cote さん プロフィール

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coteさん: 「51歳で親離れ」毒親からの解放と想いと。
ハンドル名cote さん
ブログタイトル「51歳で親離れ」毒親からの解放と想いと。
ブログURLhttps://ameblo.jp/cacucoto/
サイト紹介文長年の実母との確執。毒親(母)からの解放までの道のり、想いを描いていきます。
自由文私の母の場合と全て同じではないにしても、どこかしら共通点があり、自分だけが母親に悩み苦しんでるわけじゃない、あるいはこんな母娘の関係もあるんだと何か感じて頂けたら幸いです。
一言では表せず語れませんので、ゆっくりお付き合い頂けたら嬉しいです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供45回 / 20日(平均15.8回/週) - 参加 2018/08/01 13:37

cote さんのブログ記事

  • 「51歳で親離れ」(44)〈母に出くわす緊張感〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??旦那の病院、娘の保育園の場所から、自ずとアパートの場所は母の家の近くとなっていた事で、家の中と周辺は平穏でいられたけれど外出時はいつ何処で母に出くわすか…緊張感しかなかった。実の親、母だというのに、こんな風に言い様の無い緊張感を常に抱かなきゃいけないという事がしんどかった…続く。ご訪問ありがとうございます。??こちら自己紹介です??♀???闘病、病気、医療に [続きを読む]
  • まずは負を探すネガティブ思考な人達。
  • ??「ワイドナショー の西川貴教さんを見て」いやいや、本当にその通り????って同じ考えをしてる西川貴教さんの言葉に思わず大きく頷き賛同した。ニュースに出てくる人に対しても、即座に反応する人達…素晴らしい事をしている人に対しても、そこについてより突っ込みどころを探してる…突っ込みどころだって、本当は突っ込みどころなんかじゃないのに。とにかくまずは突っ込みたいんだなぁ。悪口を言いたいんだなぁ…ネット [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(43)〈縁を紡ぐ出来事〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??あのアパートを見つけた事も、あのアパートに巡り合った事も、後から振り返ると「縁」だったと思う。母との事があって、私はあのアパートを見つけた。母との事は一見すると悪い事にしか見えないけれど母との事があったからこそ、私と娘はあのアパートで約17年を過ごす事になってあの場所だったから出会えた娘の幼なじみ達。あの場所だったから娘が体験出来た子供時代のいろいろな事。そう [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(42)〈母から離れた三度目〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??あの引っ越しは、私が母から離れた「三度目」になる。一度目は高2の時。二度目は高校卒業時。あの引っ越しで、私はまた母から逃げるように自ら離れた。娘と二人きりの新しい場所での生活は、母がそこにいないというだけで凄い解放感だった。心が落ち着いた。そのアパートには、旦那も外泊の時に一度来てくれた。私と娘の新しい生活の場を見ておきたいと。玄関に一歩入ってすぐに旦那は言 [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(41)(母から離れる為の物件探し〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??旦那と娘と三人で母の元に来てから、私は何一つ心を癒される事がなかった。母に気を使い、泣き言もはねつけられ、脅威に晒されてこれが親、母、家族なのかとそんなものを求める事はやっぱりダメなんだと失望しかなく…とにかくもう一日すら母と同じ家にいたくなくて、急いで物件を探した。幸いすぐにアパートが見つかった。古いし狭いアパートだったけれど、母と離れられるなら良かった。 [続きを読む]
  • 日常あるある「レンコンの穴の悩み」
  • ??「レンコンについて」重苦しい話が続いてるので、ここで久しぶりに日常絵日記を??レンコンについて思うこと…きっと酢水に漬けるとか何かしら方法はあるんだとは思うけど…すぐに使いたい、面倒くさがり屋の私としてはその一手間はなかなかかけないのです??そういうタイプ前提の内容です…??ご訪問ありがとうございます。??こちら自己紹介です??♀???闘病、病気、医療についての記事をこちらのアカウントで書いて [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(40)〈もう限界が来た〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??全てを指示されてる感じ、それを守っているかを見られてる感覚で、私は母に監視されてる気がした。それを言ったら母は脅威の母に瞬間で変貌した。私も我慢していたのだ。疲れていて、たまにはゆっくり休みたい、風呂だってすぐに入りたくないなんてある。でも、次にすぐ入ってとか、他にも母の思うタイミングに合わせようとしていた。状況が状況だ。末期の肺がんの余命いくばくもない旦那 [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(39)〈心のよりどころを求めちゃいけないと〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??その言葉は母にしたら私への叱咤だったのかもしれない。「気を強く持て!」…と。でも、もうずっと気を強く持って生きてきた。気を張って。母にだって年中連絡してきたわけじゃない。年中頼り甘えても来てない。本当にもう自分だけで感情を抑え込み耐えているのに限界がきた時に、母にそんな胸の内を見せるだけだ。でも、そんな事もしちゃいけないのかと子供として家族として、心のよりど [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(37)(38)(私を想ってくれる母と違う母と〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??「一緒に死んであげるよ」あの母の言葉は本気だったのかもしれない。いや、現実にはそんな事するわけはなくても、私の事だって死なせるわけはなくても母はもし私が本気なら…と思ってくれていたようにも思った。それだけ、あの時の母の声はあたたかくて、言葉は優しかった。そんな風に母は私を想ってくれる母の時がちゃんとあり私はそんな母を見せられると、そんな母がやっぱり母の本質だ [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(34)〜(36)〈助けてと叫んだ日々、死別、母の言葉〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです?? そんな原因不明の猛烈な痛みや不調だらけの日々、私は心の中で叫び続けていた。「助けて…誰か…痛いよ、しんどいよ…心が、身体が…」心の中で懸命に手を伸ばして、その私の手を誰かが…母が…あたたかくしっかりと掴んで引き上げてくれたらと毎日そんな限界を超えた精神状態と体調不調で生きていた。そのストレスは大きすぎて、私の身体、免疫を壊していった。娘という宝物がいてくれ [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(33)〈拷問のような日々〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??健康番組を観ていると、様々な不調や病気の原因に「ストレス」というものがあげられてる。私は今まで病院の検査では「異常なし」と言われる不調に見舞われてきた。ある時、猛烈な膝の痛みが起きた。とにかく激痛すぎて家の中を這って移動。膝がちぎれるんじゃないかというほどだった。傘を杖にして病院に行き、結局また異常なし。猛烈に痛い注射を膝に打たれて散々な目に遭って帰宅した事 [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(32)〈子供の心身の健康を育むのは…〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??点滴を受けながら、そんな事を思い涙していた私に気づいた看護師さんが言葉をかけてくれた。私の心情、体調を察してくれてのあったかい優しい言葉と笑顔が私の心に沁みた。ボロボロになっていた私に力をくれた。母がそんな風に私を察してくれたら…あったかい言葉をかけて優しく寄り添ってくれたら…そう思った。術後すぐのあのトイレの事で傷部分の回復も遅れ、炎天下の通院でも私の身体 [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(30)(31)〈術後なのに…〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??あの手術の日の陽の母の笑顔のパワーにまた私は心を引き戻されてあの笑顔のままの母と話しができるんじゃないか…と、バカな期待を抱いてしまった。それまでの何度も繰り返されて来た事なんて、また忘れかけて。身体に繋がれている管が外される時を待ち構えて、ベッドから離れられるようになった途端に私は母に電話をかけにトイレに走った。驚異の母が最後だったら、自分から電話をする事 [続きを読む]
  • ひとりひとりの生まれもったもの。
  • ??「ひとりひとりの 生まれもったもの」キムタクの娘さんのKokiちゃんが魅力的??彼女を見てると、正に「生まれもったもの」って本当にあるんだとぐうの音も出ない気持ちになる。彼女に限らず、人にはみんなひとりひとりの生まれもったものがあると思う。それはもう、もしかしたら生まれる前から決まっているのかもしれないし命が宿る事も、その前から決まっているんじゃないかとさえ思う。それは、私の場合でも感じる事で娘を [続きを読む]
  • 太宰治の言葉とことわざ。私の座右の銘。
  • ??「太宰治の言葉とことわざ」いろんなことがあったこれまで。その最中はドロドロ、グチャグチャだったけど、やっと全てが過ぎ去って、自分の心に決着がついて。この「無憂無風」「柳に風」は生きる時に最強なんじゃないかと、凄く心に響いて。この二つの言葉をずっとこれからもモットーに、座右の銘にして穏やかに生きていく????ご訪問ありがとうございます。??こちら自己紹介です??♀???闘病、病気、医療についての [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(29)〈手術の付き添いの時の母②〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??その母の笑顔は正に陽の時の母で驚異の母なんてこの世に存在しないんだと私に思わせる。私はそんな母の笑顔が嬉しくてその笑顔が大好きでまた母に心をグッと捕まれる。その母のままでいて欲しくて、私は術後すぐの身体でも、すかさず気を使う。「ありがとうお母さん。しばらくこの状態だからもう帰っていいよ。ゆっくり休んでね。本当にありがとう」母のその笑顔で、私はまた母への想いを [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(28)〈手術の付き添いの時の母①〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??そんな母だから、手術の時の立会い待機を頼むのも気が引けた。それまでも扁桃腺の手術一回と、脳腫瘍はその時二回目で。何時間もただひたすら黙って手術室の前で座っていなきゃいけないなんて退屈だしきついだろうし申し訳ないという気持ちでいっぱいになって、またその時も私は恐縮していた。母の気持ちを想像して、私の心と身体はまた萎縮していた。ごめんね、長い時間…行ってくるね… [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(27)〈病人が気遣いをしなきゃいけないという事〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??これから手術を受ける病人の方の私が、母への気遣いをやっぱり常にしているという状態…ありがとう、ごめんね…その言葉は常に母へ向けなきゃいけないもので具合が悪くても具合が悪いという、そのままのありのままを見せられない。常に出来る限り笑顔で穏やかに母には話さなきゃいけない。母の機嫌を損ねないように母の地雷が爆発しないようにずっと気を張って緊張して力が入りっぱなしで [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(26)〈笑顔のない母〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??私の母の場合は…病気を私がつくり出し、病院にも検査にも私が率先して行き、手術も好き好んでやる…みたいなそんな信じられない考えを持って、私を責めた。何の根拠で手術しなくていい、大丈夫と言うのだろう娘を預かる事も迷惑そうで再発の時は更に責められた。それでも入院の日、荷物が多く一緒に運んではくれたけれどずっとやっぱり不機嫌で、母に笑顔はなかった。続く。ご訪問ありが [続きを読む]
  • サザンオールスターズ40周年
  • ..??「サザンオールスターズ40周年の番組観て」テレビつけたらサザン????ちょうどミスブランニューデイ??始まって…リアルタイムで聴いていた若い頃の思い出が溢れ出て来て、涙出そうになる??その思い出は悲しい事や辛い事だったりするけど、今この歳になって曲聞いて思い出すと、自分の人生、色々あったけど生きたなぁってしみじみ感慨深く振り返られてる。当時、その時は悲しかったり辛かったりしてても映画「かぐや姫 [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(25)〈憧れの普通の母親〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??闘病記エッセイ本を読んでも、ドキュメンタリー番組を観ても患者である娘に、その母親は献身的で、あたたかく優しく愛情を全身全霊で我が子に注いでる。その母親の愛情を一身に浴びて、娘は病気への不安や恐怖、痛みにも耐えてだんだん元気になり、病気も回復する…そんな様子をたくさん見てきて、愛情の力を目の当たりにしてきた。そんな母親に対して、娘さん達は何の気遣いもしなく済ん [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(24)〈心の矛盾と母親としての役目〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??もう私なんてどうなったっていい、そう思いながら無理して通院しているという矛盾。治そうとしている矛盾。だってそれは、娘がいるから。私ひとりならどうでもいい。娘がいるから、娘を生かし続けるという母親としての役目が私にはあるから治さなきゃいけない。私は生きなきゃいけない。母に対してどれだけヤケになったって娘に対しての母親としての気持ちは変わらない。まだ娘は中一だ。 [続きを読む]
  • 今、私が思う事。
  • 今、私が思う事です。いつもご覧頂いてありがとうございます。ご訪問ありがとうございます。??こちら自己紹介です??♀???闘病、病気、医療についての記事をこちらのアカウントで書いてます。 [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(23)〈絶望してヤケになる〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??母は私を拒否する言葉を言い尽くしたら一方的に電話を切った。あまりのショックに言葉をなくした。そして絶望した。「お母さんにはもう何も頼まない!一生何も!」そう強く誓った。こんな状況の娘に手を差し伸べてくれない母。母の私への思いのレベルはこの程度なんだと私はヤケになって、真夏の猛暑の中、そんな身体で徒歩とバスの乗り換えで通院した。それが往復だからキツかった。しん [続きを読む]
  • 「51歳で親離れ」(22)〈ショックだった母の対応②〉
  • このエッセイ漫画の説明文はこちらです??母との電話恐怖症の私は、また心身を縮こませながら丁寧に柔らかな口調で精一杯気を使いながら話した。状況を説明し、再入院したいと。その間、娘を預かって欲しいと。その時娘は中一だった。小さな子供じゃない。母がずっとつきっきりで世話をしなきゃいけないわけじゃない。ただ、孫が母親の再入院の間、おばあちゃんちに泊まらせて貰う…それを求めただけだ。でも、母は私の話の流れを [続きを読む]