牧師 田崎敏明 さん プロフィール

  •  
牧師 田崎敏明さん: 神の言葉を日常に生かすブログ
ハンドル名牧師 田崎敏明 さん
ブログタイトル神の言葉を日常に生かすブログ
ブログURLhttps://bible.muragon.com/
サイト紹介文日常生活から、聖書のお話を書きます。牧師:田崎敏明
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供76回 / 75日(平均7.1回/週) - 参加 2018/10/06 08:19

牧師 田崎敏明 さんのブログ記事

  • 市長も駆けつけてくださった延岡東海教会クリスマス会
  • 土曜日の延岡東海教会クリスマス会は51名の子ども大人が集いました。そしてなんと準備していたプレゼントパックも51個だったのです。ピッタシカンカンっ!! 延岡市の市長さんもお忙しい中かけつけてくださり感謝でした。 5年前閉鎖中だった教会堂を買い取って、新たに一から始めた郊外の教会。5年経ってこうなりました。 「やっぱ、牧師が素晴らしいからだよな」…ではありません。そんはことでないのは皆さんよくご存知 [続きを読む]
  • 教会の十字架に向かって手を合わせる人
  • 先日近くを歩いておられた方が、「すいませんトイレを貸してください」と教会に入って来られました。「どうぞどうぞ」と使ってもらいました。その後、その方は、会堂を見せて欲しいと言われるので見てもらいました。するとその方は、会堂の正面にある十字架に向かって静かに手を合わせておられました。 日本人のクリスチャンの中には、こういう光景を見ると、すぐに口を尖らせて「それは偶像礼拝だっ!」と言い出す人もいる有様で [続きを読む]
  • 今朝は倫理法人会でクリスマス講話
  • 本日の朝は、延岡倫理法人会モーニングセミナーで「牧師が語るクリスマスのあれこれ」とタイトルで講話させていただきました。皆さん、できた方ばかりなので、とても話しやすかったです。また、終わった後、皆さんが講話の感想を「ありがとうカード」という形で書いてくださったのも、とても嬉しかったです。自分の講話がどうだった、やはり何気に気になりますからねっ。 [続きを読む]
  • 信じるだけで救われるなら、何をしてもいいいの?
  • 【基督教歎異抄 第13章】 「薬あればとて 毒をこのむべからず」 という言葉がある。 「薬があるからといって なにもわざわざ毒を飲みことはしないでしょう」という意味だ。 キリスト信仰は、悔い改めてイエス・キリストを信じるだけで救われるというものだ。実によく言われる「信じる者は救われる」だ。 信じるだけで救われるなら、何をしてもいいのか? じゃあ悪いことしても、死ぬ直前に信じれば救われるのか? と問 [続きを読む]
  • 「LET IT BE」はイエスの母マリアの言葉
  • 天使ガブリエル 「おめでとうマリア、あなたはみごもって男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい」 マリア 「えっ、私はまだ男の人を知りませんのに、そんなことが…」 天使ガブリエル 「あなたは聖霊によって身ごもるのです」 マリア 「…Let it be (あなたのおことば通りこの身になりますように)…」 「And Mary said, “Behold, I am the servant of [続きを読む]
  • 救いは行いにはよらず、完全に恵みによる。
  • 【基督教歎異抄 第12章】 心の中でもし誰かのことを悪く思うならば、それは殺人と同じであるというのが、神のさばきの基準なのだ。情欲を持って異性を見るならば、それは神の目には姦淫なのだとも聖書には書いてある。お恥ずかしい話、私など一生かかってもその煩悩から抜け出せるかは自信がない。このさばきの前には、誰一人として清廉潔白な者は存在し得ない。 「悔い改めて信じたら救われる」というのがキリスト信仰の救 [続きを読む]
  • 日曜日の教会。午前は礼拝会。午後は近所の子どもたちの遊び場。
  • 今日の日曜日、午前中は礼拝会だったけど、午後は近所の子どもたちが教会に来て遊んでいた。この子たちが大きくなって何かあった時に、教会のことを思い出してくれて、近くの教会に行ってくれたらいいなぁと思う。 日本では教会は、神社やお寺と違って、行きにくい場所というイメージがあるものだ。それは教会の中にいる人間に問題がある。 それはともかく、延岡東海教会は、信者でない方でも自由に出入りできる教会にしたい [続きを読む]
  • ジョン・レノンが撃たれた日
  • 今日(12/8)はジョン・レノンが撃たれた日だ。38年前のあの日、そのことをテレビニュースで知った私は、体を震わせながら、当時勤めていた工場の寮の部屋の窓に、白いハンカチを貼り付けた…。 キリスト者の中にはジョン嫌いな人も多い。それは「ビートルズはキリストよりも有名になった」と発言したり、「♪天国や宗教なんかないと想像してごらん」と歌ったからだという。おいおい、そんなことでガタガタ言うなよ(笑)  [続きを読む]
  • イエス・キリストの救いと、私たちの行い
  • 【基督教歎異抄 第11章】 聖書から、「心をイエス・キリストに向けてイエス・キリストを信じるだけで救われる」と伝えると、必ず「では行いはどうでもいいということか?」と聞かれるものだ。 しかし、「心をイエス・キリストに向けてイエス・キリストを信じるだけで救われる」というのは、そのとおり「救い」に関することなのだ。 人は、どんな宗教を信仰していようと、また「信仰を持っていない」という方々であっても、自 [続きを読む]
  • エッセイ集「ろくまる」読んでくださった方々の感想
  • 還暦記念に先日発行したエッセイ集「ろくまる」。読んでくださった方々から感想が届き始めています。感謝です。 ・・・・・・・・・・ 「ろくまる」出して下さってありがとうございました。キリスト教用語を使わないと、こんなに気持ちが楽になるのだなと改めて教えられました。リビングバイブルもわかりやすいですね。 先生が仰ってた通り、手触りが良く、何より文字の書体が疲れないです。色々ご配慮されたのだなと感じました [続きを読む]
  • 何かを言わないことも大事
  • 「知恵のある人は知っていても黙っていますが、愚か者は言いふらして、愚かさをさらけ出します」 (聖書 箴言12:23) 何を語るかはもちろん大切だけど、同じくらい、何を語らないかも大切なんだ。だから私はこんなにおとなしくしているのだ…? 何かを言う勇気よりも、何かを言わない忍耐の方が素敵だと思う。すぐにあれこれ言う人よりも、じっと見守っている人の方が懐が深いと思う。 [続きを読む]
  • 異端の始まり
  • 【基督教歎異抄 第10章】 聖書には、神について記されているが、無限の神の全てを、この極めて有限で浅はかな私たち人間が理解できるはずはないのだ。そしてまた聖書に神の全てが書かれているわけでもない。神は私たちの知性において理解できない、遥かなるお方なのだ。 嗚呼、それなのに、その分かるはずのない事柄についても「こうだ、ああだ」と知ったかぶりして説く人達も現れて来る。そこから異端の教えが始まる。気をつ [続きを読む]
  • 信仰もいただきもの
  • 【基督教歎異抄 第8章】 キリスト者のイエス・キリストへの信仰、そしてまたその救いというものは、これは決して自分から出たことではなく、これもまた神がくださったものなのだ。 イエス・キリストの弟子であったペテロもクリスチャンたちへの手紙の序文で、「尊い信仰を受けた方々へ」と書いている。授けられたものなのだ。受けたものなのだ。自分の努力で成し得たものでは決してない。 もしこれらが自分から出たことであっ [続きを読む]
  • 爆笑 延岡東海教会宣言!
  • 昨年2017年8月に発布した「延岡東海教会宣言」再掲。(一部改正、追記あり…笑) 【延岡東海教会宣言】 序文)「延岡東海教会は、牧師をはじめ変わった人達ばかりではありませんか?」と心配しないでください。安心してください、あなたも充分変わっていますから。 ①延岡東海教会では、その人の髪の長さ、本数、またその人の信条、宗教、政治理念、国籍等で、差別することはしません。 ②延岡東海教会では、クリスチャ [続きを読む]
  • イエス・キリストの救いは完全
  • 【基督教歎異抄 第5章】 イエス・キリストの十字架上での最後の言葉は「完了した」でした。 それは、自らが犠牲となり、皆の罪の罰を受けることによる、救いの完了でした。完全に救いの業を完成されたのです。私たちはこのとことを信じ、感謝する時にその救いを受け取ることが出来るのです。 神は、救いの業を8割方成して、残りの2割は人間の努力次第で…と言う方ではありません。救いを完全に成し遂げてくださったお方なの [続きを読む]
  • 伝道とは
  • 【基督教歎異抄 第4章】 信仰とは、人様を救いにあずからせようとするものではなく、まず自分自身がしっかりと受け留めるべきものだ。しっかりと受け留めている人からは、静かさの中にも自ずから、その救いの良き香りが伝わってくるものだ。それが本当の伝道というものだろうと思う。 逆に、「伝道しよう! 伝道しよう!」と大口を開けている人をじっくり観察していると、「いや、あんたが伝道するとかえって逆効果だ」 [続きを読む]
  • 「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」
  • 【基督教歎異抄 第3章】 唯円が親鸞の言葉を記したといわれている「歎異抄」の3章は、「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」で始まる。。「善人ですら救われるのだから、まして悪人が救われるのはあたりまえのことだ」という意味だ。一般的にはそれは反対だと思われることかもしれない。 しかし、わが師イエス・キリストもある時こう語られた。「わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです」と [続きを読む]
  • 幸せなんて安価ですぐ手に入る
  • 白い暖かなご飯を食べる時にいつも「ああ、幸せだなぁ」と思う。幸せなんて、決して高いものではない。子どもの頃は、10円玉一個で天にも上る幸せだったことを思いだそう。 幸せなんて安価ですぐ手に入るのだ。心がけ一つで…。 エッセイ集「ろくまる」予約受付中。 [続きを読む]