たい さん プロフィール

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たいさん: たい の ブログ
ハンドル名たい さん
ブログタイトルたい の ブログ
ブログURLhttps://thahih.wordpress.com
サイト紹介文お母さまを愛しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供16回 / 14日(平均8.0回/週) - 参加 2018/10/08 15:59

たい さんのブログ記事

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  • 私たちは今まで、観念的に神様を呼び求めてきました
  • 私たちは今まで、観念的に神様を呼び求めてきました。宗教的主体としてのみ、神様を呼び求めてきたのです。神様は生命の主体であると同時に生活の主体であり、生活の主体であると同時に理念の主体です。しかし、いくらその理念の主体が広くて大きいとしても、実質的にそれは生活感情で分析され、体験されなければなりません。もし生活で体験される理念の価値を、存在しているどのようなものとも取り替えることができない、と誇り得 [続きを読む]
  • その神様は、現実的な神様です
  • 私たちの主体は神様です。ですから、神様と共に喜び、神様と共に歌い、神様と共に踊らなければなりません。そうなれば、どんなによいでしょうか。ですから、私たちの目的も神様です。私たちの人生の道は、何を求めていく道でしょうか。神様を求めていく道です。その神様は、現実的な神様です。 天一国経典 天聖經・第一篇,第一章,第二節 [続きを読む]
  • あらゆるものを見ると、対になっています
  • あらゆるものを見ると、対になっています。鉱物世界にも、プラスイオンとマイナスイオンがあり、与えたり受けたりしながら運動しています。花にも、雄しべと雌しべがあります。動物世界にも、雄と雌がいます。近頃は、細菌にも、雄と雌があるという話をしているのです。見えない世界にまで雄と雌があるというのですから、見える世界はどうでしょうか。雄と雌が自分の意志によって生まれたのでしょうか。他者の意志によって生まれた [続きを読む]
  • 神様は明らかに存在します。 どこにいるのでしょうか。
  • 神様がいるのかいないのかというと、神様は明らかに存在します。どこにいるのでしょうか。「私」に一番近いところにいます。ですから、見ることができません。一番近いので見ることができないのです。皆さんの目が皆さんの目を見ることができますか。近いので見ることができません。ですから、神様も近いので見えないのです。 天一国経典 天聖經・第一篇,第一章,第一節 [続きを読む]
  • 神様は、人間の父であると同時に母です
  • 神様は真理の本体であり、愛の本体であり、生命の本体だといいますが、それはどういうことでしょうか。みな同じ話です。真理が成立するには、愛と生命がなければなりません。真の真理を語ることのできる人になるには、自らの生命の中に真理に対する意欲と欲望がなければなりません。生命の本体、愛の本体、真理の本体である神様は、人間の父であると同時に母です。核心は父母です。このように見れば、神様は単純で、分かりやすいお [続きを読む]
  • 神様が絶対に必要とされるただ一つのものは、その愛を施すことのできる対象
  • 神様は、愛のために人間を創造されました。愛は独りで成立するものではありません。したがって、神様が絶対に必要とされるただ一つのものは、その愛を施すことのできる対象、すなわち神様が愛することのできる対象です。必ず相対がいてこそ愛することができます。愛と心情の本体であられる神様は、その愛が動機となって宇宙を創造されたのであり、特にこの期間に、創世記第一章二十七節のみ言どおり、神様に似た実体対象として人間 [続きを読む]
  • 人間の良心は、あくまでも対象的なものであって、主体的なものではありません
  • 人間の良心は、あくまでも対象的なものであって、主体的なものではありません。何か分かりませんが、作用の原則に従って求めていけば、必ず作用せざるを得ない一つの主体が存在します。その主体と対象は、互いに損害が発生することを望んで作用するのではなく、より利益になることを、より良くなることを願って作用します。私たちの良心は、より良い、より大きい、より価値のある、より世界的なことに向かって作用しています。した [続きを読む]
  • 数秘術と西洋占星術
  • 第一祝福の個性完成のために、具体的にどうしたら良いのか?いろいろなアプローチはあるでしょうが、自分を知る、ということが第一歩だと思います。それで「数秘術」と「西洋占星術(星座占い)」という2つの占いを紹介します。まずは、数秘術。数秘術占いサイト※ 11 か 22 か 33 が出た人は、Google検索でそれぞれ、数秘 2 , 4 , 6 も調べることをお勧めします。* * *それから、星座占いですが自分が何座かはご存知でしょうか [続きを読む]
  • 論理的な面でのみ神様の実在を認識しようとしても、無理があります
  • 皆さんは、漠然と、観念的にのみ神様の実在を認識してはいけません。論理的な面でのみ神様の実在を認識しようとしても、無理があります。なぜなら、論理圏内だけにとどまる神様ではないからです。論理的に神様を認識する信仰が、私たちの生涯を導いて永遠の生命の実体として完全させてくれるのかというとき、ここには問題点が多いというのです。それでは、このような環境で生きている私たちは、どのようにすれば真(まこと)の主と神 [続きを読む]
  • 神様は存在していると言わざるを得ない、ということではないのです
  • 「神様がいる」というとき、それは言葉だけで知ることではありません。主体と対象の関係を中心とする原理から見てみるときに、神様は存在していると言わざるを得ない、ということではないのです。神様は、「私」が存在する前にいらっしゃったのであり、私が考える前にいらっしゃったのであり、私の全ての感覚、私の一切を主管するお方です。それを認識することが何よりも重要な問題です。知って認識するのが原則ではありません。認 [続きを読む]
  • 特にキリスト教信徒達にとっては、理解しがたいこと
  • 新しい真理が現れなければならないという主張は、宗教人達、特にキリスト教信徒達にとっては、理解しがたいことのように思われるかも知れない。何故なら、彼等は、彼等の持っている聖書が、それ自体で完全無欠なものだと考えているからである。もちろん、真理は唯一であり、永遠不変にして、絶対的なものである。しかし、聖書は真理それ自体ではなく、真理を教示してくれる一つの教科書として、時代の流れと共に、漸次高められてき [続きを読む]
  • 古い時代の真理観に執着している
  • 堕落した人間は神霊に対する感性が非常に鈍いために、たいていは真理面に重きを置いて復帰摂理路程を歩んでゆくようになる。従って、このような人間達は、古い時代の真理観に執着しているが故に、復帰摂理が新しい摂理の時代へと転換していても、彼等はこの新しい時代の摂理にたやすく感応してついてくることが難しいのである。旧約聖書に執着していたユダヤ人達が、イエスに従って新約時代の摂理に応じることができなかったという [続きを読む]
  • ここに発表するみ言はその真理の一部分
  • ここに発表するみ言はその真理の一部分であり、今までその弟子達が、或いは聞き、或いは見た範囲のものを収録したに過ぎない。時が至るに従って、いっそう深い真理の部分が継続して発表されることを信じ、それを切に待ち望むものである。原理講論・総序*此処に発表したのは、その弟子が聞いたものを記録した事であり、未だ云われない事が如何に多いかは推量する事が出来ない。原理解説・総序*わたしには、あなたがたに言うべきこ [続きを読む]
  • はじめに
  • 家庭連合の天聖經など、気になったみ言などをいろいろ紹介していきたいと思います。「なおひろのブログ」がアクセスできなくなったために、ここに新しいブログをつくりました。よろしくお願いします。 [続きを読む]
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