岡崎潤 さん プロフィール

  •  
岡崎潤さん: 撮って書く、とっておき。
ハンドル名岡崎潤 さん
ブログタイトル撮って書く、とっておき。
ブログURLhttp://photoessay.seesaa.net/
サイト紹介文フォト&エッセイ。岡崎潤のオリジナル写真と物書きブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供51回 / 95日(平均3.8回/週) - 参加 2018/06/21 15:45

岡崎潤 さんのブログ記事

  • らしさの置き換え
  • 浅草寺にいて見上げているぶんには、鉄のタワーが加わった新しい浅草らしさかもしれないと納得する。スカイツリーが新しい浅草のパーツのように。ところが。そのスカイツリーに登って見渡すと、とたんに主語が置き換わる。東京らしさ。いかにもといった景色がひろがって、浅草が東京のほんの一部でしかないことを思い知るんだ。シュミの問題で、そのことの良し悪しはともかく、喧噪から逃れるように訪ねたはずの情緒の街も、いやお [続きを読む]
  • 浅草らしさとは何か。
  • 浅草寺を撮った。いろいろ撮った。しかし、そんなものは出す気がしない。とにかく人が多い。人出を嫌って撮ろうとするとアングルも限られてくるわけだし、目の前にドーンと存在するお寺ですから、誰がどう撮ったって五十歩五十一歩で百歩ほどの差もないだろうと思うから。インスタグラムに『浅草らしさ』というテーマでいろいろ載せているんだが、それってほんとに浅草らしさなのか? 観光客の視点を抜け出せず浅草らしさとは片腹 [続きを読む]
  • 浅草らしさの手抜き
  • ズームレンズの功罪なのだろう。(フルサイズ換算で)28ミリ付近で撮った、35ミリ付近で撮った、80ミリ付近で撮った、と、なんともご都合主義な写真ができあがる。単焦点28ミリレンズなら、もう一歩寄って撮るところ、ズームリングで引き寄せてごまかしてしまうんだ。この被写体を何ミリレンズでこう撮りたいといった主義主張を棚に上げ、なんともいい加減な写真にしてしまう。画角が変わればパースペクティブが違い、被写 [続きを読む]
  • 客寄せタワー
  • この日、これを撮った数時間後に東京はゲリラ豪雨に襲われることになる。人の少なさを期待した平日、ひさびさの浅草だったのだが、表通りはともかくも、裏手にあるお店はほとんどがクローズ。定休日だったようである。浅草を壊さないほどよい距離に巨大な鉄の木ができた。僕はだいたい都営地下鉄の浅草で降りて、雷門をくぐり、浅草寺の二天門から隅田川へ出て、言問橋を渡ってスカイツリーへ歩くというコースを選ぶ。この日は往復 [続きを読む]
  • 飽和する色
  • カラーでは見たくない景色がある。デジカメでモノクロに設定するように、その眼鏡をかければ色が失せた世界を歩ける眼鏡はないものか。あったら即座に買う。世界では色を規制する街が多いもの。景観を損なう。景色が腐敗する。歓楽街を除いてシンプルにまとめられるものだが、この国ではどーもいかん。ずっと以前、テニスの合宿で那須へ行ったときのことを思い出す。原色の看板禁止。黒〜茶色ですっきりまとめられた綺麗な景色だっ [続きを読む]
  • これで仮植え
  • 玄関先にアジサイの若木を植えた。夏に木を植えるのは気を使う。乾くから水が尽きれば枯れてしまう。それと地べたからいきなりではなく、こんもり高いところに茂ってほしい。そこで地面を掘って根が張りやすいよう耕しておいて、コンクリートブロックで仮鉢をつくり、赤玉土8培養土2を混ぜた土をつくっておいて、地面にもともとある土とミックスし、一段高くなるように植え付けたんだ。濡れる土の量が増えれば乾きにくく、水やり [続きを読む]
  • 涼しげな家
  • ずいぶん前に撮ったものだが、これは徳冨蘆花の居宅だった家。芦花公園の中にある。あいにくこのときは生け垣などの整備中でそこらじゅうに造園材料が置いてあり、思うように撮れなかった。ここは写真とそれにまつわるエッセイということだから言葉だけでは寂しいということで古い写真を持ち出してみたわけで。猛暑にプラスして夏休み。どこへ行ってもガキんちょだらけということで撮影はしばらくしない。インスタグラムをはじめて [続きを読む]
  • 写真の真髄
  • 写真の真髄はスナップだ。いやいやコンポラ写真がそうだろう。すると次には、スナップのコンポラだってあるじゃないか。昔はかなり左脳に撮ったものだが、いまは余計なことを考えない。綺麗に撮ろうとしない。見たままを瞬時に写す。スナップ写真に限って言えば、チャンスはいつどこに転がっているかわからず、その点でふさわしいカメラは、一眼レフか、コンデジか、いいえ、じつはスマホのカメラなんですよ。スナップ写真は一度き [続きを読む]
  • 百面相で笑わせた
  • これはめくら撮りというやつでファインダーを覗いていない。カメラを下に持って鹿の目を見つめながら話しかけ、べーとか、いーとか、こちらのバカ面を見せつけてやったんだが、そしたら面白い顔をしてくれた。ファインダー越しだとレンズしか見えないので鹿はすましてしまうようだ。右の鹿はよっぽどムカついたのかフェンスを噛んでいる。なんでこうなるのかはわからないが、動物写真のテかも知れないと思ったしだい。フェンスの中 [続きを読む]
  • 空無地のつまらなさ
  • 色無地という着物があるがアクセントがないわけじゃない。午前中の通天閣。このときはスカっ晴れで雲がない。青無地とでも言いたくなるのっぺりした空。空は雲が浮くから絵になるものだ。色は彩度で表現される。モノクロ写真にしてみるとわかるのだが、モノクロ写真は色がないから光オンリー影オンリーではのっぺりしてしまうんだね。空に表情を生むのが雲。青い空に白い雲。夕焼け空に赤い雲。黒い雨雲だけはカメラが壊れるので勘 [続きを読む]
  • 富士山に似ている
  • 京セラドーム。タイガースとスワローズのへとへとゲームを、途中で切り上げてホテルへ戻った。ドリス・サスペンス劇場は、北條のサヨナラ犠飛で決まった。北條ではないが明日のために「すぐ寝ます!」・・で、その翌朝。ま、それはともかく。通天閣のある街。一言で言って富士山に似てると思ったよ。富士山は遠くにあって想うもの。大阪の原液はここから流れ出して薄まっていくのではないか。串カツとビリケンさんの街。色をしくじ [続きを読む]
  • 撮り鉄なのか
  • これは新宿、通りすがり。東京では京王線、岡崎では名鉄線なのだが、はたしてこれを撮り鉄と言うのだろうか。京王線でも調布から先、多摩川がからんできたりすると撮り鉄らしい撮影スポットはあるんだろうし、名鉄本線なら岐阜に近づけば綺麗な景色もあるんだろう。撮り鉄はボクの世界じゃないなと思いますね。ロケーション以前にボクは三脚というものをほぼ使わない。望遠レンズも〜150ミリ(換算300ミリまでのズームしか持 [続きを読む]
  • 天空のブルー
  • クルマならそう遠くない場所にある山の上のお薬師さま。本堂を背に見渡す景色を撮っている。雲がなければいいようなものなんだが、雲のない晴れ渡ったブルーは、どこかよそよそしくて好きではない。決まりすぎるというヤツだ。こういうところを撮るとき気を使うのは、寺の存続のためしかたがない商業的なニュアンスを極力はぶいてやることなんだ。ご祈祷がいくらアレがいくら、これをするといくら以上納めてくださいという貼り紙な [続きを読む]
  • テトラホットだ
  • 狂った夏はいつまで続くか。テトラのコンクリートもちんちんにホットだよ。海が爽やかな季節は夏ではない。暑苦しいにもほどがあり、今日もどこかで38℃を超えるんだろう。蝉や蚊でさえ活動がにぶるという酷暑。こんなときにカメラを持って歩く気にもなれない。適度な雨がほしいのだが列島を覆う高気圧が去ったとたん、こんどは台風の餌食になりそうだ。夜景でも撮るかと思っても住宅街でヘタに撮ると盗撮になってしまう・・と言 [続きを読む]
  • ミョーなヤツだ
  • マダガスカルジャスミンというらしい。たくさんの花が咲いた状態の鉢植えをもらったわけだが、花は一度おわってしまった。鉢が小さく、植え替えた。そしたら写真にあるように新芽がのびだし、ツル植物なのでのびすぎると厄介ということで剪定したんだ。そしたらなんと二度目の花が咲きはじめた。ガクの中に電球そっくりの白い花芽が顔を出し、にょきにょきのびてこうなった。よく見るとわかるだろうが、他にも新芽が二か所にのびて [続きを読む]
  • パワーの記憶
  • デゴイチ。山あり谷ありのランドスケープをゆくSL。もちろん絵になる。SLは観光鉄道として走るのかもしれないし、電化されないローカル線ではいまだ現役なのかもしれない。しかし考えてしまうんだ。そうした美景は月に一度見ればいいものか。三月に一度、半年、あるいは年に一度でいいものか。また来たいの「また」とは、次にどれほど先でいいものか。一度きりで充分だよと言う人も多いだろうし。綺麗・ダイナミック・ノスタル [続きを読む]
  • 気ままな花色
  • 同じ花でも以前に載せたものは住宅街での通りすがり。こんなところにトロヒカルな輝きだった。今回は海の見える公園。このまま水着にしたいようなオレンジ色のトロピカル。 おおーっ! マリンイメージ!住宅街でヒカルのと、太陽光にピカルのと、この差が大きいわけでして、花に抱く人のイメージなんて場所で変わると思うわけだね。うん、どーでもいいけど。さて、カメラに復帰して間もなくて撮りだめたものが少ない。インスタグ [続きを読む]
  • 東京音頭はファウルである
  • と、つねづね思っている。楽しすぎてつば九郎のミニミニ傘を買ってしまったではないか。(そのほか普通サイズの連結傘の青とピンクを二本持ってる!)で、神宮では、3塁側に陣取って福留のユニを着ておきながら7回裏の東京音頭に便乗する。さすがに得点のたびに傘は振れない。だってタイガースびいきなんだから。あ、それとですね、ドラフトで高山を引き当てたと大ボケかました真中さんが憎めない。スワローズではライアンのファ [続きを読む]
  • 見上げた奴ら
  • 広角レンズはグッと寄る。うん、まあ、そんなことはいいんだよ。今回ちょっと写真からは脱線する。保線区の皆様、まいど。どうかよろしくたのんます。えー、じつはタイガースファンだった。「だった」というニュアンス。そこへこいつらが割り込んできたんだね。DeNAベイスターズ、いいや横浜ベイスターズと呼んだほうがしっくりきそうだ。こいつらの妙な魅力は何だろうとずっと考えていたんだが、ひとつ言えそうなのは、こいつらに [続きを読む]
  • 無音という音楽
  • 音の記憶をつなぎあわせて音楽をイメージする。それが無音のベルに感じた心象。しかし写真に夏は向かない。被写体に熱中するか熱中症になってしまうか、どっちが先かといった展開になるのはみえていて、三歩の散歩で汗だくだろう。カメラに湿気と塩分はよくないと言い聞かせ、すごすごと帰ってきたんだ。惚れこめる被写体に出会えた人はそれだけで写真に打ちこめる。その場所に行きさえすればハッピーカムカム。羨ましい単純思考な [続きを読む]
  • 花になった星
  • 彗星の尾のようにも見えてしまう。花は多彩だ。桜に似ているから「なんとか桜」と呼ばれるように、姿を真似る花もあれば、コピーを一切拒絶して生き様にこだわるヤツもいる。写真はそれなりにやってきたが若い頃の写真は攻撃的であり、花にレンズは向かなかった。オトメ性格とは正反対の俺なんだ。浜辺に打ち上げられた古タイヤ、浅い川底になかば沈む三輪車、解体を待つ事故車〜などなど、被写体はちっともやさしくなかったんだ。 [続きを読む]
  • 花は不滅
  • コンデジの1枚。見事な青紫の花をつける山アジサイをわけてもらって挿し木した。三日前。植物はタフだ。ちょん切られ、なおかつ葉っぱを半分に切られてしまって、それでもいま根を出そうと頑張っている。根がつけば新芽が動く。新芽が育つ頃には鉢の中に根がびっしり。これらをまとめて露地植えするんだ。植物は芽を出す。芽を出す場所を選べない。あるいは若木で売られていて、思いもしなかった場所に植えられる。植物にもよるが [続きを読む]
  • 僕の言葉
  • この本、もはや古書(こしょ)の世界。黄ばんでるし、捨てたって拾う者ナシ。しかし。いまだにときどきページをめくる。氏はおっしゃる、文章に固定概念など一利なし。定型のフォーマットとなる文法でさえも、氏は不要だとおっしゃるわけで。まったく同感しますね。言いたいことを、いかに平易に、あるいは素直に表現するか。官能小説を書いてきた。ホラーも書けばアクションもの、SFチックなものも書く。そのときに、もっとも大 [続きを読む]
  • 公園の戦略
  • その前に、花を撮っていてつくづく花の名を知らないと思い知る。「花の名前知らない選手権」なんてものがあるのなら、ボクなど間違いなくグランプリ候補だろう。しかしそれでいいんだよ。名のない花でもピンときたらレンズを向ける。そのとき感じた何かを素直に撮ってやることだから。さて、花や木に目を向けるようになってから、明らかに計算された公園の戦略を考えてしまうんだ。春先の梅から桜、梅雨時はアジサイで夏にはコレ、 [続きを読む]
  • 写真のタテヨコ
  • アスペクト比という、きわめて厄介な規格サイズ。できるならタテヨコフリーがいいに決まっている。六つ切り四つ切りという印画紙サイズ。それはハガキでもいいのだが、何かを表現しようとすると『どうやって見せるのか』という手段がついてまわる。写真展でもやろうって言うなら、アスペクト比フリーがいい。極端な縦長・横長、それどころか楕円だろうが不定形だろうが、そのサイズの額やパネルがないなら作ってしまえばいいだけだ [続きを読む]