西森憲司 さん プロフィール

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西森憲司さん: 馬に乗ったり本を読んだり
ハンドル名西森憲司 さん
ブログタイトル馬に乗ったり本を読んだり
ブログURLhttp://www.quest-corporation.co.jp/
サイト紹介文乗馬と中国の古典について述べています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供174回 / 8日(平均152.3回/週) - 参加 2019/01/09 15:31

西森憲司 さんのブログ記事

  • えこひいきとお天気や
  • 先日、会社の人間と二人で、新宿の飲み屋に入った。店は、半分くらいの入りで、席はかなり空いていたが、通されたのは、4人がけのテーブルで、しかも、隣はアベックであった。他の、空いている4人がけのテーブルは駄目かと訊くと、駄目だと言う。見ると、二人連れで、4人がけに座っている客もいたが、入った時間が早かったのだろうと納得して、それ以上のことを云うのは、やめた。ところがである。» 続きを読む [続きを読む]
  • 陽貨第十七
  • 435陽貨欲見孔子。孔子不見。歸孔子豚。孔子時其亡也。而往拜之。遇諸塗。謂孔子曰、來、予與爾言。曰、懷其寶而迷其邦、可謂仁乎。曰、不可。好從事而亟失時、可謂知乎。曰、不可。日月逝矣。歳不我與。孔子曰、諾、吾將仕矣。 (陽貨第十七)436子曰、性相近也。習相遠。(陽貨第十七) » 続きを読む [続きを読む]
  • 微子第十八
  • 461微子去之、箕子爲之奴、比干諫而死。孔子曰、殷有三仁焉。(微子第十八)462柳下惠爲士師、三黜。人曰、子未可以去乎。曰、直道而事人、焉往而不三黜。枉道而事人、何必去父母之邦。 (微子第十八)» 続きを読む [続きを読む]
  • 子張第十九
  • 472子張曰、士見危致命、見得思義、祭思敬、喪思哀。其可已矣。 (子張第十九)473子張曰、執?不弘、信道不篤、焉能爲有、焉能爲亡。» 続きを読む [続きを読む]
  • 堯曰(げうゑつ)第二十
  • 497 堯曰、咨爾舜、天之?數、在爾躬。允執其中。四海困窮、天祿永終。舜亦以命禹。曰、予小子履、敢用玄牡、敢昭告于皇皇后帝。有罪不敢赦。帝臣不蔽。簡在帝心。朕躬有罪。無以萬方。萬方有罪、罪在朕躬。周有大賚、善人是富。雖有周親、不如仁人。百姓有過、在予一人。謹權量。審法度、脩廢官、四方之政行焉。興滅國、繼?世、擧逸民、天下之民歸心焉。所重民食喪祭。寛則得衆、信則民任焉。敏則有功、公則?。 (堯曰第二十) [続きを読む]
  • 『孟子』韓国ドラマ 19歳の純情
  • 古い韓国ドラマで、「19歳の純情」という、大好きなドラマがある。中国の延辺朝鮮族自治州出身の19歳のグッカという娘が主人公である。国際結婚で韓国にやってくるが、到着してみると結婚相手が交通事故で死んでしまっていた。延辺に帰らず、一人韓国に残ったグッカは、周囲の協力を得ながら、明るく健気に頑張って、最後には幸せになるという話である。多くの韓国ドラマにあるように、主人公が病気になったり、ドロドロの復讐がな [続きを読む]
  • 常歩での推進が弱いのか(187鞍目)
  • 昨年の12月から今日まで、この一ヶ月半で6鞍しか乗っていない。これまでにない低ペースである。理由は大きく二つで、忙しいことと冬の寒さが苦手なことである。そうこうしている内に、体調も悪くなってきた。これはまずいと、氣力を振り絞って、8日ぶりにエルドラドへやってきた。来るとやはり気持ちがいい。さわやかな天気と言いたいが、「さわやか」というのは秋の季語ということになっているから遣いづらい。ここしばらくは、正 [続きを読む]
  • 『荀子』自分の力だけで改善できるもの
  • 僕たちは、自分を差し置いて他人を変えたいと願う。しかし、荀子は言う。人を貴ぶことはできても、自分を貴ぶように人を強制は出来ない。人を信じることはできても、自分を信じるように人を強制することは出来ない。人をうまく使うことは出来ても、自分をうまく使うように人を強制することは出来ない。» 続きを読む [続きを読む]
  • 『論語』近道をしない
  • 何ということも無い話であるが、好きな話である。孔子の弟子である子游(しゆう)が、武城という所の代官になった。「人材は得たか」と孔子が訊ねた。すると、澹臺滅明(たんだいめつめい)という変わった名前の人物を得たという。» 続きを読む [続きを読む]
  • 湯島聖堂での論語素読始め
  • 湯島聖堂で、毎年元日に行われる「論語素読始め」に参加してきた。今回で四十九回目の開催となるらしい。湯島聖堂は、お茶の水駅から神田川を渡ってすぐの場所にある。道をへだててすぐには神田明神がある。お茶の水駅から神田に向かって道を下ればニコライ聖堂があり、神田川を渡れば湯島聖堂があるから、神田川にかかる橋を「聖橋」というのである。湯島聖堂は、旧昌平坂学問所の跡地に立てられている。昌平坂学問所は、昌平黌と [続きを読む]
  • 『箸休め』正しいリストラ
  • ある企業では、生産性向上と経費節減が喫緊の課題であった。そこで、社内に「生産性向上を図るタスクフォース」が設けられた。押しつけや“やらせ”はいけないということで、全社的に有志を募った。― 会社の現状に危機感を抱き、タスクフォースに参加する余裕がある者、集まれ!!―・・・集まった有志達は、全員がクビになった。多くの企業では、仕事もせずに会議ばかりやっている人間が生き残る。そして、実際に働いている人間 [続きを読む]
  • 『孟子』誰かを助けるのに理由がいるかい?
  • TVゲームの「ファイナルファンタジー」の中で出てくるセリフらしい。つい最近まで、僕は知らなかったが、かなり有名らしい。実に良い言葉だと思う。だから、ゲームやアニメ・漫画は油断できない。変なビジネス書や人生訓よりも奥が深い場合がある。この言葉は、孟子の言った惻隠の心そのものであろう。孟子はいう、幼い子供が不意に井戸に落ちたのを見れば、誰であっても驚きかわいそうだと思い、助けようとするだろう。これは、 [続きを読む]
  • 『論語』神は乗り越えられる試練しか与えない?
  • 記事の題名の言葉は、いつ頃からか、よく聞くようになった言葉である。素晴らしい名言だという人が多いようだが、私は好きになれない。極めて傲慢な匂いがする。「人に乗り越えられない試練は無いんだ、人間は何でも出来るんだ」とんでもない話である。「死生、命あり。富貴は天にあり」(論語 顔淵第十二)である。この言葉の元は、新約聖書のパウロによる「コリント人への手紙第一 10-13」であろう。そこには、「神は信頼に値 [続きを読む]
  • 『戦国策』敵を攻めるチャンス
  • 人と人の関係であれば・・・、相手が親切にしてくれば、こちらも親切を返すし、相手が強硬であれば、こちらも、負けるものかと頑張るのが常である。しかし、国と国との関係は、そうでもないらしい。敵国が柔軟になりへりくだってきた時、相手が助けを求めてきた時こそ、相手を攻めるチャンスだという。権謀術数すぎる感が否めないが、現実に即した一つの知恵であること間違いないだろう。義渠(ぎきょ、西戎の一種、儀渠とも。今の [続きを読む]
  • 永平寺への参禅
  • 久しぶりに福井への出張があり、その機会を活かして12月10〜11日に『永平寺』で一泊の参禅を試してきた。福井に来るのは何年ぶりだろう・・・。駅の改札を出ると恐竜が出迎えてくれた。永平寺まではバスで向かった。途中、一乗谷の遺跡を経由している。一乗谷は見たことがなかったので、幸運だった。永平寺の入り口部屋は一人ではもったいない位広い。多分、一グループで一部屋という設定なのだろう。ありがたいことに、宿泊施設に [続きを読む]
  • 乗馬雑説「論語に出てくる馬」
  • 忙しい日々が続いており、なかなか馬に乗る余裕がない。明日からは4日間福井に行かなければならず、そうなると10日以上乗馬しないということになる。今回の記事のタイトルである「論語に出てくる馬」というのは、あまりないテーマだと思う。単なる好奇心から、『論語』の中に馬の話がどれだけ出てくるだろうかと、ふと思って調べてみたのである。今や、『論語』といっても知らない人も多いかもしれないが、『論語』とは何かを言い [続きを読む]
  • 乗馬をする目的(178〜183鞍目)
  • 前回の記事から一週間、ブログは更新していないが、馬には乗っている。一日一鞍で、6鞍である。ただ、このところ、やることが多く、本当に健康のためだけに乗っているという感じである。やはり、技術の向上といったことを考えないと面白くない。とはいっても、忙しさの内容が自分の本業に近いことだから、そちらを優先したい気持ちが強い。という感じで、少しもやもやしていた一週間であった・・・。ところが、今日になったふと気 [続きを読む]
  • 上下動するバッグ(177鞍目)
  • 今日は久しぶりに二鞍乗ろうと出かけたが、急遽用事が入って、ティグレにだけ乗って帰ってきた。今日もテーマは、前回の記事に書いた通り、脚を軽く、である。これを意識すると、前回のだいちゃん同様、ティグレも動きが軽快な感じがする。脚を軽くして乗るということは、シートに体重をかけるということになる。シートに体重をかけるということは、馬の動きに抵抗しないということになるだろう。馬との接点はシートだけであり、馬 [続きを読む]
  • 脚を軽くする(176鞍目)
  • 体調がもう一つ優れない状態が続いている。昨日もエルドラドへ出かけたが、騎乗はしなかった。ただ、出かけたお陰で、ブログの読者さんに会うことができた。乗馬歴は2年ほどだが、ここ一年はあまり乗っていないとのことで、エルドラドの乗馬スクールを受けて帰っていった。今日は、根性を入れて一鞍騎乗した。前回、指導を受けたマクロではなくミクロに着目して馬の反応を確かめながらの騎乗である。確かに、どこに意識を向けるの [続きを読む]
  • 馬の進歩をどこで見るか?(175鞍目)
  • 昨日に引き続き、だいちゃんに騎乗した。何の変化もなかった・・・・。騎乗後、TK先生に、「何の進歩もありません」と泣き言を言うと、「マクロではなく、ミクロを考えなさい」と言われた。マクロとは、駈歩でサークルが綺麗に描けたとか、スピンが良く回ったということである。こういったことは、すぐに良くなるものではない。ミクロとは、馬の肢の動きとか首や肩の柔軟性といったことであり、例えば、ハミを当てた時の抵抗が強 [続きを読む]
  • (動画)ますます可愛い仔馬(173&174鞍目)
  • 仕事もようやく落ち着き、一週間ぶりの乗馬である。ティグレもだいちゃんも、この一週間、ほとんど人が乗っていないとのことで、動きは悪かった。動きの悪さは、フィジカルなものというよりは、メンタルな部分が大きいように思えた。簡単にいえば、僕に対する集中力が今一という感じである。特に、だいちゃんは、蠅にばかり気を取られていて、最初の10分ほどは、常歩すら嫌がっていた。常歩、速歩がある程度出るようになったので、 [続きを読む]
  • 忙中閑ありの乗馬(168〜172鞍目)
  • 記事を書くのは久しぶりである。色々と用事があって忙しい十日間だった。それでも、忙中閑ありとはよく言ったもので、この十日間で5鞍乗っている。ただ、気持ちに余裕はなく、乗馬の技術を磨くということは心が行かなかった。主に乗っていたのは、おじいちゃん馬のだいちゃんであり、お互いに年寄りだから、もっぱら、健康のための運動としての乗馬だった。この間は、馬場も悪かったから、あまり駈歩はせずに速歩中心である。速歩 [続きを読む]
  • 全てのライダーは調教師である(167鞍目)
  • 僕のクラブであるエルドラドランチにおける乗馬の考え方は、かなり他のクラブとは異なっていると思う。この違いの最たるものが、「全てのライダーは調教師である」という、エルドラドのモットーである。多くのクラブでは、ライダーが、自分自身の技量を向上するために日々騎乗していると思うが、エルドラドは違う。馬に乗る目的は、馬を良くするためだということである。馬を良くするためには、ライダーが馬を自在に扱うことができ [続きを読む]