ひとらたん さん プロフィール

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ひとらたんさん: 大河ブログ
ハンドル名ひとらたん さん
ブログタイトル大河ブログ
ブログURLhttp://alailama2039.hatenablog.com/
サイト紹介文歴史的大河コンテンツを発信して参ります。 どうぞ宜しくお願い致します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供44回 / 37日(平均8.3回/週) - 参加 2018/10/15 18:54

ひとらたん さんのブログ記事

  • ツイ。140字のツイートに描き出す、広大無辺の大世界がある。このツイの道に、天下第一の大成を果たさんと志す一人の文人がいた。己の師と頼むべきアカウントを物色するに、ついに、当今ツイにおいては並ぶ者なき人傑にあたる。師に付き、学び、ふぁぼRTなどして、また己のツイの研鑽に励むこと5年の歳月を費やし、いよいよ師をも凌駕する頂きを見出した。つぶやけば忽ち人を魅了し、感化し、思わずふぁぼらせRTたらしめる。鎧袖 [続きを読む]
  • 徐晃伝 四十四『兵法の極意』
  • 魏軍が動いた。大将は、徐晃。水没し、関羽の大軍に囲まれた樊城へ向かう。先鋒は副将・趙儼(ちょうげん)。増援を率いて駆け付けた徐商、呂建の両将が左右に展開する。陽陵坡(ようりょうは)の要衝まで進み出ると、ついに魏蜀は戦線に対峙した。眼前に立ち塞がる第一の障壁、蜀軍の拠点・偃城である。「・・・では、徐晃将軍の策の通りに」副将・趙儼、一気に城を攻め落とすかと思えばそうでは無い。 [続きを読む]
  • 徐晃伝 四十三『反撃の狼煙』
  • 情報伝達は戦の要。 軍議を重ねて、徐晃は諸将に語る。 「何よりも肝要は、籠城する味方と連絡を密にする事でござる。何としても樊城の曹仁殿と通信すべく、活路を拓かねば!」 兵らを休ませるうちも徐晃は、休まず頭を働かせた。「この道は通れぬ。ここは敵が厚い・・・」 軍営の篝火(かがりび)は夜通し明るく、幕僚らが智恵を振り絞る。方々に隈なく斥候を放って情報収集を徹底した。 敵軍の陣形、周囲の地形・地質をつぶさに調 [続きを読む]
  • 徐晃伝 四十二『死中に活』
  • 樊城(はんじょう)。外周一帯は水没し、籠る魏軍に逃げ場は無い。揚々と意気盛んなる関羽の荊州軍がこれを幾重にも包囲し、糧道を断った。魏兵は飢えと病に弱る。守将・曹仁はそんな麾下の将兵を見やり、顔を歪める。「・・・もはや軍の体(てい)を成しておらぬか。あたら兵を損ねることは無い・・・ここは、自分の首一つで」将命と引き換えに、麾下兵卒の無事を守らん。降伏を決意しようと拳を握る所であった。そこへ、 [続きを読む]
  • 徐晃伝 四十一『急造軍』
  • 兵が足りない。 先に、水龍の顎(あぎと)に飲まれた于禁ら七軍は虎の子であった。漢中・合肥の戦線も含め三方面、方々に作戦を強いられる魏軍にとって、荊州への動員兵力はもはや限界に達している。 単騎、宛城へ先駆けた徐晃はそこで将・趙儼(ちょうげん)より戦況を聞く。 切迫した窮状、されど、「・・・樊城に留まる曹仁殿らを見捨てるわけに参らぬ。これを関羽殿に破られれば、もはや許昌は目と鼻の先でござる!」 魏国、最大の [続きを読む]
  • 徐晃伝 四十『宿命の戦場へ』
  • 漢中から撤兵する魏軍の中に徐晃もいた。 雨が降りしきる。兵の歩く道には泥が跳ね、足取りは重かった。 勝利を掲げて都への凱旋とはゆかず、戦略的な撤退である。 (・・・拙者の武、もっと高みへと届いていれば。夏侯淵殿も、お味方も犠牲は少なく、勝ち戦となったのであろうか・・・) 徐晃は内省する。 (いや、傲慢でござる。勝敗は兵家の常、拙者はただひたすらに武を磨き、頂きを目指すのみ) 徐晃はその双眸に決意を宿し、中原 [続きを読む]
  • 徐晃伝 三十九『陽安関の戦い』
  • 山険に鎮座する巨大な関門。 石造りに積み上げられた城壁は高く聳(そび)え立ち、何者をも寄せ付けぬ堅牢な要害を成している。正面、巨大な鉄の門は固く閉ざされ、『陽安関』の文字が堂々と大地を見下ろしていた。 壁上にズラリと蜀軍の弓兵が構え、眼下に多勢居並ぶ魏軍に狙いを定める。 攻め手の魏軍、大将・曹真は合図の旗を上げて大喝した。「いざ!陽安関を攻め落とすのだ!」 地鳴りが響き喚声が沸き、魏兵は盾を構えて一斉 [続きを読む]
  • 徐晃伝 三十八『急転直下』
  • 馬鳴閣の街道へ進出した蜀将・陳式は、軍師法正の戦略眼に感嘆した。 「主戦場より遥か北西、この馬鳴閣は漢中と中原を結ぶ喉元にあたる。・・・山険の攻防にばかり目を取られていたが、これは妙手よ」 敵と戦って討ち破るだけでなく、軍を迂回させ敵を包囲する。 軍略とは斯様なものと心得るばかりであった。 「街道の守りをしかと固めよ!我らの布陣が、中央の友軍を助ける力となるぞ!」 南の定軍山へと続く街道に万全の防備を [続きを読む]
  • 徐晃伝 三十七『反攻の糸口』
  • 徐晃。一軍の将である。 漢中の険しい峰々を眺めやり、歯痒い思いを抱いていた。 (攻めの手が今一つ、掴め申さぬ・・・) 蜀の劉備との山岳戦は長期に及んでいた。軍師・法正は執拗に魏軍の弱点を炙り出す巧みな采配で、徐々に、戦局の帰趨を掌握してゆく。徐晃は自軍の陣地を堅牢に守備するが、今一つ攻めの手に掛かれずにいた。兵法としては、誤りでない。攻め難き所を無理に攻めるのは徐晃の戦(や)り方ではない。守りを固め友軍 [続きを読む]
  • 三好三大天 第四話『仙熊丸』
  • 「では、若様。書面に押を頂きたく」 仁徳の士・長逸(ながやす)は、丁重に礼を以って座を下がり、一人の少年に筆を差し出した。 仙熊丸。齢十一のこの少年は、幼年に似つかわず落ち着いた表情で堂々と居直る。静かに筆を執ると、すらすらと書面に花押を描いた。 「これで良いか、長逸」 「ありがたきしあわせ。これにて民の暮らしも変わりましょう」 長逸は三好一族気鋭の若武者であるが、宗主の血筋ではない。 宗家の男は皆、戦 [続きを読む]
  • 三好三大天 第三話『仁の和議』
  • 泥沼の混戦が続いていた。室町管領・細川晴元と、石山本願寺・証如光?。初めは結託して戦乱を煽動した両者であるが、やがて折り合いが悪くなり敵対した。畿内の権益独占のために彼らが利用した一向一揆は民の怨嗟を呑んで肥大化し、もはや制御不能の暴走を拡げてしまう。両者打ち続く戦役に疲弊し切って、城砦も領地も荒れに荒れていた。そんな状況下である。遥々阿波徳島より海原を越えて、堂々たる威風、気鋭の軍勢 [続きを読む]
  • 三好三大天 第二話『天文法華の乱』
  • 世は乱れていた。長きに渡って続いた室町の世。権力に寄生する佞臣(ねいしん)が跋扈(ばっこ)し、汚濁にまみれた内部抗争に明け暮れる世俗は荒れ果て、すっかり腐敗しきっていた。民は困窮と飢饉に苦しみ、各地で一揆が沸き起こる。略奪と殺戮の戦乱は国中に拡がり、もはやこれを治める者は無い。後の世にいう天文法華の乱である。仁徳の士・三好長逸(ながやす)。激怒し、叫んだ。「乱世はここに極まれり!苦 [続きを読む]
  • 徐晃伝 三十六『隴を得て蜀を望まず』
  • 司馬懿。傑出した智謀を秘める稀代の軍略家だが、今はまだ鳴りを潜めて淡々と政務をこなすのみ。それが突如、魏公・曹操へ奏上を述べた。「漢中を得た今こそ好機。このまま巴蜀の劉備を討つべきでありましょう」天険の益州深くまで攻め入るには困難を伴うが、しかし蜀を得たばかりの劉備には付け入る隙がある。乱世平定へと一挙に王手を掛ける大胆な発想と堂々たる献策には、目を見張る所があった。しかし曹操はこの作戦を [続きを読む]
  • VERITASBRÄU(ヴェリタスブロイ)とビール純粋令
  • ノンアルコールビール。今まで全く飲む機会はありませんでした。自分とは無関係の事と思っておりました。飲みたければ普通に、ビール飲むからね。しかし私事ですがこのたび病院で常飲薬を処方され、毎晩寝る前に飲まなければならぬ薬が出来て、状況は一変しました。酒と薬は一緒に飲まないで、とはよく言われる事ですが「ちょっとなら良いでしょ」のつもりがほぼ毎日の事となれば、看過できない影響が人体に及ぼされてき [続きを読む]
  • 徐晃伝 三十五『漢中平定』
  • 稀代の名将・夏侯淵。彼の指揮の下、徐晃、張郃らの活躍で涼州の戦乱は平定されてゆく。 西方に残る敵対勢力は、漢中に依る五斗米道の祖・張魯を残すのみ。 今や西涼の死神とも称されるしぶとさで抵抗を続ける馬超も、張魯の幕下で魏軍に抗していた。 そんな中、魏軍に報せが届く。 「お味方の姜叙殿が、馬超の攻撃を受けております!急ぎ救援を賜わりたく!」 しかし漢中の張魯を目前に、馬超の猛威が轟く祁山への出兵には諸将 [続きを読む]
  • 徐晃伝 三十四『魏公の武威』
  • 魏軍は、草原を駆ける。 先頃魏公の位に昇り、国を拓いた曹操の武威の下で魏軍は、今だ治まらぬ涼州の諸部族相手に草原を駆けていた。 「駆けよ、ひた駆けよ!あの高台を目指すのだ!」徐晃は将として一軍の指揮を執る。背後から勢い盛んに迫る騎馬兵は、白項氐王率いる大軍。 「逃がすな!矢を放てい!」必死で逃げ駆ける徐晃隊の頭上に、一斉に放たれた矢が降り注ぐ。駆けながら背を守る事能わず、射抜かれて騎兵は次々と倒れた [続きを読む]
  • 徐晃伝 三十三『涼州戦役』
  • 賈詡。謀略を得意とする智将で、降将であるが、今や曹操軍の参謀格として不動の地位を築いていた。徐晃とも縁がある。かつて楊奉に仕えていた徐晃は、楊奉の主・李?の軍に属していたがその李?の軍師として、賈詡が智謀を奮った時期があった。 かつて敵として曹操に対した経歴も、徐晃と同じである。 真っ直ぐで清廉な徐晃の人品と、権謀術数を駆使するしたたかな賈詡とでは正反対の性格だが、不思議と二人は互いの境遇や信念、 [続きを読む]
  • 徐晃伝 三十二『潼関の戦い』
  • 「一族の仇!曹操、覚悟ーーっ!」西涼の錦馬超。その鬼気迫る魂魄は苛烈。精鋭騎馬隊を率いて一気呵成に、曹操軍本隊の喉元へ攻めかかった。曹操軍は渡河の最中である。蒲阪津の先に橋頭保を築いた徐晃隊に呼応し、曹操軍の本隊もまた潼関の後背から攻めるべく大規模な渡河作戦を実行した。こうなった以上、連合軍は潼関を放棄して戦線を下げるほか対抗策は無い。しかし馬超は、復讐の鬼と化した馬超は兵法の常道 [続きを読む]
  • 徐晃伝 三十一『背水の陣』
  • 「ソイヤッ!ソイヤッ!!」騎馬の疾走。徐晃率いる一隊は、北方の黄河を渡るべく戦場を駆け抜ける。風の如く馳せる軍団の中で、副将・朱霊は徐晃に問うた。「徐晃殿。我ら四千騎、精兵といえども渡河中は無防備。襲撃を受けたらひとたまりもないのでは?」朱霊も、また曹操でさえも、本作戦での渡河の成否を最も案じている。しかし徐晃には難なく河を渡れる自信があった。騎馬を走らせ、徐晃が答える。「朱霊殿の [続きを読む]
  • 徐晃伝 三十『敵の虚を突く』
  • 北の曹操、東の孫権、西の劉備。天下は、いよいよ三国鼎立の情勢を迎えようとしていた。さしあたって南方への進退が膠着した曹操軍は、天下平定のため次なる目標を西方の漢中に定める。漢中は中原の要衝。徐晃をはじめ、曹操軍の諸将兵は漢中侵攻の戦支度に精を出していた。急報は、そんな中突如もたらされる。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜西涼の豪族・馬騰(ばとう)。西方の山岳民族、羌族の血も入り混じる精 [続きを読む]
  • 徐晃伝 二十九『名将・夏侯淵』
  • 「おっ、来たな徐晃〜〜!今回は一つ、どうか俺に力を貸してくれや」明るく陽気な振る舞いで徐晃の肩を叩く偉丈夫は、夏侯淵。曹操の旗上げから従う最古参の宿将として歴戦を闘い抜き、将帥としての器量が成熟しつつあった。「夏侯淵殿、麾下の副将をお任せ頂き光栄にござる。何卒よろしくお頼み申す!」赤壁の敗戦から向こう、曹操の支配基盤が比較的堅固でない西域方面では地方豪族の反乱が相次いだ。今回、并州 [続きを読む]
  • 徐晃伝 二十八『父の背中』
  • 長きに渡る南方の戦乱を終えて許昌に帰った徐晃は、しばし休息の時を過ごす。久方ぶりに家族との時間を味わい、しかしそれも束の間、すぐにまたひたすら修行と練兵に打ち込む日々に戻った。徐蓋(じょがい)。歳の十を過ぎたこの少年は、いつも邸宅の庭先で棍(こん)を振るうか、部屋で書を読みひたすら学んだ。父・徐晃は武人である。質実剛健な軍団の先陣に騎馬を翻(ひるがえ)し、これを率いて堂々行進するその雄姿を [続きを読む]
  • 徐晃伝 二十七『遼来来』
  • 「推して参る!」 セリャーーッ!と斬り掛かる張遼の激しい連撃を、徐晃は槍さばき巧みに体幹をぶらさず、一刀一刀確実に受け流す。 ギラリ、一瞬を見極めて渾身の一振りを繰り出す徐晃。その一撃をすんでの所で、張遼は飛び退き躱(かわ)してみせた。 周りを囲み固唾を呑んで見守っていた兵達から、ドッと歓声が沸き起こる。 模擬戦といえ、今や曹操軍の大将として並ぶものなき双璧の武人が、真剣勝負の激闘を演じているのだ。こ [続きを読む]
  • 徐晃伝 二十六『午睡の夢』
  • 「・・・孟徳、・・・孟徳!」夏候惇は怪訝な表情で曹操の顔を覗き込んだ。曹操は、練兵中に寝ていた。「ん・・・むぅ・・・夢を見ていたわ」練兵場に面する台座に居眠りをしていた曹操は、物言いたげな夏候惇の顔を見るや、あくびをしながら言った。「今は雌伏の時よ。赤壁の大敗はただ認め、次への備えをすれば良い」落ち込んでいるかと思っていたが、意外な言葉に面を食らった夏候惇は、やがて高笑いをして練兵へ戻ってい [続きを読む]
  • 三好三大天 第一話『桃園の誓い』
  • 時は戦国。 四国は、阿波徳島に三人の男がいた。 長逸(ながやす)、政勝(まさかつ)、友通(ともみち)。 春風が吹き抜けて一面に、桃の花が咲き乱れる。長逸は盃を掲げ二人に語りかけた。「我ら、義にて結ばれし三兄弟。上は大殿を支え奉り、下は民草に至るまで。志を同じくして助け合い、困窮する者らを救わん!」 長逸は、幼い頃に家族を亡くした。 徳を重んじ、目一杯の愛情を注いで育ててくれた偉大な祖父。厳格でいて優しく [続きを読む]