にせ茶人 さん プロフィール

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にせ茶人さん: にせ茶人の歴史ブログ
ハンドル名にせ茶人 さん
ブログタイトルにせ茶人の歴史ブログ
ブログURLhttp://nisechajin.livedoor.blog/
サイト紹介文『毛利家文書』、『明智軍記』、『宗長日記』、そのほか茶道関係の史料を読んでいます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供45回 / 22日(平均14.3回/週) - 参加 2018/12/26 19:46

にせ茶人 さんのブログ記事

  • 鳥取城の戦い 吉川経安置文写(『石見吉川家文書』103号)
  • 【原文】吉川経安置文写(『石見吉川家文書』103号)爰ニ 義昭将軍為織田上総介信長御退治、備後国鞆の浦に被成御動座、毛利右馬頭大江輝元朝臣副将軍を給り、?小早川左衛門佐隆景、吉川駿河守元春父子、その権威をとつて都鄙鉾楯におよふ事数十年也、 然処、因幡国之守護山名太蔵大輔豊国家中衆、背信長芸州令一味刻、因州鳥執為城督可相籠由、惣領元春元長任貴命、息式部少輔経家事、去年三月十八日、令入城之処、織田上総介為先 [続きを読む]
  • ヘンな史料を読む その1 毛利輝元法度案
  • 【原文】毛利輝元法度案(『毛利家文書』1468号)一、かふきひと手なる行規之事、    付、悪人徒党仕、下知をもかろしめ、諸人をあなとり、無筋武篇達過言之事、一、若衆知音停止之事、    付、もしかくし候て知音候ハゝ、聞立、双方同罪に可申付事、    付、従此已前知音のものなりとも、自今日可義絶事、一、辻相撲停止之事、一、犬之事、鷹?狩山のために所持候ものハ鈴札を付、なにかしと可書付候、此外の者無躰にか [続きを読む]
  • 戦国女性の手紙を読む その3 毛利隆元夫人
  • 【原文】毛利隆元夫人消息(『吉川家文書』1216号)返??、うちつゝきかやうに御しんらうおハしまし候御事、何ともとかく申はかり候ハす候、てるもともこのたひの御事ハ、せひとも御かた??さま御とうせんにしもまていてまいらせ候ハてハとの事ニて候、いつれも下くちの御事、やかておほしめすまゝニ御ひまあき、御かいちんおハしまし候するまゝ、いよ??めてたき御事のミ、かさね??申うけ給候へく候、又この二おりに御けさんに [続きを読む]
  • 大友宗麟×雪の絵×島井宗室
  • 【原文】大友宗麟書状(「島井文書」5号、『福岡県史 近世史料編 福岡藩町方(一)』)  尚々、彼一幅相調候やうニ才覚専一候、巨細池辺宗元可申候、為音信段子一端到来、喜悦候、殊旧冬者種々無心之儀共申候処、銘々調給候、是又満足候、必当春上待入候、然者宗柏所持候雪絵之事申候、何とか以才覚可被申調事肝要候、箱弐ニ可被申澄候、何とか??才覚専要候、従此跡申候一儀者、不調候共、彼儀者成立候様、故実頼入候、細々雖申 [続きを読む]
  • 戦国女性の手紙を読む その2 豊臣秀吉夫人おね
  • 【原文】高台院〈豊臣秀吉夫人〉消息(『伊達家文書』661号)御のほりめてたく思ひまいらせ候、大坂の御事ハなにとも申候ハんすることの葉も御入候ハぬ事にて候、まつ??申候ハんとて、いつも??御ねん比の御事にて御入候へとも、ほとゝをくおハしまし候へハ、文にて御うれしさ申入候事も御入候ハて、心より外に思ひまいらせ候、こゝ程にて、もし我??ににあひ候御よふの事候ハゝ、御こゝろおかすうけ給へく候、又この御かたひら [続きを読む]
  • 今川了俊預ヶ状(『毛利家文書』7号)
  • 【原文】今川了俊預ヶ状(『毛利家文書』7号)□□□□同国□□庄領家半済、〈□□(毛)利大膳権□□□(大夫知)行分〉、?□立庄領家半□(済)事、為所□□(々兵)粮料所之替、□(任)先例、可致其□□(沙汰)之状如件、    応安七年八月五日   沙弥(花押)    毛利右馬頭殿 【読み下し】□□□□同国□□庄領家半済〈□□毛利大膳権大夫知行分〉、ならびに□立庄領家半済の事、所々兵粮料所の替わりとして、先例に任せ、その沙 [続きを読む]
  • 戦国女性の手紙を読む その1 毛利隆元夫人消息
  • 【原文】毛利隆元夫人消息(『毛利家文書』1326号)さても??ちいさまの事、御としよりとハ申なから、かやうにふとの事とハおもひまいらせ候ハぬニ、ふしきに御かくれ候て、中??ちからおとし、申もおろかニて候、をなし御事に、さそ??と、御しん中おしハかりまいらせ候、てるもとの御事、ひとへに??それさまと、たか景さまとたのミ申候、おやに御なり候て、御ちからにも御なり候てくたされ候へく候、うちたのミ申候??、申ま [続きを読む]
  • 毛利元就の手紙を読む その15 起請文
  • 【原文】毛利元就起請文(『大日本史料』永正十年三月十九日)御契約申条々事、一、於以後、無相違、長久得御扶持、奉公可申事、一、如此申合候上者、御方我等御間之儀付而、万一人何かと申子細候者、如仰、直ニ御尋あり、又たつね申、互にきやくしん申間敷事、一、於当御洞、拙者若気ニて、何方へも自然無理を申候する時者、預御意見候へく候、それをも承引申さす候者、加様被申合候筋目を御ちかへ候へく候、又御方様人々むりを被仰 [続きを読む]
  • 毛利輝元×芋頭水指×諸役免除
  • 今回読んでみる4点の史料は、毛利輝元が後藤弥左衛門尉という細工職人から、茶器「芋頭水指」を献上された褒美として、諸役負担を免除した史料になります。いずれも『萩藩閥閲録』所収の文書です。 【史料1】毛利輝元書状後藤弥左衛門尉所持候水指芋頭之儀、差上之候、喜悦之趣能々可申聞候、謹言、(天正八年カ)    閏三月五日   輝元 御判     国司対馬守殿    輝元 【現代語訳】後藤弥左衛門尉は、所持してい [続きを読む]
  • 毛利元就の手紙を読む その14 志道広良書状
  • 【原文】志道広良書状(『毛利家文書』249号)彼連署、加判相調候而進之候、多治比へ可有持参候、来月十日吉日之由候、目出度候、其内可参候間、以御見参承へく候、毎事昨日申候之条、一筆申候、恐々謹言、    七月廿七日  広良(花押) (端裏捻封ウハ書)「                   上野介(墨引)与三右衛門尉とのへ まいる     広良」 【読み下し】かの連署、加判相調え候てこれを進らせ候、多治比へ持参あ [続きを読む]
  • 毛利元就の手紙を読む その13
  • 【原文】福原広俊外十四名連署状(『毛利家文書』248号)(折封ウハ書)「              連署 多治比御城         広俊     人々御中         」 幸松殿様御早世ニ付而、早御家被及断絶候之条、元就可有御存知之旨、各申候之処、御同心、目出度候、然者、不可存無沙汰別儀候、仍近日吉田御下肝要候、各存分、国司右京亮・井上与三右衛門尉可申上候、恐惶謹言、 七月廿五日     福原左近丞 [続きを読む]
  • 毛利元就の手紙を読む その12
  • 【原文】満願寺栄秀・平佐元賢連署状(『毛利家文書』247号)(端裏ウハ書)「               満願寺                美作守国司右京亮殿井上与三右衛門尉殿 まいる御宿所  栄秀 」 元就郡山御登城吉日之事、御方様御意ニ付而、委敷見申候、来八月十日吉日にて御座候、同時者、さるとりの時大吉にて御座候、可被成御意得候、如此申入候之通、早々広良様江御申上肝要候、奉憑候、尚々、国司新右衛門 [続きを読む]
  • 黒田忠之×神屋宗湛×名物狩り
  • 【原文】寛永元年六月二十三日付黒田忠之書状写(東京大学史料編纂所所蔵「神屋文書」謄写本) 就其方所持之茶入召上、於那珂郡住吉村之内、五百石之地、宛行畢、可令領知、?黄金千両差遣候、右者道卜居士任遺言、如此候、然者、茶入無異儀差上、令祝着、為褒美黄金千両・右之知行所、従黒田美作守・小河内蔵允、請取可被申者也、 寛永元年  六月廿三日  忠之(花押)               神屋宗湛軒 【読み下し】そ [続きを読む]
  • 毛利元就の手紙を読む その11 毛利元就郡山入城日記
  • 毛利元就の手紙を読む その11 毛利元就郡山入城日記 【原文】毛利元就郡山入城日記(『毛利家文書』246号)大永三年  日記一、七月十九日、渡辺長門守、井上河内守自身来候、志道上野介方使国司右京亮、井上与三右衛門尉来候而、家督可存之様、頻ニ申候、多治比之被官中原平佐右衛門大夫、宗右衛門、木工助、左衛門尉使として申候条、同心候、一、吉田へキと可罷越之由候而、七月廿六日、家来宿老中の連署、井上与三右衛門尉 [続きを読む]
  • 「出立」 『宗長日記』を読む その1
  • ■出立【原文】島津忠夫校注『宗長日記』7頁(岩波文庫) 大永二年五月、北地の旅行、越前の国の知人に付て、かへる山をばしらねども、宇津の山をこえ、さ夜の(中)山にいたりて、 このたびはまたこゆべしとおもふとも老のさかなりさ夜の中山 【現代語訳】大永二年(1522)五月、北陸へ旅立ちました。目的地は越前国の知人(朝倉宗滴)の所です。帰山かどうかは知らない(=再び帰ることができるかどうかは分からない)けれども、宇津山を越 [続きを読む]
  • 今川了俊〈貞世〉預ヶ状(『毛利家文書』7号)
  • 【原文】今川了俊〈貞世〉預ヶ状(『毛利家文書』7号)□□□□同国□□庄領家半済、〈□□(毛)利大膳権□□□(大夫知)行分〉、?□立庄領家半□(済)事、為所□□(々兵)粮料所之替、□(任)先例、可致其□□(沙汰)之状如件、    応安七年八月五日   沙弥(花押)    毛利右馬頭殿 【読み下し】□□□□同国□□庄領家半済〈□□毛利大膳権大夫知行分〉、ならびに□立庄領家半済の事、所々兵粮料所の替わりとして、先例に任せ [続きを読む]
  • 現代語訳『明智軍記』巻一 (6)「足利将軍家長物語の事」
  • 現代語訳『明智軍記』巻一 (6)「足利将軍家長物語の事」 さて、明智光秀は十日ほど、加賀国の山代の温泉に入ったので、小瘡(小さなできもの)はすべて良くなりました。 温泉に逗留中に、敷地の天神、山中の薬師、那多の観音に参詣しました。 その時、称念寺園阿のところへ、越前豊原の素麺を長崎(越前国)から送ってきました。 越前の名物なので、宿の主をはじめ、近隣の者たちや、光秀の若い家来たち十余人、その他しもべにいたる [続きを読む]
  • 現代語訳『明智軍記』巻一 (2)「越前より加州の一揆を鎮むる事」
  • 現代語訳『明智軍記』巻一 (2)「越前より加州の一揆を鎮むる事」やがて永禄五年(1562)の秋、加賀の郷民たちが一揆を起こし、越前の屋形・朝倉左衛門督義景の命令に背く事がありました。 加賀・能登・越中は先年から一揆が蜂起し、一向宗の本寺である摂津大坂の本願寺に従って、政治と法を用いなくなってしまいました。 それで去る弘治元年(1555)に、越前から朝倉金吾教景入道宗滴を大将として、数万騎の兵を派遣し、数ヶ月合戦が [続きを読む]
  • 毛利元就の手紙を読む その10
  • 【原文】毛利元就自筆覚書(『毛利家文書』412号)    覚一、談合等、余所へ之使者なとに、向後者、隆元おし立可被申聞事、   付、元就助言之事、   付、先内談之事、一、余所へ之状、日夜共、隆元認させらるへき事、一、隆元直可被申付事を、誰々も更異儀ゑゆひ候ましき事、   付、如此候へハ、更事かけ候儀者無之事、   付、今之分者、家中者も見かけ、他家他方之者も見懸、覚を可失事、一、隆元之儀、世上之操ニ [続きを読む]
  • 毛利元就の手紙を読む その9
  • 【原文】毛利元就自筆書状(『毛利家文書』411号)旧冬佐東表書立、同我等存分之通、条々申候、巻物返給候、請取申候、理たて共申候事、近比口惜こそ候へ、さりなから、何之中ニても、物之ことハりと申事ハすミ候ハてハ不叶物にて候、それこそほんニて候まゝ、申事候??、其上又是ハ元就ためとハ不存候、隆元ためを申候と存候、我々事者、万一七十まていき候共、はや七十ニ成候而者、銭も米も武具も衣装も被官も中間も入ましく候、 [続きを読む]