kazu2000 さん プロフィール

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kazu2000さん: kazu2000のブログ
ハンドル名kazu2000 さん
ブログタイトルkazu2000のブログ
ブログURLhttps://kazu2000.muragon.com/
サイト紹介文神社が好きで関西を中心に廻っています。kazu1000のブログ記事が満杯になりましたのでkazu20
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供214回 / 31日(平均48.3回/週) - 参加 2018/10/17 23:21

kazu2000 さんのブログ記事

  • 【白龍大神】(はくりゅうおおかみ)大阪府東大阪市
  • 【白龍大神】(はくりゅうおおかみ)大阪府東大阪市 この小さな社を見つけるのは苦労します。電車で行く場合は、近鉄布施駅の南口で降り、本町通り商店街(フラワーロードほんまち)方へ進みます。そのアーケードの入口の前、近鉄電車の高架とお店の隙間の路地にその社はひっそりと鎮座しています。この社の前にはいつも自転車やバイク等がとめてあり、さらに電柱がありますので、よく見ないと見過ごします。由緒等は不明です。社 [続きを読む]
  • 【隆座大神】(たかくらだいじん)東大阪市永和
  • 大阪府東大阪市永和の永和公園に鎮座する【隆座大神】です。 東大阪市永和の永和公園の一角に石の祠が鎮座しているのが目に止まった。幟が3本立っていて【隆座大神】と書いてあります。案内板などがないので由緒などは不明です。祠の屋根の正面には、宝珠に巻きついた両頭の蛇が彫刻されています。榊(さかき)が新しく管理はされているようです。この辺りの神社仏閣では最も小さいと思われます。 住所:大阪府東大阪市永和の永 [続きを読む]
  • 【八大龍王】(はちだいりゅうおう)東大阪市玉串
  • 【八大龍王】(はちだいりゅうおう)東大阪市玉串 この地蔵堂のような社は東大阪市玉串の住宅地の中にあります。門は施錠されていて境内に入る事はできませんでしたが、掛かっている額には 【八大龍王】(はちだいりゅうおう)と書かれています。由緒等は不明です。 【八大龍王】(はちだいりゅうおう)は昔から雨乞いの神様として祀られ日本各地に【八大龍王】に関しての神社や祠があります。この【八大龍王】(はちだいりゅう [続きを読む]
  • 【弓削神社】(ゆげじんじゃ)*東側 大阪府八尾市東弓削
  • 【弓削神社】(ゆげじんじゃ)大阪府八尾市東弓削 大阪府八尾市付近に勢力を保持していた物部氏の一族である弓削氏の氏神。八尾の弓削神社は、JR志紀駅・長瀬川を挟んで2箇所あり、東側の東弓削一丁目にある「弓削神社」と西側の弓削町一丁目にある「弓削神社」の二社一対で二座にあてている。両社とも式内大社。 鎮座地は弓削が旧河内国志紀郡、東弓削が旧河内国若江郡にあたり、延喜式神名帳には若江郡の式内社と記載されて [続きを読む]
  • 【太田八幡宮】(おおたはちまんぐう) 大阪府八尾市太田
  • 【太田八幡宮】(おおたはちまんぐう) 大阪府八尾市太田 この【太田八幡宮】(おおたはちまんぐう)の付近には古い町並みが数多く残っています。 【太田八幡宮】の由緒について; 「御祭神は「品陀別命」。免田神社は中河内郡大正村大字大田字免田にあり。 品陀別命を祀れり。 由緒は詳らず、明治3年4月本地内にありし、巽神社・品陀別命、天皇西川神社・品陀別天皇を合祀し、同年 5年村社に列し、同40年1月神饌弊 [続きを読む]
  • 【教興寺】(きょうこうじ)大阪府八尾市(2/2)
  • 【教興寺】(きょうこうじ)は、大阪府八尾市にある真言律宗の仏教寺院。奈良市西大寺の末寺である。山号は獅子吼山(ししくさん)。詳名は「獅子吼山大慈三昧院教興寺」。本尊は弥勒菩薩である。 寺伝によれば、聖徳太子が物部守屋の討伐を祈願するため、秦河勝に命じ崇峻天皇元年(588年)に建立したという。寺は中世には荒れ果て、鎌倉時代に、奈良・西大寺の叡尊が復興した。叡尊は河内布教の帰途の際、教興寺が荒れ果てて [続きを読む]
  • 【教興寺】(きょうこうじ)大阪府八尾市(1/2)
  • 【教興寺】(きょうこうじ)は、大阪府八尾市にある真言律宗の仏教寺院。奈良市西大寺の末寺である。山号は獅子吼山(ししくさん)。詳名は「獅子吼山大慈三昧院教興寺」。本尊は弥勒菩薩である。 寺伝によれば、聖徳太子が物部守屋の討伐を祈願するため、秦河勝に命じ崇峻天皇元年(588年)に建立したという。寺は中世には荒れ果て、鎌倉時代に、奈良・西大寺の叡尊が復興した。叡尊は河内布教の帰途の際、教興寺が荒れ果てて [続きを読む]
  • 【権現社】(ごんげんしゃ)大阪府八尾市
  • 【権現社】(ごんげんしゃ)大阪府八尾市 熊野神社とも呼ばれます。熊野権現を祀ります。山麓なので正面入り口からは階段で上がっていく高台に鎮座しているように感じます。 権現社の沿革:「慶長年間(1596〜1614)に、熊野権現を勧請」。寛政2年(1790)意満寺の南西端にあった愛宕神社を合祀。鎮座地について当初は、黒谷1021番地 山頂に近い常川(伝承)。その後、黒谷1142番、現在地の南東 約100 [続きを読む]
  • 【安養寺】(あんようじ)大阪府八尾市  (2/2)
  • 【安養寺】(あんようじ)大阪府八尾市  (2/2) この地は大阪府八尾市の「恩智字向谷」といい、本寺裏山の通稱垣内山のすぐ裏手の山裾から大正十年(1921年)風雨のため山崩れが生じ、その赤土露出部より流水紋銅鐸が発見されました。流水紋様は弥生時代前期から中期にかけて近畿を中心に流行した流水紋土器に見られ、この鐸もその影響を受け作られたものと考えれます。 銅鐸は現在東京博物館にありその拓本が当寺にあ [続きを読む]
  • 【安養寺】(あんようじ)大阪府八尾市  (1/2)
  • 【安養寺】(あんようじ)大阪府八尾市  (1/2) この地は大阪府八尾市の「恩智字向谷」といい、本寺裏山の通稱垣内山のすぐ裏手の山裾から大正十年(1921年)風雨のため山崩れが生じ、その赤土露出部より流水紋銅鐸が発見されました。流水紋様は弥生時代前期から中期にかけて近畿を中心に流行した流水紋土器に見られ、この鐸もその影響を受け作られたものと考えれます。 銅鐸は現在東京博物館にありその拓本が当寺にあ [続きを読む]
  • 【神宮寺 感応院】(じんぐうじ かんのういん)大阪府八尾市
  • 【神宮寺 感応院】(じんぐうじ かんのういん)大阪府八尾市 天川山感応院と称し真言宗高野山普門院末。古くは恩智神社の神宮寺として神社の境内にあった。 本尊の十一面観音像は国の重要文化財また絹本着色不動明王像は府の重要美術品としてそれぞれ指定されており、慈雲尊者裏書の十六善神像など寺宝が多い。 本堂の内庭は僧愛石の作と伝えられている。 「木造十一面観音像」神宮寺感応院のある恩智地域が古くは母木(おも [続きを読む]
  • 【恩智左近の墓】(おんぢさこんのはか)大阪府八尾市
  • 恩智左近満一の出身地などについてはいくつかの説がありますが、恩智神社の社家の出で、この地の豪族として恩智城を築き、楠木正成方に味方した八臣の一人。 湊川の戦の後は、その子正行を助けて南朝方を守りましたが不幸にして延元2年(1337年)7月熱病のため急死。 傍の墓碑十六基は明治10年の西南戦争に官軍として従軍し、戦死した中河内近在の人々の墓。 住所:大阪府八尾市恩智中町5丁目 アクセス: 近鉄「恩智 [続きを読む]
  • 【河内のコリアン寺院 平和山不動院】大阪府八尾市
  • 【河内のコリアン寺院 平和山不動院】大阪府八尾市 大阪府八尾市の立石越ハイキング道登リ口の奥にある寺院。平和山不動院と刻まれた石柱が立っています。そこを越えると、「結縁地藏堂」があります。この地蔵堂の横の道をさらに奥に行きます。民家のような建物が見えてきます。そこが【平和山不動院】です。最近は後継者不足から廃寺になるコリアン寺院が多い中で、信者の方が集まって法要を営まれています。観音立像など日本の [続きを読む]
  • 「詳細不明の石仏と鳥居」大阪府八尾市
  • 大阪府八尾市のコリアン寺院 ・平和山不動院へいく登り坂の途中に駐車場があります。その駐車状の近くに「鉄パイプ製の鳥居と石仏が鎮座しています。詳細不明です。 鉄パイプ製は、2本づつ3か所、石物の前に立っています。赤いペンキで塗られた鳥居は大部分の塗装が剥げています。石に朝鮮人の名前が刻まれたりしています。また、緑のペンキで塗られたりしている石物もあります。横の道を上がっていくと、コリアン寺院の 平和 [続きを読む]
  • 【薗光寺】(おんこうじ) 大阪府八尾市水越
  • 【薗光寺】(おんこうじ) 大阪府八尾市水越 もとは玉祖神社の神宮寺で、神社のそばにありました。この薗光寺の境内には高さ122?、幅62?の砂岩で作った十三仏の石造があります。下部には14人の女人の法名が刻んであり、十三仏信仰の女人講によって建立されたと考えられます。建立年代は記されていませんが、作風から桃山時代と考えられます。この付近を歩くと、途中 池・田畑・東に信貴・高安山がせまり、緑美しい景色 [続きを読む]
  • 【寳山神社】(ほうざんじんじゃ)「鏡塚古墳」大阪府八尾市
  • 【寳山神社】(ほうざんじんじゃ)「鏡塚古墳」大阪府八尾市 この中河内では最大の古墳である心合寺山古墳の西にこの鏡塚古墳があります。その麓に神社碑があり、古墳を削った跡に【寳山神社】(ほうざんじんじゃ)が鎮座しています。 「鏡塚古墳」は直径約28m、高さ約5mの円墳と考えられていますが、南側に大きい削った跡があり、前方後円墳の可能性も指摘されています。 墳丘の上部には粘土槨が残っていたといわれていま [続きを読む]
  • 【御野縣主神社】(みのあがたぬしじんじゃ)大阪府八尾市
  • 【御野縣主神社】(みのあがたぬしじんじゃ)大阪府八尾市 旧河内国河内郡上之島村(八尾市上之島地区)の氏神。かつてこの地一帯を支配していた豪族・美努連(みぬのむらじ)、三野縣主一族の祖神です。創建の年代は不詳ですが、延喜式神名帳に河内国若江郡の御野縣主神社二座と記載されていることから平安時代以前にはあったと思われます。明治5年(1872年)に村社に列せられました。 境内西側は小高い丘になっており、か [続きを読む]
  • 【由義神社】(ゆぎじんじゃ) 大阪府八尾市八尾木
  • 【由義神社】(ゆぎじんじゃ) は大阪府八尾市八尾木に鎮座します。 由緒については、「由義神社は 由義宮(西の京)に、神護景雲(じんごけいうん)三年(七六九)稱徳(しょうとく)天皇たびたびこの地に行幸され、その宮域は若江、大縣、高安三郡にまたがる広域の中心由緒深い宮跡に、広大な氏地と氏子により崇敬(すうけい)の精神をもって造営され、その規模、格式共に近隣に比をみない堀を巡らし、森をようした荘厳(そう [続きを読む]
  • 【津夫久美神社】(つぶくみじんじゃ)大阪府八尾市水越
  • 【津夫久美神社】(つぶくみじんじゃ)大阪府八尾市水越 古代の大豪族物部(もののべ)氏の祖神宇摩志摩治命(うましまじのみこと)を祭神とする。【津夫久美神社】の「つぶくみ」という社名は、物部氏の一族積組連(つぶくみのむらじ)に由来します。近世頃には「香森大明神」と呼ばれ社地を中の森と言われてました。この神社の西方には弥生時代の集落址である水越遺跡が広がっており、その関連がうかがえます。また、【津夫久美 [続きを読む]
  • 【神立茶屋辻】(こうだちちゃやつじ) 大阪府八尾市
  • 【在原業平】(ありわら の なりひら、825年〜880年)と茶屋娘の恋物語りで名高い、十三街道沿いの【神立茶屋辻】(こうだちちゃやつじ) はあります。 この街道はむかし大阪玉造と大和竜田を結ぶ重要な道筋にあたりこの辻には多くの茶屋が並んでいたのでその名がある。 『「在原業平」が峠を越え玉祖神社へ参詣の途中、福屋の娘梅野をみそめたが、ある夜東窓があいていたので中をのぞくと、娘が手づからでめしを食って [続きを読む]
  • 【佐麻多度神社】(さまたどじんじゃ)大阪府八尾市
  • 【佐麻多度神社】(さまたどじんじゃ)は、河内国高安郡の式内社であり大阪府八尾市山畑に鎮座します。 創建年、本来の祭神は不詳であるが、大和時代(西暦600年代)の創建と伝えられています。現在の祭神は佐麻多度大神で山畑村の産土神。もとの鎮座地はさらに約100m上の高安山中腹の谷口天神山にあった白華観音院の寺領内にありました。 明治5年の神仏分離令で寺は廃絶となり、【佐麻多度神社】(さまたどじんじゃ)は [続きを読む]