静岡商工会議所 広報室 さん プロフィール

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静岡商工会議所 広報室さん: 駿府・静岡の歴史散歩
ハンドル名静岡商工会議所 広報室 さん
ブログタイトル駿府・静岡の歴史散歩
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/suzejp
サイト紹介文駿府・静岡の歴史について静岡商工会議所報に掲載した記事を紹介。小和田哲男さん「駿府と今川氏」連載中。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供8回 / 5日(平均11.2回/週) - 参加 2018/06/13 19:15

静岡商工会議所 広報室 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 駿府と今川氏⑧ 今川氏親の治世と「今川仮名目録」
  • 今川家の分国法「今川仮名目録」(所蔵:小和田哲男さん、撮影:水野茂さん)  駿府と今川氏 第8回今川氏親の治世と「今川仮名目録」静岡大学名誉教授 小和田哲男氏     ★守護大名から戦国大名への飛躍 普通、今川家六代目の義忠までを守護大名段階として捉え、七代目の氏親からは戦国大名に転化したと理解している。 氏親登場の時代がちょうど1480年代終わりから90年代初めにかけての時期にあたり、その頃、全国 [続きを読む]
  • 駿府と今川氏⑦ 駿府今川館はどこにあったか
  • 今川期を継承する駿府城四足御門跡(撮影:水野茂さん) 発掘された駿府今川館跡の一部(1982年 撮影:水野茂さん)  駿府と今川氏 第7回駿府今川館はどこにあったか静岡大学名誉教授 小和田哲男氏  ★駿府の名が一般化するのは戦国期 駿河守護・今川氏歴代が、駿河の国府があった駿府に守護所を置いていたことは間違いない。 国府のあるところは府中とか府内と呼ばれており、駿府というのは駿河の府中を省略した地名で [続きを読む]
  • 駿府と今川氏⑥ 北条早雲の駿府今川館襲撃
  • 龍王丸を擁護した北条早雲  駿府と今川氏 第6回北条早雲の駿府今川館襲撃静岡大学名誉教授 小和田哲男氏  ★小鹿新五郎範満(おしかしんごろうのりみつ)が家督代行となる 今川義忠の突然の死によって、今川家中は大混乱に陥った。 「6歳の幼児でも周りが盛り立てていけば大丈夫」という派もあれば、「6歳の子では心もとない。一族から、しかるべき者を選んであとを継がせるべきだ」という声も上がり、一族の小鹿新五郎範 [続きを読む]
  • 駿府と今川氏⑤ 北条早雲の姉・北川殿と今川義忠の結婚
  • 北川殿をまつる徳願寺 静岡市駿河区向敷地の徳願寺山中腹 (撮影:水野茂さん)  駿府と今川氏 第5回北条早雲の姉・北川殿と今川義忠の結婚静岡大学名誉教授 小和田哲男氏  ★北川殿とはどのような女性だったか 従来、今川家七代目の氏親(うじちか)を生んだ北川殿と呼ばれる女性は、駿河守護・今川義忠の側室として理解されることが多かった。 それは、少し前まで、彼女の弟にあたる北条早雲が「どこの馬の骨ともわからな [続きを読む]
  • 駿府と今川氏④ 「今川天下一苗字」と小鹿・瀬名氏の誕生
  • 瀬名一秀の菩提寺・光鏡院 静岡市葵区瀬名1−38−36 (撮影:水野茂さん)  駿府と今川氏 第4回「今川天下一苗字」と小鹿・瀬名氏の誕生静岡大学名誉教授 小和田哲男氏  ★永享(えいきょう)の乱の今川範忠の軍功 今川氏は、守護・守護大名・戦国大名と長期にわたって存続した割には一族の派生が少なく、分布状況もあまり多くはない。 その背景には、他の家には見られない特別な理由があったのである。 その特別な理 [続きを読む]
  • 駿府と今川氏③ 三代将軍義満・六代将軍義教の富士遊覧
  • 静岡市駿河区からの富士山の眺め(撮影:水野茂さん)  駿府と今川氏 第3回三代将軍義満・六代将軍義教の富士遊覧静岡大学名誉教授 小和田哲男さん  ★「国堺の重鎮」と言われた今川氏 六代将軍・足利義教が駿府まで来て富士山を見たことはよく知られているが、それより前に三代将軍・義満が同じように駿府まで来ていたことはあまり知られていない。 しかし、義教の富士遊覧のときの準備にあたり、義満のときの例を参考にし [続きを読む]
  • 駿府と今川氏② 観応の擾乱と手越河原の戦い
  • JR安倍川駅近くのみずほ公園内に建つ古戦場碑(撮影:水野茂さん) 長田地域に残る供養塔群(撮影:水野茂さん)  駿府と今川氏 第2回観応の擾乱(じょうらん)と手越河原の戦い静岡大学名誉教授 小和田哲男さん  ★足利尊氏・直義兄弟の対立と今川氏 室町幕府初期は、足利尊氏と弟・直義の二頭政治という性格であった。 兄・尊氏が武家の棟梁として主従制的な支配権を握り、侍所・恩賞方といったような軍事指揮権および恩賞 [続きを読む]
  • 駿府と今川氏① 今川氏「赤鳥」の旗印と浅間神社
  • 静岡浅間神社(撮影:水野茂さん)  駿府と今川氏 第1回今川氏「赤鳥」の旗印と浅間神社静岡大学名誉教授 小和田哲男さん  ★今川氏初代範国(のりくに)の浅間神社参拝 それぞれの家に家紋があるが、武将の場合、家紋のほかに家紋とは異なるマークを決め、それを旗印とか笠験(かさじるし)とすることがあった。守護、守護大名を経て戦国大名となった今川氏の「赤鳥」の旗印はその例である。 織田信長が、当時通貨として用いら [続きを読む]
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