cote さん プロフィール

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coteさん: coteの人生いろいろ体験エッセイ
ハンドル名cote さん
ブログタイトルcoteの人生いろいろ体験エッセイ
ブログURLhttp://coteessay.livedoor.blog/
サイト紹介文心身共にどん底から抜け出して平穏無事な今になれた経緯を描いていきます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供29回 / 6日(平均33.8回/週) - 参加 2019/01/11 15:24

cote さんのブログ記事

  • 「余命宣告の半分で」(42)〈癌細胞の手当て〉
  • 「余命宣告の半分で」(42)〈癌細胞の手当て〉旦那には休んでて貰って、私は娘を保育園に迎えに行った。娘は帰宅するとパパが来ている事に喜んで、ずっとパパにべったりだった。旦那も笑顔で娘を抱っこしたり話し相手になったり、娘が遊んでいるのをソファーに座って見守っていた。旦那の顔は更にパンパンになっていた。娘はそんなパパの風貌には一切気をとめてなく、何も前のパパと変わらないという感じだった。娘は分かっていたの [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(41)〈妻と娘の新生活を見に〉
  • 「余命宣告の半分で」(41)〈妻と娘の新生活を見に〉顔の変化で見るからにきつそうだというのに、旦那はまた外泊すると言った。私と娘が二人で新しく生活をスタートした場所…引っ越したアパートを見たいと。体力的に大丈夫かと、さすがにその時はやめた方がいいんじゃないと私は心配で言ったけれど、大丈夫と言って旦那はうちに来る事になった。私が病院に迎えに行きタクシーで帰った。そのアパートは母宅みたいな階段はなく、車道 [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(40)〈鎖骨のしこり、癌細胞の肥大〉
  • 「余命宣告の半分で」(40)〈鎖骨のしこり、癌細胞の肥大〉旦那の顔に変化が起きてきた。顔が膨らみ、赤黒くなっていた。それは、鎖骨のあのしこりが肥大してきたために、その辺りの血管を圧迫しての事だった。ある朝病院に行き病室に入ると、そんな顔になっている旦那を目の当たりにした。本当にいつの間にそんな風になってしまったのかすらわからなかった。毎日見ていたはずなのに、いつの間に…ほんの短い時間でこうも変わるのか [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(39)〈娘と二人の生活、旦那の進行〉
  • 「余命宣告の半分で」(39)〈娘と二人の生活、旦那の進行〉翌日、私は母が外出している隙に電話帳で近くの不動産屋を手当たり次第にピックアップして、チラシの裏にメモしていった。そして順に電話をかけまくり、安く即入居可の物件に問い合わせた。何件もかけてやっと、希望に叶いそうな物件があるという不動産屋数件に内見を依頼した。娘は保育園。旦那の病院は内見が終わり次第行く予定だった。数件の内見は、実際行ってみるとい [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(38)〈母の脅威〉
  • 「余命宣告の半分で」(38)〈母の脅威〉そんな幸せなひとときを過ごして、旦那はまた病院に戻った。私の精神状態は更にギリギリになっていった。明らかに弱々しくなっていっている旦那の様子を見ているだけで、ちょっと気を緩めると泣き出しそうになっていた。父から聞いた余命の時間が刻々と近づいている気がして…そんな精神状態は私自身の心だけじゃなく、身体も壊していった。相変わらず耳鼻科に通い、点滴や薬漬け、痛みやしん [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(37)〈家族三人、最後の散歩〉
  • 「余命宣告の半分で」(37)〈家族三人、最後の散歩〉翌日…旦那は三人で散歩に行きたいと言った。母宅から下までの道のりは前述したように階段が続いているし、弱って来てる旦那には大変だと思ったけれどもう旦那の希望はよほど無理難題以外は叶えようと思った。三人で身支度をして外へ出た。階段の幅がそんなにないから、旦那が娘と手を繋ぎ私はその後ろをついて行った。二歳の娘のヨチヨチ歩きと旦那の弱った体力がちょうどいい感 [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(36)〈旦那の外泊、私の母の冷たさ〉
  • 「余命宣告の半分で」(36)〈旦那の外泊、私の母の冷たさ〉旦那が自分の実家に外泊したいと言って、数日実家に帰った。その数日、私は身体を休め家でゆっくりした。まだ旦那の様子も特に急激な変化もなかったから安心していた。旦那もやっぱり両親と時間を過ごしたいんだな、と思った。旦那が病院に戻った日に行くと、旦那の様子が変わっていた。なんだか急に弱っていた。ベッドに横になってグッタリしていた。実家に外泊する前まで [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(35)〈旦那の自覚〉
  • 「余命宣告の半分で」(35)〈旦那の自覚〉旦那は自分の病状をどのように自覚していたのだろう…闘病生活の所々でそんな事を思う時があった。旦那には余命なんて話してない。一番最初の病院の医師に肺癌だと、いい状態ではないと言われた時以来、特にそれ以上の言葉や説明は医師から旦那本人は受けてない。自分の母親へ報告した時に思わず泣き崩れた旦那だから、ある程度良くない状態だとは自覚していたように見えたけれどそんな状態 [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(34)〈旦那の車椅子姿〉
  • 「余命宣告の半分で」(34)〈旦那の車椅子姿〉それから数日後、いつものように病室を訪れると、ベッドに旦那の姿はなかった。トイレか検査にでも行ってるのかと、もう一度廊下に出ると旦那が車椅子に乗って看護師さんに押されてこちらへ向かって来ていた。私は一瞬息が止まった。旦那の車椅子姿なんて初めて見たからだ。だって前日まで普通だった。普通とはいえ普通の健康体という意味ではないけれど…その車椅子姿の旦那は昨日より [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(33)〈外泊、親子三人川の字で〉
  • 「余命宣告の半分で」(33)〈外泊、親子三人川の字で〉旦那の病状が沈静していた事で、外泊の許可が出た。主治医からは、少しでも一緒の時間を過ごしていた方がいいと言われた。沈静はしているけれど治っているわけではない。やっぱり旦那は肺癌末期なのだった。旦那を迎えに行き、タクシーに乗り、車を横付けできるギリギリの道のところまで行き降りた。母宅はそこから急斜面の階段がかなり続いている上にあった。健康な人間でもそ [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(32)〈穏やかな日々と旦那の愛〉
  • 「余命宣告の半分で」(32)〈穏やかな日々と旦那の愛〉そんな風に肺癌末期、余命一年という状況の旦那の病状はしばらく落ちついていた。それは今から思うと不思議な事だ。もちろん喜ばしい事だけど、そんな病気の人間がそんな風にいられていたのは、やっぱり奇跡だったんだろうか。私がこんな情けない弱々な妻だったから、神様が旦那をそんなに介護もいらない状態でいさせてくれたんじゃないか…そうも思ったりもする。もし壮絶な状 [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(31)〈私にできること、おじいちゃん〉
  • 「余命宣告の半分で」(31)〈私にできること、おじいちゃん〉旦那はまだ大変な病状ではなかったから、看病という看病をする事もなかった。それでも、前述のように私自身あまりにも身体が弱かったのと体力もないところに、旦那がそういう病気になって余命までわかっての精神的なショックや、私の両親との確執からの心のしんどさとかあり、ただ病院に毎日通う事すら私の体調的にはキツかった。元々、旦那がそうなるまでは旦那に頼って [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(30)〈旦那の様子と私達の出逢いのキッカケ〉
  • 「余命宣告の半分で」(30)〈旦那の様子と私達の出逢いのキッカケ〉明るい場所のベッドに入って入院生活を始めていた旦那は、まだその頃は特に大変な状態ではなかった。私が行くと、ほとんどベッドの上体を起こしてテレビを見ていた。横になって眠ってる、という事はなかった。だから旦那自身もそんなに自分が悪い状態だともあまり思っていなかったと思う。ある日旦那が私に頼み事をした。 「絵を描く付録がついてる本が出てるみた [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(29)〈転院先への入院と義父〉
  • 「余命宣告の半分で」(29)〈転院先への入院と義父〉旦那は転院先へ入院した。前の病院の主治医からも、旦那の状況はもう何も手立てはないと聞いていて手術はする意義もないし、抗がん剤ももうそれでの副作用で苦しむだけになるからしない方がいいとの事だった。ただ、血液検査を頻繁にやり、その中で悪い数値があれば対処的な注射、点滴をしていた状況だった。痛みが出れば痛み止めも。それを旦那の両親にも私は説明していた。なの [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(28)〈帰省の為に残されていた旦那の体力〉
  • 「余命宣告の半分で」(28)〈帰省の為に残されていた旦那の体力〉空港について、搭乗時間まで空港内で娘を遊ばせていた。娘は初めての空港に、物珍しそうにあちこち無邪気に散策していた。今思えば旦那はああいう風にバスに乗り、空港まで行き、飛行機にも乗れるだけの体調、体力をまだ残して貰っていたんだなと思う。入院前のあの酷い背中の痛みなどもなく沈静していたのは、地元に帰らせてくれる為の神様のはからいだったのかもし [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(26)〈義母の反応〉
  • 「余命宣告の半分で」(26)〈義母の反応〉いくつかの地元の病院に旦那の病名、症状を説明し、入院を受け入れて貰えるか電話をかけて問い合わせをし、一件、受け入れてくれる病院に行き着いた。ホッと安心して、次の日病院に行き旦那に伝えた。旦那も喜んでいた。私は家に帰り旦那の実家に電話をかけ、その事を話した。旦那の希望でそういう事になりました、と。すると、受話器の向こうの義母から想定外の言葉が返って来て私は愕然と [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(25)〈転院を希望した旦那〉
  • 「余命宣告の半分で」(25)〈転院を希望した旦那〉旦那の病室は大部屋だったけれど、そこは閑散としていた。部屋自体が広めでベッドの配置もゆとりがあり、窮屈な感じがなかった。4つベッドはあったけれど空きもあって、隣に人がいたのか、あまり記憶にないくらい静かな病室だった。そんな静寂の中で何もする事もなく、一日中ベッドの中にいなきゃいけない、テレビもそうそうずっとも見てられない。退屈しかない環境と、私や娘が来 [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(24)〈旦那の娘への愛〉
  • 「余命宣告の半分で」(24)〈旦那の娘への愛〉癌専門書を読んで、旦那の身に起きてしまっている現実を再確認し、私は呆然となりながらも少し前からの旦那を思い返した。娘が生まれたばかりの時は、まだ父親になったという実感がすぐに湧いてはなかったようだったけれど、すぐに我が子への愛を感じるようになっていた。仕事で遅く帰って来ても、赤ちゃんの娘をお風呂に入れてくれていた。私が出産後まもなく酷いギックリ腰をしてし [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(23)〈癌専門書を買って来た〉
  • 「余命宣告の半分で」(23)〈癌専門書を買って来た〉旦那の様子は落ち着いているように見えていたけれど、私は自分でもちゃんと旦那の病気について知識を持っていなければと思って癌専門書を買って来た。それまでは前述のように医療にも知識がなく、詳しくなくて医師から言われるがまま、医師に従うのが患者だと思っていたから専門書を買うとかいう考えもなかった。当時は私達は携帯は持ってなかったしパソコンもなかったから本か [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(22)〈束の間の穏やかな日々〉
  • 「余命宣告の半分で」(22)〈束の間の穏やかな日々〉旦那はというと、個室から大部屋に移っていた。私は当時は何も医療について詳しくなく、それに医療自体や医師に対しては素直に従うものと思っていた。私自身もそうして治療や手術を受けて来た。私は娘の世話と自身の体調不調、気持ちの辛さでほとんど毎日のエネルギーを使い果たしていたから、医師にあれこれ聞いたりする事もなく、ただせっせと旦那の病室に通う事だけに専念し [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(20)〈育児ノイローゼ〉
  • 「余命宣告の半分で」(20)〈育児ノイローゼ〉どんどん疲弊しきっていく私の状態を、娘も幼いながらに感じて不安定になっていたんだろう。娘のぐずりや癇癪の回数が増していった。不機嫌に私を求めたり欲求を露わにする事が増えた。小さな子供だ。それは当たり前の姿だと後から振り返るとわかる事が、あの時の私にはわからなかった。いや、わかっていてもわかろうとしなかった。いっぱいいっぱいの自分の心身の状況に、娘の事まで心 [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(19)〈私の体調と精神状態の悪化〉
  • 「余命宣告の半分で」(19)〈私の体調と精神状態の悪化〉毎日の旦那の病院への通い、まだ一歳十ヵ月で手のかかる娘の育児、一日中朝から晩まで体力も使い果たした上に精神的にも悲しみを抑えたり爆発させたりの不安定な状態が続いている事で、私は体調が悪化した。それまでもずっと身体が弱く頻繁に寝込んでいた私には、その生活はオーバーワーク過ぎた。気力だけで動いていたのにもついに限界が来て、また喉が腫れ続け化膿したまま [続きを読む]
  • 「余命宣告の半分で」(18)〈旦那の前で感情を抑える日々〉
  • 「余命宣告の半分で」(18)〈旦那の前で感情を抑える日々〉感染予防のカーテンは数日で外れて、また広々とした個室に戻った。ある朝、病室に入ると、旦那が駄々をこねる幼な子のように口を尖らせて私に甘えるように言った。 「毎日注射ばっかされるんだよ。痛くてたまらないよ。もうこんな毎日なら、死んだ方がマシだよ。死にたい」それは本気なのか冗談なのか、そんな状況で口にするべき言葉じゃないから私にはわからなかった。旦 [続きを読む]