hbar51 さん プロフィール

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hbar51さん: 湯上り気分
ハンドル名hbar51 さん
ブログタイトル湯上り気分
ブログURLhttp://hbar.seesaa.net/
サイト紹介文ふるさと道後温泉本館及び周辺の紹介
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供27回 / 13日(平均14.5回/週) - 参加 2018/08/09 19:40

hbar51 さんのブログ記事

  • 道後オンセナート
  • 今、道後ハイカラ通りを歩いて上に目線を上げると、道後オンセナートの布製の旗が店毎に閃いている。このオンセナアートと言うは言葉は温泉の最後の文字Nとアートの最初の文字Aをくっつけるとナになるので名付けられたのだろう。この催しは道後温泉本館改築120周年記念して始まったイベントである。筆者は芸術に関心ある方ではないが、道後温泉本館をつくづく見ると、芸術性溢れているではないか。一番気に入っているのは、南 [続きを読む]
  • 詰将棋も小脳が活躍している
  • 藤井壮太7段が12才の時から、日本詰将棋選手権で4回連続の1位は有名だ。現在、創作活動は休止しているらしいが、詰将棋と実戦の違いは、有限の答えがある詰将棋に対し、将棋の指し手は無限にある事による。詰り、難しいパズルだと理解すれば良いだろう。詰将棋は数多くのパターンで創作されていると理解すれば良く、藤井壮太7段が優勝していると言うのはパターンが頭に入っていると言う事だ。パターンの認識は小脳の仕事であ [続きを読む]
  • ジャンボ団子
  • 松山で団子と言えば、夏目漱石の小説「坊ちゃん」に因んだ坊ちゃん団子が有名だ。市電道後温泉駅からハイカラ通りに入ると、中頃行った所に、驚く大きさの団子が目に飛び込んでくる。昭和28年創業の巴堂本舗の店先に通常の団子9個分に当たる大きさの団子である。勿論、創業当初は、坊ちゃん団子を販売していたのだが、瀬戸大橋開通を記念して何か良い物はないかと頭を捻ったそうだ。結果出てきたのが、ジャンボ団子と相成った訳 [続きを読む]
  • 豪華絢爛な桃山御殿風と、伝統建築の緻密さを兼ね備えた又新殿
  • 金箔や銀箔を施した襖に描かれた障壁画には、道後温泉や皇室にまつわる花鳥が描かれている。前室には道後温泉を発見したとされている伝説の白鷺。御居間には舒明天皇が皇后と道後温泉で飼育したという説話から鵤と比米鳥のようである。この小鳥たちは、天井近くの壁面から玉座の間に向かって連続的に描かれ、透かし彫りの欄間に到達すると、木彫り鳥となって欄間の飾りとなっている。又、玉座の間には、平安な治世に現れると言われ [続きを読む]
  • 又新殿
  • 日本随一の皇室専用の浴室と休憩室で構成される又新殿は神の湯が出来た直後の明治30年に工事が始まり、凡そ2年余りの歳月を経てできた。明治32年に完成した皇室専用浴室は明治36年に後に大正天皇となる皇太子嘉仁親王が来松して、初めて入浴した。以来10名の皇族が訪れ、入浴を楽しんでいる。昭和25年に愛媛巡行時に昭和天皇が入浴したのが最後で、後は温泉配管を閉ざしている。現在、250円の観覧料金を払えば、見れ [続きを読む]
  • 饒田津
  • 道後平野はその昔、饒田津と呼ばれていた。ここ道後温泉は飛鳥時代の大宮人にとって馴染みの深い場所であった。韓半島から渡って来た渡来人が米作を肇とする様々な大陸文化を日本に持ってきた。太宰府に上陸し、中継点にこに饒田津を通り、難波の津から上陸し大和盆地に入ったと思われる。逆に出身地の韓半島の南部は日本領であり、そこで戦がある度に出兵していたようだ。その最後となるのが白村江の戦いであり、新羅・唐の連合軍 [続きを読む]
  • 至福の時
  • 筆者は道後温泉本館男湯東浴室に入ると、入ったり出たり、一時間半から2時間を過ごす。養生の為に通っているのだが、赤人の歌や大国主命をウットリ眺めたり、旅人との会話が至福の時を作る。こうやって、毎日三本のブログを更新しているが、書いていることが読者に馴染めないのかコメント1つ貰えない。只、闇の中に言葉を打ち込んでいるのみだ。このブログは道後温泉紹介で書いているのだが、「壮太の脳」では藤井壮太7段の脳に [続きを読む]
  • 至福の時
  • 筆者は道後温泉本館男湯東浴室に入ると、入ったり出たり、一時間半から2時間を過ごす。養生の為に通っているのだが、赤人の歌や大国主命をウットリ眺めたり、旅人との会話が至福の時を作る。こうやって、毎日三本のブログを更新しているが、書いていることが読者に馴染めないのかコメント1つ貰えない。只、闇の中に言葉を打ち込んでいるのみだ。このブログは道後温泉紹介で書いているのだが、「壮太の脳」では藤井壮太7段の脳に [続きを読む]
  • 椿湯
  • 道後ハイカラ通りのL字に曲がった角にローソンがある。その西側に位置するのが椿湯である。この西手に飛鳥の湯が昨年建てられた。創建は松山で国体のあった昭和二十八年である。二階は囲碁将棋盤も備えられ、午後五時迄松山市民が様々な芸能を楽しんでいる。浴室は広く、浴槽は本館の倍の広さがあり、洗い場は随分広く感じる。本館だと洗い場の直ぐ後ろが浴槽であるが、椿湯は随分余裕を感じる。洗い場とは別個にシャワーもあり、 [続きを読む]
  • 道後温泉祭り
  • 8月一杯道後温泉祭りが開催されている。通して行われているのは、和太鼓・郷土芸能音楽・ダンス 場所:観光会館前特設ステージ、道後温泉お湯かけ祈願 場所:道後温泉本館北側、風の音・風鈴まつり 場所:道後温泉観光会館である。夏休みということもあり、子供連れが多く、各会場共に人だかりである。明日から3日間、放生園で子供花火大会(線香花火)が開かれることになっている。道後温泉は賑わっている。観光客の方々は、 [続きを読む]
  • 様々な職業の方々が居る
  • 入浴に行って、案内を差し上げて様々な方々と談笑して、話が職業に移る。霞が関の官僚だと言う人にも4名程にはお目に掛った。翌年、霞が関に入省すると言う大学生にも逢ったが、彼らは卒論を免除されるらしい。同じ霞が関でも官僚でなく、団体職員と言う人にも逢った。印象から言えば、出張で来ている会社員はシステムエンジニアとルートセールスが多いようだ。システムエンジニアには専門を聞いて話に花を開かせ、営業マンには吉 [続きを読む]
  • 子供は夏休みだ
  • 様々な地域の方々がいらっしゃるということを書いた。同時に様々な職業の方々もいらっしゃる。20年に亘って数千人の方々と様々な会話を楽しませて頂いた。殆どの方々は最後にありがとうございましたと礼を言ってくれる。殊に、東浴室にある赤人の歌と大国主命の説明をして差し上げた礼である。中には2度3度とお逢いして、懐かしそうにして、その節はありがとうございましたと再度お礼を言われる。嬉しいものである。一番多い人 [続きを読む]
  • 多様性に富んだ人々
  • 温浴に入ると、要らぬことかも知れないが、住んでいる場所と職業を聞くことにしている。全国各地から様々な人々が入浴に来られている。何と一週間に百人は北海道から来られているように感じる。一番多いのは近い事もあって、広島から来られる方が一番多い。次は四国三県であるが、関東圏は人数が多いだけあって来られる数は広島の次に多い。京・大阪からも多いが、東京・広島に比べると少ない。九州から来られる人はその次に多い。 [続きを読む]
  • 宝厳寺
  • 伊佐爾波神社の直ぐ北に時宗を奉じる宝厳寺がある。この寺は鎌倉仏教で踊念仏で知られる時宗の開祖一遍上人が誕生した寺として知られている。この寺の歴史は古く、斉明上皇の勅願で法相宗の寺院として創建されている。法相宗は唯識に宗旨を持つ宗派である。唯識は心理学の枠を超えて現在の脳神経科学に相当する理論を持っている。脳神経科学者も唯識に興味を持ち、検証すると脳神経科学の飛躍的に向上が見込まれるだろう。平安時代 [続きを読む]
  • 道後ハイカラ通り
  • 市電「道後温泉駅」を降りて、左手に見えるのが、道後ハイカラ通りと呼ばれる道後商店街である。入口の左にローソンがあり、右に道後温泉観光会館が立っている道後ハイカラ通りへと入る。突き当りを右に曲がると、その正面に千と千尋の神隠しで有名な道後温泉本館の建物が見える。突き当り左が椿湯で、その奥に今回新築された「飛鳥の湯」がある。道後ハイカラ通りには約250mのL字型商店街両脇に凡そ60店舗が並ぶ。松山銘菓 [続きを読む]
  • 伊佐爾波神社
  • 道後温泉本館を作った伊佐爾波如矢は、伊佐爾波神社からその姓を授けられた。その伊佐爾波神社の歴史を紐解きたい。仲哀天皇、神功皇后とともに道後温泉に行幸のとき沙庭を立てて天神の勅を請奉ったので沙庭神社、即ち伊佐爾波の神社と称し、又、湯月八幡宮とも称えた。皇后は行宮に湯殿を設け、温泉を汲んで浴したもうたので御懐妊になり、後の応神天皇の御誕生があったという。明応年中河野家より社殿造営があり、それ以前は小千 [続きを読む]
  • よく眠れた
  • 昨夜、5日ぶりに道後温泉本館に行った。遅かったせいもあるかもしれないが、土曜日と言うのに結構空いていた。それでも20名位には赤人の歌をガイドして差し上げた。出たり入ったりして、矢張り2時間位入った。この暑いのに、と思われるだろうが、汗を一杯かいて出ると涼しい。暑さには暑さで暑気払いと言う訳だ。埼玉県から来たと言う、小学校の教員になって3年と言う人と話した。「何が大切か判るかい」と尋ねたが、矢張り新 [続きを読む]
  • 昨夜は行くつもりだったが行かなかった
  • 7月に入って、指で数える程しか道後温泉本館に行っていない。家では水道光熱費を考えると、道後温泉本館の方が安いので、家の風呂は沸かした事が無い。四国ガスが、設備をしても入らないと言うのに、無理やり風呂の施設をわが家に設置した。前に公言していた通り、全く風呂は沸かさず家では入っていない。しかし、そろそろ道後温泉本館に行く間隔を縮めなければならない。二晩続けて、寝つきが悪くなったのだ。道後温泉本館に行く [続きを読む]
  • 夏休みは学生が多い
  • 道後温泉本館の東浴室に行く楽しみは市外から来られた観光客の方々とお会いし歓談することにある。今は非常に暑いので、腰の痛みが少ない為に余り行っていないが、一昨年は8月の末から17日間連続で入った。それは、脊柱管狭窄症の具合も悪く、色々不具合が多かったせいもある。そのお陰で、2年近く調子が良かったのだが、今年の梅雨になって調子を崩したので連続して入った。今回も連続して入った後は、調子が良く、折角書き始 [続きを読む]
  • 道後良い所
  • 台風12号が去って、酷暑である。しかし、周りと比べると2℃は低い。香川、岡山、広島、全て最高気温は36℃である。おまけに、あの西日本豪雨でも南予には大被害が出たが、道後近辺は全く無事である。その上に、温泉があるという、有難さである。松山市の人口は50万人を超ししている。高島屋・三越とデパートは2つあり、スーパーは数多くある。こんなに暮しやすい所はない。であるから、道後温泉本館の入浴客には「定年過ぎた [続きを読む]
  • 制度疲労
  • 昨年、道後の新名所として飛鳥の湯が開館した。同時に市民の為の温泉施設である椿湯を昨年末に改装オープンした。外見は、それなりに立派なのだが、やはり130年を経過した道後温泉本館の見栄えとは一線を画している。何しろ、宮崎駿氏がアニメ千と千尋の神隠しを制作するに当って随分とヒントにしたらしいのだから仕方無いのかも知れない。しかし、道後温泉本館というお手本があるのだから、「作った伊佐爾波如矢だったらどう考え [続きを読む]
  • 昨夜、久々に道後温泉本館の湯に浸かった
  • この酷暑のお陰で、吾輩の脊柱管狭窄症の痛みが抑えられるので、湯治に間隔があいている。昨日は、久々に道後温泉本館の神の湯東浴室に入った。30分位、誰も居ない時間があったので、湯の流れる音に耳を傾けた。客が多い時には気にも留めないのだが、流石に一人なので聞き入った。源泉かけ流しの湯量は大変な量である。多い時は、浴室内に60人位居ることもあるのに対応する湯量である。それを1人で堪能したのは贅沢極まりない [続きを読む]
  • 台風一過
  • 今朝の道後に掛かっている雲は青空が覗き、非常に穏やかで将に台風一過と呼ぶに相応しい。昨日も書いた通り、ここ道後は神々の守りし地であるかのように穏やかだ。道後温泉本館の東出口をでて、左へ直の所に中嶋神社があり、それを真っ直ぐ2百m程行くと、伊佐爾波神社の参道である石段に出逢う。伊佐爾波神社の直ぐ北には宝厳寺があり、南には義安寺がある。北東に五百m程言った所に松山ある。神社がある。将に神々と諸仏に鎮護 [続きを読む]
  • 道後温泉に台風12号が近づく
  • 元々この道後平野は台風が通らないので有名だ。20年位前までは、高知に大被害を出した台風も西日本最高峰石鎚山系にぶつかって、勢力が急速に衰えるのが通例だった。筆者の記憶では45年位前に、一度暴風雨を経験したような気がする。それでも遊べる程の暴風雨であったから、大した事は無かったんだろうと思っている。愛媛県で被害に逢うのは西予市のみと言って良い。豊後水道を通る台風は勢力が弱らないからだ。今回の西日本豪 [続きを読む]
  • 日本に誇れる松山城
  • 道後温泉に入っていて、良く聞くのが「松山城へ行って来た」というフレーズです。松山城は全国にある山城の中でも有名スポットです。人口50万人を超す街の真ん中に聳えるお城は松山城だけと言っても過言ではありません。そういう番組で印象に残るのは、守りが堅いという事です。筆者にとってわが庭同然の松山城が全国的に見て、そういう特徴があったのは驚きです。小さい頃、幼稚園から高校生にかけて育った家から10分の所に堀之 [続きを読む]