ティーグル・モリオン さん プロフィール

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ティーグル・モリオンさん: 甲寅藝文雜筆
ハンドル名ティーグル・モリオン さん
ブログタイトル甲寅藝文雜筆
ブログURLhttps://ameblo.jp/taphnichina/
サイト紹介文自作俳句の発表と芸術、文学その他に関する日々のつぶやき。時に画廊巡りの記録など。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供10回 / 1日(平均70.0回/週) - 参加 2018/09/09 15:19

ティーグル・モリオン さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 千谷昉央句集『乙』
  • ◆甲寅藝文雜筆最終回◆ ※突然のブログ終了の為、取り敢えず締めくくりを作ってみたけれども、何分にも菲才の身ではあり、秀句を並べるのはおろか、出来るものとしてはせいぜいが以下のような内容でしかない。これはあくまでも〈未完〉句集である。 とは言え、これが現在自分の精一杯のところであるのも確かなので、これはこのまま公表することとする。御笑読の上、せいぜい拡散してくださることを希望します。 千谷昉央(ち [続きを読む]
  • 離合その悲しみを山眠るべし
  • ◆昊山人俳句匣◆ 随分と悲観的な気持ちで記事を書いてしまった。非力であること、状況を打開する何らの才覚も持たないことは人を悲観的にする。 一つ大変に残念なことは、急場に際して、家に置いていた僅かながら貴重な書冊や数点のささやかな美術作品を救い出し得なかった仕儀である。土壇場で体調を崩さなければ何とかなったかも知れないが、案外にどうにもならなかったかも知れない。結局自分が、それらを所有するだけの資 [続きを読む]
  • 鵙の贄母癇癖におはせしこと
  • ◆昊山人俳句匣◆ この句もまた某所での落選作である。 実際の私の母は癇癖などではなかった。むしろ生涯ただ忍従をこととして来たような人で、本来自分は晩年の母を篤く庇護せねばならない立場にあった。しかし自分には金銭的な甲斐性というものが無かった。 母が死んだのは二千十三年の二月のはじめだった。仕事で家を空けがちだった自分の留守に、母は時として屋内を徘徊し、そのまま家のあちこちで倒れたままになっている [続きを読む]
  • 一体のしかばねも無く彌生尽
  • ◆昊山人俳句匣◆ これは確か1980年の作だと思う。某所に投句して入選したうちの一つである。当時約一、二年の間に十句ほど陽の目を見た大方は、今ではほとんど記憶にも残っていないが、この一句だけは最初から自分でも気に入り、その時点での自分の看板みたいなものだと思っていた。今見てもそれなりの普遍性はあるのではないかと考えている。 こうした、見ようによっては古傷にも類するものを敢えて公開することの危うさは、 [続きを読む]
  • 父母未生以前薄日に胡麻をはたき
  • ◆昊山人俳句匣◆ 某所での落選句である。当初は「薄日」を「西日」としていた。 不便至極な話と思うが、「西日」は夏の季語に数えられていて、従って元の形だと一句は撞着の季重ねとなる。もっともそれが理由で落選したのかどうかは何とも言えない。 こうして落選供養ともリサイクルともつかぬ形で『俳句匣』に拾うに当たっては、ひとまずは現行の俳句ルールに従って改作を施したものの、どうも自分の感覚では、ここは「西日 [続きを読む]
  • 曇天の遊戯しろがねに花樗
  • ◆昊山人俳句匣◆ 掲出句は何年か前に佛淵静子の実験的な日本画作品『曇天の遊戯』に寄せて拵えたものだが、ブログの端やTwitter上には何度か出しながら『俳句匣』には入れていなかったので、この機会に正式に残しておくことにしたものである。 『曇天の遊戯』は銀箔の大胆な使用が画期的な作だった。そう言うと、短詩型の少ない字数の中で俳句作者の独創にかかる部分は幾らも無いではないかと指摘されそうだが、そこを突っ込ま [続きを読む]
  • 碧天を夏蜜柑転がる転がる
  • ◆昊山人俳句匣◆ 先の記事で、卵のパックが無い時代、割れた卵の汁で買い物袋の底が抜けたと書いたが、或いは一部の人には文意が伝わらなかったかと気になって来た。 七十年代、スーパーその他商店で使用されていたのは現在のようなレジ袋ではなく、全て紙製の袋だった。それで割れた卵をはじめ、買い出した食材から多少でも水分が出ると、丈夫な紙が覿面に脆くなって、買い物の重みに耐えられなくなった袋の底がすぐにやぶけ [続きを読む]
  • 青天のをちに山滴るをなど
  • ◆昊山人俳句匣◆ 逗子銀座通り外れの三叉路、確か履物屋の並びにあった中華系の居酒屋が、建物ごと取り壊されていた。新しいビルが建つようだが、元のテナントがまた入るかどうかは分からない。この店は、酒のつまみとして余興半分に蠍の干物を出すので知られていた。「意外といける味」という評判が聞こえていたが、結局賞味の機会は逸してしまった。 ここの向かい側、何年か前にやはりビルの大幅な建替えがあった中の小さな [続きを読む]
  • 牛の戀静まるまでを枯野かな
  • ◆昊山人俳句匣◆ 掲出句は、もう三十年近くも前の或る日の偶成である。 場所は中央区の某画廊だった。当時そこが老朽化したビルの狭い二階から何百メートルか先のゆったりした一階のスペースに移転して、画廊主の「これで床を踏み抜く心配も無くなりました呵々」との挨拶葉書を貰って間も無い頃だと思う。私はと言えば、その時代は月に幾日も徹宵が続く多忙の上に、俄か観劇熱に駆られて少しの暇を見つけては小劇場の暗闇で靴 [続きを読む]
  • 幻賊や疾く去りて虎杖の花
  • ◆昊山人俳句匣◆ ファントマス(ファントマ)と言えば、戦後になってジャン・マレー主演で映画化されたものを、少年マガジン誌上の紹介で知り、追ってテレビの洋画劇場で見てはいたものの、二十世紀初頭フランスで一時代を画した同タイトルの伝奇大衆小説についてはっきりと認識したのは雑誌『幻影城』での松村喜雄の解説によってであった。 シュルレアリスト連中を熱狂させたという怪人跳梁譚には当然強い興味を持ち、長じて [続きを読む]
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