住所
堺市南区
出身
長崎市
ハンドル名
さるくおやじさん
ブログタイトル
撮りさるく
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/inasayamakotonoodake
ブログ紹介文
タイ駐在時や国内外出張及び帰省時のネタ
自由文
更新頻度(1年)

32回 / 1978日(平均0.1回/週)

ブログ村参加:2013/08/25

さるくおやじさんの人気ランキング

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さるくおやじさんのブログ記事

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  • 茨城県鉾田市の郵便局は親切だった

    2018年7月5日(木)出張は栃木県からレンタカーにて茨城県に移動目的地への途上、鉾田市某所の郵便局でお金をおろし、道を訪ねた。親切だった。以下次号茨城県鉾田市の郵便局は親切だった

  • 餃子像を宇都宮駅前に見た

    2018年7月5日(木)栃木県出張、JR宇都宮駅のペデストリアンデッキにて餃子像を見た。東京12チャンネル絡みだ。キスできる餃子と言われても何だか釈然としないなあ。餃子像のバックになるJR宇都宮駅は立派な駅だ。この後宇都宮市内で業務後、茨城県へ移動した。以下次号餃子像を宇都宮駅前に見た

  • 宇都宮駅前を見た

    2018年7月5日(木)栃木県出張JR宇都宮駅で降りた。駅前を見た。都会だった。以下次号宇都宮駅前を見た

  • 福岡県のPOLICE表示なしパトカーを見た

    2018年4月21日(土)福岡県のパトカーを見た。POLICE表示はなかった。これにて拙ブログで取り上げたパトカーで「POLICE表示なしパトカー」は北海道、青森県、山形県、栃木県、東京都、福井県、福岡県の7都道県となったいっぽう「POLICE表示パトカー」があるのは茨城県、神奈川県、石川県、静岡県、愛知県、滋賀県、兵庫県、徳島県、広島県、愛媛県、長崎県、熊本県、鹿児島県の13県。今後も折に触れ、未だ見ぬ府県のパトカーを見ていきたい。その後小倉駅から新幹線にて帰宅した。以下次号福岡県のPOLICE表示なしパトカーを見た

  • 遠賀川支流に夕景を見た

    2018年4月20日(金)福岡県筑豊の某所にて下流方上流方。望郷の念が湧き起こる風景だった。以下次号遠賀川支流に夕景を見た

  • 博多豚骨ラーメンズを見てメイドギャルに無視された

    2018年4月20日(金)福岡県は北九州市の小倉駅北口の「あるあるシティ」というビルの中で「博多豚骨ラーメンズ」を見た。小倉なのに博多の宣伝は奇異な感じがしたのと、男女混合なのに「メンズ」とはこれ如何に。否、真ん中の女生徒はオネエなのだろう、顔が他の二人よりデカいのでそんな感じがしたのだ。小倉駅北側ペデストリアンデッキ通路には「あるあるシティ」の宣伝幕が下がっていた。その近傍で、メイドの格好をしたギャルが、チラシを配っていたが、筆者には目もくれなかった。作業着姿のハゲおやじに用はなかったのだろう。「あるあるシティ」には北九州市漫画ミュージアムも入居していた。小倉駅南口へ移動、南口から見た小倉駅は、百万都市の駅である横浜駅や神戸駅よりデカかった。この後、投宿し夜間業務に備えた。以下次号博多豚骨ラーメンズを見てメイドギャルに無視された

  • 小倉駅北口のあるあるシティで騙し絵を見た

    2018年4月20日(金)福岡県は北九州市に出張した。時間があったので小倉駅近辺を散策していたら騙し絵を見つけた。お茶目な写真が撮れるように撮影位置の指定もされていて親切だった。この騙し絵、小倉駅北口のこのビル「あるあるシティ」の駅連絡ペデストリアンデッキ入口にあった。以下次号小倉駅北口のあるあるシティで騙し絵を見た

  • 和歌山県橋本駅にてまことちゃん石像を見た 附 謹賀新年

    新年あけましておめでとうございます。今朝は自宅近くの緑地より初日の出を拝んだ。さて2019年は国内ネタにてにて明けたいと思う。2018年3月2日(金)神奈川県の橋本駅ではなく、和歌山県の橋本駅前にてまことちゃん石像を見た。お馴染み「グヮシ」の指ポーズだ。駅前は長閑であった。本年も皆様方におかれまして良い年であります様お祈り申し上げます。以下次号和歌山県橋本駅にてまことちゃん石像を見た附謹賀新年

  • エアアジアに乗ってタイを後にした感想

    2017年5月8日(月)エアアジア機内に入った。座席は3-4-3の配列で後方は機体が狭まっているので2-3-2になる。通常より横方向に座席を増設しているので通路が狭い。空調が寒いという事はないが、長袖長ズボンが良い。筆者は2列席の窓側、隣にはタイ人のおじさんが座ったが東京12チャンネルの「でぶや」の「まいうー」の人ぐらい太かった。しかしなかなかのジェントルマンで、スチュワーデスが筆者に渡し忘れた日本税関の申告書をもらってくれたのだった。足元。身長174㎝、体重72㎏の筆者は背もたれに腰をぴったりつけて座るたちなので充分余裕あり。隣の「まいうー」の人も背もたれ腰ぴったり派だったので足元は余裕だ。ただ横方向は狭い。テレビもない。飲食物は有料で持ち込み禁止だ。(しかし水ぐらいは黙認していた)座席を詰め込んでいるので、...エアアジアに乗ってタイを後にした感想

  • エアアジア搭乗前の感想

    2017年5月8日(月)ドンムアン空港にて搭乗予定の飛行機、デカい。搭乗口横で待つが、満員で座れず。搭乗人数に比して待機場所が狭く、椅子も明らかに不足。仕方ないのでカウンターにパスポートを預けて一旦退出、何とかしてほしいが、格安航空なのでこれは我慢だ。いよいよ搭乗、飛行機入り口でも渋滞発生。格安航空なのでこれも我慢だ。以下次号エアアジア搭乗前の感想

  • ドンムアン空港より帰国せんとす

    2017年5月8日(月)帰国の途につかんとドンムアン空港に至った。出国前に看板を撮影し出国後に免税店を撮影後搭乗口へ向かった。以下次号ドンムアン空港より帰国せんとす

  • 平和の尊さを思いバンプー保養地を後にした

    2017年5月7日(日)サムットプラカーンはバンプー保養地に遊んだ。人気の撮影スポット。入口ゲート方向を望む。ゲートを再びくぐり、芝生広場を見て帰った。芝生の上に小さく見えている石碑は、太平洋戦争の折ここに日本軍が上陸し、タイ警察と一触即発の事態に陥ったという旨を記した戦跡碑である。バンプーでの戦闘は避けられたが、タイ南部のプラチュアップキリカーン、チュンポン、スラタニーでは戦闘状態となり日泰両軍に犠牲者が出た。これら史実を題材にしたタイの文芸作品に映画「少年義勇兵」、小説「メナムの残照」がある。戦闘終了後、日泰は同盟を結び、日本軍はタイ領内を通りマレー半島へ侵攻し英豪軍を撃破、タイは枢軸国として連合国と対峙する事になるのだが、一部政府高官や財界人が中心となり「自由タイ運動」なる抗日地下組織を結成、組織の構成員...平和の尊さを思いバンプー保養地を後にした

  • タイ湾をバンプー保養地から眺めた

    2017年5月7日(日)バンプー保養地の周回路からタイ湾を眺めた。夕日が見られる時間に来るといいらしい。望遠で撮った洋上を行く貨物船。クロントイの港へ向かっているのだろう。何かの観測塔も見えた。以下次号タイ湾をバンプー保養地から眺めた

  • バンプー保養地の周回路を歩いた

    2017年5月7日(日)レストランでエビ等を食った後建物の外に出てみた。レストランがある建物は海に囲まれている。建物の周囲は散策できるようになっていた。ここからタイ湾が見渡せるのだ。*前記事まで「バンプーリゾート」と表記したが、字数が多いので、当記事より「バンプー保養地」と表記する。以下次号バンプー保養地の周回路を歩いた

  • クンパオをバンプーリゾートのレストランで食った

    2017年5月7日(日)バンプーリゾートのレストランでクンパオ、エビの丸焼きを食った。ウマかった。カオパッドプー、カニ炒飯も食った。ウマかった。ハンドルを握る友人に遠慮していたが、本人も奥さんも気にするなというのでビアシンを飲んだ。ウマかった。ビール2本合わせて600バーツ、邦貨訳1,900円くらいだったと記憶。ボリュームもあるのだが、街なかの食堂で食うよりは高い。日本でいえば、高速道路のサービスエリアのレストランで食うような値段感覚だろう。以下次号クンパオをバンプーリゾートのレストランで食った

  • バンプーリゾートのレストランに入った

    2017年5月7日(日)この入口からレストランに入った。レストランは小学校の体育館ぐらいの広さで、ステージまであった。以下次号バンプーリゾートのレストランに入った

  • バンプーリゾートのロビーを見た

    2017年5月7日(土)サムットプラカーンのバンプーリゾートのロビーに入ってみた。受付みたいなのがあったが誰もいなかった。その右側にサムローがおいてあった。果物類の販売コーナーやスナック類も売っていた。なかなかの味わいだった。以下次号バンプーリゾートのロビーを見た

  • バンプーリゾートへ行った

    2017年5月7日(土)ナコンパトムから友人夫婦のクルマに同乗させてもらいサムットプラカーンにあるバンプーリゾートへ行った。このゲートをくぐって桟橋を歩いて前方に見える建物に向かって歩いた。桟橋の左側にはマングローブ右側にはタイ湾が見渡せた。以下次号バンプーリゾートへ行った

  • プラパトムチェディーを後にした

    2017年5月7日(土)仏塔や仏像の参拝を終え元来た階段から参道へおりた。さてこのプラパトムチェディー仏塔に至る階段だがいくつかあるのでどこから登って来たか覚えておかねば見当違いの場所に出る事になるゆえお気を付け召されよ。その後参道脇の簡易食堂で冷たい飲み物を飲んで一服したのちプラパトムチェディーを後にした。以下次号プラパトムチェディーを後にした

  • プラパトムチェディーに寝仏を参拝した

    2017年5月7日(土)ナコンパトムはプラパトムチェディーの仏塔を参拝後回廊の仏像を参拝してまわったところあっと驚く寝仏がおわした。足の裏から撮ろうと思ったが、ワットポー同様デカすぎてフレームに入らず。ご尊顔。柔和なお顔であった。以下次号プラパトムチェディーに寝仏を参拝した

  • プラパトムチェディーの回廊内側から仏塔を参拝した

    2017年5月7日(土)プラパトムチェディーの回廊の内側の回廊に入り世界最大の仏塔に参拝した。それにしても筆者の様な世俗の垢にまみれた人間でもタイの人々の信仰心の厚さには毎度心を打たれる。筆者も習い仏塔の周りを参拝しながら一周その後、抜け穴を通って外に出た。以下次号プラパトムチェディーの回廊内側から仏塔を参拝した

  • プラパトムチェディーの回廊壁に抜け穴を見つけた

    2017年5月7日(土)ナコンパトムのプラパトムチェディーの回廊の壁には仏像が安置されているがこの壁に所々抜け穴があって回廊の内側に入る事が出来たので入ってみた。以下次号プラパトムチェディーの回廊壁に抜け穴を見つけた

  • ナコンパトムは世界最大の仏塔プラパトムチェディーに参拝した

    2017年5月7日(日)朝友人からTELがあり、ナコンパトムの仏塔に行かないかと誘いがあった。ナコンパノムには何度か行ったことがあるが、ナコンパトムは未探訪だった。クルマを出してくれるというので甘えた。世界最大の仏塔、プラパトムチェディーだ。この仏頭はワットプラパトムチェディーという名前の寺院の仏塔だ。仏塔の周囲には、古いものなのか、朽ちた煉瓦塀のあとが見られた。仏塔の周囲は円形の回廊になっていて、回廊の壁には仏像が安置され、善男善女がお祈りしていた。奥さんがタンブンしたいというので待ち合わせ場所と時間を決めて友人夫婦と一旦別れ仏塔の周囲に数多あるベンチで休みながら参拝を続けた。タイの5月は暑気の終わりで凄く暑い。以下次号ナコンパトムは世界最大の仏塔プラパトムチェディーに参拝した

  • 2017年GW ホワイクワン夜市の人々を見て帰った

    2017年5月6日(土)ホワイクワン夜市のひとり散策を続けた。バイタクを捕まえるギャル、笑顔がいい。食堂の呼び込みをするあんちゃん道端でケーンの演奏をする女生徒、イサーンから来たのであろうかフルーツ屋台のおばちゃん、客の白人夫婦品定めをするギャル幸せそうなカップルの横で携帯電話を使う女の人食堂のおっさん夜市をぶらついた後路地を抜けて午後10時半ごろ撤収、またしても祭りの後の寂しさに似た感情を覚えたのであった。さて筆者、明日11日より業務の都合で4~5日日本を留守にしますゆえ、記事更新はその間ありません。次の更新にてお会いしましょう。2017年GWホワイクワン夜市の人々を見て帰った

  • 2017年GW 2回目のホワイクワン夜市巡りをした

    2017年5月6日(土)午後9時頃友人夫婦とソンブーンでの晩餐を終え外に出た。ホワイクアンの夜市通りだ。奥さんの買い物があるという事で、友人夫婦とはここで別れ、ひとり夜市を散策した。夜市はいつ来ても飽きない。以下次号2017年GW2回目のホワイクワン夜市巡りをした

  • ソンブーンで友人夫婦と晩餐した

    2017年5月6日(土)エカマイで一旦友人夫婦と別れ友人夫婦と晩餐せんと午後7時10分、ホワイクワンのソンブーンに到着。ロビーで待つこと暫し、友人夫婦到着、この日は客が多く席に案内されたのは午後7時半過ぎ。最初のオーダー、ヤムウンセンが運ばれてきたのが午後7時40分、それからは矢継ぎ早に出てきた。パックブンファイデーン名前失念プーパッポンカリー。ウマかった。以下次号ソンブーンで友人夫婦と晩餐した

  • バンペーからエカマイまでバスで4時間23分かかった 地図付き

    2018年5月6日(土)バンペーのバスターミナルヌァンティップの桟橋から大通りを渡って徒歩3~4分で切符を買って13:00発にのバスに乗った。何と200m位しか離れていないのにヌァンティップ桟橋に立ち寄り何人か客を拾っていた。セクシーギャルも乗って来た。パタヤから高速に乗ると思ったら、一般道を走りつづけ、バンナの手前でスクンビット通りを左に折れ建設資材置き場みたいなところで一旦停車、トイレ休憩だった。他にもバスが停まっていた。雨上がりのエカマイに17:23着。長かった。以下次号バンペーからエカマイまでバスで4時間23分かかった地図付き

  • ヌァンティップ土産物市場は色どりに満ちていた 地図付き

    2017年5月6日(土)ラヨーンはバンペーのヌァンティップ桟橋近傍にある土産物市場を冷やかした。何と言っても東南アジアの市場の魅力は薄暗い照明の中に色とりどりの商品が並んでいる事、色取り鮮やかながらしかし決してドぎつくない。そこにあると筆者は思うのである。そこで働く人々も当然魅力的である。以下地図。グーグルマップでは「バンペー土産物市場」と表示される。ヌアンティップの船着場からも、大通りからも入れるようになっている。ご当地へ行かれた折には時間が許せば立ち寄られては如何であろう。以下次号ヌァンティップ土産物市場は色どりに満ちていた地図付き

  • バンペーはタルアペ桟橋に上陸した 地図つき

    2017年5月6日(土)サメット島のナダン港を出港した木造船はラヨーンはバンペーの桟橋に接岸した。しかし接岸した桟橋は往路のヌァンティップとは違う桟橋だった。向かい側にはサメット島へ向かう船が待機していた。帰国後調べたら、この桟橋はTARUAPHEというらしい。ネットで日本語情報がなく下記地図は桟橋入口付近。桟橋に入った所。ホワイトシャークスピードボート桟橋との表記情報もあった。桟橋から緑色のシートを屋根の代わりにした商店街を抜け大通りに出て右に折れて貝殻を吊るした土産物屋を見ながら歩き往路に利用したヌァンティップ桟橋に至った。タルアペ桟橋から歩いて5~6分だった。とまれ、ヌァンティップの土産物屋を冷やかす事にした。以下次号バンペーはタルアペ桟橋に上陸した地図つき

  • 木造船はいつの間にか子供が操船していた

    2017年5月6日(土)サメット島ナダン港からラヨーンのバンペー港までは約40分。サメット島伝いに進んだ船賃邦貨約180円の船は方向を変え後方にサメット島を見た。グラサンのおねえさんと目があったので挨拶しておいた。タイ人だった。ふと操舵室を見たらいつの間にか坊主が操船していた。オヤジは外の景色を眺めていた。後部席にはジイサマが寝ていた。大丈夫かよ。エンジン室が近く、暑いやらやかましいやら。エンジン室のフタが開いていたので写真を撮っておいた。再び操舵室を見たら坊主が鼻をほじくりながら、手放し操船していた。オヤジは相変わらず外を眺め、ジイサマは夢の中だった。そうこうするうち、バンペーの桟橋が前方に見えてきた。以下次号木造船はいつの間にか子供が操船していた