みずたま堂ひなた さん プロフィール

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みずたま堂ひなたさん: ずっといっしょに
ハンドル名みずたま堂ひなた さん
ブログタイトルずっといっしょに
ブログURLhttps://mizutamado.hatenablog.com/
サイト紹介文胃癌サバイバーの旦那様を絶賛サポート中!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供22回 / 11日(平均14.0回/週) - 参加 2018/08/10 16:33

みずたま堂ひなた さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 絶対ごはんをあきらめない!
  • 主人の退院が決まってから、急いで私も迎撃準備に入りました。やっと主人が帰ってくる!一時期はもう、家に帰ることはないのではと不吉な思いに負けそうになったこともありました。帰れるのかと思うと嬉しかったのですが、その反面しんぱもありました。当分の間はご飯は1日6回。食事の回数だけでなく、内容も大きく変わります。栄養士さんはご飯を2回に分けて6回にするのが1番簡単だとご指導下さいましたが、取っていい食材、 [続きを読む]
  • 勉強しなくちゃ!!!
  • 手術後のタイムスケジュール表を見ると、そろそろ退院も近いのではないかと、思われる頃。2人揃って栄養指導を受けました。実は私も栄養士。しかし栄養科を卒業しただけで実務経験は実習のみのペーパー栄養士です。日常の生活にそこそこ活かせる程度の知識ですし、そもそも主人が胃がんになった時点で、何の役にもたってなかったことが実証済(泣ききれないです)なので、栄養指導は、そりゃもう喰いつく勢いで必死に話を聞いて [続きを読む]
  • 縁起物 飾ろう
  • 過去話、お休みして。今日の報告をひとつ?主人が家で過ごすことが増えたので今までベランダで薔薇は育てていたものの室内では観葉植物など置いたりしていませんでした。植物を室内に置くと虫がついてたら、怖いじゃないですか。私、虫、ダメなんです。ほんとーに!!!(じゃ、薔薇の手入れどうしてるんだと言うとその時だけ全身の勇気を絞り出して対応してるんです)心地よいものを出来るだけたくさん、主人の目に入るよう [続きを読む]
  • 世界はそんな風にできている
  • この頃、私のご飯はほぼ全食コーンフレークやオートミールなどシリアル類。会社ではかろうじてコンビニのオニギリを口にする程度。ちなみに私はローソン派です。全く食欲ないし、ご飯を作る気力も全くなかったです。朝起きて仕事して面会、帰宅したらもう、お風呂に入ったらエンプティ。これは、ダメです。ダメの見本。ゴールデンウィークが終わって、世の中が通常進行になっても自分はこのリズムで生活していました。今更で [続きを読む]
  • 決心。
  • 手術の翌日、患者さんは歩きます。癒着を防ぐために大変必要なことです。私も経験したことがありますが本当にシンドイです。歩くだけでもシンドイのに、主人は更にシンドイことになりました。手術後の確認のため、バリウム飲んでレントゲン撮影を行いました。もちろん、手術はバッチリだいじょうぶ!安心安心、でも、バリウムに入ってるものは何でしょう…下剤です。手術終わったばっかりで、歩くのもゾンビな我が夫は下っ [続きを読む]
  • このブログをご覧下さった皆様へ
  • はてなブログさんより、延1000人の方がご覧いただいたとおしらせをもらいました。大変驚いています。ブログをご覧頂き大変ありがとうございます。みずたま堂ひなたと申します。メンタル豆腐なもので。この春からの一連のことは、極々身近な心を許す方々を中心に伝えていたのですが、それでも色々辛い言葉を(すべて親戚からですが)言われたので、病気のことなど人様に話すべきではないのだと痛感して生活しています。ちなみに友 [続きを読む]
  • 物凄く戦ってくれた彼の胃と茄子のこと。
  • 手術室脇の小部屋に入ると、執刀された先生が大きなバットを持って待っていてくださいました。バットの中には想像以上に大きな「それ」が乗せられていました。とても丁寧に、部位?を分けてバットの上に整列していました。こんなに綺麗に扱っていただけるものなんだなと感動を覚えました。私「切って頂けたんですね!」執刀先生「切りました!」私も笑顔、先生も笑顔。転移は認められなかったそうです。そこへ、主治医先生も [続きを読む]
  • 戦友
  • 転移の可能性があるため、主人の術式は2種類想定されていました。もし、転移してたら人間ドックで見た、あの恐ろしいほど膨れ上がった腫瘍はそのまんま残されるんです。当時、まだ癌に対して知識がなく、まだまだ巻き込まれただけの気分でいた私にはなんで取り除いてくれないの?!という恐怖感しかありませんでした。とりのぞいてほしい癌も主人の苦しみも全部。気がつくと2時で、そろそろ面会談話室も賑わい出してきました [続きを読む]
  • 手術の日
  • 手術室の真ん前まで付き添って見送って、内科病棟から高度治療室へ引っ越す準備をしたら、する事がなくなり、家族控え室で待機することにしました。手術のために外科でさらに精密な検査を受けたところ、転移の可能性があるということを、執刀を担当される外科チームの先生方から手術直前に聞かされました。転移。これは。ほんとに、私達には想定外で。癌、ナメてたなーと。癌は大人しく切られるのを待ってはイナイ。内科の先 [続きを読む]
  • Amazing grace
  • 夕方。私達は内科の研修医の先生の案内で、ミーティングルームに入りました。主治医の内科医先生。研修医の先生。フロア長の看護師さん。彼。私。淡々と検査結果の説明が進みます。ひとつひとつ、私達がちゃんと理解できたかどうか確認しながらお話頂きました。私自身はすでに人間ドックの先生から電話連絡を貰っていたため、病名はすでに知っていましたが、主人は初めて聞かされる訳です。進行性の胃癌。主人も私も1つも [続きを読む]
  • 見舞い客登場
  • 今思い出しても、嵐のような日々。私の友達や、主人の同期の方やお友達が心配をしてくれました。とてもありがたかったです。どうしようもない時でも、人を元気にしてくれるのは人。ホントに想ってくれた言葉は必ず届くし、ヒトを勇気付けてくれます。こんな事がありました。入院して3日目だったと思います、主人の職場の方2人が突然病室においでになりました。オープンな病棟なので簡単に入室は出来ると思います。でも、その時主 [続きを読む]
  • 雨降りの内緒話
  • 面会を終えて外に出てから電源を切っていたスマホに何度も何度も着信履歴があることに気がつきました。先日受けた人間ドックからのお電話でした。すーっと血の気が引く気持がしました。リダイヤルすると院長先生にすぐ繋いで貰えました「奥さん、電話で申し上げるのを申し訳ないと思っていますがお知らせします。ご主人は癌です」院長先生は、丁寧に生検の結果を説明し、いま、どうしているか?入院はできているのか?と心配してお [続きを読む]
  • 始まった入院生活と飲み過ぎた薬と薬剤師先生
  • パジャマに着替えて、点滴つけて、鼻から管が通り、保冷剤を抱えた夫はまさに入院患者の見本みたいになりました。40度の熱は下がる気配はないのですが、解熱剤は処方されませんでした。私は、ちょっと安心しました。この2ヶ月、なにかあれば薬、薬、薬。食事ができないと告げても、氷舐めてろ、死なないから、それより薬飲めという対応だったので、当人ではないけどウンザリしていたのです。適切な処置を受け、本人がひどい苦痛を [続きを読む]
  • 私がブログを書き始めるまでの思い出 7
  • 胃と腸の間に腫瘍が出来たため、胃から先に食べ物が行かなくなってしまった夫。まるでアンコウの吊るし切りのように、胃の中は水でいっぱいになり、苦しむ彼を受け入れてもらえる病院へ、タクシーで向かいました…病院へ到着すると、待合室ではなく処置室のリクライニングで待つようにご用意いただけました。電話で私にすぐにいらっしゃいと言ってくださったフロア長さんが、様子を見に来てくださり、なにも言わずに私の肩をしっか [続きを読む]
  • 閑話休題〜今年の薔薇
  • 思い出話を一気に書いていたら、頭がクラクラしてきたのでちょっと今現在の報告をひとつ。私は薔薇を育てるのが趣味です。とは言え、植木鉢ガーデナーで、チマチマやってるんだけど...楽しいです。四季咲きのものも春と秋に咲かせる方針です。同じ花でも季節によって微妙に顔が違うので楽しいです。夏は薔薇もしんどいと思うので夏休みしてもらってます。花を咲かせるって出産くらいの負担だと聞いてから、無理しない方針での [続きを読む]
  • 私がブログを書き始めるまでの思い出 6
  • 大きな病院で受診する予約と紹介状を得たものの「いま」の苦しさへの解決は何も得られませんでした。このまま2週間、本当に待つしかないのか…八方塞りの気分で帰宅。主人が私を呼んだので振り返った時、なにかを話そうとする主人の口から黒っぽく濁った水が一気に吹き出してきて、それを私は頭からかぶりました。表情からすると主人は私に「ごめんね!」と言おうとしていたのでしょう。でも、出たのは声ではなく濁った水でした [続きを読む]
  • 私がブログを書き始めるまでの思い出 5
  • 撮影された胃カメラの写真、その他のデータを持って、私達はその足で自宅近くのクリニックへ向かいました。病変部の生検はこれから行われますが、今現在の苦しさは何も変わらないのです。人間ドックを受けたクリニックは、治療は出来ないため、近所の病院で写真を見てもらって、何かしらの処置を頂けると期待をしました。が。そうは、なかなかいかないのですね。病院に設備がなければどうしょうもないことです。どこか適当なとこへ [続きを読む]
  • 私がブログを書き始めるまでの思い出 4
  • もうしばらく、原因不明の辛かった時期の話をします。まさか、書くのがこんなに辛いと思いませんでした。読んでくださる方が居たとしたら、大変見にくいテキストで申し訳ないです。でも、こうやって全部書き出すことで、もう思い出さなくて済むように、もう終わったことだとしっかり自覚できるようにと全て書いてしまおうと思います。やっと、人間ドックで検査を受けられることになりました。ダメ元で人間ドック専門の病院へお願 [続きを読む]
  • 私がブログを書き始めるまでの思い出 3
  • 当然のことながら...夫の「風邪」が良くなることはありませんでした。そればかりか具合はどんどん、1日ごとに悪化していました。ひどいお腹の張り。食欲不振。食事も取れず、お水を飲むのもつらくなっていました。なのにお腹の中からは常にチャポチャポという水音がしてしていました。胃内停水という状態でした。その症状から、上腹部不定愁訴、機能性ディスペプシア(FD)や、鬱病ではないかと疑われました。睡眠薬や鬱病の薬まで [続きを読む]
  • 私がブログを書き始めるまでの思い出 2
  • インフルエンザから回復してからも、夫の食欲不振は続きました。食事の量も減り、晩御飯も残すようになり、お酒もあまり飲まなくなりました。もともと体格も良く太り始めていたので、気をつけてくれるのは良いことだと、最初は思っていました。夫は食いしん坊で食べるのが大好き。一緒に外食すれば楽しそうに、いつまでもメニューを眺めてニコニコしているような人だったので、急に食べることへの関心が激減したのは意外過ぎること [続きを読む]
  • 私がブログを書き始めるまでの思い出と悔やみきれない色々
  • 2018年2月。どんな時も元気で陽気で、それこそ私にとっては陽だまりそのものな夫…。私はこの人に本当に大切に護られて暮らしてきました。夫は毎年正月明けたら4月までほぼ無休で仕事に当たるので、この頃の体調管理は非常に気を使います。今年も充分に管理していたのに、一番忙しい時期に夫はインフルエンザにかかりました。病気は仕方ない、思わぬ骨休みになったと思って早く復帰しようね、もう歳かな、無理効かなくなって来るよ [続きを読む]
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  • こんにちは、はじめまして。「みずたま堂ひなた」と申します。ひなたんと呼んでね。台風近づいてますな。どちら様もご無事で少しでも快適で安全でありますよう願ってます。まず、自分の平和も確保せにゃならんのですが、今日はとっとと帰れと上司が言ってくださったので心置きなく早く帰りました。ご飯食べて、ダーリンとノンアルコールビールを飲んで和む時間が持てました。幸せです。幸せ。全力で噛み締めてます。このブログ [続きを読む]
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