリッヒを訪れました。 16・7世紀からの美しい町であることは皆様御存知と思いますが、その古い町並みには市電が縦横に走っていて市民の足として [続きを読む]
  • 駿府静岡と私43 生き生きとした都市を支えるもの
  • 呉服町通り 静岡市葵区 2012年9月撮影  駿府静岡と私43生き生きとした都市を支えるもの?川宗家第18代当主 ?川恒孝さん  少し前の事になりますが、久し振りで日本海に面した美しい城下町を訪れる機会が有りました。 戦災を免れ、古い町並みが残っているその町で飲む美味しいお酒を楽しみにして行ったのですが、昔からの花街の露地もすっかり寂れて、暗く人影もまばらでとても寂しい街になっていました。 その町 [続きを読む]
  • 駿府静岡と私42 オリンピック
  • ロンドン市のオリンピックパーク左手前がオリンピックスタジアム写真提供:共同通信社  駿府静岡と私42オリンピック?川宗家第18代当主 ?川恒孝さん  4年に一度の恒例ですが、皆様御同様に今年(2012)の夏もオリンピックのテレビ観戦を随分楽しみました。 つぎつぎと競技を見ていますと、夫々の国の御国柄とも言うべき色々な個性に気が付きます。 そして日本の特色は、傑出した個人の力よりも、矢張り抜群のチーム [続きを読む]
  • 駿府静岡と私41 御正月
  • 昭和32年(1957)1月1日の静岡駅前バス停行き交う年始まわりの人々撮影:海野幸正さん  駿府静岡と私41御正月?川宗家第18代当主 ?川恒孝さん  今年(2013)のお正月は穏やかな良い天気に恵まれて、私達老夫婦にはとても良い正月でした。 すっかり綺麗に磨いたお仏壇に御祝い膳を供えてから屠蘇を頂き、家族で祝い膳について雑煮を頂きます。 その内に年賀状が届き、例年通りに「アッ、しまった。忘れてた!」 [続きを読む]
  • 駿府静岡と私40 家康公と静岡
  • 静岡市駿河区丸子の朝鮮岩から駿府城公園と富士山を望む  駿府静岡と私40家康公と静岡?川宗家第18代当主 ?川恒孝さん  長い間連載して参りました家康公の御事跡に関するコラムも、家康公没後四百年の大祭の年を終えて、今号で終了する事となりました。 その間、駿府静岡の皆様にお読み頂きましたこと、心より御礼申し上げます。 昨年、日本各地で開催された家康公の四百年忌の大祭は、駿府に築かれた公の御墓所である [続きを読む]
  • 駿府静岡と私39 家康公の「和」の心
  • 駿府城二ノ丸東御門・巽櫓  駿府静岡と私39家康公の「和」の心?川宗家第18代当主 ?川恒孝さん  家康公がその長い戦いの人生のどの時点で「日本に戦争の無い平和な時代をもたらすこと」を御自分の使命と感じられるようになったのかは解りませんが、その志は戦いに弄ばれた幼少の時代に芽生えて、絶え間ない戦いの日々の中で少しずつ育ち、壮年に達する頃には確固たる御自分の使命として感じられていたものと思われます。 [続きを読む]
  • 駿府静岡と私38 捨てるモノの無い世界
  • 日本橋『江戸名所図会』天保5年(1834)刊行挿絵は長谷川雪旦  駿府静岡と私38捨てるモノの無い世界?川宗家第18代当主 ?川恒孝さん  江戸時代の物流は、ほとんどが舟で行われていました。 利根川の水運は巨大な動脈で、現在の東名高速道路と東北高速道路を合わせたようなものでした。 川と船は、人間の毛細血管のように全国に行き渡っていて、米も材木も舟で大きな川に運ばれて、河口で大きな船に積み替えました。 [続きを読む]
  • 駿府静岡と私37 寛政の改革とフランス革命
  • 天明飢饉之図所蔵:福島県会津美里町教育委員会会津地方では、天明3年(1783)の飢饉がひどく、たくさんの人が餓死しました。  駿府静岡と私37寛政の改革とフランス革命?川宗家第18代当主 ?川恒孝さん  世界の歴史に重大な影響を与えた「フランス革命」が勃発したのは1789年。 その前年には八代将軍・吉宗公の孫の松平定信が将軍補佐となり「寛政の改革」を断行します。 この二つの出来事は、地球的な天候異変 [続きを読む]
  • 駿府静岡と私36 金の掛からない楽しみ
  • 左:歌川広重「糀町一丁目山王祭ねり込み」右:歌川広重「飛鳥山北の眺望」いずれも『名所江戸百景』安政3年(1856)改印より。  駿府静岡と私36金の掛からない楽しみ?川宗家第18代当主 ?川恒孝さん  家康公・秀忠公・家光公という将軍家の流れが七代の家継公の早世で絶えたあと、家康公の十男・頼宣公を祖とする紀州徳川家の五代藩主・吉宗公が亨保元年(1716)、将軍職を継ぎました。 30年に及ぶ吉宗公の治 [続きを読む]