たら さん プロフィール

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たらさん: れきし手帳
ハンドル名たら さん
ブログタイトルれきし手帳
ブログURLhttp://rekishi-techo.cocolog-nifty.com/blog/
サイト紹介文『日本の隅々まで観光してみよう』 これを目標に歴史スポットをくまなく訪問している旅日記です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供36回 / 46日(平均5.5回/週) - 参加 2018/07/16 21:02

たら さんのブログ記事

  • お客さん用の釈迦堂(山形県鶴岡市)
  • 鶴岡の豪商、風間家の別邸。 風間邸が丙申堂って呼ばれているのに対し、こっちは釈迦堂(1910年築 国の登録有形文化財)って呼ばれている。別荘みたいに遠い所にある訳じゃなく、徒歩1分の所にある。どうやら、来客用のため、建てられたらしい。部屋じゃなくて、家を建てちゃうところがお金持ちなるところだね。四季折々の植物を植え、訪問者が楽しめる造りなっているみたい。 こういう部屋で抹茶を飲んでみたいなっていつも思 [続きを読む]
  • 丙申堂は豪商のお家(山形県鶴岡市)
  • 昔、風間さん宅だったお家。 今は丙申(へいしん)さん宅…ってわけじゃない。庄内藩の御用商人、風間家が住居兼事業所として、1896年に建てたお屋敷。この年が、丙申の年だったので丙申堂って呼ばれるようになったみたい。国の重要文化財に指定されている。豪商…と呼ばれるにふさわしい広い間取り。  貸金業を主に営み、鶴岡の発展に大きく貢献したとか。昔の豪農とか豪商の人って地元貢献度がホント高いよね。時代劇の悪い越 [続きを読む]
  • 清州城と信長夫妻(愛知県清須市)
  • 清須市の清州城。歴史好きの始まりが信長の野望なので、ここは特別なお城。自分にとって出発点的な存在。 遠くから見た方が映える天守閣。近くからだとキレイすぎる感じかな。そんな清州城。織田信長の出発点ともいえるお城。 今の城跡はみごとに東海道線で真っ二つ。かつて、線路を挟んで建っていた信長夫妻。 今は濃姫が移動し、夫婦隣り合わせになっているらしい。復縁のご利益って感じだけど、恋愛のパワースポットになって [続きを読む]
  • 鰐淵寺と熱いお茶(島根県出雲市)
  • 読み方は『がくえんじ』594年、推古天皇の時代創建っていう古いお寺。 ここで武蔵坊弁慶が修業したみたいだね。 川に沿って続く長い参道。駐車場から境内まで800mあるみたい。  古いそうな石塔や自然の景色を見ながらテクテク。程よい散歩気分でちょうどいい。 仁王門をくぐったら、受付まであと少し。入山料を払い、境内へ。  気持ちの良い参道とは裏腹に、こんな階段を登らないといけないのね。ここまで来たら、引き返す [続きを読む]
  • 国宝がある不動院(広島県広島市)
  • 原爆の爆心地から北へ約4km。昔、安芸安国寺って呼ばれていたお寺がある。今の寺名は不動院。戦国時代、焼失に遭い、復興に尽力したのが毛利家の僧、安国寺恵瓊。安国寺つながり。 その不動院。爆心地から近いにもかかわらず、原爆の被害を免れ、多くの建物が現存している。楼門(1594年築 国重文)楼門の金剛力士像(1294年作 広島県指定文化財) 鐘楼(1433年築 国重文)ちなみに。この中の梵鐘(高麗時代作)も国重文。そ [続きを読む]
  • 蝉丸のお墓参り(福井県越前町)
  • 移動中、カーナビに登場した蝉丸のお墓蝉丸さん。○○亭蝉丸…桂蝉丸…なんて落語家にいそうな、そんなお名前。一体誰なんだろう。蝉丸に惹かれ、お立ち寄り。 のどかな道路脇にポツン。どうやら平安時代の歌人らしい。『これやこのゆくもかえるも別れては、知るも知らぬも逢坂の関』小倉百人一首に登場する歌。知る人は知っている人みたいだ。諸国を放浪中、ここで病に倒れ、息を引き取ったみたい。「これやこの、ここが蝉丸のお [続きを読む]
  • 四国霊場、本山寺と国宝(香川県三豊市)
  • 四国八十八ヶ所霊場の第70番礼所。お遍路さんから見れば、残り20%。ラストスパートに向けて、あと少し…ってところなんだろうか。その70番目の本山寺。807年、空海創建という古い歴史を持つ。創建当時の建物、さすがに残ってないけど、再建された建物がたくさん残っている。仁王門(室町時代中期築 国重文) 仁王像は香川県指定文化財。鎮守堂(1543年築 香川県指定文化財)&五重塔(1896年築 三豊市指定文化財) そして国 [続きを読む]
  • 貝がたくさん西の浜貝塚(宮城県松島町)
  • 昔のゴミ(貝)収集所。そういう説もある貝塚。貝塚って全国に2,500ヶ所もあるみたい。その中でも、ここは東日本の代表的な貝塚らしい。 縄文時代から平安時代にかけての遺構が見つかっている国の史跡。ゴルフ場のような見た目だけど、よく見ると、白色に染まったエリアが所々ある。 ゴルフ場だとバンカー。だけど、ここはゴルフ場じゃない。この白いエリアこそが、貝の集まり。下を見ると、たくさんの貝殻があっちこっちに。昔 [続きを読む]
  • 本禅寺にある本堂(神奈川県厚木市)
  • 観光地じゃないけど、実は文化財があるんだよってお寺。けっこうある。ここもそう。 創建時は不明だけど、1641年に建てられた本堂(神奈川県指定文化財)が残っている。 創建当時の姿を残している全国的にも貴重な日蓮宗建築物らしい。でも。屋根とかガラス戸とみると、古そうには感じられない。そう思うのは自分だけだろうか。だけど。こういう文化財があるお寺を見つけると、達成感と充実感を味わえる。ここもそうだった。メモ [続きを読む]
  • 金沢柵跡の後三年(秋田県横手市)
  • あと3年。じゃなくて、ご3年って読む戦役。平安時代後期、陸奥・出羽で起きた後三年の役のこと。この戦いの後、歴史でよく耳にする奥州藤原氏が誕生するのだ。その後三年の役の舞台となった金沢柵跡 山の一角に静かに残っている城柵跡。東北地方の城柵と言えば、政庁的な役割を果たしている見晴らしのいい平野に築かれているのが多い。だけど、ここは山の中。ちょっと不思議な感じ。 本丸跡をはじめ、兵糧倉跡や北ノ丸跡などもう [続きを読む]
  • 武田家終焉の地、景徳院(山梨県甲州市)
  • 1582年。武田家は織田・徳川連合軍に敗れ、滅亡。武田家の多くの遺臣は徳川家康の家臣となった。徳川家康に仕えた武田家遺臣たちが武田勝頼と殉死者を弔うために創建したお寺。 旧主のため、創建した忠義とそれを許した家康の度量。こんもりした木々の中にそういう色んな想いが詰まっている気がする。 創建後、何度か焼失に遭っている中、唯一、焼失を免れた山門(山梨県指定文化財) この付近で、勝頼夫妻は生涯を終えたらしい。 [続きを読む]
  • 武田家、最後の激戦地(山梨県甲州市)
  • 天目山を目指す武田勝頼一行。行く手には織田方に寝返った兵が待ち伏せ。後ろからは織田軍の滝川一益らが迫ってきている。勝頼に従う僅かな一隊。勝頼が自害する時を稼ぐため、小宮山内善を筆頭に柵を結い、壮絶な戦いを繰り広げた武田家最後の決戦地がここ。 鳥居畑古戦場跡(左)と四郎作古戦場跡(右)だ。武田家に殉ずる生き方を選んだ兵士たち。そんな姿を想像し、道端で1人、感傷に浸る。その間、何台か車が通り過ぎる。その [続きを読む]
  • 世界遺産前の韮山反射炉(静岡県伊豆の国市)
  • 明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業って長い名前で世界遺産。その中の1つ、韮山反射炉(1857年築) 思ったより、実物は意外とコンパクトサイズ。幕末、各地で作られていたけど、今、残っているのは萩(山口県)とここのみ。これを作ったのが、韮山代官だった江川英龍って人。この方。知る人ぞ知る、スゴイ人。例えば…初めて「気をつけ!」の掛け声を使った人だったり、日本で初めてパンを焼いたり、将軍の前で蒸 [続きを読む]
  • 名水百選の古和秀水(石川県輪島市)
  • 読み方は『こわしゅうど』能登半島の高尾山中腹にある名水百選 山のふもとにある総持寺祖院のお茶用の水として、昔から重宝されてきた水。 山の中にあるのに、駐車場や水汲み場が完備されているありがたい環境。その中で触れた水は、とっても冷たい。真夏に最適。腕にかけたり、タオルに浸して、顔を拭いたり、ずっとこの場にいたくなる。そんな冷たさ。ただ。あんまりやりすぎると、離れがたくなる。真夏におススメしたい納涼ス [続きを読む]
  • 総持寺のパワースポットめぐり(石川県輪島市)
  • 横浜市の総持寺。現在の本山。移転する1911年まで、ここが総持寺の本山だったところ。 今は総持寺祖院って呼ばれている。1905年の大火が移転のきっかけ。ほぼすべての建物が焼失するくらいすごかったみたい。その後、再建したけど、移転。再建した人は、まさか引っ越すなんて思ってもいなかったんじゃないかな。 その時、再建された建物たちは登録有形文化財に指定されている。山門&仏殿&廻廊  どれもビックサイズで、もっと [続きを読む]
  • 横山長知のお墓参り(石川県輪島市)
  • 横山長知って聞いて、「あー、知っているよ」って人。そんなにいないだろう。戦国時代から江戸時代にかけて前田利家・利長親子に仕えた武将。その人のお墓参り。 坂を上って、墓地内をグルグル。「あった!」と、思ったら総持寺住職の霊廟だった。更にグルグル。やっと見つけた。加賀藩重臣、横山家供養塔右が横山長知。左が長男の横山康玄。祖父・父の功を偲んで、長知の孫横山忠次が建てたもの。 どんな功が有名かって。関ヶ原 [続きを読む]
  • 塩屋王子神社と美人さん(和歌山県御坊市)
  • 熊野古道沿いにある九十九王子その1つ、塩屋王子。 九十九王子は古道沿いにある多くの神社のこと。各地から参拝に訪れた人々が、儀礼を行う神社みたい。99ヶ所ある訳じゃなく、「たくさんあるよ」っていう意味らしい。その中でも、ここは格式が高い王子だったとか。 別名、美人王子。ここで安産祈願をすると美しい子が授かると言われている。で、何が美人かって。祀っている天照大神の神像が美人なのが由来みたい。今も昔もやっ [続きを読む]
  • 高岡大仏はイケメンらしい(富山県高岡市)
  • 与謝野晶子曰く「鎌倉大仏より美男」そんな大仏さん。 初代は1221年造。その後、何度か焼失。現在のは火に強い大仏を…という地元の声を反映し、1933年、高岡銅器で作られた4代目の高岡大仏(高岡市指定文化財) ふっくらとした、包容力がありそうな感じかな。やっぱり大仏さんはいいね、心が落ち着きます。 イケメンと思うかどうかは、人それぞれ。もしかしたら、与謝野晶子が見たのは3代目(1841年〜1900年)なのかも。その3代 [続きを読む]
  • これぞ古墳な雷神山古墳(宮城県名取市)
  • 古墳と言えば、こんもりした丸い山だったり、鍵穴のような前方後円墳だったり、色んな形、色んな大きさがある。その中で、やっぱり1番は前方後円墳。東北地方で最大級の大きさの前方後円墳。それが雷神山古墳(国の史跡)。 大きい古墳を間近で見ると、近すぎてよくわからないことが多い。けど、ここは違う。 ちゃんと整備されてて、形をはっきり捉えることが出来る。これはスゴイ。純粋にスゴイ。おまけに。登り下りも自由。長 [続きを読む]
  • お江と有楽斎と大野城(愛知県常滑市)
  • 愛知県の知多半島。そこに位置する大野城。 だいぶマイナーなお城。知っている人の方が少ないかも。マイナーかもしれないけど、織田信長ととってもゆかりがあるお城なのだ。 ゆかりの人、1人目。城主佐治信方は信長の妹、お犬の方を妻に迎えている。2人目はお江(信長の姪)。2011年、大河ドラマの主人公。大野城主佐治一成がお江の最初の夫。そして最後は信長の弟、織田長益(有楽斎)。城主になった直後、水利の悪さから近くに [続きを読む]
  • 花巻城を散歩(岩手県花巻市)
  • 盛岡藩の抱え城。一国一城令の例外として、明治まで残ったお城。その本丸跡 ほぼ一面のクローバー。花巻クローバー。これだけあれば、1つくらいはあるんじゃないかな。四葉のクローバー。お城を見に来たのに、必死に下を向いて歩きまわる。でも、なかった。あったのは井戸跡と水堀くらい。 そして復元された西御門 四葉のクローバーは諦め、お城周辺を散策。あちこちにお城の遺構が点在している。案内板があったり。 現存門があ [続きを読む]
  • 済?寺の彦根大仏(滋賀県彦根市)
  • 中華風な朱色の門に大きな本堂。 彦根大仏(1807年造)に会いに来た。高さ5.5mの大きな大仏さん。彦根藩11代藩主井伊直中が寄進し、胎内に安産地蔵尊が祀られている。このことから子宝・安産の祈願寺として今も信仰を集めているそうな。 本堂を覗いてみると、お寺の方と1組の夫婦が。どうやら子宝・安産祈願が始まるようだ。そんな中、さすがに見学できる訳がない。でも少しだけ大仏をチラ見。黄金色の大きな大仏さん。目力が強い [続きを読む]
  • 闘竜灘の岩たち(兵庫県加東市)
  • 1級河川の加古川。加古川に架かる加東市の闘竜橋の近く。川の流れを遮るかのように荒々しい岩たちが露出しているエリアにやってきた。 時刻は朝7時半。朝の静けさと川の流れる音に癒され…とは程遠いゴォーゴォーと音を立て、岩の隙間から水が流れる大きな川の音。でも。なんか癒される。これがマイナスイオンなのかな。 ここは闘竜灘(とうりゅうなだ)。燃える闘魂を連想してしまう男らしい名前。頭の中でボンバイエが流れ、イ [続きを読む]
  • 蓮台寺と由加神社を散歩(岡山県倉敷市)
  • 倉敷市の児島由加。女性の名前のような住所。ここに、あの平安時代の僧、行基創建と伝わる蓮台寺がある。 奥行きがある広い境内。そして広い駐車場にお土産屋さん。これぞ観光地。お目当ては奥にある客殿(1700年頃築 岡山県指定文化財)近年建てられた総本殿などを見つつ、いざ、客殿へ。  客殿は岡山藩主、池田家が宿泊する建物。中は有料拝観。 屋内の障壁画と上々段の間が見どころ。藩主の部屋が上段の間。更にその上を行 [続きを読む]
  • 那珂通辰のお墓参り(茨城県常陸太田市)
  • 正宗寺のちょっと奥。こんな小さな看板がある。那珂通辰のお墓はこっちだよ。そんな案内板。誰だかわかんないけど、自然と足が進んで行く。砂利道のつき当たり。キレイに整備された一角にお墓がポツン。 これが那珂通辰のお墓(常陸太田市の史跡)。 ところで、『那珂通辰(なか みちとき)って誰?』ほとんどの人が、そう思うんじゃないかな。そんな気持ちを察してか、ちゃんと説明板が設置されていた。それによると。南北朝時 [続きを読む]