舟山 明里 さん プロフィール

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舟山 明里さん: さくら舞い散る道の上で
ハンドル名舟山 明里 さん
ブログタイトルさくら舞い散る道の上で
ブログURLhttps://funa0529.blogspot.com/
サイト紹介文日本と周辺諸国の歴史 や 日本を護ってくれた人 の 手紙を掲載しています
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供32回 / 134日(平均1.7回/週) - 参加 2018/07/03 07:24

舟山 明里 さんのブログ記事

  • あの人の言の葉 藤井冨一
  •  陸軍中尉 藤井冨一 昭和20年8月6日 沖縄方面にて戦死 奈良県生駒郡安堵町出身 25歳 永い永い二十五年間心配ばかりをおかけして、一時として安心させる様なことの出来なかったことが何よりも心残りであります。 せめて一時でも安心させたかった。 しかし、冨一も一人前の男になりました。 今こそ最後の御安心をさせる秋が寸前に迫り、喜び勇み居ります。 今更、何も思ひ残す事はありません。 ただ感謝、喜び勇ん [続きを読む]
  • あの人の言の葉 笠間高雄
  •  陸軍憲兵曹長 笠間高雄 昭和24年3月1日 ティモール島クパンにて法務死 千葉県出身 32歳 拝啓 いよいよ永別の秋が参りました。 私は明三月一日の朝六時頃、南の果て「チモール島」「クーパン」郊外の刑場に於いて十名の射手により銃殺され、短い一生を終わります。 戦争間、自己に与えられた任務遂行上やった事ですし、帝国の軍人として、又、日本人として私は少しも恥じる点はありません。 日本人らしい態度で笑 [続きを読む]
  • あの人の言の葉 都所静世
  •  海軍少佐 都所静世 回天特別攻撃隊 昭和20年1月12日 ウルシー海域にて戦死 群馬県吾妻郡東吾妻町原町出身 21歳 蒸し風呂の中に居るようで、何をやるのも億劫なのですけれど、優しい姉上様のお姿を偲びつつ最後にもう一度筆を執ります。 三十日の一七〇〇、豊後水道通過、迫り来る暮色に消え行く故国の山々へ最後の決別をした時、真に感慨無量でした。 日本の国というものが、これほど神々しく見えたことはありま [続きを読む]
  • あの人の言の葉 角光男
  •  陸軍兵長 角光男 昭和20年3月17日 硫黄島にて戦死 熊本県宇土市石小路出身 33歳 戦地から愛児への手紙 はいけい、あけみ、けいこさん、おしょうがつはすぐですね。 おてがみたしかにうけとりました。 そのご、みんなおげんきでなによりとよろこんでおります。 おとうさんも、まいにちげんきで、みくにのためにはたらいております。 かきもたくさんなったようですね。 そしてあかくうれたかきをおとうさんにそ [続きを読む]
  • あの人の言の葉 町田道教
  •  海軍大尉 町田道教 神風特別攻撃隊 第五筑波隊 昭和20年5月11日 沖縄沖にて戦死 長崎県平戸市生月町出身 25歳 雨戸がしめられて明り取りに一枚あけられ、その近くで母上は良く縫物をしておられた。 俺達は所在なさに何か食物をねだっていたものだ。 そのうちきっと母上は何かこさえて下さったものだ。 ああ幼き頃の思い出は実に遠いものになってしまっている。 我等の為に苦労して来られた母上にその報いもせ [続きを読む]
  • あの人の言の葉 塚本太郎
  •  海軍大尉 塚本太郎 昭和20年1月21日 中部太平洋方面にて戦死 茨城県龍ケ崎市出身 22歳 父よ、母よ、弟よ、妹よ、そして永い間はぐくんでくれた町よ、学校よ、さようなら。 本当にありがとう。 こんな我がまま者を、よくもまあ本当にありがとう。 僕はもっと、もっと、いつまでも皆と一緒に楽しく暮らしたいんだ。 愉快に勉強し皆にうんとご恩返しをしなければならないんだ。 春は春風が都の空におどり、みんな [続きを読む]
  • あの人の言の葉 安部勝雄
  •  陸軍歩兵曹長 安部勝雄 歩兵第52連隊 昭和14年4月19日 山西省朱家垣付近にて戦死 岩手県奥州市江刺岩谷堂出身 35歳  拝啓 子供等には変わりありませんか。 日増しに寒さも加わりますので一人で子供等の厄介をされて居りますと、何に彼につけ手落ちがちになり、風邪を引かす様になりましょうが、お気を付けて丈夫にする様になさい。 一月十七日には此処にも雪が降りました。 寒さは依然として同じ位です。  [続きを読む]
  • あの人の言の葉 渡辺研一
  •  陸軍中尉 渡辺研一 昭和20年5月27日 沖縄県糸満市喜屋武にて戦死 栃木県出身 29歳 まだお便りする機会は何度かありましょう。 しかし時機はいよいよ迫りつつあります。 それが何時であるかはもとより予測することは出来ませんが、恐らくは、あなた達の予想外の速さでやって参りましょう。 その時の来ない中に、言うべき事は言っておきたいと思います。 しかし、いざペンをとってみると今更ながら申すことがない [続きを読む]
  • あの人の言の葉 菅谷寛一
  •  海軍軍属 菅谷寛一 昭和19年9月24日 マーシャル諸島マロエラップ島にて戦死 東京都港区麻布台出身 45歳 暫く御無沙汰して居るが、皆変わった事もなく達者で居られるが、今後とも丈夫で居てくれる様祈る。 御身一人で大変であるが多嬉子の一身上は何から何まで一切取きってやってくれる様頼む。 多忙の為どちらへも御無沙汰して居るが田舎の兄の方へも宜しく伝言してくれる様に、何程の事もなかろうが兄と相談の上 [続きを読む]
  • あの人の言の葉 吹野匡
  •  海軍少佐 吹野匡 神風特別攻撃隊 旭日隊 昭和20年1月6日 フィリピン沖にて戦死 鳥取県米子市淀江町出身 26歳 母上様 十九年十二月二十一日 匡 私は長い間本当にご厄介ばかりおかけして参りました。 色々の不孝の上に今また母上様の面倒を見る事もなしに先立つ不孝をお許し下さい。 昨秋、私が海軍航空の道を選んだ事は、確かに母上様の胸を痛めた事と思います。 常識的に考えて、危険性の少ない道は他に幾ら [続きを読む]
  • あの人の言の葉 大嶺美枝
  •  白梅部隊員 大嶺美枝 沖縄県立第2高等女学校4年 昭和20年6月9日 沖縄高嶺村にて戦死 沖縄県那覇市小禄出身 17歳 お母様! いよいよ私たち女性も、学徒看護隊として出動出来ますことを、心から喜んで居ります。 お母様も喜んで下さい。 お母様は女の子を手放して、御心配なさる事でございましょうけど、決して御心配はなさいますな。 散る時には、立派な桜花となって散って行きます。 その時は、家の子は、「 [続きを読む]
  • あの人の言の葉 池亀重作
  •  陸軍少佐 池亀重作 昭和17年11月23日 ソロモン群島 ガダルカナル島 九〇三高地付近にて戦死 新潟県糸魚川市筒石出身 40歳 父より 恵子よ、可愛い恵子よ。 父は恵子が早く大きくなり、立派な人になり、御国のために働くことを祈ります。 母の教へをより守り、誰にも負けぬ様に、お勉強しなさい。 「努力は天才に優る」と言う事を念に収め、偉い人になって母に孝行をしなくてはなりません。 父は東京の靖国神 [続きを読む]
  • あの人の言の葉 山崎保代
  •  陸軍中将 山崎保代 北海守備第二地区隊 昭和18年5月29日 アリューシャン列島 アッツ島にて戦死 山梨県出身 玉手箱帰る時まで保管されたし 栄子へ遺す言葉 一、部隊の長として遠く不毛に入り、骨を北海の戦野に埋め米英撃滅の礎石となる。   真に本懐なり、況や、護国の神霊として悠久の大義に生く、快なる哉。 一、思い遺すこと更になし、結婚以来ここに三十年良く孝貞の道を尽くし内助の功深く感謝す。    [続きを読む]
  • あの人の言の葉 中嶋正敏
  •  陸軍伍長 中嶋正敏 昭和13年8月12日 江西省東林街野戦病院にて戦病死 熊本県菊池市七城町出身 30歳 戦地から愛児への手紙 敏彦さん、おてがみ有難う。 父さんはほんとうにうれしくて、何回もくりかえし、くりかえし読みました。 このたび級長になったそうですね。 ほんとうにお目出度う。 あなたが学校からよろこびいさんで家に帰り、級長になったことを、母さんに話した姿を戦地からそうぞうしました。 ほめ [続きを読む]
  • あの人の言の葉 安達卓也
  •  海軍大尉 安達卓也 神風特別攻撃隊 第一正気隊 昭和20年4月28日 沖縄沖にて戦死 兵庫県豊岡市竹野町出身 23歳 遙かな旅の疲れの見える髪と眼のくぼみを、私は伏し拝みたい気持ちで見つめた。 私の為に苦労をかけた老いが、父母の顔にありありと額の皺にみられるような気がした。 何も思う事が言えない。 ただ表面をすべっているにすぎないような皮相的な言葉が二言、三言口を出ただけであり、剰え思う事とは全 [続きを読む]
  • あの人の言の葉 須賀芳宗
  •  海軍大尉 須賀芳宗 神風特別攻撃隊 第一正気隊 昭和20年4月28日 沖縄沖にて戦死 東京都台東区出身 26歳 昨日、今日と隊の桜も満開です。 この桜ほど美しい桜を私は未だ見た事がありません。 きっとこれも見る者の心のせいでしょう。 皆さんの去った隊内にこの綺麗な桜に囲まれていささか感傷に溺れました。 それは決して淋しい物悲しいホームシックではないことは断言できます。 恵まれた両親にかこまれて温 [続きを読む]
  • あの人の言の葉 石田正夫
  •  海軍軍属 石田正夫 昭和19年8月8日 グアム島にて戦死 兵庫県加東市吉井出身 37歳 昨夜子供の夢を見ていた。 父として匠に何をして来たか。 このまま内地の土を踏まぬ日が来ても、何もかも宿命だとあきらめて良いだろうか。 愚かな父にも悲しい宿命があり、お前にも悲しい運命があったのだ。 強く生きて欲しい。 そして、私の正反対な性格の人間になってくれる様に切に祈る。 合掌 三月○日 内地の様子が知り [続きを読む]
  • あの人の言の葉 棚橋順一
  •  陸軍大尉 棚橋順一 昭和14年5月7日 中国華中にて戦死 東京都出身 愛児に宛てた手紙 今は昭和十二年十月十七日の午後六時半です。 僕の乗っている運送船は東支那海を上海に向けて走っているところです。 台風の余波で船が揺れて苦しいけれども今書いて置かないと明日は上陸準備で忙しいので揺れる机の上で書いています。 十九日の朝、上海に上陸して、すぐに戦線に行くはずです。 そこは生死の境であって、基の生長 [続きを読む]
  • あの人の言の葉 大田博英
  •  海軍大尉 大田博英 神風特別攻撃隊 第一筑波隊 昭和20年4月6日 南西諸島沖にて戦死 鳥取県東伯郡北栄町出身 23歳 御父上様 多年の深海重山の御恩に報うべき秋が参りました 博英は今から征きます 倶に御喜び下さい 此の期に及んで何も申し上げる事も有りません 只 皇国永世の安泰を願うのみです 必ずや期待に添います 御祖母様にも宜敷く御伝え下さいませ もうすぐ春です 裏の山桜も咲きましょう 菜種の [続きを読む]
  • あの人の言の葉 柴田勝見
  •  陸軍兵長 柴田勝見 昭和17年8月8日 中国中部にて戦死 東京都出身 31歳 愛児への手紙 えみこちゃん、まいにちげんきにがっこうへいっていますか、まだおべんとうはもっていきませんか、がっこうはとてもおもしろいでしょう。 それからおうちではおかあさんのいうことをよくきいてしかられたりしないでしょうね。 かつやのおもりもよくしますか、こんどおとうさんはとおい「しな」のおくにへきていますから、このま [続きを読む]
  • あの人の言の葉 野沢吉一郎
  •  陸軍軍曹 野沢吉一郎 昭和19年10月26日 バシー海峡にて戦死 新潟県新潟市南区白根出身 39歳 長い間まことに御苦労であった。 つらくばかりお前に当たってほんとうにすまなかったが、私は幸せであった。 身体のやせる程苦労させたが、皆前世の約束であったとあきらめてくれ。 先に行ってお前の席をとって待つ。 子供の事をくれぐれもたのむ。 又父母の事もくれぐれもたのむ。 お前が無事に幸福な日を送る事を [続きを読む]
  • あの人の言の葉 植村真久
  •  海軍大尉 植村真久 神風特別攻撃隊 大和隊 昭和19年10月26日 フィリピン沖にて戦死 東京都出身 25歳 愛児に宛てた手紙 素子、素子は私の顔をよく見て笑いましたよ。 私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。 素子が大きくなって私のことが知りたい時は、お前のお母さん、佳代伯母様に私の事をよくお聴きなさい。 私の写真帳もお前の為に家に残してあります。 素子という名前は私が [続きを読む]
  • あの人の言の葉 安原正文
  •  陸軍大尉 安原正文 第8飛行師団 特別攻撃隊 昭和20年3月29日 沖縄奥武島付近の海面にて戦死 高知県出身 25歳 沢山貰った御手紙は、みなポケットに入れて持って行きます。 御守袋(御人形の寝ている)も忘れずに連れて行きます。 コリントももう出来なくなりましたが、これからは兄ちゃんは、御星様の仲間に入って、千鶴ちゃんが、立派な人になるのを見守っています。 泣いたりなどしないで、朗らかに笑って、 [続きを読む]
  • あの人の言の葉 渋谷健一
  •  陸軍少佐 渋谷健一 神風特別攻撃隊 振武隊隊長 昭和20年6月21日 沖縄沖にて戦死 山形県酒田市片町出身 31歳 父は選ばれて攻撃隊長となり、隊員十一名、年歯僅か二十歳に足らぬ若桜と共に決戦の先駆となる。 死せずとも戦に勝つ術あらんと考うるは常人の浅はかなる思慮にして、必ず死すと定まりて、それにて全軍敵に総当たりを行い、尚且つ、現戦局の勝敗は神のみぞ知り給う。 真に国難と言うべきなり。 父は死 [続きを読む]