syaku yuishin さん プロフィール

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syaku yuishinさん: 常敬寺副住職のブログ
ハンドル名syaku yuishin さん
ブログタイトル常敬寺副住職のブログ
ブログURLhttp://saikoinjyokyoji.livedoor.blog/
サイト紹介文親鸞聖人の孫、唯善上人が開いたお寺”中戸山西光院常敬寺”です。副住職がお寺のことをつづります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供25回 / 23日(平均7.6回/週) - 参加 2018/12/23 10:31

syaku yuishin さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 禅僧が伝えた、甘い”仏教の味”
  • 【みうらじゅん 甘党宣言】男らしさを演出しようと若い頃からお酒を飲んできたのに、ある日突然…「オレって甘党だったんだ」。4000匹のたいやきを食べてきた達人も登場、です。グレーテルのかまど「みうらじゅんのたいやき」14(月)夜10:00 #Eテレhttps://t.co/K8P78t0tmQ pic.twitter.com/FGpAoV8p8k― NHK広報局 (@NHK_PR) 2019年1月11日副住職の唯真です。今夜の「グレーテルのかまど」は”みうらじゅんのたいやき”でした!M [続きを読む]
  • 僧伽(サンガ)という集まりの意味 - ”自分が一人ではないことを知る”
  • 副住職の唯真です。曹洞宗の禅僧である南直哉氏の著書に「老師と少年」という小説があります。その物語は少年と老師のこんなやりとりで幕を上げます。【「ぼくには他人が当たり前だと考えていることがわからないのです。当たり前の世界には問うてはいけないこと、考えてはいけないことがあるのですか?」】【考えてしまう人と、考えなくてもすむ人がいるだけだ。そして、考えなくてもすむ人が、この世の中の仕組みを決めていく。そ [続きを読む]
  • 【常敬寺のあゆみ】常敬寺跡地の研究(関東七ヶ寺-「福専寺」)
  • 下総関宿(現在の野田市)に創建された当山、西光院(のちに蓮如上人から常敬寺の寺号を頂く)は天正の戦乱による堂宇焼失の悲劇をみます。そして常敬寺は戦場となった関東から信濃に移ります。これが11世・了照さまの時代のことです。(常敬寺歴史まとめ→●)後に、下総関宿の跡地(下総国葛飾郡野方深栖郷中戸か)に「福専寺」という別のお寺が建ちました。(『遺徳法輪集』)「福専寺」は、勝願寺、称名寺、光明寺、三月寺、善 [続きを読む]
  • 1月12日は「スキーの日」(上越市に由来)
  • 副住職の唯真です。本日1月12日は「スキーの日」だそうです。上越市の高田駅から約3キロのところにある金谷山(かなやさん)で、オーストリアのレルヒ少佐が明治44年(1911)にここで日本で初となるスキーの講習を行ったことがその由来ということです。このことから金谷山は「日本スキー発祥の地」として知られるようになりました。また、高田に10年間暮らした画家の磯野霊山もレルヒ少佐からスキーを習ったといいます。 【今日の [続きを読む]
  • 極楽を支えるものは「地獄」?
  • 副住職の唯真です。突然ですが、極楽を支えるものは「地獄の思想」ではないかと思う時があります。みうらじゅん氏の言葉を引用させて頂きます。【いとう:みうらさんは、あの地獄を信じなくなったから世の中が乱れたと思ったんでしょう?みうら:今、地獄をなめてるなと思った。俺、地獄に行ったことはないけど、閻魔様だって今はあんな古いことしてないぜ、っていうことを言いたいんですよ。】【みうら:平安時代かな、『往生要集 [続きを読む]
  • オリジナル散華(さんげ)を作りました。
  • 副住職の唯真です。プリントした厚紙をカットするというアナログな手法で、オリジナルの「散華」を作ってみました。散華(さんげ)・・・法要の時に花を撒いて仏さまや菩薩を供養すること。これは仏・菩薩の来迎時や、仏・菩薩を賛嘆する時に天から花が降るという経説に由来する。生の花ではなく、紙製の蓮華の花びらを用いることが多い。「散華」は本にはさむ栞としても使えます。今回、厚紙が結構な厚さだったようで思った以上に [続きを読む]
  • ミニ寺院縁起(由緒書き)POPを作りました。
  • 副住職の唯真です。ミニ寺院縁起を作ってみました。作ったといっても、作成したデザインをプリントして、木枠のフレームにいれただけですが……。フレームに被さるかなと思ったので、中央に文章やらを寄せたのですがそんなに心配しなくでも大丈夫でしたね。正面玄関に置いてあります。短く、コンパクトにまとめましたのでご参拝の際のご参考になればと思います。【今日の常敬寺】境内もだんだんと墨絵めいてきました。大寒前後にど [続きを読む]
  • 薬と毒
  • 副住職の唯真です。さて、NHKラジオ第2で現在カルチャーラジオ 科学と人間「薬と毒の歴史をひも解く」が放送されています。(公式サイト:●)カルチャーラジオはよくチェックしているのですが、前回の「南極研究の今」に続いてまた面白そうなテーマで、さっそく聴かせて頂いています。ネットでもストリーミングで聴けるので是非!そんな中、真宗十派からなる真宗教団連合が発行している2019年度『法語カレンダー』の一月にも、偶 [続きを読む]
  • 【お知らせ】寺院小冊子『常敬寺のあゆみ』の配布を始めました。
  • 副住職の唯真です。当山、中戸山西光院 常敬寺の歴史・由緒をまとめた小冊子『常敬寺のあゆみ』(A5サイズ)をこの度作成致しました。常敬寺歴代住職が書かれた寺伝を軸に、他にも様々な資料を参照しながら、多方面からより立体的、より史実的にも正確な内容となるように務めました。各資料の調査・精読、全体の原稿執筆(それを住職が校正)、表紙のデザインや本文のレイアウトを私が担当させて頂きました。よいものとなったと思 [続きを読む]
  • 法名「唯真」の由来 - 唯善上人にちなんで(最須敬重絵詞)
  • 副住職の唯真です。ところで、私の法名(ほうみょう-仏弟子・仏教徒としての名前)は釈唯真(しゃく ゆいしん)というのですが、今日は少しだけそのことについて説明といいますか、お話をさせて頂こうと思います。釈唯真の「釈」は、仏教の開祖であるお釈迦さまの仏弟子であることを示すもので、「唯真」は当山、中戸山西光院 常敬寺の開基である唯善上人から「唯」の一字を頂いて住職である父が付けてくれました。唯善上人は親鸞 [続きを読む]
  • 本山再建中の惨劇 - 越後尾神嶽の大雪崩
  • 副住職の唯真です。京都にあります大谷派の本山・東本願寺は度重なる火災で不運にもその伽藍を何度も焼失しました。火災にあった年を順に並べますと、天明8年(1788)、文政6年(1823)、安政5年(1858)、元治元年(1864年)と、江戸時代にかけて大変な火災に見舞われたことが分かります。現在の東本願寺は明治28年(1895)に復興したものです。そして元治元年の火災からの復興の際、越後(新潟)で大変な悲劇が起こってしまいま [続きを読む]
  • 仏教と蓮 - 高田公園の「お堀のはす」から味わう
  • 副住職の唯真です。さて、上越市高田の観光スポットの一つに『高田公園』があります。春は桜が見事ですし、 夏は堀一面に広がる蓮の花がとてもきれいです。 この高田公園の蓮は地元の大地主・政治家であった保阪貞吉の発案によるものです。【明治4年、廃藩置県で高田城は無用の長物となりました。貞吉は広大な外堀に目をつけ、殖産興業の第一歩として、出入りの商人柏屋太須斗(たすけ)に命じ、820円(当時)を投じてれんこんを [続きを読む]
  • 「鼻取り(はなとり)太子」の伝承
  • 当山の「聖徳太子立像」には長野県高山村と深く結びついた不思議な伝承があります。戦乱で堂宇を焼失した常敬寺が関宿から信濃に移るときのことです。 孫左衛門という篤信の方がこの太子像を背負って現在の高山村まで運び、常敬寺に再び納めるまでの間自宅に安置して、ご夫婦で大切に護持されていました。そんなある日。大切な田植えの時期に妻が体調を崩してしまいました。自分一人の力では田植えをする事が出来ないと孫左衛門さ [続きを読む]
  • どうしてお寺は”動く”? - 『世のなか安穏なれ、仏法ひろまれ』
  • 副住職の唯真です。当山のあゆみを自分で改めてみて感じたことがあります。それは、”お寺は動くもの”だということです。常敬寺は下総国、信濃国、越後国へと各地を転々としています。現代でお寺が移動するとなると、例えば道路を拡張するため等、区画整理に伴う事例が多いのではないかと思います。しかし、かつてのお寺は人々の宗教的要請によって”動くもの”でした。大名、藩主の招請、または人々の求めに応じて山や川、藩を超 [続きを読む]
  • 聞光力(もんこうりき)とは -「聞く」とはどういうことか
  • 副住職の唯真です。すっかり寒くなりまして、最近イヤーマフ(耳あて)を使い始めました。いつも耳が冷たくなって痛くなるのでこれでどうにか乗り切りたいです。ところでイヤーマフを付けて思ったのですが、こうして守っている”耳”とはなんとも不思議な形をしていますね。仏教に造詣が深いみうらじゅんさんと、いとうせいこうさんのトークの中でもこんな風に”耳”は話題に挙がっています。【いとう:「何でメガネは耳なんかを利 [続きを読む]
  • 【寺報(じほう)】常敬寺「赤門だより」
  • 副住職の唯真です。以前に作成した寺報(お寺の新聞)、『赤門だより』です。秋ごろに作りまして、お寺の他、「寺町カフェ」さま、「ぶらんカフェ」さま、「春陽館書店」さま、「カフェ世界ノトナリ」さまに、それぞれご好意で置かせて頂きました。有難う御座いました。この度、ブログ開設にあたってwebでも公開致しました。お寺や仏教に親しみを持って頂けたら幸いです。合掌 [続きを読む]
  • 曇り空でも「晴れ」? - 自然の厳しさが育んだ他力の教え
  • 副住職の唯真です。昨日の夕方頃までは積雪0センチでしたが、とうとう雪の季節となりました。日常の生活を営む分には、これくらいで済んでもらえると雪も風情があってよいのですが。ところで、地域にもよるとは思うのですが、新潟では曇りのことを「晴れた」と言ったりします。というのも、一年を通して太陽があまり出ないので、雪や雨が降っていない状態が「晴れ」というわけです。このことが原因で、もしかしたら県外の方との会 [続きを読む]
  • 常敬寺と石山合戦
  • 副住職の唯真です。石山合戦を通して顕如上人と教如上人を描いた時代小説、鈴木輝一朗 『本願寺顕如』がとてもおもしろくてお勧めです。さて、顕如上人といえば常敬寺とも深いご縁があるお方です。下総国の堂宇を戦乱によって焼失した常敬寺が信濃国へ転地する際にも、(詳細はお寺の縁起記事をご参照ください)後に十一世となる了照を直々に指導し、万事の作法を相続し、常敬寺の寺格掟を書き記すといった本願寺顕如上人の力添え [続きを読む]
  • 【お知らせ】「フリースタイルな僧侶たちweb」にコラムを寄稿しました。
  • 副住職の唯真です。”宗派を超えた僧侶と仏教ファンのコミュニティ”である、「フリースタイルな僧侶たち」のweb版に僧侶、釈唯真個人として仏教コラムを寄稿させて頂きました。『MUSIC 僧 ON』柔軟な発想で仏教を発信する稲田ズイキ君が編集長を務めるweb版に、この度コラムという形で携われたことに感謝します。若手による仏教発信はこれからどんどん魅力的なものが増えてくるのではないでしょうか。今後も楽しみですね。合掌 [続きを読む]
  • 海と親鸞聖人
  • (直江津・居多ヶ浜左下に「親鸞聖人御上陸之地」の碑)副住職の唯真です。親鸞聖人は念仏弾圧によって越後に流罪とされ、京都から陸路、そして船を使いながら移動し、越後国府に近い居多ヶ浜(こたがはま)に上陸されました。聖人はこの越後の地で様々なものを目にしたことでしょう。厳しい自然と、それと共に共存、ときには抗いながら暮らす人々の姿。話し言葉も、町の様子もきっと京の都とは違っていたことでしょう。そういった [続きを読む]
  • いろいろなお姿の阿弥陀さま - アミトヮフォの響き
  • 副住職の唯真です。さて、真宗のご本尊といえば極楽浄土を治める阿弥陀如来です。真宗の阿弥陀さまは「立像」(りつぞう)、つまり立ち上がったお姿で表されます。また、よく見るとやや前のめり、前傾姿勢をとられています。(横からご覧になると分かりやすいです)これはなぜかというと、私たち衆生を今まさに救いにいらっしゃっている、その様子を表現しているからです。立像は非常に積極的・行動的な仏さまのはたらきの象徴とも [続きを読む]
  • 念仏のしみ込んだ『なむの大地』
  • 【唯善坊、下総関宿に西光院(さいこういん)を建立す。再び越後に轉地(てんち)して、その後、寺号を常敬寺(じょうきょうじ)と號す。】佐々木月樵 『親鸞聖人伝』副住職の唯真です。お寺さまやご門徒さまが団体でいらっしゃられた際にも時折お話させて頂くのですが、親鸞聖人の孫・唯善上人の常敬寺が時代を超えて、聖人が流罪された越後(現在の新潟)にこうして招請されたのは、不思議なご縁を感じます。【歴史上の英雄・偉 [続きを読む]
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