だいすけ さん プロフィール

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だいすけさん: お江戸の学校
ハンドル名だいすけ さん
ブログタイトルお江戸の学校
ブログURLhttps://oedonogakko.hatenadiary.com/
サイト紹介文江戸検1級を取って学んだ「江戸の歩き方」「偉人達の生き様」を紹介。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供33回 / 12日(平均19.3回/週) - 参加 2019/01/05 05:20

だいすけ さんのブログ記事

  • 成人の日を終えて
  • こんにちは!お江戸車夫のだいすけです。昨日は成人式でした。あの頃の僕は、毎日遊んで楽しかったけど…。コンプレックスの塊みたいに人の目ばかり気にして、何か失敗すると自己嫌悪に陥っていたのを覚えています。今回は色んな想いを抱えているであろう成人式を迎えた方々にも役に立つ吉田松陰の贈ります。(最近吉田松陰の言葉の引用が増えました…。)これは元服を迎えた甥っ子宛てた手紙の一節です。タイトルは [続きを読む]
  • 好きなことで生きていく
  • こんにちは。お江戸車夫のだいすけです。近頃の僕は、江戸検の勉強で学んだことや江戸の楽しみ方をブログに書いています。他にも、本を出版してみたり、人力車を引っ張ったりしながら結構気ままに好きな江戸をアウトプットさせてもらっています。でも常に頭のどこかにあります。『ただの江戸好き』が仕事になるのかを。もちろん、現在は人力車を仕事として引かせてもらっているのですが、雇われです。その他に自分の事業 [続きを読む]
  • 吉田松陰から学ぶ「仕事に向かう姿勢」
  • おはようございます。お江戸車夫のだいすけです。正月休みも終わり今日から仕事始めという方も多いのではないでしょうか?今年こそは!という目標を掲げている人、また同じような毎日が始まる。。。という人、色んな感情を抱いているのではないでしょうか?そんなあなたへ背中を押してくれる吉田松陰の言葉を紹介いたします。跋自書産語語(じしょさんごのごにばっす)糞水(ふんすい)を掬(きく)さざれば善農と成る [続きを読む]
  • 新年ですし、吉田松陰の志の立て方について綴ってみました。
  • 明けましておめでとうございます。ご挨拶遅れましたが、本年もよろしくお願い致します。正月の浅草は門前が歩行者天国になるほどの賑わいで浅草七福神巡りや、上野・両国周辺を人力車にてご案内させていただいていました。正月の浅草はこんな感じです。笑三ヶ日も終わり、ようやくひと段落です。今回は新年の決意を固めるため、吉田松陰の語る「志」について書きます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーー志天地の大徳 [続きを読む]
  • 浅草観光をされる方、必見です!!
  • 2018年も今日で終わり。年末をどうお過ごしでしょうか?私、お江戸車夫のだいすけは今日も浅草を人力車で駆け巡っております。正月休みは世間の方々の正月休みが終わってからですね。さて、今年最後のブログでちょっと宣伝です。これから江戸に関する色々活動をしていきたいなと思っていることの一つが執筆活動なのですが、それを試しにやってみました。浅草のプチ観光ブックを出版してみました。p.booklog.jp試しに [続きを読む]
  • 大晦日にキツネが向かう先
  • こんにちは。お江戸車夫の大輔です。まずこちらの浮世絵をご覧ください。これは歌川広重による名所江戸百景の一つ「王子装束ゑの木大晦日の狐火」です。大晦日の夜になると、関東の稲荷総司である王子稲荷神社の元に関八州の狐達が集まってくるという伝承が古くからあります。その際、狐達はその付近にある古い榎の近くで衣装を直し王子稲荷にお参りをしたそうでこの浮世絵はその榎に集まる狐達を描いています。 [続きを読む]
  • 秘伝??江戸検1級合格方法
  • メリークリスマス!!お江戸車夫の大輔です。今回はクリスマスということで。。。僕の江戸検1級の勉強方法をプレゼント致します!!笑ただ残念ながら、これを全てこなした所で合格できるかわかりません。。。なぜなら「出題範囲」を見たらわかります。『「出題範囲」テキストの「江戸博覧記」から5割今年のお題から2割(第13回は「江戸のヒロインたち」)』あれ??残りは3割は??謎です。。。しかも、合格 [続きを読む]
  • 江戸検1級合格しました。
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。久しぶりの投稿になってしまいました。実はその間、江戸文化歴史検定一級の勉強をして、その結果を待っておりました。結果は…84点でなんとか合格できました!!毎年4〜5%くらいの合格率なのですが、今年はどれほどだったのか受験者データが公表されるのが楽しみです。今後は自称『お江戸の専門家』として(笑)このブログを通じて、江戸の楽しみ方や江戸を生きた人達の生き様を沢山の方にお [続きを読む]
  • 江戸のファッションリーダー
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。江戸のお洒落な女性達にとって茶屋の看板娘、花魁、女形役者は流行を創り出すファッションリーダーでした。勝山髷や島田髷といった髪型や吉弥結といった帯結びも花魁や女形役者が創ったファッションの一つです。その中でも多くの流行を生み出したとされるのが女形役者の『2代目瀬川菊之丞(きくのじょう)』です。菊之丞が舞台で身に付けた色、帯結、髪型など様々が江戸女子達の中でブームにな [続きを読む]
  • プレゼントはラクダ?
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。文政7(1824)年、両国橋の西詰の辺りで『ラクダの見世物興行』が行われました。札銭(入場料)は32文(800円ほど)で1日多い時で5000人もの人が集まる盛況ぶりでした。このラクダを日本に持ってきたのは当時の長崎オランダ商館長だった『ブロンホフ』という男でした。でも実はブロンホフは見世物興行をするためにラクダを連れてきたのではなくお気に入りの遊女『糸萩』に贈ったものだったそう [続きを読む]
  • 江戸のマッド・ドクター
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。医療の発展によって大幅に人類は寿命を延ばしてきました。そしてこれからも更なる発展によってもっと多くの人が健康に生きられる世の中を誰もが望んでいると思います。しかし、江戸時代の医療の発展はまさに命懸けの業でした。そんな中、18世紀中期に『マッド・ドクター(狂った医者)』がこの世に生を受けました。彼の名は『華岡青洲(はなおかせいしゅう)』です。青洲は欧米のエーテルやクロ [続きを読む]
  • お江戸の不倫騒動
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。テレビをつけるとワイドショーでは芸能界の不倫騒動で持ちきりなんて事よくありますよね。江戸時代、不倫は想像以上の大罪でした。なんていったって町奉行所に突き出されれば『極刑』つまり死罪が科せられましたから。しかし、それでも人間の欲は止まりません。実際不倫は後を絶たず、結局当事者間の内済で事を済ますことがほとんどでした。内済の際には、『示談金(しだんきん)』というのが課 [続きを読む]
  • 江戸まで名を轟かせた京美人
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。18世紀中期、江戸の女性の間では『櫛まき』という髪型が流行っていました。この髪型は浅草寺境内にあった髪結の湊屋お六という者が京都祇園の茶屋女主人『梶(かじ)』の髪型を参考にしたと言われています。梶はその美貌だけではなく、歌集を出版するほどの和歌好きで祇園の才女として、その名を関東にまで轟かすほどの女性でした。京都の才女として名高い『祇園三女』はこの梶をキッカケに生ま [続きを読む]
  • 吉原の魅力
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。『悪所』と言われた吉原が江戸時代から現在に至るまで男女問わず魅了し続けた理由は『浮世離れ』にあると思います。江戸市内では当たり前のことが吉原遊廓内では通用しません。その一つが『贅沢』です。江戸市内は贅沢が禁止され着物の柄まで制限される中、吉原では派手な着物を始め斬新な髪型など多くの文化が生まれました。制限された社会の中で生きる江戸の女性達にとって、浮世絵などで見る [続きを読む]
  • 恋人募集中!!?
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。素敵な異性との出会いが欲しい!!そんな方々も多いのではないでしょうか?吉原の多くの遊女達も同じく願いは『素敵な男性に身請けされる事』でした。しかし、その想いとは裏腹に遊女の身請け金はとっても高額です。人それぞれですが、350両だとか1000両を越えたりだとか、庶民にはなかなか手の出せる金額ではありませんでした。しかも、その金を出せる男は『十八大通』と呼ばれる成金だったり [続きを読む]
  • 花魁に学ぶ営業術
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。美容室や飲食店などのサービス業における悩み・関心事の一つに『リピーター戦略』があげられると思います。新規でお客様に来ていただくのはとーっても大変な事です。ですので多くのサービス業にとって一度来ていただいたお客様にリピーターになっていただけるかが重要なテーマになってきます。今回は魅惑の街『吉原』の遊女に学ぶリピーター戦略を書きます。『吉原三千娼妓』と言われたその時代 [続きを読む]
  • 咳を治すには◯◯
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。やっぱりJAPANと言えば『Mt.Fuji』ですよね。日本のシンボルとも言える富士山はいつも堂々と穏やかに日本中を見守るように聳えています。しかし、そんな富士山も元々は活火山です。時々ある噴火は日本中が大騒ぎでした。宝永4(1707)年の富士山噴火が有名です。これは富士山最後の噴火です。周辺にあった須走村では降ってきた石や砂の重みで家屋は潰れ小田原でも農作物に被害を受け多くの人々 [続きを読む]
  • 将軍の避難場所
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。江戸城本丸内には表・中奥・大奥を含め多種多様な目的の部屋があります。その中でも中奥の御休息之間前の中庭中央部に『地震之間』という空間があります。そこは将軍の避難場所と言われています。江戸時代から地震対策がされていたなんて流石地震大国日本!と、褒めたくなるほどですが地震之間を設置するキッカケがちゃんとありました。そのキッカケは元禄16(1703)年12月23日午前2時頃、相模 [続きを読む]
  • 江戸の永久欠番
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。『喧嘩と火事は江戸の華』そんな江戸の人々を火事から救ったのがあの時代劇ドラマで有名な『大岡越前』こと大岡忠相(ただすけ)によって組織された『町火消』でした。町火消は隅田川より西を『いろは四十七組』が東を『本所・深川十六組』が担当しました。いろは四十七組は『い組』『ろ組』『は組』…本所・深川十六組は『一番組』『二番組』…と組織されました。しかし、不吉な意味を持つため [続きを読む]
  • 箸で家を建て糞で壁を塗る!??
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。江戸っ子の気質と言えば、『細かいことはきにしない』。では、なぜこのような気質が江戸で育ったのでしょうか?それは『火事』にあると言われています。『喧嘩と火事は江戸の華』と言われるほど江戸は火事の多い街で江戸時代には数え切れないほどの火事が起こりました。江戸の三大大火と言われる明暦の大火では10万人もの死者が出ていて目黒行人坂の大火では1万4700人、丙寅の大火では1200人ほ [続きを読む]
  • 一生に一度は行ってみたい
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。一生に一度は行ってみたい場所はありますか?サクラダファミリア、モルディブ、ウユニ塩湖などなど、色んな憧れがあると思います。江戸時代、誰もが一度は行ってみたい場所は『伊勢神宮』でした。老若男女貧富問わず様々な人が訪れ享保3(1718)年の記録によると1月から4月中旬までで、42万7500人もの参拝者が訪れたそうです。そんな中、ちょっぴり変わった参拝者も訪れた記録があります。それ [続きを読む]
  • 谷中感応寺はなぜ天王寺に改名したか?
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。今回は谷中にあった『感応寺』が江戸後期に入って以降、『天王寺』に改名させられてしまった理由に迫ります。すみません。かなりマニアックですね。谷中の感応寺は『江戸の三富』の一つで江戸時代の宝くじである『富くじ』がとっても栄えた寺です。しかし、その感応寺が突然改名を余儀なくされたのです。その理由は11代将軍家斉の側室である『お美代の方』のワガママです。お美代は日蓮宗のお寺 [続きを読む]
  • 『白牛』に跨る反吉宗の男
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。名古屋に破天荒な男がいました。その男はいつも白い牛にまたがり、真っ赤な装束を着て、2間(約360cm)の長いキセルの先端を茶坊主に持たせて町中を行きました。その男は尾張藩7代藩主『徳川宗春』です。破天荒なのは見た目だけではありません。八代将軍吉宗が『享保の改革』を行い世間が『節約志向』に傾いていたこの時代、真っ向からそれに反対するような政策を掲げました。例えば、『風俗開 [続きを読む]
  • Welcome to 江戸城!
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。江戸城は武家のもので一般の町人が入れる場所ではありませんでした。しかし年に一度だけ江戸城内に入れる日がありました。それが『町入御能』の日です。これは江戸中の家主を江戸城の大広間に呼んで能を見物させるイベントです。この時は弁当や酒も出ました。極め付けは『野次OK』です。笑日頃の政治に鬱憤が溜まっているものは率先して、町入御能に出向きました。そして老中が出てくると『しっ [続きを読む]
  • 下級武士の生き様
  • こんにちは。お江戸俥夫の大輔です。東京は京都と違って空襲や地震などの影響によりあまり昔の建造物が残っていません。しかし、実は地名を見ることで当時そこがどんな場所だったかがわかります。例えば、『お台場』幕末に異国を追い払うために幕府が造った『砲台』があった場所です。『蔵前』は幕府の『米蔵』があった場所です。そして『御徒町』下級武士の『御徒』達が共同生活をしていた場所です。前置きが少し長くなりましたが [続きを読む]