住所
小田原市
出身
-
ハンドル名
笹鶏さん
ブログタイトル
地場・旬・自給
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/sasamuraailand/
ブログ紹介文
あしがら農の会で、自給自足の生活を模索しています。 最小限の家のプロジェクトを現在進行中
自由文
更新頻度(1年)

65回 / 3629日(平均0.1回/週)

ブログ村参加:2009/02/16

笹鶏さんの人気ランキング

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笹鶏さんのブログ記事

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  • 再生エネルギーは不可能を前提の経団連会長

    経団連会長の日立の中西氏は原子力発電について、国民的議論を展開すべきと発言した。いよいよ原子力発電を終わりにしたいという事かと思えば、全く逆であった。原子力発電再稼働や国内の原発新設に向けて「公開討論」を提案していたのだ。討論を行えば再稼働を国民が受け入れると思い込んで、発言を続けている。その理由はなんと再生エネルギーは日本では不可能だから、原子力発電をどんどん進めなければならないという話だった。再生エネルギーを不可能と決めつけるような人間が経団連の会長ではもう日本はダメだ。原子力発電はダメだから、日立も世界から引き上げているのではないのか。海外展開がだめなら、国内の原子力発電すすめる為に国民全体を説得しようという姿が、日本の企業人の哀れな姿である。もう日本の企業人の頭のなかは欲得で腐りかかっているようだ。再生...再生エネルギーは不可能を前提の経団連会長

  • 大豆の会ができるまでーーー5

    昨日は、近藤まごのりさんの諏訪の原圃場で麹作りが行われた。新しい場所で新しい味噌づくりが始まった。農の会としての味噌づくりは、第一回は小田原の私の家でやったのだと思う。小田原に越してすぐだったので、2003年のことではないだろうか。中野さんという開成の方で、MOAの自然農法されていた方と一緒に宅配事業をしていた。その中野さんのやり方というのが、麹を塩漬けにして眠らせて、一年於いて置くというやり方だった。そのやり方が開成では普通だといわれていた。まだ10人ほどで、20キロの釜でやったのだったと思う。大豆も購入したものだ。私の家で3回ほどやって、2006年ごろに、梅の里センターでやるようになった計算になる。その頃に農の会としての大豆栽培も開始をしたことになる。2008年には醤油を仕込んだ記録がある。2008年には小...大豆の会ができるまでーーー5

  • 見るという事の自覚

    目に映るものを、意識して「みる」という事に自覚する。絵を描くときには、意識をどう持って行くかを考えている。見ているという事が自覚することが出来れば、自分という見ている何ものかが確認できる。ここに絵を描くという事の意味が存在している。月を見る。冬夜空を見上げれば月がさえわたり浮かんでいる。月は美しい。理由なく美しい。犬だってうっとりして遠吠えをするかもしれない。月が美しいというのは文化的蓄積なのだろう。月を美しいとめでる人間の方が文化的に良い人間という刷り込みがあるのだろう。月の欠け具合で様々な名称を付けた平安貴族の文化。月に名前を付ける。宵待ち月、立待月。月に叢雲花に風。月という天体現象を言葉化することで、月というもののに命を与えることができた。命名された月は、多くの詩人に読まれ、その厚みを増してきた。「名月や...見るという事の自覚

  • TPPによる農業への影響

    いよいよTPPが発効になった。日本の農業がどう変わるのか。大きな影響があるはずだ。政府の試算でも、数千億円の農業生産が減少するとしている。今年の稲作の作付面積は5%ぐらい減少するのではないかとされている。自由貿易は良いことである。関税の撤廃も悪いことではない。しかし、国家の維持のために、食糧生産をどうしてゆくのかは、成り行き任せというわけにはいかない。農産物は自然環境に大きく影響を受けるわけだから、ただ国際競争力で峻別すればいいというものではない。過去植民地に広がるプランテーション農業が地域の食糧生産農業を崩壊させてきた歴史的事実がある。プランテーション農業は換金作物ということで、主食作物が競争力を失う。企業経営としては利益が上がる。だから、食糧生産の為の農地が失われ、国際競争力のある作物に転換されてゆく。この...TPPによる農業への影響

  • 日韓対立には仕掛けがある

    日韓のたがいの不信感が日に日に危ういところまで盛り上がってきている。常にこうした状況になる下地が日韓の間にはある。日本の明治以降の歴史がそうしたわだかまりを産んでいる。「そうだよ、確かに日本は悪かったよ。だから何度も謝ったじゃないの。それなのにいつまでも、謝ったものに行きすぎじゃない。」これは日本国民感情。当然ひどい目にあわされた方が、謝ったぐらいで済ますわけにはいかないという理屈の方がまともだろう。両国の国民の間には、いつまででも不満を増幅させる、解決不能な歴史問題がある。韓国国民にしてみれば、全く歴史を反省しない謙虚さのない日本人だと、繰り返し怒りを爆発させるのだろう。日韓の歴史的関係をよく表している。日韓とも簡単にこの問題を終わらせるつもりはない。問題がこじれた方が、当面両政権に都合がよいからである。アベ...日韓対立には仕掛けがある

  • 辺野古の土砂投入の絶望

    辺野古の土砂投入を考えると、耐え難い思いになる。民主主義の海が日に日に埋められている。ここまで日本はだめになってしまったのだ。普通の民主主義国家であれば、辺野古の土砂投入は行われなかった。知事選の結果、県民は土砂投入を望まないことが明らかになったのだ。国が権力を持って強行することは避けるべきことだ。なぜ、こういうことが強行されているのか考えてみる必要がある。抑止力ということならほかに行うべき手立てはいくらでもある。なぜここまで辺野古にこだわるのか。米の日本企業に対する経済の圧力に対して、同盟国としての忠誠を見せて緩和してもらおうという駆け引きではないか。アメリカの属国であることを示して、米軍の沖縄からの引き上げを止めようということでもある。アメリカは方向としては海外の米軍を引き上げようとしている。アメリカは軍の...辺野古の土砂投入の絶望

  • 農の会の田んぼの歴史  

    私が山北の山の中に田んぼを作ったのは1990年である。農の会は1993年に山北で出来た。庭園田んぼをされている川口さんと始めた。農の会の田んぼとしては1996年に山北町塩沢の奥に始まった。2000年には、顧問の石綿敏久さんの指導で久野坊所で始めることになった。グループ田んぼの原形が出来る。次に出来たのが、桑原田んぼである。顧問の沖津昭二さんの指導で、農の会の創設にかかわった、山田純さんや諏訪間さんなどと一緒に、メダカの生息地の保全も兼ねて田んぼが始まった。その後桑原周辺には4グループ出来た。南足柄には女性田んぼというものもあった。多かったときは個人田んぼを入れて20数か所になった。家具作家の安藤さんが中心に始めた長塚田んぼは、今は山ちゃん田んぼになっている。山下さんが始めた山北田んぼ。奈良に越した中原さん中心に...農の会の田んぼの歴史

  • 専守防衛とは何か

    日本国憲法は長年積み上げてきた解釈によって、肉付けがされ、出来上がっている。これが日本人らしい知恵の文化ではないかと思う。この特徴が特に良く出ているのが、自衛隊の専守防衛論である。この知恵は悪用されれば、ただのご都合主義になってしまう。世界中にただ一つも侵略の為の軍隊を保有している国はない。どの国も自国防衛のための軍隊と口では言っているのだ。憲法解釈の積み重ねには日本人全体の良識というものが必要である。軍隊を持つことは本来許されないわけだが、警察は必要である。それなら専守防衛の自衛隊ならどうだろうか。解釈が少しづつ練り上げられてきた。この解釈の良識を打ち破ったのがアベ政権である。この点ではアベ支持者もそう思うところであろう。変えなければならない憲法が、簡単には変えられないなら仕方がないという考えかた。現実の世界...専守防衛とは何か

  • 教育の無償化反対

    教育の無償化が言われている。反対である。自活する学生であったが、大学にいる頃もそう考えていた。義務教育は無償当然である。義務教育の義務とは、国には国民にたいして教育を与える義務があるという意味だ。しかし、大学教育は受けたいものが、応分に払えばいいことだ。奨学金による貧困ということを聞くがどうも実態が見えない。授業料は努力すればはらえる範囲の安さでなければならない。教育は低価格にするべきだ。生活費は大変だと思うが、これは大学に行くないものでも同じことだ。無料ほど危険なものはない。受ける方もいい加減になる。無償であれば国の都合の良い教育が行われる可能性も高くなる。教育はすべてから自主独立していなければならない。高等教育が極端に値上げされた原因は受益者負担の考え方である。教育は何のためにあるかと言えば、本人の為である...教育の無償化反対

  • 先端研究の遅れ

    正月の新聞ではIT技術の革新で暮らしが変わるという話が希望と不安ない交じりに描かれていた。そのほとんどが日本発ではなく、中国発になるとしなければならない。それくらい技術の革新に対する研究意欲に差が付き始めている。ITに関してはどこの国発であろうと、世界を変えてゆくものである。日本は原発事故を経験したにもかかわらず、原発にしがみついたままの国になった。これは新しいものへの転換の意欲の欠落である。目先の利得に目を奪われ、我慢して将来を見据えるという辛抱が国家としてできなくなっている。目先にとらわれてしまうのは、そうしないと自分の既得権を維持できないという姑息な焦りである。与党政治家たちの未来を語らない態度を見れば、それは明らかなことだ。どう今を維持するかにきゅうきゅうとしている。原発を捨てきれないような状態では新し...先端研究の遅れ

  • 情緒的な水彩画という意味

    芸術作品と情緒性は関連したものであるのか。あるいは情緒的であることが、芸術から離れることになるのか。情緒的なるもの自体の規定が難しいが。例えば竹下夢二とか、岩崎ちひろ、別の意味で、松本俊介や長谷川利光の作品を普通は情緒的側面があると言うのだろう。モンドリアンの絵は情緒的ではない、ロスコ―の絵には情緒を感じる。というように考えると少し情緒性がはっきりする。抽象画であるから情緒性がないとは言えない。美人画というものがあるが、あれは情緒性がかなり重さを占めている。そしてそうでない人物が描かれていれば、萬鉄五郎の裸婦像は人物画と言われるのだろう。上手く説明できない。説明はできないが、情緒性を取り外した絵画でありたいと考えている。絵画全般において情緒性が何を意味するのかというような問題は、私には良く分かっていない。茶碗を...情緒的な水彩画という意味

  • アベ政治の終わりが見えたかも

    安倍総理大臣は年頭所感において、また「憲法改定の為の骨太の議論をするよう」国会に対して呼びかけた。一体この人の頭はどうなっているのだろう。移民法でも、北方領土問題でも、一切の議論をしないで進めるのが流儀ではないのか。憲法の議論でも避けてきたのは当人ではないか。議論するのは大賛成だ。しかし、この人は現行憲法の改定が大前提である。こういう人と議論するという事は不可能だ。このブログにもネトウヨから訳の分からないコメントが来るが、議論しようとしたことはあるが、不可能だった。安倍氏の頭の中の憲法はすでにネトウヨ化しているのだから、議論は不可能である。自衛隊を書き込んでも自衛隊の位置づけは変わらないと、言い続けている。こんな言い草の人間と議論しようとしても不毛である。憲法に自衛隊を書き入れれば、書き入れない時とは当然変わる...アベ政治の終わりが見えたかも

  • 麦畑の様子

    今年は久野の「農の会」の畑では麦があちこちで播かれた。小麦、大麦、ライ麦、えん麦と様々な麦が作られている。耕作としての所もあり、緑肥の所もある。小田原に戻り、早速麦踏をしながら、観察をした。やはり農業でおもしろいのは観察である。それぞれの麦の性格もわかる。同じ麦を播いたところでは成長の違いで、畑の中の場所による土壌の違いも想像できる。わずかな距離の違いで、自然環境がこれほども違うのかという事もわかる。有機農法で耕作するという事は、この違いを見極めて耕作するという事になる。毎年違う場所で耕作するためにそういう事が必要になった。必要は生みの親で、畑を観察する面白さが深まったと思う。以前麦を作られていたMOAの方の畑で、畑の隅の小さな小屋の影が麦畑の上にはっきりと出ていたことがあった。その小屋がその場所に何十年もあっ...麦畑の様子

  • 石垣島暮らしが始まった。

    小田原に戻った。すでに石垣に住んでいて、小田原に行く。小田原に来たという感じがする。3番アコウと呼ばれる「オオバアコウの木」がある。ナカドウ道という石垣市内に北から来る分かれ道に生えている。とても大きな木だ。歩いてて暮らしていた時代はこの木陰で一休みしただろう。昔の町への用の行き帰りが想像できる。水牛車も通ったかもしれない。一番アコウ、2番アコウはもう少し市内に入ったところにあったそうだ。石垣にはこうした大木が残っている。大木が残っているということは、島の暮らしが八重山の島々の中では良かったことが想像される。宮古島では大きな木はない。いくらか御嶽に木があるが、大木というほどのものでもない。石垣の於元岳には炭焼きの跡があった。直径7メートルくらいの大きな炭焼き窯である。あれだけの炭焼き窯があったということは、それ...石垣島暮らしが始まった。

  • 石垣、花散歩と於茂登岳登山

    オモトダケ登山に行った。1月6日である。朝から雨が降り続いていた。中止になるかと思ったかが、決行された。頂上では強い雨と吹き飛ばされるような風であった。雨の中おにぎりを食べた。座って休むこともできなかった。下り道は特に滑りそうで怖かった。2回滑ってしりもちをついた。久しぶりの登山で身体の衰えを感じた。まだ筋肉痛が少し残っている。安定しないし、疲れた。靴も壊れた。それでも良い登山だったと思う。もうこれ以上先では、衰えて上る気にならないかもしれない。いつも見ている山に登ったことがないというのでは、少し困る。この登山にはなんと日本トンボの会の会長さんが説明役で見えていた。於茂登岳に奇跡的に残った蝶の話であった。特殊な笹が頂上付近にだけ残っていて、その笹の葉を食べて蝶になるという。貴重な機会であったのに、話を聞くことも...石垣、花散歩と於茂登岳登山

  • 石垣島の牧場を描く

    今回の石垣島では8枚の絵を描いた。どれもこれも途中である。途中までが好きということもある。この後が難しくなる。難しくなるが、それをやらなければ、笹村出の絵としてもよいとは言えない。一枚に黒い牛を入れた。絵が出来上がるなと思う頃、牛が来て描いてほしいという位置にいる。どうしようかと思ったのだが、絵としてはどうかと思うが、牛がそれほどいうのに描かないというのもどうかと思い。描いた。絵としてうんぬんより、やはり牛に応えるというほうが、笹村出なのではないかと思い入れた。石垣島には牧場が広がっている。まるで北海道と見えてしまうような景色の場所がある。放牧されている牛が見える。以前より放牧牛が増えてきた気がする。牧場にいる牛は黒毛和牛だけだ。地元で製造されている牛乳が2種類あるから、乳牛もいることはいるのだろう。石垣牛のブ...石垣島の牧場を描く

  • 新聞社説読み比べ

    どの新聞社でも元旦の新聞には力を入れる。八重山毎日新聞では6部まであるような大特集を組む。これが読みごたえがある。普天間三線店さんのことが大きく特集されていて嬉しい。特に社説にはその新聞社の姿勢が現れる。毎年、ネットに掲載される社説を一通り読ませてもらう。今現在の日本の新聞の考え方と、力量が現れていると思うからである。大手の新聞社には正直がっかりである。元気の出るような社説は一つもなかった。読売新聞社説では、「中国の強権的な拡張路線は、曲がり角に来ている。このままでは行き詰まることを、日本は習氏ら指導部に指摘すべきだ。中国が対米関係の悪化で、対日外交に意欲を示す今は、日中が率直に話し合える機会である。」と書かれていた。まともな新聞社の責任のある発言が、これだ。日本が指摘をすれば、効果を上げるとでも考えているのだ...新聞社説読み比べ

  • 石垣島で台湾を歩く

    「石垣島で台湾を歩く」ーーもう一つの沖縄ガイドーー沖縄タイムス社の本である。台湾と石垣島の間には2008年までは定期航路があった。この定期船で気軽に行き来をしていたという。石垣の人たちにとって、台湾という都会へ行く楽しみであったようだ。この10年で石垣島は変化したと島の人は言われる。急速に都会化した。おいしいものを食べに台湾に行く。台湾の遊園地に行く。台湾に買い物に行く。そんな楽しみが台湾にはあったという。今は季節航空路線がある。私も一度台湾に行きたいと思っている。パスポートがないので、今度申請しようと思っている。パスポートの申請は石垣市役所で出来る。歩いて5分もかからないところで、パスポートまで申請できる有難さ。以前、小田原でパスポート申請をしたときは、横浜まで1時間半かけて2回行かなければならなかった。定期...石垣島で台湾を歩く

  • 朝ドラ「まんぷく」にある疑問

    今回のNHK朝ドラは、楽しませてもらっている。安藤サクラさんの演技には、期待通り目を見張るものがある。お母さん役の松坂慶子さんも、ちょっとびっくりするくらい良い。美人女優さんが俳優に化けたと思える。美人女優は美人という役を与えられるだけである。これを脱するのはかなり難しいことのようだ。松坂さんが演ずるお母さんは喜劇的でいい。何でも悲観的に考えてしまう人間像を愉快に表現している。内の母も全くそうだった。年をとると人によっては急に悲観的になるようだ。さらに、ゲゲゲの女房で評判になった、松下奈緒さんも初めて演技をしている。この方は人柄の良さで、よい感じを与えてきた。演技して見せるということは今までなかった気がする。演技をしようという姿勢が、下手をする不自然を生じるが、今のところは良い加減ではないか。まわりの芸達者に影...朝ドラ「まんぷく」にある疑問

  • 石垣の正月の様子

    石垣小学校のシーサー左側製作者浦崎賢章とある。石垣島の正月といっても、家々の様子はわからない。1月1日0時に花火が鳴り渡った。暗い中、人が歩いていた。たぶん、御嶽に行くということではないか。私は明るくなってから、桃林寺にお参りしようとしたが門が閉じていた。立派な鐘廊はあるのだが、除夜の鐘はなかった。正月飾りをつける家は少ない。散歩のついでに、正月らしい様子を撮影した。御嶽やお寺、神社。こういうところは飾られている。商店街は賑わっている。かなりの人出だと思ったが、新聞によると暮れの人出は例年より少ないということだった。故郷に戻る人がたくさんいるに違いない。観光客もいるので、正月から開く店が多いいのだろう。新聞を見ていたら、おせちの販売がいくつも出ている。それで家に比較的近いお寿司屋さんに、おせちを頼むことにした。...石垣の正月の様子

  • 書初めと筆神

    書初めは1月2日にやる習わしである。この日から学問を始めるということだと教えられた。新年の絵の描き初めの方は意識したことはない。暮れも正月も関係なく絵は描きたい気持ちになれば描いて居る。せめての正月の儀式ということで、字の方の書初めは毎年改まった気持ちで行っている。書初めの行事は字が上達するためと余計なことを言うようになったが、本来は文字というものにある力によって邪気を払い、その年の平安を祈るということだ。石垣では道々の角に「石敢當」と書かれたものがおかれている。文字による魔除けである。正月といっても特別のことがない暮らしぶりだが。あえて書初めだけは意識して儀式的に毎年行うようにしてきた。「立春大吉」と書く。石垣だから、「一陽来復」かなとも思うのだが、こちらはどうしても冬至という気分だ。それに書きたい字ではない...書初めと筆神

  • 2019年元旦 石垣島より

    石垣島1月1日朝7時18分日の出時刻の石垣港たぶん日の出を見るクルーズ船が出てゆく。残念ながら小雨模様。2019年が始まる。石垣島の暮らしが始まる。ブログを読んでくださる方々に、良い年になるように心より願っています。この文字や写真は光に乗って飛んでゆくのだから、願いは天に行き渡るような気がする。「謹賀新年」「一陽来復」「立春大吉」今年は年賀状を365枚書いて、送りました。残り4枚の写真。1枚は保存用。引っ越しの案内ということもあり、石垣のスタンプを入れてもらおうとしたら、年賀だとスタンプは押せないというので、27日に郵便局に持って行き、成り行きで届くようにしました。早い人も多いのかと思います。笹村出宛ての年賀状は小田原に来ると思います。小田原には8日に戻ります。それまで返事も出せません。お許しください。2018...2019年元旦石垣島より

  • あしがら農の会感謝の25年

    石垣に来て、新しい暮らしを始めた。小田原であったことが、日に日に客観的に見えるようになってきている。一区切りがついた。視点が変わるということは、自分を変えるということになるようだ。小田原での自分はあしがら農の会のことがほとんどを占めていた。農の会にかかわることで自分が出来ていた。その意味ではとても大きな柱が取り払われたことになる。生来無一物。いつも何もないところに戻ることが、絵を描くうえで大事だと思うので、よかったことだと思う。自給自足の暮らしへの興味で、山北で開墾生活を始めた。そのことばかり考えていたのだが、いつの間にか、みんなの自給ということになっていた。一人でやっているつもりだったのだが、いつの間にか大勢の中にいた。暮らしは合理的に行おうとすれば、だんだん周りとの共同が始まるのだろう。絵を描くのも一人のは...あしがら農の会感謝の25年

  • 石垣島、絵を描く暮らし

    石垣島にきて名蔵湾を描いた。描き始める前は少し怖い気がした。石垣暮らしになって何をどう描くのかわからない自分がいた。期待もあるし、不安もある。いつものように名蔵湾を描いた。前に描いたことがある気がしなかった。初めて見る場所のような気になる。この場所が相当に複雑な場所のせいではないだろうか。もう30枚ぐらいは描いて居るのに、見ないで描くということは全く不可能な気分になる。描き始めてみてそうだった、前もこの感じを描いたなと思い出すぐらいだ。描く場所を少し変えてみた。前回は一段上から描いた。その前は畑の中に入って描かせてもらった。畑が何もなかったからということもある。そして今回は道から描いた。道にも良い場所があるのだが、車を止めておくのに不都合な場所なのだ。昔は描いて居ると観光客がたまには来てどかなければならなかった...石垣島、絵を描く暮らし

  • 石垣アトリエの座り机を作る。

    長机を4つ作った。楠材が3つ。天板の厚さは30ミリ。幅が30から50センチ。長さが2.7m。一つは杉のような古材の立派なもので厚さ60ミリ。絵を描く壁の下に並べた。柿渋を何度か塗り仕上げた。なんとも良い風情である。壁側だけまっすぐに切りそろえ、手前側は自然のまま。この4つの机は、まっすぐに切りそろえた方を向かい合わせて並べて、宴会用の80㎝×540㎝の大机にもなる。伐採から6年は経過したから、十分枯れている。この材は燃やされてしまう寸前のところを、確保して板に挽いてもらった。6年寝かせてあったものだ。そしてある程度ゆがみが出たものをもう一度挽き直してもらった。それからまた2年経過した。ほぼ歪みはでなくなっている。アトリエを設計した時から、この壁にはこの机が来ることは決めていた。白い壁で絵を描くのだが、その下に少...石垣アトリエの座り机を作る。

  • 石垣、街散歩

    石垣、町散歩。天気さえよければ歩いている。写真は石垣氏庭園。石垣は散歩の街だ。一つ新しい角を曲がれば、違う街の姿が現れる。石垣の街は実に変化に富んでいる。海の方に行けば、漁港があり、離島ターミナルがある大型クルーズ船がビルのようにそびえていることもある。山の方に行けばかなりの登山といえるほどの山もある。ダム湖も3つある。御嶽やお寺も歴史を感じさせる風情がある。田んぼの広がりも、古い姿を残していて見ごたえのあるものだ。畑の方へ行けば牧場の放牧。サトウキビやパイナップルの畑が広がる。商店街を歩けば、まるで銀座のような人の賑わいに紛れることになる。一軒一軒お店を覗くだけでもおもしろい。公園、図書館、市民会館ホール。晴れれば必ず歩くことにしている。4000歩ほど歩く。2キロほど行き戻る。家に戻って1時間ぐらいである。石...石垣、街散歩

  • 商業捕鯨再開の是非

    捕鯨問題は複雑なところがある。ところが、賛否の両論とも考え方が一方的で、かみあった議論になっていない。世界の大勢を占める意見としては、感情のある高等動物だから、捕鯨はやめるべきだという主張。一方に牛や豚を食べているのに、なぜクジラがいけないのかというような素朴な意見。どちらの意見も、不十分すぎる。高等動物だからいけないという根拠があいまいすぎる。菜食主義であるべきというなら理解できるが、下等な動物なら食べてもいいという考え方が、論理として整理されていない。牛や豚を食べてよいという意味は家畜は食べてよいが、野生動物はいけないということだろう。ではイノシシやシカは食べてはいけないのだろうか。ここにさらに伝統文化だから食べてもよいという意味がまぜこぜに加わる。つまり、議論が成立しない状況のまま、日本政府は国際捕鯨委員...商業捕鯨再開の是非

  • 石垣の生活事情2

    石垣島で一番大変なのはゴミ出しである。戸別収集で楽なはずなのだが、ゴミ袋の中に平たいプラステックの紐が見えるというので、置いて行かれた。プラステック類の分類が極めて煩雑である。プラ・リサイクルマークがあるものでも、燃やすごみに行くものと再生ごみに行くものとがある。容器リサイクル法とは別枠で収集している。マークがあるものでも、ダメなものがあり置いてゆかれる。プラステックのリサイクルの流れが崩壊しているのだからこうしたことが起きる。プラステック類に関して言えば、リターナブル以外は使用禁止が本来である。それまではすべてを燃やすのが一番である。このままプラステックを使っていれば、人類はごみで滅びる。再生利用したとこで最後はマイクロプラステックになる。再生利用で公園の椅子になったとしても、その椅子の行く末がどうなるか考え...石垣の生活事情2

  • 石垣島泡盛で古酒(クース)を仕込む

    石垣島では建前や新築祝いに泡盛が送られるらしい。嬉しいことに40本ぐらいの泡盛がそろった。ラベルが祝い用になっている。そこで、かねてから用意の5つの甕に泡盛をクースに仕込んだ。贈り物だから、様々な泡盛がある。まずは、「玉那覇酒造の玉の露」石垣島最古の泡盛製造所である。私の家のお隣になる。これをまず一つのに仕込んだ。次が「八重山酒造所の八重仙」そして「請福酒造の請福」さらに「仲間酒造所の宮之鶴」これで4つの甕になる。最後にもう一つ「玉那覇酒造の玉の露」を仕込む。一斗甕が3つと、5升甕が2つある。1斗甕だから18リットルと思っていたが、21リットル入った。84リットルの泡盛を仕込むことになる。一年経過してから飲むことにする。前から貯めてあるお酒が、小田原の方にあるからだ。一年は持つ予定である。毎年10リットル飲むこ...石垣島泡盛で古酒(クース)を仕込む

  • 沖縄防衛論の確立

    沖縄では強引な辺野古米軍基地建設が進められている。石垣に来て、当事者として気になることだ。沖縄という場所からこの問題を考えたいと思う。沖縄からの視点での沖縄の防衛論が必要である。住民を無視した、米軍基地の建設で日本の防衛力は低下している。沖縄県民に支持されない米軍が、日本の防衛に有効に働くとは思えない。どれほど、兵器が近代化されたとしても、軍事力は、人間が人間を守る為には行う行為だ。もし、兵器を使う人間にとって他人事であれば、命がけで戦うことなど出来る訳がない。いざというときに無力な軍隊はなるであろう。人は石垣人は城と武田軍では言われた。と子供のころ山梨ではよく言われたことだ。親愛なる日本の為に戦う。そのような思いがなければ、命など張れるわけがない。日本人から憎まれたアメリカ人がどうして、日本の為に戦う事が出来...沖縄防衛論の確立