葵 北風 さん プロフィール

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葵 北風さん: 日本歴史紀行
ハンドル名葵 北風 さん
ブログタイトル日本歴史紀行
ブログURLhttp://aoikitakaze.hatenadiary.com/
サイト紹介文各地の歴史史跡をめぐる紀行ブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供31回 / 3日(平均72.3回/週) - 参加 2018/09/15 11:37

葵 北風 さんのブログ記事

  • 静岡紀行 8 静岡ホビースクウェア 〜静岡市駿河区〜
  • 静岡ホビースクウェア静岡市駿河区南町サウスポット静岡〜模型の世界首都 静岡から最新ホビーの情報発信。〜静岡ホビースクウェアは、全国のホビー市場のおよそ3/4を占める静岡に、2010年7月から8ヶ月間にわたり、静岡の地場産業とも言える模型のさらなる市場の拡大とファンの開拓を目指して開催された静岡ホビーフェアの成功を経て、ホビーフェアの閉幕から3ヶ月後、主に静岡のホビーメーカーの新商品や最新情報を常設展示す [続きを読む]
  • 日本歴史紀行 12 中宮寺
  • 中宮寺奈良県生駒郡斑鳩町 法隆寺北中宮寺は、法隆寺東院のさらに東の斑鳩宮の隣接地に聖徳太子が母、穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后のために創建した寺です。僧寺である法隆寺、中宮寺は尼寺として創建され、塔と金堂が建立されたといいます。微笑を浮かべながら軽く頬杖をついて瞑想する姿の本尊 国宝【菩薩半伽像】は飛鳥時代最高傑作とされ、エジプトのスフィンクス。ダヴィンチのモナリザ。とともに、世界の三大微笑像 [続きを読む]
  • 偉人の言葉 4 西郷隆盛
  • 西郷隆盛〜晋どん、もうここらでよか。〜西南戦争で敗走の末に行き着いたのは、故郷の薩摩。やがて新政府軍の総攻撃が始まると、西郷らは城山に籠り、最後は流れ弾を股と腹部に受け、幼馴染みの別府晋介にそう言い残すと介錯を望む。西郷を介錯し、首を土中に埋めた別府らも、新政府軍に突撃をかけ、村田新八、桐野利秋らと共に凄絶な最期を遂げた。 [続きを読む]
  • 偉人の言葉 3 坂本龍馬
  • 坂本龍馬〜君がため 捨つる命は 惜しまねど 心にかかる 国の行く末〜坂本龍馬が大政奉還後、越前の松平春嶽を訪ねた際に、藩士 由利公正との酒宴の席でうたった歌。由利公正〜龍馬が二度に渡り、遠路遥々 越前に赴いたのは、賢候の誉れ高い藩主 松平春嶽の存在もさることながら、経済通で春嶽の側用人だった由利と妙に気が合ったこと。二度目の訪問では、龍馬は由利と同宿し、早朝から夜遅くまで日本の将来について [続きを読む]
  • 日本歴史紀行 11 ③ 橘 寺 聖徳太子愛馬 黒駒 像 二面石
  • 日本歴史紀行 11 ③ 橘 寺 聖徳太子 愛馬 黒駒 像、二面石聖徳太子 愛馬 黒駒 像聖徳太子の愛馬、黒駒は、598年 推古6年 太子が全国に向けて馬を献上するように命じた際に、太子が甲斐国(現在の山梨県)から献上された脚の白い黒毛の馬をたいそう気に入りました。黒駒という名馬を太子は舎人(とねり)に躾(しつけ)をさせ、やがて斑鳩の里に宮殿を造営した太子は都のある飛鳥へ通う道を黒駒を駆けて走りました。聖徳太子伝暦に [続きを読む]
  • 北海道地名由来史 7 余市町
  • 余市町カントリーサイン余市町 〜よいち ちょう〜道央地域の後志(しりべし)支庁管内の余市町は、観光都市 小樽市の西隣に位置しています。余市町は時代によって様々な特色を見せた町で、古くは縄文時代のものとされるストーンサークル〜環状列石や、洞窟(フゴッペ洞窟)に壁画や石器、石斧が発見されたことにより、北海道内でも古く、人の痕跡が遺された地域でもあります。余市の町が繁栄し始めたのは、江戸時代の [続きを読む]
  • 偉人の言葉 1 聖徳太子
  • 偉人の言葉歴史に名を残した偉人たちは、その業績の善し悪しに関わらず、後世に語り継がれるような言葉を残しているものです。このカテゴリーでは、偉人の残した言葉について書きたいと思います。まずは、ぼくが最近 継続的に調べている聖徳太子です。聖徳太子は、大きく三つの偉業を成しました。冠位十二階の制度十七条憲法仏教文化の導入ここでは、太子が起草し、形作った日本初の憲法となった十七条憲法を取り上げます。偉 [続きを読む]
  • 日本歴史紀行 11 ② 橘 寺 観音堂
  • 日本歴史紀行 11 ② 橘 寺 観音堂奈良県高市郡明日香村 橘橘寺 観音堂は、度重なる火災、兵火により焼失を重ねた橘寺の本堂として江戸時代後期の1777年安永6年に建立された堂宇で、幕末期に人々の寄付により太子殿が本堂として再建されたため、藤原京時代に建立された本尊の如意輪観世音菩薩座像を安置する堂宇として使われました。 [続きを読む]
  • 静岡紀行 7 静岡ホビーショー 〜静岡市駿河区〜
  • 静岡ホビーショー 〜静岡市駿河区曲金〜静岡ホビーショーは、【模型の世界首都、静岡から最新ホビーの情報発信】を歌い文句に、国内模型メーカーの多くが、毎年5月の大型連休明けの翌週に、木曜日〜日曜日までの四日間の日程で、前半2日間は企業向けの商談、そして土日は一般に開放され、多くの模型ファンや家族連れで賑わいます。静岡が模型、ホビーの街として発展した原点は江戸時代にさかのぼります。江戸に幕府を開い [続きを読む]
  • 静岡紀行 6 牧之原大茶園 〜牧之原市、菊川市、島田市〜
  • 牧之原大茶園〜島田市 菊川市 牧之原市 〜大井川西岸を起点に広がる牧之原台地は、島田市、菊川市、牧之原市、そして最南端の御前崎市と、四つの市にまたがる標高100〜200メートルの広大な台地です。江戸時代までは、石が多くて水利の悪い土地のために米作に向かず、ほとんど未開の原野でしたが、明治時代になると、将軍職を失った徳川慶喜を江戸から護衛してきた徳川家臣団らがこの台地に入植して来ました。およそ食料となる作 [続きを読む]
  • 北海道地名由来史 6 厚真町 安平町
  • 厚真町カントリーサイン今回発生した平成30年北海道胆振東部地震の震源地となってしまった厚真町は、古くからアイヌ人の集落があって豪商ら和人もまたアイヌ人と交易した記録が残ります。江戸時代後期の1799年 ?政11年に道内全域の支配をしていた松前藩から幕府が召し上げ、北海道(蝦夷地)は幕府直轄領として支配することにします。この厚真町も本格的に開拓の鍬が入れられたのは明治時代になってからで、開拓使が新政府 [続きを読む]
  • 北海道地名由来史 5 苫小牧市
  • 苫小牧市カントリーサイン苫小牧市【とまこまい し】苫小牧市は先日の北海道胆振東部地震の起きた胆振地方最大の人口約17万の中核都市で、製紙業、港湾の街として知られています。また、余談になりますが、夏の甲子園、全国高校野球大会で北海道代表校として初めて全国制覇(翌夏も優勝し連覇)した駒澤大学付属苫小牧高校のある街でもあります。苫小牧市の街の興りは、江戸時代の後期 1799年 ?政11年、江戸 八王子の甲州街 [続きを読む]
  • 日本歴史紀行 11 ① 橘 寺 太子殿
  • 日本歴史紀行 11 橘寺 太子殿橘寺 太子殿奈良県高市郡明日香村 橘若き日の聖徳太子の逸話を現代に伝える橘寺は、かつて太子の先々代にあたる欽明天皇の別宮【橘宮】があった場所で、聖徳太子はこの地で生まれました。寺伝によると、太子が宮跡の地で勝鬘経(しょうまんぎょう)を三日間に渡って講義した際、庭に蓮の花弁が降り積もり、太子の頭冠から日月星の光が輝いたという話が推古天皇に伝わり、驚いた推古天皇はその [続きを読む]
  • 静岡紀行 5 日本平 静岡市清水区、駿河区
  • 静岡紀行 5 日本平 〜静岡市駿河区 清水区〜風光明媚とは、日本平のことを指す言葉だと思います。日本の景勝地として、全国1位を獲得した日本平は、静岡市駿河区と清水区にまたがる有度山山系の山頂の平坦地のことで、その日本平の名称は、今から1800年の昔、12代天皇 景行天皇の皇子〜日本武尊(やまとたけるのみこと)が天皇に命じられた苦心の末の東国の平定にありました。日本武尊の平定した業績にちなんで日本平と名づけられ [続きを読む]
  • 歴史紀行 地域版 5 持統天皇 万葉歌碑 奈良県
  • 持統天皇 万葉歌碑奈良県橿原市醍醐町持統天皇万葉歌碑〜春過ぎて 夏来るらし 白栲の 衣乾したり 天の香久山〜現釈〜〜春が過ぎて夏が来たらしい。夏になると、白い衣を干すという、天の香具山に(あのように白い衣が干してあるよ〜。持統天皇〜新古今集〜初日 万葉仮名で書かれた歌碑が、天香久山が見える藤原京跡と県道を挟んだ醍醐池の東南隅にあります。これは、持統帝が儀式用の衣を乾かしている光景を見て、春 [続きを読む]
  • 北海道地名由来史 4 八雲町
  • 八雲町カントリーサイン八雲町〜ヤクモチョウ北海道地名由来史というカテゴリーを作ったのも、北海道の市町村のほとんどがアイヌ語をもとにしたと、第1回の札幌市での文面に記載しましたが、その一部で入植した和人が名付けた市町村も存在します。道南の八雲町は、南に駅弁で有名なイカ飯の森町、北に かに飯の長万部(おしゃまんべ)町と、南北に名産の有名な町に挟まれてますが、この八雲町は、2005年 平成17年の平成の大合 [続きを読む]
  • 北海道地名由来史 3 石狩市
  • 石狩市カントリーサイン石狩市〜イシカリシ石狩市は道都 札幌市の北西部に位置し、北海道最大の大河、石狩川が流れます。石狩川の源流は北海道の屋根 大雪山系の石狩岳から発していて、北海道第二の都市、旭川市のある上川盆地、最大の穀倉地帯である空知平野を蛇行して水田を潤し、やがて河口のある石狩市にたどり着きます。石狩川は全国一の長さを誇る大河であったものの、蛇行の多い大河は幾度も氾濫を繰り返しては被害を出す為 [続きを読む]
  • 静岡紀行 4 舘山寺温泉 浜松市西区
  • 静岡紀行 4 舘山寺、舘山寺温泉浜松市西区浜名湖の東岸のつけ根にある舘山寺は、平安時代の僧、弘法大師 空海かこの地を訪れた際に、山の中腹にある岩窟にこもり、昼夜にわたり修行を行ったと伝わります。空海は修行の地に一寺を建立、舘山寺を創建しました。やがて寺の南側に温泉の鉱脈か見つかり、温泉街として賑わいを集め、更に遊園地〜浜名湖パルパルか開園し、遊園地と大草山を結ぶ舘山寺ロープウェイは日本唯一の湖上を通 [続きを読む]
  • 歴史紀行 地域版 4 匠の里 西里 奈良県
  • 歴史紀行 地域版 4 匠の里 西里 〜奈良県〜匠の里 西里天下人を支えた大工棟梁の集落奈良県生駒郡斑鳩町西里法隆寺の西隣りには、築地塀の邸がいまも残ります。この辺りの集落は西里といい、むかしは法隆寺の宮大工が住んだ集落でした。飛鳥時代 聖徳太子により創建した法隆寺は、西里の宮大工らによって手直しを受けながら その姿を現在に残すことができました。そして戦国時代の終わりに、豊臣秀吉に法隆寺の宮大工の棟梁が召し [続きを読む]
  • 北海道地名由来史 2 小樽市
  • 小樽市カントリーサイン小樽市小樽市は、北海道が蝦夷地と呼ばれた江戸時代に既に和人が住み始めた地で、現在の小樽港周辺に運上屋と呼ばれる和人とアイヌの交易場があり、賑わいを見せていました。小樽の語源は、小樽市の最東端を流れる〜旧オタルナイ川から来ています。オタルナイ川は、明治20年の人口河川である新川の開削により大部分が消滅し、名残りか清川という小川が支流としてひっそりと残ります。アイヌはオタルナ [続きを読む]
  • 北海道地名由来史 1 札幌市
  • 札幌市カントリーサイン北海道地名由来史 1 札幌市北海道は歴史という流れからいうと、人々が暮らす時間は、古くは日本列島の歴史からやや遅く、縄文時代の石器等が出土していたりして、細々としながらも続いて来ましたが、本格的に北海道全域に人々が住み始めたのは、やはり明治時代になってからです。奇しくも今年は、明治2年〜1869年8月15日の北海道命名の日から150年を迎えました。北海道の地名の多くは、先住民族のア [続きを読む]
  • 北海道 開道150年紀行 5 琴似屯田兵屋
  • 琴似屯田兵屋札幌市西区琴似1条7丁目琴似神社境内札幌市西区琴似2条5丁目琴似屯田兵〜屯田兵は、普段は開墾、耕作などの農作業に従事しつながら、いざ、有事の際に出兵して戦う役割を担った人々のことで、1874年 明治7年、最初の入植地として琴似村(現在の札幌市西区琴似、二十四軒周辺)に定められ、住まいとなる兵屋、番所、練兵場、授産場などが整備され、翌年の1875年 明治8年5月に第一陣 屯田兵198名とその家族 [続きを読む]
  • 北海道 開道150年紀行 4 札幌 時計台
  • 札幌 時計台札幌市中央区北1条西2丁目人口190万都市の道都 札幌市のシンボル、札幌時計台は、1878年 明治11年に札幌農学校(現 北海道大学)の演武場として建設されました。これは、兵学科を新設した農学校で兵式訓練や体育の授業を行うための施設で、2代教頭のウィリアム、ホイラーの構想に基づくものでした。建物内部は、室内空間を広く取り入れたアメリカで当時流行したバルーンフレームと呼ばれる木造建築様式で、北海 [続きを読む]