季節来遊人 さん プロフィール

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季節来遊人さん: 日日雑学時時雑想
ハンドル名季節来遊人 さん
ブログタイトル日日雑学時時雑想
ブログURLhttp://hibizassou.muragon.com/
サイト紹介文ヤマト王権の始まりの国を推理したり、古代の信仰を推理したりしています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供20回 / 25日(平均5.6回/週) - 参加 2018/09/20 16:13

季節来遊人 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • ヤマト王権の始まりの国 6
  • 第四章 ヤマタイ王権の統一 この章も想像と推理にもとづくフィクションである。 一 邪馬台国王家の没落と奈良王家の興隆 倭国が再び乱れたにもかかわらず、奈良ヤマタイ国軍は撤退したまま、再介入はしなかった。軍事的に解決するのが奈良ヤマタイ王権のやり方であったが、魏の張政と直接対決するわけにはいかず、傍観せざるを得なかったのである。壱與は魏に朝貢して魏との関係を強化しようとした。張政帰国後も魏が壱與の後 [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 5−2
  • 三 「相攻撃」の物語 不和から、やがて「相攻撃」へと進んでいく。 ? 原因 奈良ヤマタイ王家の王卑弥弓呼はなぜ卑弥呼と攻撃し合うまでになったか。 互いの国家建設の思想の違いが明らかになって倭の国々がどちらに従うか動揺し、決着をつけなければ収拾がつかないかもしれないというと思いと攻められるかもしれないという疑心暗鬼が大きな原因であろう。 卑弥弓呼の側から見ると、卑弥呼には魏が後ろ盾についていたし、服 [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 5−1
  • 第三章 卑弥呼と卑弥弓呼の不和 一 卑弥呼とは ? 「卑弥呼」は地位の名である  人名ではない 卑弥呼(卑彌呼)は、一般には人名だと解釈されている。後漢書や魏志倭人伝に女王として名が記されているからである。確かに、「一女子を共立し王とした。名を卑弥呼という。(乃共立一女子爲王名曰卑彌呼)」という件は人名であるかのように読める。しかし、「王の名をスメラミコトという。」というのと同じように呼び名の意味 [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 4−2
  • 五 狗奴国王との不和が問題を解く鍵である ? 不和と相攻撃の当事者 魏志倭人伝や後漢書では狗奴国が滅ぼされた様子はうかがえない。魏志倭人伝が書かれた時期は三世紀末であるが、後漢書は五世紀である。後漢書にも狗奴国がどうなったか補足されていないのは、狗奴国がヤマト王権の国だとみなされていたからであると考えられる。 卑弥呼を脅かした狗奴国が、ヤマタイ子国であり奈良のヤマタイ国だとすればヤマト王権そのもの [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 4−1
  • 四 邪馬台国畿内説の問題点 ? 邪馬台国の由来を語れるか 邪馬台国が畿内にあったとすれば、時代を考えるとそれはヤマト王権の国のことになる。山台の国の候補地のところで述べたが、奈良平野は巨大な盆地ではあっても山の台状地と呼ぶような地形ではない。 そのため、邪馬台国をヤマト国と読む説が生まれるが、これについては既に述べたとおり、元々はヤマタイ国だったのを、後にヤマトの国とも呼ぶようになったと考えるのが [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 3−3
  • 三 邪馬台国への行程 ? 魏志倭人伝の解釈 これまで、女王国とそれを共立した国々は九州で成立したという推理にもとづいて論じてきたが、魏志倭人伝に記述されている国への行程と位置と重ねることができるかという問題がある。 国への行程は境界線までではなく、王の都までの距離にもとづいていると考えるべきである。もともとクニは君を倭語にしたもので、王が国の中心であったから、倭人は国への行程を問われれば都を基準と [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 3−2
  • ? ヤマタイ国の分国造り物語 東征神話 狗奴国が邪馬台国の分国であり、後のヤマト王権であるという仮説は、邪馬台国、倭国が九州にあったという説に立つものである。そして、「東行」(古事記)、「東征」(日本書紀)が行われたという考えを支持することになる。東行または東征は邪馬台国によって行われ、ヤマト王権の母体となる分国を造ったという推理に結びつく。 ヤマト王権が王権の事業としてあえて虚偽の創作物語を作る [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 3−1
  • ? ヤマタイの国物語 では、邪馬台国建国の場所を九州の山地の台状地と想定して、その国がどのようにできたかを想像してみる。 ムラ造り、クニ造りは農耕集落を想定した条件での説明が多く、日本の古代山地部族のクニ造りの説明は見たことがない。縄文時代の山地定住集落を想像すると、自然発生的にクニができる条件があるとは考えられないからだろう。 山地のムラが統合してクニが造られたとか、山地の民が平地のムラを支配し [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 2−3
  • ? 邪馬台国のクニ造りの特徴 勢力拡大型クニ造り 侵略が繰り返されるなどして恐怖が続くときは継続的な防衛のために武力を維持すべきだ、強化すべきだという者の主張は通りやすい。とくに武装部隊を率いる者はそう言うだろう。継続的で訓練した専門組織的な武装部隊というのは軍である。 軍の維持には、食糧、武器、武具、衣料など多くのものが必要であり、これらは民から徴収する。そのための組織と機構を必要とする。不足す [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 2−2
  • 二 国のでき方と邪馬台国  山地に国を造ったのでヤマタイ国だという推理をしたが、政治体制としては王制である。どのような人々が、なぜその地に、どうやって造ったのか。どのように王が生まれたのか、重ねて推理してみる。 ? 国造りの目的と必要性 王国の仕組みというのは、王が臣下、官僚、軍隊など一部の人員を統率して国全部の人を従える仕組みである。それを整えることが統治機構や統治組織の整備である。違反したら武 [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 1−5
  • 四 卑弥弓呼とは何者か ? 卑弥弓呼の読み方 狗奴国の王の名は卑弥弓呼である。魏志倭人伝に狗奴国の男王として紹介されている。「卑弥呼」に対して、間に「弓」の字が入っただけである。一字挿入だけの違いは偶然のこととは思えない。 仮に狗奴国=敵国説に立つなら、卑弥呼を連想するような言い方も字の選び方もしなかっただろう。蔑むべき国の王の名とは思えない。敵の王でもない。むしろ卑弥呼と似た地位にあると推定され [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 1−1
  • 序 倭女王卑弥呼と狗奴国王卑弥弓呼 卑弥呼や邪馬台国はその名を知らない者がいないほど有名である。卑弥呼は倭の女王であったから日本の歴史に重要な人物であり、多くの物語が作られ、教科書にも出てくる。狗奴国は一般にはほとんど知られていない。 この二つの国はともに魏志倭人伝に登場する国である。魏志倭人伝というのは『三国志』の「魏書」のうちの「東夷伝倭人条」のことである。三世紀前半ころの倭の国々と女王卑弥呼 [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 目次
  • 副題 「狗奴国=邪馬台国奈良分国=ヤマト王権」仮説 序 一 倭女王卑弥呼と狗奴国王卑弥弓呼 二 ヤマト王権の始まりの国とは 三 一世紀から三世紀までの倭の国々はどうだったか 四 邪馬台国分国仮説 第一章 狗奴国とは 一 クニの名  ? クニと国  ? クニの名づけ方  ? クニとクニの関係を示す言い方 ? 魏志倭人伝の国の名づけ方 二 狗奴国という国名 ? 狗はコ(子)と読む ? 奴はナ(名)と読 [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 6
  • 第四章 ヤマタイ王権の統一 この章も想像と推理にもとづくフィクションである。 一 邪馬台国王家の没落と奈良王家の興隆 倭国が再び乱れたにもかかわらず、奈良ヤマタイ国軍は撤退したまま、再介入はしなかった。軍事的に解決するのが奈良ヤマタイ王権のやり方であったが、魏の張政と直接対決するわけにはいかず、傍観せざるを得なかったのである。壱與は魏に朝貢して魏との関係を強化しようとした。張政帰国後も魏が壱與の後 [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 5
  • 第三章 卑弥呼と卑弥弓呼の不和 一 卑弥呼とは ? 「卑弥呼」は地位の名である  人名ではない 卑弥呼(卑彌呼)は、一般には人名だと解釈されている。後漢書や魏志倭人伝に女王として名が記されているからである。確かに、「一女子を共立し王とした。名を卑弥呼という。(乃共立一女子爲王名曰卑彌呼)」という件は人名であるかのように読める。しかし、「王の名をスメラミコトという。」というのと同じように呼び名の意味 [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 4
  • 四 邪馬台国畿内説の問題点 ? 邪馬台国の由来を語れるか 邪馬台国が畿内にあったとすれば、時代を考えるとそれはヤマト王権の国のことになる。山台の国の候補地のところで述べたが、奈良平野は巨大な盆地ではあっても山の台状地と呼ぶような地形ではない。 そのため、邪馬台国をヤマト国と読む説が生まれるが、これについては既に述べたとおり、元々はヤマタイ国だったのを、後にヤマトの国とも呼ぶようになったと考えるのが [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 3
  • ? ヤマタイの国物語 では、邪馬台国建国の場所を九州の山地の台状地と想定して、その国がどのようにできたかを想像してみる。 ムラ造り、クニ造りは農耕集落を想定した条件での説明が多く、日本の古代山地部族のクニ造りの説明は見たことがない。縄文時代の山地定住集落を想像すると、自然発生的にクニができる条件があるとは考えられないからだろう。 山地のムラが統合してクニが造られたとか、山地の民が平地のムラを支配し [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 2
  • 第二章 邪馬台国が九州に成立したと推理する理由 一 邪馬台国の倭名と字の由来 魏志倭人伝では「邪馬壹國」、後漢書では「邪馬臺國」と書かれており、前者はヤマイチコクと読める。倭語でイチは市の意味しか考えられない。山の人が集まっている国という意味になろうか。 日本では後者に従って邪馬台国とされている。本書では定説に従う。 この国名は女王との関係性を表現した呼び方ではなく、由来のある固有の国名であると考 [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国 全文1
  • ヤマト王権の始まりの国 「狗奴国=邪馬台国奈良分国=ヤマト王権」仮説 序 一 倭女王卑弥呼と狗奴国王卑弥弓呼 二 ヤマト王権の始まりの国とは 三 一世紀から三世紀までの倭の国々はどうだったか 四 邪馬台国分国仮説 第一章 狗奴国とは 一 クニの名  ? クニと国  ? クニの名づけ方  ? クニとクニの関係を示す言い方 ? 魏志倭人伝の国の名づけ方 二 狗奴国という国名  ? 狗はコ(子)と [続きを読む]
  • ヤマト王権の始まりの国  
  • 副題 「狗奴国=邪馬台国奈良分国=ヤマト王権」仮説 要約 『三国志』魏書東夷伝倭人条(以下、「魏志倭人伝」と表記)に狗奴国という国が紹介されている。女王卑弥呼に属する国が29ケ国もあり、魏が後ろ盾になっていながら、狗奴国の王卑弥弓呼は一国だけで女王と攻撃し合ったとされている。 卑弥呼と対等以上の力を持つ卑弥弓呼の狗奴国とはどういう国なのか、史料はなく、納得できる説明にも出会えない。国の位置さえ諸説 [続きを読む]
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